バブル09 腰の巾着
七瀬とゆうき達のはなし声が聞こえてくる。何やら楽しそうだ。
「しいかちゃん、どうだった?」
「ふん、思ったより簡単だったわ」
もう産んだのか? よかった。俺にとってもはじめての子! 健やかであってほしい。これで、俺も父親か。感慨深い。産声は聞こえないけど大丈夫かな……。
あれっ、ひょっとして俺は大きな勘違いをしている? ゆうき達の正体は金魚。産まれてくるのも金魚なのかもしれない。いや、今は人間だし、どっちなんだろう。ま、まさか!
人魚!
あるいは河童・半魚人の類かもしれない。人間である保証も魚である保証もない。全く別の何かでもおかしくない。麻衣が見せてくれたホームページの記事が頭を過ぎる。99.9999%の不細工率!
もしも、産まれてきたのが人ならざるものだったとして……俺はちゃんと愛せるだろうか……。不安だ。不安しかない。俺には、産まれてくる子供達の全てを受け容れる覚悟なんてない……。
七瀬達のはなしは続いている。
「これで、おさんかたが終了ね。最後はまことちゃん!」
「ぽんぽんうんできまっせ!」
おさん? うんできます? やはりそうか。まことがトイレに入る。30秒ほどを数えると、スッキリした顔で出てきた。
「どうだった?」
「人間の姿になった瞬間から、せいこう・愛の結晶を産み落とすことは約束されていたっす。スッキリしたっす! 七瀬、ありがとうっす」
「いいのよ、それくらい」
なんて微笑ましい会話だろう。生命の誕生を前にして、厳かな気持ちになる。俺は、ちっぽけなことに囚われていた。不細工、上等! 不安なんか拭えるものじゃない。全部抱えて、それでも笑顔で前向きに生きればいいんだ!
俺はある決心をして、七瀬達の前に立った。実は、三枝三姉妹は俺の許嫁でもある。お梅おばあちゃんに3人まとめてもらえって命令されている。それに逆らうことなんてできない。けど、違う。俺は、俺の意思を伝えなければいけない。
「マ、マスター……どうしたの急に」
「七瀬、ありがとう。その前に、ごめん」
「はぁ? 何よ急にお礼したかと思えば謝罪だなんて」
「醜態を晒したこと」
「それ、今、謝んなくっても……」
全裸を晒したのもそうだし、お腹を大きくした女体と一緒にいるのも不誠実。全部、俺が悪い。なのに、七瀬はお産の手伝いまでしてくれた。感謝するのも当然だし、謝罪するのも当然。
俺は「この4人と」と、そこまで言ってから腰から上を直角に曲げ「くらすから、子供達に会わせて」と続けた。虫のいいはなしだ。妾の子に会わせてと本妻に頭を下げるダメな亭主のようだ。
そんな俺を、七瀬は冷たくあしらう。
「全部、水に流したから」
「はぁっ?」
驚いた。本当にびっくりした。よりによって、水に流すだなんて。俺の子がかわいそう。それに、仮に産まれてきたのが金魚だとして、稚魚の放流とかって、重い環境破壊だ。
「流さない方がよかったのかしら」
「当たり前だ! 俺、まだ見てもいないのに……」
「変態なの? マスターは変態なの? おかわいいのに?」
たしかに、俺はさっき醜態を晒した。おかわいいのを見せてしまった。だからって、自分の子に会いたい気持ちはある。それを変態と言われるのなら、俺は変態でいい。
「そう思ってくれても、構わない!」
「たしかに小さくて短いわね。飛鳥のデザインでしょ、それ」
「えっ?」
はなしが、よく分からない。全く噛み合っていない気がする。そしてふと、腰に巻いているバスタオルを見て驚いた。そこには『短小剣・エクスカリバ- 』と書かれていた。長音がやるせないほどに小さくて短かい。
そこへ、まりえが元気よく首を突っ込んできた。他の3人も。
「マスター、いっぱい出たよ! もう、お腹痛くなくなったの。ね、ゆうき」
「はい。全部、七瀬さんのおかげです。とてもスッキリしました」
「ふん、切り落として紙で拭くなんて、人間生活って清潔で私向きね」
「そっすね。でもマスター、本気であの茶色いのが見たいの? 変態っす」
いっぱい出た? スッキリした? 紙で拭く? 茶色いの? ゆうき達は一体、何を産み落としたんだろう……ま、まさか!
まりえが叫ぶのを、俺はすんでのところで阻む。
「でも水に流しちゃったから、今度見せてあげるね、まりえのうん……」
「……わーやめろー! それ以上、言うなーっ! ダメー!」
俺は自分の子供が生まれたと思っていたが、間違いだった。ゆうき達がトイレでいっぱい出したもの。それは、腰巾着ならぬ、文字通りの金魚のふんだった。
「ま、ふんのチェックなんて、昨日までは毎日してもらってたっす」
「そうなの、マスター?」
怪訝な表情の七瀬に、俺ははっきりと答える。
「まあね。ふんからは様々なことが分かるからね」
「ふーん。マスターも大変ね」
俺の盛大な勘違いは、頭のいいまことによってフォローされた。
それから、俺が全裸になっていたのは、ゆうきの仕業だと分かった。服が擦れて痛いので無理矢理脱がしたらしい。ただし、いたしてはいないようだ。
「だって、まさかあんなに短小とは……」
そんな風にいじられて、俺は憤慨した。
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