第12話
アールスノヴァ魔導学院に設けられた、図書館塔。
その見た目は、名前そのまま天を衝く塔だったりする。
入館そのものは、生徒や教員だけでなく許可証さえ用意できたのなら学外の人間でも出入りする事が可能だ。
というのも、この図書館塔に収められた蔵書の数々は世界的に見ても希少な文献や絶版本なども含まれているから。
その内部は、やはり広大。直径八十メートル程の円がそのままに上へと伸びた円筒形しており、その天辺は尖塔が置かれている。
入り口から入って突き当りに受付カウンターが設置されており、その一直線の通路を挟む様にして高さ三メートル程の本棚が等間隔に整列するように設置されていた。
上へと進むには、各階の両脇に設置された階段を登る。若しくは、後付けに設置された魔導昇降機を用いる位か。
構造上の問題か、全十階層の内四階から上は中央をぶち抜かれた吹き抜けとなっており、壁一面には蔵書の数々。そして、その吹き抜けを渡す渡り廊下が各階に幾つか設けられてもいた。
兎にも角にも、スケールの大きすぎる図書館塔ではあるのだがその学習コーナーもまた設けられていた。
個人個人の区切りのある机と、それからグループワーク用の大きな六人掛けのテーブル。
飲食は禁止であり、大声で騒げばビブリオフィリアの館長に折檻を受ける事になるだろう。
「ぐぬぅ……めんどくせぇなぁ」
「そうも言ってられないよ、リンタロー。入学してすぐに躓いていたら、後々ついていけないよ?」
「分かってるけどよお」
魔力を注ぐ事でインクを吐き出す魔導ペンで額を掻きながら、凛太郎は眉間に深い深い皺を刻んでいた。
彼の前に置かれているのは、教科書とそれから始まった授業で用いたノート類。
そんな彼の教師役を買って出たスピカは、対面の席に座って苦笑い。それから、
「まあ、今まで魔法に触れた事が無いのなら仕方ないんじゃないか?」
「幸いリンちゃんは、馬鹿じゃないみたいだしねい」
凛太郎の隣の席にはアーディルが。スピカの隣にはマオが座っていた。
あの日。レムの森林での一件から凛太郎への接し方を初対面の時へと戻したスピカと、凛太郎に何かと絡む二人に親交が生まれるのは必然的な事だった。
幸い二人の母国は、ガラシア帝国と事を起こしてはいない。していたとしても、二人の態度は変わらなかっただろう。
授業が始まって既に、一週間が経過した今日この頃。四人は勉強会と題して図書館塔の一角で授業内容の復習などに精を出していた。
「えーっと……魔法は、九つの属性に分かれていて……でも、学院を造ったのは八人?」
「そうだね。魔法の属性は、炎、水、風、雷、土、木、光、闇の八属性に無属性を加えた九属性になるんだ。ただ、無属性はちょっと立ち位置が別なんだよね」
「基本的に、無属性に数えられる魔法は、他の属性に分別不可能って場合が多いねい。例えば、基礎の身体強化魔法なんかは無属性だにゃ~」
「そうそう、マオの言う通りだよ。他にも、治癒魔法や、千里眼なんかもここに入るかな」
「…………で、何でこの属性に賢者?は居ないんだ?」
「それは、無属性が誰でも使えるから、だな」
「勿論、使い手次第である程度の強弱はあっても、誰が使っても一定の効果を得られる魔法が無属性なんだよ。裏を返せば、この魔法を極めるのは不毛なんだ。出来ない事はないだろうけど、そっちを鍛える位なら自分の属性魔法を鍛えた方が良いよ」
「ほーん」
ノートにペンを走らせながら、凛太郎は頷く。
基本的に教師役三人に教わる形だが、存外分かりやすい。
この辺りは、教師役が優れている、というのとそれから聞く生徒側である凛太郎自身が真っ新な状態で知識を吸収しているお陰でもあるだろう。先入観が無いお陰で、学びに素直に頷いていた。
「そう言えば、その属性はいつ分かるんだ?」
「だいたいは、物心ついた頃に測定してるんじゃないかな。少なくともボクはそうだったよ」
「あたしも似たようなもんだにゃ~」
「俺もだな!自分の属性を把握しておくのは、魔導士にとって必須だからな」
「?なんでだ?」
「そのまま、自分の属性の魔法は親和性が高くて伸ばしやすいからだよ」
言いながら、スピカは凛太郎のノートを借りるとペンを走らせた。
「まず、魔法にも相性があるの。炎は水に弱いけど、その代わり木や土に強い。水は雷や木に弱いけど、炎や土に強い。絶対的ではないけど、それでも基本はこんな感じ。それで、得意な属性は伸ばしやすいけど、その一方で相性の悪い属性の魔法は習得が難しいんだ」
「出来ない訳じゃ、無いんだな」
「そうだね。可能といえば、可能だよ。ただ…………」
「くっそヘボくなっちまうけどねん」
バッサリとマオが言い切った。
スピカが頬を引きつらせるも、否定の言葉は出てこない。
「まあ、出来ない事じゃないんだけどさ。そんな事をするぐらいなら、得意を伸ばした方がいいぜ、って話だな」
アーディルの補足が入りスピカから返してもらったノートに、凛太郎はメモを書き込んでいく。
紙面にペン先を走らせて、その手ははたと止まった。
とある疑問が湧いてきたからだ。
「なら、コレはどうなるんだ?」
「コレ?」
「ほら、国同士で言葉って違うんだろ?でも、俺が言う事もお前らが言う事も分かる、コレ」
「あー、翻訳魔法の事?うーん……」
「一応一般にも出回ってるぜ?アクセサリー型で、うちの商団でも重宝してるしな。ただ……」
「なんだ?」
言葉を濁す二人に、凛太郎はマオにも目を向ける。
「もう、食べらんにゃいにゃ~」
この猫娘、ベタな寝言と共に眠っていた。
変な事を聞いたか?と首を傾げる凛太郎。そんな彼の疑問に答えるのは第三者の声だった。
「――――それは、この学院に多く用いられている
声がしたのは四人のついている六人掛けのテーブル側の壁面の本棚。
そこに置かれたキャスター付きの木製の階段。その一番上に登って本の整理をする頬のこけた男性。
顔色の悪い司書、イルム=パディ・スーフィーは壁面に置かれた本から視線を外すことなく、言葉を紡ぐ。
「歴史の長いこの学院には多くの魔法が仕込まれている。お前たちの学生寮に用いられた識別転移魔法もその一つだ」
「えっと、そのろすとまじっく?ってのは何なんですか?」
「その名の通り、古代に確かに存在し、そして今も残されている分類不能の魔法たちの事だ。そもそも、現代の翻訳魔法の効力は基本的に一対一。一つの言語に対してのみしか翻訳が適用されない。少年、お前の使う秋津語が、ガラシア、ハビラ=ラビア、ウルスラグーンのそれぞれの国に通じる、と言う事は本来は起きる事は無いんだ」
「へぇー」
「さらに詳しく知りたいのなら、二年に進級してから選択科目で選ぶと良い」
「あ、うっす。ありがとうございました」
整理を終えたのか台車階段を押して去っていく背中に軽く頭を下げた凛太郎。
そして三人へと向き直り、
「……で、アレって誰だ?」
「司書のスーフィー先生だよ。というか、リンタロー。キミ、誰かも分かって無かったの?」
「いやだって……この図書館広いんだもんよ」
「だからって、知らないのはどうかと思うけどにゃ~」
「さっきまで寝てたろうがお前は……!」
「あたしは知ってたも~ん」
にゃははは~と胸を張るマオに対して、凛太郎の蟀谷に青筋が浮かんだ。暴れ出す事はないだろうが、それでもムカつく事には変わり無し。
どうにかこうにか宥めて落ち着かせて再開される勉強会。
話題は専ら、古代魔法だ。
「お前らが言葉に詰まったのは、よく知らないからか?」
「まあ、そうだね。そもそも
「そうなのか?でも、こういう翻訳魔法だったか。使えたら便利だろ?」
「便利だけど、それなら翻訳魔法を記憶させた魔水晶を幾つか用意すればいいからね。だいたいネクタイピン程度の大きさがあれば魔法を使うには事欠かないから、必要な数用意してポケットにでも入れておけばいいんだよ」
「そっちの方が手間もかからないしな。うちの商団でもその方式だぜ?ネックレスみたいにして、必要な時に魔力を通すんだ」
「そういうもんか?」
「分かってにゃいねぇ、リンちゃん」
「……んだよ」
ニヤニヤといつもの笑みを浮かべるマオ。
「そもそも、そんな多国籍の場に一般人が出くわすと思う?」
「…………今?」
「
「そうだな。だから、便利なように見えてこの翻訳の古代魔法はそこまで有用じゃないんだ。魔力を通し直せば魔水晶の翻訳魔法も別言語で再利用できるからな」
「
「それだけじゃなくて~、ちょ~危険な魔法もあるしねぇ」
「超危険?」
「
「いや、聞かれても知らねぇ…………何だそりゃ?」
「とっっっっってつもなく、危険な魔法?」
「溜めたな」
「俺も良く知らないぜ。物によって唱えるだけで街が滅ぶだとか、天変地異が起きるだとか……まあ、とにかく危ないって事位か?」
「曖昧過ぎね?」
「そんな物だよ。詳しく知ってる人なんて、それこそ居ないんじゃないかな?ボクだっておとぎ話程度で、それもアーディルが言ったみたいな抽象的な印象しかないし」
「リンちゃんの故郷にもそういう言葉あるじゃにゃい。ほら、過ぎたるは猶及ばざるが如し、って」
「まあ…………良く知ってるしな、お前」
「ふふ~ん、あたしは何でも知ってるよん♪明日の天気から、授業中の小テスト…………果ては、スーちゃんのスリーサイズまで!」
「はあ!?!?」
「すりー……?」
椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がったスピカ。その顔は、ゆで上げられたタコの様に一気に真っ赤。耳は愚か、首筋まで赤くなっている。
「な、なななな……急に何言いだすのさ!?」
「にゃっふ~ン♪ええ~と上からぁ――――」
「うわぁああああああああ!?!?」
詰め寄ってくるスピカを笑っていなすマオは、完全な愉快犯。
もっとも、もう一人の揶揄う対象であった凛太郎の方は、聞き馴染みのない言葉に首を傾げているのだが。
騒ぎが大きくなり始め、疎らな図書館塔を利用している生徒たちの視線が少なからず彼らへと向けられたころ、
「――――喧しいぞ、ガキ共」
目を怪しく光らせて、その背に鬼を背負ったスーフィー司書が登場。
指のスナップが鳴らされて、四人は仲良く蔦によって簀巻きにされて天井からつるされる事と相成った。
実の所、この折檻簀巻きはこの図書館塔の名物だったりする。因みに、対象は生徒たちのみならず教師陣も含まれる。
上級生の一部は、今年のやらかし第一号達を眺めて自分たちの入学した時の事を思い出し、さらに一部は折檻を受けた時の事を思い出して若干顔色を青くする。
大なり小なり注目を集め、そして図書館塔の主の目も逸れたそんな時、
――――誰かが、扉を飛び出していった。
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