第5話
アールスノヴァ魔導学院の学生寮は、広々としている上に一人一部屋与えられる。
それぞれの部屋に入室するために必要なのは、魔力の質だ。
「それじゃあ、また明日な凛太郎!」
「またねぃ、リンちゃん」
「おう」
片手を挙げて新たな友人二人を見送る凛太郎。さりげなく、彼らがどうやって寮内へと入って行くのかを確認しながら。
学生寮は、八角形の塔の形状をしている。ワンフロア四十室の、五階建て。それを少し離して四棟。
中央に吹き抜けの中庭を設けられ、割り当てられる部屋に差異は無い。個人の私物で個性を出す事は可能で、それから僅かな魔法の使用を認められている。
もっとも、後者に関しては本当に些細なもの。明かりの魔法などが該当し、もし仮に攻撃系の魔法をぶっ放した場合は相応の厳罰が課される事になるだろう。
話を戻して、入寮だが実の所学生寮には明確な出入口は存在しない。
代わりに在るのが、石碑だ。
高さは、1.5メートル程。これが、寮の八つの辺その一つ一つの正面に設置されている。
入寮方法は簡単、この石碑に触れるだけだ。ただし、誰でも触れれば入れるわけでもない。それが、冒頭の魔力の質に繋がる。
先の二人、マオとアーディルの二人に倣うようにして、凛太郎は石碑へと触れた。
瞬間、掌が触れている部分が仄かに暖かくなり、無地であった筈の意思の表面に光り輝く文字の羅列が現れる。
相当に崩された文字列である為、解読は不可能。
そして次の瞬間には、
「…………本当に、何でもありだな、魔法ってのは」
凛太郎の体は見覚えのない部屋へと送り込まれていた。
広さは凡そ八畳ほどだろうか。振り返れば真っ白な壁があり、出入り口などは見つからない。
改めて前を見れば人の出入りも可能であろう大きさの嵌め殺しの窓。足元は木目の床だが整えられており、更に仕立ての良い絨毯が敷かれている。
家具に関しても天蓋付きのダブルベッドに広々とした天板の乗せられた机と、座り心地の良さそうな椅子。窓の近くには、カウチソファ。更に衣装棚や姿見等々。とにかく、一人暮らしをする上では困らない程度には、整えられた部屋だ。寧ろ、人によっては過分で慣れないだろう。
何となく覚える居心地の悪さ。凛太郎が向かったのは、ベッドの上に置かれていた風呂敷包み。
一抱え程の大きさであり、同時に現状の彼の持ち物の全てでもあった。
包みを解けば、入っているのは着流しや腰帯等々。とにかく、私生活に必要な品々だ。
荷物の確認を進めながら、考えるのはやはりスピカの事。
「むぅ…………」
気になる。寧ろ、気にしない方が無理というもの。
だがしかし、判断を下すには彼はあまりにも何も知らな過ぎた。
一度、着物その他を脇に退けて、凛太郎は荷物の中に放り込んでいた入学許可証を手に取った。
この紙には別の魔法が掛けられており、アールスノヴァ魔導学院の敷地内に入ると地図としての機能を果たすのだ。
広大な敷地面積を誇り、尚且つ迷いやすいからという理由からの配慮。猶、この男はその配慮をぶん投げてしまっていたが。
凛太郎が探しているのは、書庫。
実家にも書庫があった。蔵書は老人の持ち物で、時折虫干しの為に持ち出してもいたのだが、その時に言われた事。
曰く、知は力。知らずに生きるな、学んで喰らえ
狭い世界しか知らない彼だが、学びへと向かう姿勢だけは既に下地が出来ている。
「…………うっし」
明日含めた行動方針は決まった。後は時を待つだけだ。
*
翌日。新入生にとっては二日目の学校生活の始まりの朝。
基本的にアールスノヴァ魔導学院の食事は、大食堂で摂られる場合が多い。若しくは、購買部で買うか。
そして、大食堂はいつでも開いている。
そもそも、ここは学生たちのみならず、学院に属する全ての人間が食事をとれる場所なのだ。もっとも、食事場所自体は分けられているが。
「寝台ってのも、良いもんだな」
慣れないネクタイを首から下げた凛太郎は、そんな事を呟きながら木製の扉が開け放たれた大きな石造りのアーチを潜った。
大食堂。一~四年までの全校生徒が座っても余裕を持って食事が出来るように造られた学生スペース。
だが、長い長い机を四列置かれ、その長い辺の側に置かれた長椅子という構成の食事スペースはガランとしている。
それもその筈、今は登校時間の凡そ二時間ほど前なのだから。寧ろ、生徒によってはまだ夢の中だろう。
凛太郎の場合は、体が勝手に日の出の時刻で目が覚めるようになっていた。この体内時計の正確さは場所が変わろうとも狂いは殆ど無い。
さて、食堂のルールだが基本的にビュッフェスタイルだ。
最初にトレイとトングを取って必要な皿を幾つか用意して、料理を取っていく形。
「……?」
慣れない凛太郎は、いまいち分からない。昨晩は、新入生だけを集めた食事会が開催され、予め料理は一人ずつに用意されていた為に、余計に分からない。
参った、と頭を掻く。すると、
「お困りですか?」
後ろから声を掛けられる。
振り返れば、眼鏡をかけた深緑の髪を三つ編みにして後ろに垂らした女生徒が立っていた。巻かれたリボンタイの色は、青色。
「えっと……?」
「ああ、名乗り遅れました。私は、フィスィ・ガーデンロウ。三年生です」
「蹴速凛太郎……です」
「!では、君が二十数年ぶりの秋津の国出身の新入生なんですね」
「はあ…………」
何で知っているのか、と思わなくも無いが魔法に触れて二日の凛太郎にはとある概念が芽吹いていた。
即ち、魔法は何でもあり
更に上記に加えて、彼自身が自分の個人情報に対する警戒というモノが薄いという理由もあった。
彼はまだ、周囲に自分の情報が筒抜けになってしまう恐ろしさというモノを知らないからだ。
故に、首を傾げようとも声をかけてきたこの上級生に対する警戒はほぼ無いに等しい。
「えーっと、先輩……ですよね?」
「はい。ついでに、この学院の生徒会長も務めさせていただいています」
「生徒、会長?」
「お話は、まずは朝食の準備を進めてからにしましょう。人が少ないとはいえ、長々と入り口を塞いでいて良いモノではありませんからね」
ついてきてください、とフィスィは分かりやすいようにトレイとトングを手に取った。倣うように凛太郎も続く。
「毎年数人、居るんですよ。ビュッフェスタイルに慣れていなくて、どうすればいいのか分からない新入生」
「び……?舌噛みそうだな」
「ふふっ、そうですね。主に、アースィアン方面の国々出身の生徒が困っている場合が多いんです。ですので、この一週間ほどは生徒会役員がタイミングをずらして新入生のお世話をするんですよ」
「俺だけで良い、んですか?」
「はい。生徒会役員と言っても、何も役職持ちの生徒だけではありませんから。さて、何でも取って良いですよ。ただし、食べきれる量まで、ですけど」
「?これは、何て言う料理……なんですか?」
「オムレツですよ。卵の中には、チーズとそれから各種刻んだ野菜が包まれています。一応、バターの風味がありますし、チーズ自体にも塩気がありますけど、お好みで手前にあるソースを掛けても良いんです」
「へぇ……」
フィスィの説明を受け、凛太郎は試しに件のオムレツを一切れ皿へと取ってみる。
その他にも、ベーコンやポテトサラダなどのオーソドックスな朝食から、
「主食である穀類は、基本的に数種類のパンが提供されています。食べた事は?」
「あー、前に何回か……?つっても、ジジイが貰ってきたもんでここまでの数は無かったな……あ、無かったっす」
「無理に敬語を使う必要はありませんよ?」
「いや、こう言うのは甘えちゃいけないんで。年長者には敬意を払えってジジイにも言われてるんです」
「良いお爺様ですね。では、そんな頑張る後輩君には私のお勧めをあげましょう」
ふんわりと微笑むフィスィがトングで取ったのは、焼きたてのクロワッサン。
「食堂のパンは、焼きたてが基本です。その中でも、このクロワッサンは人気で直ぐに売り切れてしまうんですよ」
「へぇ……あ、先輩ってその為に早く来てるんすか?」
「ふふっ、バレちゃいましたか?そうですね、それもあります。朝の内に処理しておきたい書類等もありますけど……こうして、朝から美味しいものが食べれれば元気も出ますからね」
「一理あるっすね」
美味しいは正義。凛太郎も頷いて、出された料理を見て回る。
食べられないものは無い。というか、山菜、野草、カエルや虫等々。山中で食べられるものは全て食ってきた男だ。大抵の食べ物は抵抗なく食べることが出来るだろう。
あれもこれもと取って行けば皿の上には小山が出来た。
そのまま、国際色豊かであるからか置かれていた一膳分の箸を取って先にテーブルについていたフィスィの前の席へと歩を進める。
「随分と多いですね?食べきれますか?」
「余裕っすよ」
席に座って凛太郎はまず、フィスィお勧めであるクロワッサンへと手を伸ばした。
クロワッサンの醍醐味といえば、何層にも重ねられた生地とその間に挟まれるバターの風味だろう。
一口齧れば、パン屑が落ちるがサックリとした食感と、ふんわりと香るバターと小麦粉独自のほのかな甘みを堪能することが出来る。
「…………旨い!」
「ふふっ、良かったです」
パクパクと食べ進められていく朝食の山。好き嫌いが無く、ついでに喰い合わせも気にしない凛太郎の箸は止まる事を知らない。
彼の三分の一以下の量だったフィスィの朝食とほぼ同じペースで食べ進めて、10分ほどでトレイの上は空となる。
健啖家、と言うべきだろう。
「ふぅ……まあ、朝はこんなもんですよね」
「本当に、食べきってしまうなんて…………」
「食べれる時に食べるようにしてますし、旨い物はどれだけ食っても良いもんです。手軽に、幸せになれる」
「満腹の幸福感、と言う事ですか?」
「似てますね。違うのは、俺が満腹じゃない事っス。六、七割って所ですかね」
「す、凄いですね……」
食後の紅茶のカップを堪能しながら、フィスィは頬を引きつらせる。
彼女の見立てでは、目の前の後輩はまだまだ余裕がある。六割も空腹が埋まっているようには見えなかった。
一服。
「そう言えば、凛太郎君はどうしてここまでの早起きをしているんですか?」
「んぇ?あー……少し、調べ物をしたかったんす。図書館塔?って所に行きたくて」
「図書館塔?」
「はい。俺、田舎の出なんですけど、どうにも色々と疎いんで…………友達の事も良く知らなくて」
「ご友人の……私で良ければ、少し相談に乗りましょうか?」
「良いんですか?」
「はい。後輩の悩みを聞くのも、先輩のお仕事ですからね」
そう言って、フィスィは微笑んだ。
凛太郎としても、渡りに舟ではある。調べようとは思っていても、とっかかりも無い現状。溺れる者は藁をもつかむ。
「…………先輩って、あー……ガラシア?って国知ってますか?」
「エウロープ方面の大国ですね。正しくは、ガラシア帝国。山岳地帯に都を置き、そこは天然の要害としても有名です。軍事政権を敷いており、国を大きくしたのも過去の軍事侵攻に因るものなんです」
「へぇー……嫌われてるんですかね?」
「ええ、まあ…………先ほども言ったように、ガラシア帝国が領土を広げて来れたのは、偏にその軍事力があってこそなんです。山岳地帯を祖国とする彼らは、肥沃な平地を求めました。しかし、他国にとっても自国における食糧庫である穀倉地帯を早々に手放す事など出来ません。結果、起きたのがエウロープ大戦です。この辺りは、授業でも習う事になりますよ。そして、ガラシア帝国は勝利し、周辺諸国の土地を接収し、エウロープ方面においても有数の大国となったのです………多くの遺恨を残して」
「成程な……」
「ガラシア帝国の元首は、リオニス家。そして、このリオニス家を守る様にして十二の家が存在しています。確か、今年度の入学生の中にもこの家の出身者がいた筈ですよ」
それか、と凛太郎は内心で頷く。
島国である秋津の国ではあまり起きる事は無いが、大陸に存在する国々には常に領土問題が付き纏う。
特に荒れるのが、国境線だ。
肥沃な大地、港、森林、地下資源などなど。人々の争いの種というモノは尽きない。
そして、それらを自分たちに都合よく、尚且つ総取りする事も可能な手段と言うのが――――戦争、である。
他国が邪魔であるのなら、接収、或いは滅ぼしてしまえばいい。土地さえ殺さなければ損害よりも手に入る利益の方が上回るだろう。
軍事大国。それも相当強引な手段で周辺諸国へと手を伸ばした国ともなれば、当然ながら周囲からの印象は宜しくない。
そして、恨みは受け継がれ続ける。
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