第14話

 魔導士への第一歩。それは魔法に触れる事――――ではない。

「良いですか、蹴速君。まずは、魔力の自覚をしてみましょうねー」

「う、うっす」

 眉間に皺を寄せて首を傾げる少年を尻目に、ヴァントル教諭は周りへと視線を走らせる。

 本格的な魔力を用いた実技の為に第一競技会場へと集められたAクラスの面々。

 練度は別として、基本的に下級以上の魔法使えている彼らへの指導は一旦ストップ。

 その理由が、蹴速凛太郎だった。

 彼は、学院に来るまで魔法に触れて来なかった。教師陣には広がっているがその圧倒的な身体能力を有するが故に魔法を必要としなかった事も理由の一端ではあるだろう。

 故に、まずは魔力の自覚から始めていた。

「ふむ…………時に、蹴速君。君は、魔力と言うのはどういうものだと思っていますかねー?」

「え?……魔法を使うために必要なものだろ?」

「成程ー、そこからですかー」

 間違っていないだろう?と首を傾げた凛太郎だが、ヴァントル教諭の求めた回答ではないらしい。

 彼は細い目をそのままに、左手の人差し指を立てた。

「良いですかー、蹴速君。魔力と言うのは、魔力を持つ存在にとって血液の様なものなのですよー」

「血液?」

「要は、肉体の機能の一部としてあって当たり前の存在と言う事ですねー」

「…………で?」

「蹴速君、君は魔力というモノを特別視し過ぎてるんですよねー」

「特別視、し過ぎてる?」

 怪訝な表情を浮かべた凛太郎。

 彼自身の認識的には、ヴァントル教諭が言うような特別視をしているつもりは無かったのだ。にも拘らず指摘されれば、腑に落ちない。

 しかし、

「良いですかー、蹴速君。魔導士や魔法生物にとって魔力とはなんですよー」

「はあ……?」

「うん、そこでピンとこないのが、特別視している、と指摘した所ですねー」

 認識は存外硬い。

 そもそも、魔力を持つ子供は幼少期から無意識的にも魔力に触れているものなのだから。

 例えば、赤ん坊の頃。ぐずって泣いてしまい部屋一つを焼く、何て場合もある。

 他にもくしゃみと共に発光したり、地面に沈んだり、空に浮いたり、と実に様々。ついでに、この魔力お漏らしでその子供の持つ魔力の属性を判別する事も出来る。

 言われて、改めて凛太郎は考える。

 魔力の発露は、言ってしまえば無意識の領域の話。

「すー…………ふぅー…………」

 大きく息を吸い、吐き出す。そして、目を閉じた。

 凛太郎が修めている當麻流たいまりゅうのみならず、武術武道というモノは純粋な身体能力の強化や技の洗練さを求めるだけでなく、精神的な強さ、心構えも共に学んでいく。

 これは、強くなる自分自身に負けない為。身に着けた力や技術を暴力その物に転化して一般人を傷つけない為。

 その精神修行の一環として、自身の精神に完全に蓋をしてしまうというモノがある。

 戦闘と言う行為は実にシビアだ。僅かな心の揺らぎが勝敗を決して、大きな隙を晒す事にも繋がりかねない。

 この技術を、今用いる。

 目を閉じた凛太郎は、不意に両手を胸の高さまで持ち上げた。

 祈る様に両手を組む。同時に、変化が起き始める。

 ザラザラと砂が渦を巻き、凛太郎を中心に徐々に徐々にその規模を広げていくのだ。

 その様子を眺めながら、ヴァントル教諭は顎を撫でる。

「ふむ、蹴速君の属性は土、と言った所でしょうかねー。砂が出てくるという事は乾燥、炎にも親和性がありそうですがー」

「…………ヴぇ!?口の中に砂入った!?」

「……とりあえずー、初級魔法から頑張りましょうー」

 ぺっぺっ、と砂粒を唾と一緒に吐き捨てる凛太郎。

 魔力を自覚したからといって、直ぐに魔法の実力が身に付くものでもない。そう言う者達は天才や怪物、化物と称されるのだ。

 まあ、蹴速凛太郎もまた別側面から見れば化物や怪物と称される立場にあるだろうが。

 舌を出して顔をしかめる凛太郎。

 そんな彼に声を掛けたのは、

「魔力の自覚おめでとう、リンタロー」

 笑みを湛えたスピカだ。

「悲惨な事になってるけどな………おえっ」

「まあ、最初は仕方がないよ。酷い時には、部屋一つが全焼したり、水浸しになったりするんだからさ」

「…………そう考えれば、まだこの方がマシか」

「うんうん」

「スピカもそういう事あったのか?」

「みたいだよ?ボクは覚えてないけど、生まれた時から光り輝いてたってさ」

「…………」

「うん、何となく言いたいことは分かるけどその顔は止めようか」

 露骨に顔を遠ざけながら眉根を寄せる凛太郎に対して笑いながら、スピカは自分が生まれた時の事を話す父と母を僅かに思い出す。

 その時は思わず笑ってしまったが、今思えば光り輝く程度で済んだことが僥倖だったと言える。

 もし仮に、燃えながら生まれたりしたならば、母子ともに危険だっただろう。

 二人のやり取りを聞いていたのかヴァントル教諭は頷く。

「それじゃあ、暫くヴィルゴーさんに彼の事任せますねー。初級魔法を少し教えてあげてくださいー」

「え…………せ、先生!?」

「アドバイスをするなら、魔法を使うには確りと想像力を働かせてくださいねー」

 頼みますよー、とヴァントル教諭はさっさとその場を離れてしまう。

 無責任にも思えるが、今はクラスの授業だ。マンツーマンの家庭教師ではないのだから、他の生徒の面倒を見る事だって当然ながら求められる。

 その点、ある程度の実技が可能な生徒が劣等生を見るのは理にかなっているだろう。

 任されたからにはやるしかない。離れていった背中へと伸ばした手を下して、スピカは改めて凛太郎へと向き直る。

「ええっと、リンタローは良いの?」

「よろしく頼むぜ、先生?」

「ッ、う、うん……!」

 茶目っ気を混ぜて言われ、スピカの頬が僅かに熱くなる。

 とはいえ、ここからは真面目な話だ。

「とりあえず、リンタローの属性は土何だよね?」

「砂が出たけどな」

「属性は、そういうモノだよ。土って言っても、広い範囲で大地に関連する場合が多いんだ。鉱石を自在に生成して操ったり、地盤その物を形成したり、とかね」

「ほーん」

「それで、初級魔法だけど……“ライト”」

 左手の平を空に向けて差し出したスピカの、その差し出された掌に光の球が現れる。大きさは彼女の掌にすっぽりと収まる程度で光量そのものも弱弱しい。

「これが、光属性の初級魔法。初級魔法は自分の力でその属性対象を創り出す魔法が基本なんだよ」

「へぇ……俺の場合はどうなるんだ?」

「うーん…………“クレイ”や“サンド”とかかな?」

「成程……“くれい”」

 スピカに倣うようにして右手を持ち上げて一言唱えた凛太郎。

 途端に、

「ぶべっ!?」

「うぶっ!?」

 小さな土くれが掌に現れたかと思えば次の瞬間には勢いよく爆散。飛び散った残骸が強かに二人へと襲い掛かる。

 いくら肉体強度が凄まじい凛太郎といえども、皮膚の薄い眉間に叩きつけられれば悶絶もする。それが常人であるスピカであるなら、痛みも一入。

「っ~~~!な、何でだ……?」

「た、多分、魔力の込め過ぎだよ……!」

「そんなのあるのか?」

「うん……イタタ……そもそも魔法は、魔力を込めれば込める程良いってものじゃないんだよ」

 赤くなった額を擦りながら、スピカは言葉を紡ぐ。

「そうだね……魔法は、言ってしまえば容器みたいなものなんだよ。そこに、魔力を注いで形にする。でも、溢れて零したら台無しでしょ?」

「あー……成程?」

「まあ、あくまでもイメージだからね。凄腕の魔導士は、魔法の限界ギリギリを見極めて瞬時に最大火力を撃ち放てるんだって」

「スピカも出来るのか?」

「ボクもまだまだ半人前だよ。――――魔法はね、使えるだけじゃダメなんだって」

「あ?どういうこった」

「どれだけ強力な魔法を知っていて、そして使えるとしても使。少なくとも、ボクはそう習ったよ」

 例え上級、或いはそれ以上の魔法が使えるようになったとしても、使いこなせなければ中級魔法に劣る事もある。

 勿論、コレは極端な例だ。しかし半端物が力を得たとしても、真の強者に付け焼き刃は通用しないのは道理。

 スピカの言葉は、凛太郎としても思い当たる部分があった。

 彼自身、魔導士以前に一人の格闘家だ。圧倒的なフィジカルがあるお陰で誤魔化せてはいるものの、その技量はまだまだ伸び代がある。

 ぶっちゃけ、技の洗練さでは師でもある老人の方が上なのだ。力任せに補っていてもこの部分は如何ともしがたい。

 だからこそ、凛太郎は考える。

 自覚したからか、彼は自分の内側に何やら力が渦巻くのを感じていた。そして、これが魔力なのだろう、とも当たりを付けた。

 再度右手を持ち上げて、左手を手首の辺りに添えて目を閉じる。

(流れを意識しろ……そうだ、体術と一緒だ。淀ませるな流せ……力を滞らせるな…………)

 當麻流は、踏み込みを意識する事が多い体術だ。

 踏み込み、大地からの反動も利用して打撃の威力を上げる。それだけではなく、関節などの可動域を利用して得た力を強める。

 魔力以上に不確かな力を扱ってきたのだ。自覚できる分、体内の動きも把握しやすい。

 それから、凛太郎が気にしたのは魔法を唱える点。

 慣れてきたとはいえ、未だに横文字に対して彼には飲み込み切れない部分があった。

 という訳で、

「――――“土塊つちくれ”……」

 想像しやすい言葉を唱えた。

 果たして、彼の掌に僅かに魔力の塊が現れる。直後にその内側から、まるで結晶が広がる様に現れる土の塊。

 最初に現れた魔力の塊を超える大きさとなった所で、土塊は凛太郎の掌に転がった。

「おっ?」

「うん、今度は成功みたいだね」

「…………やっぱり、面白れぇな。何も無いところに、土塊が出来るなんてよ」

「何も無かった訳じゃないよ。魔力がリンタローの想像力と言葉に沿って魔力素子の構成を変えてるの。この変換のルールが魔法式だね」

「おー……?ええっと、魔水晶の奴か?」

「そう。魔力を変換するためのプロセスをレコルディウムに刻んでるから、魔力を通すだけで魔法が発動するんだね」

「魔法の名前が違っても同じ魔法が発動するのか?」

「うーん、その辺りはもっと専門的な分野になっちゃうよ。世界の言葉は多種多様だからね。結局のところその言葉で想像力がちゃんとつながって形を成せば魔法は成立すると思うよ?」

「ほーん……」

「後、魔法の等級は基本的に、規模と破壊力、魔力を込めることが出来る範囲で決まるから。リンタローの魔法は初級だね」

「なんつーか……曖昧なんだな」

「そうだね。そもそも、等級自体が出来上がったのもごく最近の事なんだよ。確か……五十年ぐらい?」

「はあ?魔法は随分昔からある筈だろ?」

「うん。昔からあるからこそ、だよ。魔法は、国にとって文化であると同時に、軍事力であり、国力そのものでもある。互いが互いに大切な部分を秘匿し合って、結果的に国独自の基準がそれぞれにあったんだ。長い間その状況が続いて、歩み寄ろうとし始めたのが百年ぐらい前。それから長い間協議されて、今の等級基準が出来たんだよ」

「成程な……流石は、スピカ先生。分かりやすかったぜ」

「そ、そう?」

「にしても、何で百年前にそんな国同士が歩み寄る様な事が起きたんだ?」

「それは……まあ、授業でもやると思うよ。結構大きな件だしね。でも、今は魔法の実習でしょ?続きをしよっか」

 少し不自然に話題を切りながら、スピカは手を叩く。

 違和感があれども彼女の言う事は道理であるし、凛太郎は魔法に触れたばかりのド素人。教官役に逆らえるような立場ではない。

 補足をするならば、凛太郎の魔法に対する適性は、中の下から中の中が良い所。

 結局、適正属性以外の魔法は初級魔法でも四苦八苦する事になるのだった。

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