第18話

 無鉄砲馬鹿と書いて、蹴速凛太郎と読む。そう説明されても仕方がない程に、今回の彼の無鉄砲さは擁護できないだろう。

 それでも、この男は後悔しない。

「リンタロー……」

「何つーか、災難だなお前も」

 憔悴しきった友人を背に庇いながら、凛太郎は左手に右拳を打ち付ける。

 先手必勝とばかりにぶっ飛ばした相手は、しかし特段ダメージを与えた様子もなく元の姿に戻っていた。

「…………で?アレって、なんなんだ?魔法か?」

「オンブルって言う魔導士だよ」

「いや、人じゃねぇだろアレ」

「うん。魔導士として生きていたのは、八人の賢者が居た時代だからね。多分、古代魔法ロストマジックなんだ。このままだと、徐々に復活してくる……と思う」

「ほー………とりあえず、ぶちのめすか」

 軽く言うが、凛太郎自身目の前の相手がそう容易く打倒できるとは思っていない。

「誰を、ぶちのめすって……?クックク……舐められたものだ。手足を引き千切り、はらわたをまき散らして影に沈むが良い……ッ!!」

 赫怒を携えた怪物は、その黒い眼窩を凛太郎へと向けていた。

 ダメージを与えられない攻撃というのは、格上の相手に対して怒りを買う事にしか繋がらない良い例だろう。

 それでも、凛太郎は引くわけにはいかない。

 教師陣が解決に動くのかもしれないが、それにどれだけ時間が掛かるか分からないからだ。

 何より、それまで相手が生かしてくれるとは限らない。

 体に馴染んだ構えを取って、一つ息を長く吐く。

當麻流たいまりゅう、推して参る」

 言うと同時に、前へ。

 現状、彼に遠距離攻撃の手段はない。魔法は勉強しているものの、元々の才能がそれ程では無いのだから身に付くにも時間が掛かる。

 代わりに、凛太郎の身体能力は二十メートルほどの距離を一秒ほどで詰める事が出来る。

 神様に贔屓された肉体。並大抵の魔導士は相手にならない。

「馬鹿が……!“ファントムウェイブ”ッ!!」

 だが、オンブルは並大抵の魔導士ではない。

 既に元の肉体は滅び、今あるのが魔本として残した紛い物であろうともその力は絶大。

 彼の背後より現れるのは、怨霊の大津波。

 幾百、幾千、幾万。より集められ、束ねられ、敵対者を飲み込み押し流し、自分たちの一部へと取り込む。

 前と左右が埋められ突っ込んでくる攻撃を前に、凛太郎の採れる選択肢は多くない。

「チッ……」

 無難な回避先として上への跳躍。そして同時に、この動きは読みやすい。

「“シャドウベルト”」

「お?ぬぅおおおおおおおおおおおお!?!?」

 宙にある凛太郎の左足首に黒いベルトが絡みつき、力任せに振り回される。

「墜ちろォッ!!」

 勢いよくベルトが動き、空中で円軌道で振り回されていた凛太郎の体が勢いよく彼方此方に転がる瓦礫の一つへと叩き落される。

 盛大な粉塵。だが、これで終わりではない。

「このまま、ミンチにしてくれる!!」

 ベルトが操作され瓦礫から勢いよく引きずり出され、彼の体は黒い水面と平行に低い軌道を描いて横一閃。

 幾つもの瓦礫を更に粉砕しながら振り回され、十分な速度が出た所で再度上へと跳ね上げられ、勢いよく黒い水面へと叩きつけられていた。

 盛大な飛沫が上がる中、オンブルは鼻を鳴らす。

「ふんっ……塵芥風情が。貴様のような雑魚は、ミンチになっているのがお似合いだ」

 吐き捨てて、そのついでの様に先程廃棄しようとしていた玩具スピカの事を思い出した。

 もう少し遊べるかもしれない。そう考えてそちらへと足を進め、

「………なに!?」

 次の瞬間、驚愕を覚える。

 何かが、オンブルの胴の中心を貫いていった。衝撃と、視界の端を通り過ぎた黒い影でソレを認識し、下を見れば無い筈の眼窩が大きく見開かれる。

 なんと、彼の身体には人一人の頭がすっぽり収まりそうな大きな穴が開いているではないか。

 何が起きたのか、と振り返り。再度驚愕する事になる。

「――――當麻流 虎牙跳襲こがちょうしゅうッ!」

 今まさに叩き潰したはずの生意気な小僧が眼前に迫っていたのだから。

 硬く握られた右拳に、跳躍と体を反る事によって得た反動を利用した渾身のジョルトブロー。

 ソレが、白い仮面の顔面へと叩き込まれる。

 どんな材質か分からないが、それでも神様の贔屓で生まれたかのような天性の肉体から放たれる一撃は耐えきれない。

 一瞬の溜めを置いて白い欠片を大きく散らしながらその頭部は勢いよく原形を留めた瓦礫の山へと突っ込んでいく。

 頭だけが吹っ飛び残る身体。こちらは、まるで砂の城が波に攫われる様にして足元の黒い水面へと解けて消えてしまう。

 代わりに着地した凛太郎は、頬についていた瓦礫の粉塵を親指で拭いつつ息を吐く。

「ふっ………全く、出鱈目しやがるぜ」

 どの口が言うのか。

 散々に振り回され、叩きつけられ、更に振り回されて叩きつけられた彼の体は、しかし皮膚の表面が少し擦れて舞い上がった粉塵がまぶされた位で大した傷も見られない。

 首筋に左手を当てて頭を傾けながら、凛太郎は殴り飛ばした頭部の行く先へと目を向ける。

 渾身の一撃ではあっても、場を好転させるような会心の一撃ではなかった。それは、実際に殴り飛ばした本人が一番よく分かっている。

 ただ一つ発見があるとすれば、

「下手糞な魔法も使い物って事だな」

 頷きながら凛太郎は、己の胸の前に右手を上に、左手を下にそれぞれの掌が向かい合うようにして構えを取る。

「“土塊”」

 唱えるのは、真面に使える魔法の一つ。

 左手の平の上に現れた土の塊を右手を使ってサンド。まるでおにぎりでも握る様に、しかし実際におにぎりを握るよりは遥かに力を込めて圧力をかける。

 時間にすれば数秒か。開かれた掌に出来上がるのは、不細工な土、いや最早黒光りする石の塊か。

 これで何をするのかと問われれば、投げる。ただし、その破壊力は生半可な魔道具を一蹴する。

「そぉぉ……らっ!」

 溜め、からのオーバースロー。

 人間の投擲という能力は、数多いる生物の中でもトップクラスだ。これは、肩の関節可動域や完全な二足歩行による結果である。

 コントロールはそこまで良くはない。が、それでも標的の近くに着弾できる程度の精度はある為、牽制として見るならば十分だろう。

 圧縮した土塊を投擲したと同時に、凛太郎は前へと駆ける。

 倒すにしろ、倒せないにしろ、距離を詰めなければ彼は真面に戦えない。

(とりあえず、ぶっ飛ばしまくればいいか)

 もっとも、この男は脳筋。話す余地が無いと判断すれば速攻で相手を殴る粗暴さも持ち合わせていた。

 そして、凛太郎が突っ込む先。

 影が暴れる。

「許さん……!!!」

 瓦礫を飲み込む魔力の奔流と共に仮面を大きくひび割れさせたオンブルが現れた。体の再構築は既に終えている。

「“シャドウグローリー”ィ!!!!」

 放たれるのは、影によって構成された壁。先ほどはなった亡者の大津波にも似ているが、こちらは触れた瞬間影に引きずり込まれると同時に、超質量によって圧壊させられるという化物染みた破壊力を有する。

 先と同じように、やはり回避先は上。迫りくる黒い壁を回避しながら、凛太郎は右腕を振り被っていた。

「喰らえッ!!」

 投げつけられる土塊。足場が無くとも、体幹のバネと腕力を利用して投げつけられるソレは無防備に受ける事を許さない。

 無論、オンブルとてくると分かっている攻撃をむざむざ受ける馬鹿ではない。展開された影が空気の壁を突き破って迫る土塊を阻み、その黒い表面で飲み込んでしまう。

 空中に在りながら、凛太郎は目を細めた。

(あの黒い壁……影か。厄介だな。迂闊に触ると流石に不味そうだ)

 投げつけた土塊の衝撃が突き抜ける様子もなく、消えた。これ即ち、無策特攻で殴り掛かれば最悪手足を失う事にも繋がりかねないという事。

 それでも、凛太郎は距離を詰め切った。

「馬鹿め!!“シャドウディメンション・ボーダー”!」

 案の定、オンブルは自身の周囲に黒い壁を形成して突っ込むしか能がない、と嘲う。

 展開される黒いラインの壁。それらを前に、凛太郎は右拳を解いた。

「“砂塵さじん”」

 代わりに、解いた右手の平に現れるのは小山の砂。

 ただの砂だ。魔力で形成したとはいえ、それ以上でも以下でもない。

 ここで一つ、補足をする。

 オンブルの展開する防御魔法は、その実完全に防げてはいない。手を通す事は難しいかもしれない程度の隙間が開いているのだ。

 この隙間は、術者であるオンブル自身が相手の攻撃を確認するため。無論、塞ぐ事は出来るのだがソレをすると彼は周囲の状況を把握できなくなってしまう。

 これに関しては、オンブル自身が弱体化している事が大きな理由となるだろう。全盛期ならば、そもそも防御を意識せずとも問題なかったのだから。

 そして同時に、この弱体化こそ凛太郎が付け入ることが出来る隙でもある。

 凛太郎は鋭く息を吸った。

 彼の攻撃には、何れも魔力が大して関与していない。体術は素の身体能力と実力であるし、投げつけているのも形成までは魔力を使おうとも投げつけてるという行動自体はやはり彼の身体能力依存。

 だからだろう、相手が弱体化しているとはいえここまで押せるのは。

 軌道は、右から左への横薙ぎ。右手が、その軌道で振るわれれば、自然とその掌の上で小山を作っていた砂の山にも慣性が働く。

「フッ!」

「無駄な……ぶっ!?~~~~~ッ、このガキがァァァッッッ!!!」

 疑似的な砂の鞭となった一発は、約七割が影に飲まれたが残りの三割が隙間を突破オンブルの仮面頭を強かに叩く。

 ダメージは無い。だが、仮面の隙間より入り込む砂の粒は凄まじく不快だ。

 無駄に高いプライドは、この不快感を許せない。アッサリと噴火して防備は解除。

 そこを狙う凛太郎の左拳だが、事はそう簡単には運ばない。

「……お?」

「貴様は、随分と接近戦に拘りがあるようだからなぁ?」

 左拳を受け止めるのは、黒い硬質な右手の平。

 黒光りする黒曜石の様に滑らかな表面を有した細く引き締まりながらも、同時に強靭さを感じさせる右腕。

 それだけではない。ボロボロのローブに隠されていた筈の仮の体が、右腕に倣うようにして魔導士から戦士のソレへと変化していた。

「む……」

「クックク……無駄だ、無駄だ」

 送り足となっていた左足を利用した膝蹴りが阻まれる。

 

「我の体は貧弱だが……こういう扱いも出来る」

「ズリィ奴だな。腕四本かよ」

「六本だッ!!」

 肩甲骨の辺りより、上下に分かれる合計四本の腕。

 その内二本が肩より上を回って、凛太郎の顔面を襲う。

 咄嗟に、右腕でガードしようとも体勢が悪い上に、相手は彼の体以上にという有様。

 無防備となった首の辺りへと、黒光りする胴体より伸びてきた手が掴んで突き放してくる。

 そのまま勢いよく瓦礫へと押し付けて、オンブルは嗤った。

「クックク……我こそが影であり、影こそが我なのだ!影は如何様にも姿を変え、如何様な姿にも成れる!!」

 “影”の魔法は、この自由性が強みだった。

 単純な質量の暴力。“闇”の属性に近い飲み込む性質に加えて、その形は自由自在。先の通り、質量もだ。

 成程、確かに万能だろう。少なくとも、オンブルほどの実力者ともなればほぼ何でもできる。

 だが同時に、。この辺りが、彼が八人の賢者に並び立てなかった原因なのだろう。

 粉塵が上がっていた瓦礫が、再度大きく粉砕され黒い塊が飛び出してくる。

 構えるのは両手。肩の高さまで持ち上げた状態で掴みかかる様な姿勢で真っすぐに突っ込み、肉薄と同時に突き出す。

「當麻流 双頭犬牙そうとうけんがッ!」

 突き出された両手が、オンブルの元々の両腕その肩口辺りを掴んだ。

 再三再四、蹴速凛太郎の身体能力は凄まじいとしてきたが、ソレは何も脚力、膂力などだけではない。

 握る力、握力。摘まむ力、ピンチ力。この二つもまた、人間のソレを逸脱している。

 まるで大きな山犬が食らいついたかのように、オンブルの握られていた部分が一瞬で握り潰され、両腕が引き千切られる。

 硬直するオンブル。そのひび割れた仮面の顔を、凛太郎は睨む。

「確かに、お前の魔法はスゲェよ。腕の数何て俺の三倍以上出せるんだろ?でもよ、お前自身は体術のド素人だ。そんな奴がどれだけ腕増やしてぶん回そうが、意味はねぇよ」

 言いつつ、オンブルの両腕を引き千切った右腕を引いて、左手は前に。

 この技は、数ある當麻流の技の中でもとりわけ破壊力に優れ、所謂“奥義”と称されるものの一つだった。

 ただし、ソレはこの蹴速凛太郎という男が扱う場合に限った話。

 技を明かすならば、ソレは鉄砲と称される突っ張り。本来の當麻流であるなら、コレは決め技には成りえない。

 凛太郎が扱うからこそ、必殺技足りえる。

「當麻流“奥義”――――」

 異形の怪物すらも一撃のもとに粉砕する、正しく一撃必殺。


「――――“鬼殺し”」


 黒が大きく弾け飛ぶ。

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