第15話
世界的に流通する魔水晶。
魔力を通すだけで様々な魔法を使える便利な代物だが、これ以外にも魔法を扱えるようになる代物というモノは存在していた。
例えば、魔剣。魔法を扱える剣、というか魔法その物が剣の形をしていると表現した方が正しいだろう。
振るえば、その魔法が発動する。一極集中型である代わりに、その破壊力は通常の魔法を唱えるよりも強力な上に、使用者を選ばない。
幸いな点は、量産が利かない事。魔剣の作成は、
この他にも魔槍や、魔甲冑と呼ばれるものも存在し、それぞれの国々で保管されている場合が多い。
更に毛色の違う、聖剣も存在していた。
こちらは、根本的に魔法とは原理が異なるとされており、この剣が起こす現象は“奇跡”と称される。
魔剣とは違い、聖剣は持ち主を選ぶ特性を持ち持ち主が居れば絶大な力を齎す半面、持ち主が居なければ只管に死蔵され続けるという何とも困った代物。
こちらも年代的には
これらはほんの一例に過ぎない。それこそ、魔水晶が出回る前の段階で用いられていた魔道具なども、魔力があれば魔法を発動できる代物でもある。
形は、千差万別。それこそ、どんな形でも存在する。
どんな形でも
*
彼が、その本の事を知ったのは本当に偶然だった。
前提の情報として、アールスノヴァ魔導学院の図書館塔は世界一の蔵書数とそのジャンルの多様さを持つ場所である事は知っていた。
彼自身は、目立つタイプではない。教室の隅で自分と似たような気質の生徒と少し離したり、本を読んだりしている様なタイプ。
成績も平均程度で、魔法の実力も優れた様なものではない。
ただ、
魔法の実力が優れていないと先に書いたが、彼自身の地元で見れば上から数えた方が良い程度ではあったのだ。
要は、井の中の蛙であった、という事。
持ち合わせた自尊心と釣り合わない現実。その間に置かれる事になった
そんな時だったある噂を耳にしたのは。
曰く、図書館塔の最奥には世にも希少な“
魔道具関連は、魔力さえあれば適性外の属性の魔法が扱えるようになる一品。それも、
所詮は噂。そう切り捨てるには、彼は知識も能力も何もかもが足りていなかった。何より、削れた心が拠り所を求めてしまっていた。
そして、転機はやってきた。
妙に心惹かれた一冊の本。
それは、図書館塔の入口とは対角線上の四階、壁の一角。
そも、図書館塔の書籍に関して生徒であるのなら通常は三階までで事足りる。それ以上の階数に置かれた書籍たちは発展形、或いは授業からわき道に逸れて突き進むような内容。
そこで見つけた一冊。
手に取って、そして分かった。
「――――ああ、コレは俺のモノだ」
不思議な本だった。
黒い背表紙に、黒の装丁。黒尽くしであるのだが、どこか薄い。向こう側が透けて見えるような透き通る黒。
本としては、極々普通。六百ページほどの厚さのハードカバー。持ち運んだとしても特段気に掛けられる事はないだろう。
更にタイミングが彼に味方した。
騒がしくなった学習スペースに、司書が向かったのだ。
駆け抜けた。
誰も彼を気にしなかった。
*
週末。アールスノヴァ魔導学院は、休日となる。
週休は二日。場合によってはそこも潰れてしまうが、ソレはまだ先の事。
「~~~~ッ、ハァ……やっぱり、こっちの方が気楽だ」
寮を抜け出して、凛太郎は大きく伸びをした。
休日は、転移室が解放されており予め申請をして許可が下りれば浮遊島が接近した街にも降りる事が出来る
凛太郎は下りなかった。降りたとしてもする事はないし、学院内を見て回る方が興味惹かれたから。
そんな彼だが、今の格好は実家で着ていた着流しに下駄という格好。
石造りの廊下を、カロカロと下駄を鳴らして歩いていれば少ないながらも残っていた生徒たちの驚いた視線が集まってくる。
それら一切合切を無視して、凛太郎が向かったのは食堂だ。
休日の食堂は、ビュッフェスタイルではない。カウンターで各自注文して料理を受け取る形になる。
不意に彼の背後で足音がする。
「にゃっは~♪リンちゃんが決まった格好してる~」
「それって秋津の国の服か?」
「おう……というか、お前ら行って無かったんだな」
背中に飛びついてきたマオを受け止めながら振り返る凛太郎。
快活な笑顔のアーディル。彼が着ているのは、真っ白な丈の長いゆったりとしたカンドゥーラと呼ばれる伝統的な服だった。マオの方は、群青色の肌触りの良いこちらも丈が長く、腰帯が巻かれたデールと呼ばれる服で、海獣の革が用いられている。
どちらも気候や環境に適したもので、国の文化の一端を担ってもいる。
「別に今は欲しいものもにゃいだも~ん」
「俺の方は、アレだな。下手に動き回るよりも学院に居た方が安全だしな!」
「ハビラの裏事情が垣間見えるにゃ~。リンちゃんこそ、何で降りにゃかったのん?」
「知らねぇ街に行ってもする事無いしな。だったら、学院の中を見て回る方が建設的だろ?」
「で、その前の腹ごしらえって事ねん」
「そういうこった」
マオを背中に引っ付けて食堂へと足を踏み入れた凛太郎。
ガランとしているがポツポツと利用している生徒たちは確認でき、各々が普段着に着替えている。
国際色豊か。その中で、見知った背中を見つけた。
「あ、生徒会長先輩」
「おはようございます、凛太郎君」
豊かな深緑の三つ編みを垂らしたフィスィ・ガーデンロウは穏やかな笑みと共に挨拶を送る。
胸元と袖口にフリルの施された仕立ての良いシャツに、髪色に似たプリーツスカート。それから編み上げブーツを履いたその姿は、まじめさと華やかさが同居している。
そんな彼女だが、三者三様の格好である後輩たちに少しだけその目を大きくしていた。
「そちらの彼女は、ウルスラグーン。そして彼は、ハビラ=ラビアの御出身なんですね」
「分かるんですか?」
「どちらも、その国の伝統衣装ですから。凛太郎君は、分け隔て無いですね」
「?」
フィスィの言葉に首を傾げた凛太郎。
単純な話、彼には差別意識の様なものが根本的に存在しないのだろう。補足をすると、彼にとって大切なのは対面した相手の事だけ。その相手がどこの国の人間でも、どんな歴史を歩んで来ようと、凛太郎にとっては些事に過ぎない。
「リンちゃんは、生徒会長とお知り合いなんだねん」
「まあな。少し前に相談に乗ってもらった」
「そちらは解決しましたか?」
「うっす。先輩のお陰でサパッと終わったっす」
「そうですか……ああ、すみません。これから私も用事があるんです。失礼させていただきますね」
「あ、スンマセン先輩。急いでるのに、声かけちまって」
「いいえ、大丈夫ですよ。休み明けに君の御話を聞かせてくださいね」
失礼します、とフィスィは笑みを湛えて去っていく。
離れていく背中を見送りながら、マオが呟いた。
「いやー……流石は、アルビオン出身の生徒ってもんですにゃ~」
「あるびおん?」
「魔法大国アルビオンって言ってな。世界的に見ても魔法技術に優れた国がエウロープ方面にはあるんだ。うちの商団でも大口の取引を結んでるぜ?」
「ほー……ん?なら、あの……
「知~らにゃ~い」
「そう言う所は、国でも隠すところだしな。でも、アルビオンならあり得るかもしれない、って思わせるところはあるな」
食事を受け取りながら、アーディルは頷いた。
「アルビオンには、それだけの実績と歴史があるしな」
「実績は分かったが、歴史もか?」
「このアールスノヴァ魔導学院を創り上げた賢者の内、二人がアルビオンの出身だと言われてるしねい」
「へぇー……」
席に着きながら、凛太郎は感嘆の言葉と共に頷いた。
さあ食べよう、とそろそろ慣れてきたフォークを手に取って、
「ッ!?」
衝撃が、平和な日常を壊していく。
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