バブル08 100万分の1

 冗談だろう!


 まこと、何を言い出すんだ。産まれるって、何がだよ。俺、いたしてしまったのか? 1戦、いや、4戦交えてしまったのか? 猛者じゃん、俺!

 でも、記憶にない。全く憶えてない。憶えてないだけって可能性もある。パジャマだっていつの間にか脱ぎ捨てていたし。あぁ、もったいない……。


 七瀬の目を見るのが怖い。つい目を逸らしてしまう。


「マスターったら、もしかして……」

 違う、違うって。俺は何かが産まれるような行為はしていない。と、言いたいけど、自信がない。どどど、どっちなんだぁ。俺は完全にテンパった。


「な、七瀬。違うんだ。違うから、絶対……」

「はぁ。はいはい、ゆうきちゃん、みんなもこっちへ来て!」

 と、七瀬が女体を連れ出そうとしている。一体、どこに? 


「直ぐに、楽にしてあげるからねっ!」

 楽にするって何をどうすんだ? 分かんないけど女体達に七瀬に対する警戒心はない。七瀬のあとをついて行ってしまう。七瀬、どこへ連れて行くんだーっ。

 追いかけようとする俺を、七瀬が一言で制す。


「近寄らないでよ、変態! いや、おかわいいマスター」

 変態だって! 無理もないか。おかわいいって、何が? 何を見て言ったの?




 独りになった俺の元に、麻衣がやってきた。合鍵を持ち歩くヤバいやつ。今度は、タオルを持っている。


「マスター、一応、確認なんだけど……」

「なんだよ、麻衣」

「服を着るつもりはあるの?」

「あっ、あるよ……忘れてただけだよ……」

「じゃあ、はい。これでおかわいいのを隠してちょうだい」

 言いながら手にしていたタオルを俺に渡す。俺はそれを受け取って腰に巻く。ふかふかなタオルだけど、俺のじゃない。誰が用意してくれたんだろう。ありがとうと素直に言えばいいものを、俺は強がってしまう。


「人間なんて大自然に比べれば、みんなおかわいいものだよ」

「ふっ。そうよね。おかわいいわよね。ぷっ」

 笑われんのは癪だけど、麻衣に救われたのも事実。


「で、マスターはもう保健所に連絡したの?」

「へ? 保健所に連絡をしないといけないのか?」

「いやだぁ、マスターったらおかわいい!」

 それ、やめれ!


「厚労省のホームページ、見てないんだぁ」

 麻衣は言いながらスマホの画面を俺に見せた。


『  かわいいペットが擬人化した場合の対処法


   まず、擬人化したペットが不細工でも、決してがっかりしな

  いでください。ペットは動物だからかわいいのです。人間の姿

  になった場合は99.9999%の確率で不細工なのですから。

  (注1)

   擬人化した不細工なペットと暮らすのって、イヤじゃないで

  すか。反吐が出ますよね。

   そんなときは黙って保健所に連絡してください。直ぐに職員

  が駆けつけます。(注2)

   あとは職員にペットを引き渡すだけです。その際にお願いが

  あります。ペットを最高の笑顔で送ってあげてください。不細

  工さにショックを受けているあなたの気持ちも分かりますが、

  ペットにとっては、そのときがあなたの顔を見る最後となるの

  ですから。笑顔、忘れないでくださいね。

   さぁ、今直ぐにご連絡ください。保健所があなたに代わり、

  責任をもって処分いたします。(注3)


  (注1)昨年度発生した105万件の擬人化報告をまとめたも

      のです。普通だったのは1件で、あとは不細工でした。

  (注2)通報から48時間以内にお伺いいたします。(土日祝

      日・年末年始及び担当者の誕生日を除く)

  (注3)処分の内容についてはお知らせできません。     』


 こんなのあるんだ。年105万件って、擬人化は結構起こりうることなんだ。

 不細工率、高過ぎるな。その点、俺は幸せ者だよ。計算すると……。




 100万分の1!




 いや、それ以下の確率で、4人揃って美少女!

 処分内容はお知らせできないって……考えるのもいや。


「あんなかわいい子達を、おかわいいマスターは、どうするのです?」

「どうするって言われても……」

「処分するのですか?」

 とても重い言葉だ。


「処分だって! そんなこと、するわけないよ」

「でも、マスターに責任は取れるの?」

 麻衣の言う通りだ。飼い主の責任の重さは、身に染みている。ずっとゆうきを乗せて寝ていたんだから。その重みとやわらかみはよく理解している。

 だからこそ、処分なんて……。

「持つさ!」

「えっ?」

「しっかり責任を持って飼うさ!」

「そう……意外ね。けど、あの子達の子供の責任も持てるの?」




 子供!




 そうだった。産まれそうなんだった。みんな、お腹が痛いって言ってた。こうしちゃいられない。俺は、産まれてくる子供達の顔が見たい!


 気が付いたのは、七瀬を追って駆け出したあとだった。一刻も早くゆうき達や産まれてくる子供達の顔が見たい。だから走った。そして辿り着いたのはトイレの前。奥は脱衣所・お風呂場と水場が続く。


 俺の家のお風呂は天然温泉。源泉掛け流しでその温度は90度。時代劇とか漫画で産気付いた妊婦さんを見て産婆さんがお湯を沸かすように指示をするシーンを思い出す。あそこなら、清潔な水も手に入る。七瀬はそれを考慮して!


 俺はその手前で急ブレーキをかけた。このまま走り込んでゆうき達を驚かせたら大変だ。恥ずかしがっていきめなくなるのもまずい。俺は1度、物影に隠れて息を整える。落ち着け、俺! 落ち着くんだ。


____________

 ここまでお読みいただいて、ありがとうございます。

 マスターは無事にゆうき達の出産に立ち会うことができるのでしょうか。それとも……。

 この物語はフィクションです。厚労省のホームページには擬人化対策の案内は、今のところ存在致しません。


 次話にもご期待ください!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る