第13話
「――――えー、魔法には属性の他にも階級で分かれているんですねー。大まかな区分は五段階。まずは、初級。これは本当に初期の初期、魔法に初めて触れる人向けの魔法ですねー」
カツカツと黒板とチョークがぶつかり合う音が響く。
「続いて、下級。こちらは本格的に魔法を学び始めた人たちへの課題に挙げられる事も多い魔法ですねー。難易度は相応ではありますが……まあ、一人前の魔導士は扱えて当り前、という風潮もある階級となっていますー」
「先生、売買されている魔水晶は、下級魔法記録しているものが多いですけど。それは何でですか?」
「そうですねー。基本的に、一般に出回っている魔水晶の用途の問題が理由の一つですねー」
生徒の質問に答えながら、ヴァントル教諭は淀みなく黒板へとチョークを走らせていく。
「一般使用される魔水晶の使用用途はー、基本的に日常生活に必要な場合を想定されているんですねー。具体的には、火の魔水晶。こちらは、燃料であったり、料理であったりが主な使用用途となっています。そんな場合に、それこそ軍事利用可能なほどの火力は必要ありませんのでー、威力が低くも使用用途に添える様な下級魔法が利用されていますねー」
ただ、とそこでチョークが止まる。
「魔水晶の悪用はどの国でも裁判なしに一発で牢屋行きですので、気を付けてくださいねー」
軽い口調ではあったが、コレは何の冗談でも脅しでもなく、マジである。
過去、魔水晶が出回り始めた頃に、記録された魔法を悪用した者達が複数出たのだ。
魔水晶の規制を求めるような活動も出てきたのだが、如何せんその利便性は一度味わってしまうと手放しがたい。何より、利権など諸々複雑怪奇に絡み合ってもいた。
結果、魔水晶の出回っている国々は厳しい法律を敷く事になる。
対症療法のようなやり方だが、それでも一定の成果は挙げており今日まで魔水晶が規制される事はない。
しんと静かになった教室。そんな静寂を破ったのは、別の声だ。
「…………そもそも、魔水晶って何なんだ?」
「ふむ、そうですねー。蹴速君は、魔水晶を使った事がありませんか?」
「え?ああ、まあ……」
「では、少し補足しておきましょう。魔水晶は、主にエウロープ方面で産出される特殊な水晶、レコルディウムに魔法式を刻み込む事で創り出されます。魔法式と言うのは、魔法を使用するために必要な式の事で、こちらは基本的に魔導士ならば無意識の内に組み立ててしまえる仕組みの事を言うんですねー。レコルディウムへの魔法式の刻印は専用の職人が必要で、質の高い物ほど高価となり、同時に実用性の高い物が仕上がっていくんですねー」
「へぇー……使用回数とかあるんですか?」
「そうですねー……使い方次第ですがー、やはり質の高い物ほど経年劣化しづらいとされていますねー。ただ、こちらはレコルディウム自体の純度も関係してきますので正確な回数を割り出す事は難しい問題とされているんですよー」
ヴァントル教諭の言葉をメモしながら頷く凛太郎。彼だけでなく、詳しく知らなかった者達も、ノートへとペンを走らせる。
因みに、産出量が多いとされるエウロープ方面だが、レコルディウム自体は世界各国で産出される一大鉱物資源とされている。
一説には、魔力濃度の濃い地域ほど質の良いレコルディウムが産出されるとされていたりもするが、詳しくは分かっていない。
茶々を入れる事無く真面目に話を聞く生徒たちに、良い傾向だ、と内心でヴァントル教諭は頷いていた。
再三再四となるが学院に入学する生徒は、魔法への習熟度に大きな差がある。
だからこその“洗礼”であったが。
「続きましては…………っと、時間ですねー。他の説明は明日にしましょうか。午後からは実技の授業になりますからー、競技会場の一番に集合してくださいねー」
ひらりと手を振って教室を出ていくヴァントル教諭の背中が廊下に消えた所で、チャイムが鳴った。
お昼休みだ。
「凛太郎、食堂に行こうぜ!」
「おう。スピカも行くぞ」
「え?あ、うん」
教科書を机の天板下スペースに押し込んでいれば、アーディルが昼食を誘いに来た。
間髪入れずに応えつつ、ついでにスピカを連れていくつもりらしい凛太郎。言われた側は目を点にしているが。
彼はあの日から、スピカを無理矢理にでも連れ回すようにしていた。
これが良い事か悪い事か、と問われればハッキリとは言えないだろう。
スピカの事情をガン無視している、と言うのは宜しくないだろう。その一方で、彼女が常に目の届く範囲に居る事で、もしもの時対処しやすいという利点もある。
不器用で強引ながらも、これもまた蹴速凛太郎と言う少年の一つの優しさの形でもあった。
後ろから飛びついてきたマオを背負って、凛太郎一行が食堂へと向かう道すがら話題は午後の授業。
「実技って、何するんだろうな」
「魔法じゃないの?」
「でも、この一週間の実技って体力づくり?だったじゃねぇか」
そう、凛太郎の言うように新入生は今まで全ての実技の時間は体力づくりを強いられていた。
少なくない不満が出ていたが、
「ガルゴリ先生は怖いからにゃ~」
マオが呟く事が全てを物語る。
体力育成の時間、彼らを見ていたのはヴァントル教諭ではなく、ガルゴリ・グリルフィード教諭であったのだ。
彼は、既に中年の古参教員である。
だがしかし、その鍛え上げられた肉体は全盛期を過ぎても、生半可な魔導士ならば素手で制圧できるスペックを誇っている。加えて、身体強化の魔法を得意としておりその倍率は学院でも屈指。
魔法を使いたければ己を倒せ、と言うのはこのグリルフィード教諭の言葉だった。
「実際問題、魔導士は体術を疎かにしている場合が多いからにゃ~。ま、そこを狙われて
「寧ろ、ガルゴリ先生みたいに体術に力を入れてる魔導士が少ないよ。
「ぱら……?」
「魔法と武器術を組み合わせる人たちの事だよ。多いのは、剣や槍を使う人かな?」
「ウルスラグーンは、弓矢の方が多いにゃ~。海獣の骨や腱をを使って弓と鏃、シャフトを造って、矢羽根には海鳥の羽を使うにぃ」
「うちは剣だったなぁ。でも、エウロープ方面の諸刃じゃなくて片刃で反りの深い剣や、小剣なんかが多い。それに、神官としての側面もあるから、舞いを舞ったりするんだ」
「国によって違うもんだな」
「寧ろ、秋津の国こそじゃないかな?サムライって言う人たちがいるらしいけど……」
「知らねぇな」
バッサリ言い切る田舎者。実の所、この言葉は正確ではない。
実際に、顔を合わせた事はない。だが、知識として彼は本来は知っている筈なのだ。老人がそういう教育を施したから。
つまり、忘れているだけで一応の説明が出来る程度の知識はある筈なのだ。忘れているだけで。
ビュッフェスタイルの昼食を各々取りながら更に話題は転がっていく。
「魔水晶ってのは、誰でも買えるものなのか?」
「そうだね。でも――――」
「基本的に、認可が下りてる所だけだぞ。それに買うなら、大手か国営の場所が良いな」
「商人的にか?」
「それもある。ただ、もう少し広い理由もあるんだ」
一口、豆のペーストを塗ったパンを食べながらアーディルが空いた手の人差し指を立てる。
「魔水晶、ひいてはレコルディウムの取引ってのは国が管理して、その上で俺達商人へと卸してるんだ。取引量はそのまま、商人の規模や技量、これまでに積み上げてきた実績と信用の上で成り立ってる。店としても、魔水晶の取引は旨味がデカい。だから手放さないために品質管理や物流ルートなんかは神経質な位見てるんだ」
「流石は、アジフ商団って所だねん。要は粗悪品が出回って、魔水晶やレコルディウムの価値が落ちると国単位の経済損失になるって事にゃあ」
「はー……利権って奴か」
「そうだね。魔水晶の有無は生活に直結するし、寧ろリンタローみたいに完全に魔法を切り離した生活の方が珍しいんだよ?」
「そう言えば、凛太郎たちはどうやって暮らしてたんだ?いや、魔法に触れたことはないってのは聞いたけどさ」
「どう……周りが山と森だったからな」
慣れた者にとって、森林は食材の宝庫だ。
獣を仕留めれば肉が手に入り、川に行けば魚が、野草に木の実、キノコ類。竹林があればタケノコだって採取できる。
枯れ木を集めれば、薪も出来る。先の通り川から水を汲んでもいいし、凛太郎の実家は井戸を掘っていた。
穀類は、畑や田んぼを造れば良い。近寄ってきた野生動物は、場合によって追い払ったり仕留めたり。
「…………食うに困ったことはないな。知識と経験が無けりゃ飢えるだろうが……それでも魔法が欲しい場面はない」
「にゃ~、ウルスラグーンでも魔法の使用を控えるときはあるけど……それでも完全にゼロってのは無かったねぇ」
「まあ、文明社会なら必須だろうな」
そう言って凛太郎が思い出すのは、この学院に来てからの日々。
あらゆる場所の魔法が根付いており、万が一にでも機能停止を起こしてしまえば瓦解するのでは、と心配になってしまう程。
(魔法が使えなくなったらどうなるんだろうな)
パンを食べながらそんな事を考える、昼の一幕。
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