バブル06 スリーのショット

 俺はまことをお持ち帰りして直ぐ、ゆうきのいる水槽での飼育を試みた。丁寧に水を合わせて、慎重にまことをゆうきのいる水槽に入れた。

 これまでに重ねてきた失敗の残像から、俺の脳裏には不安がつきまとう。けどまことは自ら水面ジャンプしてボウルに飛び込んできてくれたラッキー金魚。だから俺はまことに期待を寄せていた。


 結果からいうとゆうきとまことの混泳は大成功した。蝶尾と黒出目金という相性のいい品種同士だったのもある。けど俺はまことだから成功したんだと思う。

「よし。俺にとっては初めての混泳の成功。まこと、ありがとう」


 それからの数日、俺はまりえとしいかの混泳に悪戦苦闘する。どうにも上手くいかない。まりえをしいかのいる水槽に移せば、まりえが縮こまってしまう。しいかをまりえのいる水槽に移せば、今度はしいかの元気がなくなってしまう。俺の技量が劣るんだろう。悔しいけど、認めざるを得ない。

「まりえ、しいか。お願いだからゆうきとまことのように仲良くしてくれよ」

 その時点で俺にはもう、祈ることしかすることがなかった。




 しばらく経ってのこと。俺はある事情で丸2日間家を留守にした。家に帰った俺は、久し振りに水槽の前に立った。水槽イン水槽だ。


 はじめにゆうきとまことがいる水槽を見た。ぱんぱんと2拍手して2匹を呼ぶ。ゆうきは直ぐに顔を出し、だきだき行動で俺を歓迎してくれた。うれしい。

 あとは、まことの顔を見たらさっさと隣の水槽に目を移すとしよう。そこにはきっと、さみしそうにしているまりえがいる。

 まことはいつもは底の方でじっとしているけど、呼べばちゃんと挨拶にきてくれる。だから俺はしばらく待っていた。ところが、いくら待ってもまことは現れない。どうしちゃったんだろう……。


 と、チャポンという水音を聞いた。まりえのいる隣の水槽から。まさかまりえまで水面ジャンプができるようになった! なーんてことはないだろうけど、気になった俺は隣の水槽に目を移した。斜め上から見下ろすように見た。


 水槽の底に1つの魚影があるのが見えた。いや、1つに見えた魚影は、2匹の金魚によるものだった。上の方にいてすりすり行動をしていたのがまりえ。そのお腹を背で支えるように下を泳いでいたのが、まことだった。

「ま、まこと。どうしてここに?」

 と、聞いてみたところで、まことは何も言わなかった。代わりに、大きく水面ジャンプして見せてくれた。そしてしいかのいる水槽に移ってしまった。

「まことの水面ジャンプ、すごい! もう、まりえともしいかとも仲良しなんだ」


 それを最後に、俺はしばらく黙り込んだ。そして、3つの小さい水槽の水をそーっと大きい水槽に移した。もちろん金魚ごと。4匹を混泳させるために。

 これまでは全く上手くいかなかった混泳だけど、失敗するとは思えなかった。まことが何とかしてくれるに違いないって思えた。


 まことは俺の期待に充分に応えてくれた。ゆうき・まりえ・しいかの3匹を引き合わすようにして泳いだ。3匹は何の疑いもなく、まことに従っていて、気が付いたときには3匹とも仲良くなっていた。

 その頃にはまことはもう水底にいた。水が少なくて浅くなってはいたがまことにとっては快適なようだ。悠々と泳ぐ他の3匹を眺めているように感じられた。


 俺は数日かけて水を増やしていった。そうやって丁寧かつ迅速に、4匹が安心して混泳できる環境を整えてあげた。それに連れ、ゆうきのだきだき、まりえのすりすり、しいかのころころも戻ってきた。


 こうして、俺は4匹の混泳に成功した。その様子を動画にしてブログに載せた。ブログは瞬く間にバズった。




 それからまたしばらくして連絡があった。お梅さんから。水槽を見せろという内容。上から目線で言われて腹が立つけど、断る理由はないので了承した。


 5月10日の午前7時。お梅さんがやってきた。3人のお供を連れていた。深々と帽子を被っていて、はじめは素顔が見えなかった。

「お梅さん。金魚の混泳です。是非見てください」

「ふーん、これがねぇ。儂には全く興味がない」

「ははは。じゃあ、何でわざわざ来たんですか」

「メイドを見せびらかしに来たのさ。今日はメイドの日だっていうからね」

 当時はまだ小学生だった俺には、メイドに対する憧れなんてない。

 だけど、お梅さんの連れてきたメイドにはただならぬものを感じた。妙な恭しさというか、たおやかさ。三枝家ともなると、メイドにまで教養があるものなのだろう。悔しいけど、お梅さんはやっぱすごい。


 ところが。メイド達は水槽の前に立つと、無我夢中で金魚達に魅入っていた。主人そっちのけといった具合で、まるで子供のよう。

「マスター殿。お願いがあるのじゃ」

「はぁ……」

「メイドの土産じゃ。受け取ってくれ」

「はぁ……」

 はなしが読めない。


「そやつらをしっかり見てもらいたいのじゃ」

「見るって、どういうこと?」

「儂の孫をよろしくと言っておるのじゃよ」

「そうですか。お孫さん……」

 えっ? 今、なんて?

「……って、じゃあ!」

 メイド服に身を包み、お梅さんに付き従って来た3人が、そのタイミングで帽子を脱いだ。麻衣・七瀬・飛鳥だった!


「マスター!」

「混泳、できたのね!」

「本当にすごい!」

「麻衣、七瀬、飛鳥……」

 三枝三姉妹のスリーショット。しかもメイド服。なかなかお目にかかれない。


「毎朝晩の2回、3人で過ごすことを許そう」

「えっ?」

「時刻は、そうじゃのう。どちらも7時から8時でどうじゃ?」

「えっ?」

「会見場所はここ限定。世間には内緒じゃ」

「えっ?」

「マスターには、いつか3人まとめてもらってもらうぞ」

「えーっ!」

 こうして、三枝三姉妹は毎朝晩の7時から8時に、俺の家の玄関で会うことができるようになった。


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 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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