バブル05 奇跡のジャンプ
三枝三姉妹が世界中に壮大な嘘をつかなければならない理由。それは、派閥があるから。三枝家という大きい水槽の中にある、派閥という小さい水槽。
水槽イン水槽。シュールなのは絵面だけじゃない。3人の人生までも左右している。そんなの、俺はいやだった。3人には一緒にいてほしい。心から笑ってほしい。どうにかしないと……。
お祭りの日。氏子総代のお梅さんが俺の家に来た。シュールな水槽イン水槽を見て笑い転げていた。機嫌は良さそうだ。よし、今だっ!
「お梅さん、お願いがあります!」
「貧乏宮司の倅風情がこの儂に何の用だい?」
「麻衣と七瀬と飛鳥が、3人仲良く暮らせるようにしてください」
お梅さんが俺を睨み付ける。怖い! ものすごいプレッシャーだ。
「だめだよ。三枝家の財は単独相続と決まっておる」
「そんなのまだ先のはなしじゃないか」
「もう直ぐかもしれん」
「そうは思えないけど」
実際、お梅さんはピンピンしている。
「無責任だね。儂は、儂なきあとの混乱を避けねばならない」
「あんなにあるんだ。分け合ってもいいじゃないか」
「それでは、派閥に属する者達が浮かばれまい」
「お梅さんは、孫の幸せよりも各派の人の方が大事なの!」
「言うじゃないか、倅風情!」
一層、プレッシャーが強まる。俺は吹き飛ばされそうなのを踏み止まって、
「だったら、もし俺が金魚の混泳に成功したら、許してくれないか」
と、鼻息荒く言った。どうしてそんなことを言ったか、覚えていない。
「だめだよ。口先だけの男の言うことを信じるほど、儂は甘くない」
「おっ、お願いだよ、お梅さん。3人は本当は仲良しなんだから」
「ふんっ。この神社も当代で潰れてしまうのかね!」
その言葉には、今までにないプレッシャーがあった。俺は悔しいことに、気圧されてしまった。何も言い返せなかった……。
その翌日から。三枝三姉妹は俺の家に遊びに来ることがなくなった。大方、お梅さんが禁じたのだろう。お梅さん、汚い!
少し経ってから、俺はブログをはじめることにした。金魚達の様子を動画にしてアップすれば、三枝三姉妹に届くかもしれない。
ブログをはじめるのは、当時小学生だった俺にとっては大変なこと。とても独りではできない。だから協力者を募った。名乗り出てくれたのは、3人の同級生。それぞれ別の派閥に属する会社社長の孫。おかげで上手くいった。そして、俺のブログは三枝三姉妹の知るところとなった。狙い通りだ!
だけど、このことがお梅さんにばれてしまった。協力してくれた3人が同日に転校するという事態に。しかも海外。お梅さん、汚い!
けど俺はめげなかった。兎に角、ブログは続けた。
幸いにも、お梅さんは三枝三姉妹にブログの閲覧を禁じるまではしなかった。だから俺は、かねてから決めていたことを実行することにした。3匹の混泳だ!
三枝三姉妹を派閥という小さい水槽から解放するのを、金魚達を混泳させるのに見立ててのこと。
試行錯誤した。失敗してはやり直し、また失敗。その連続に、つくづく思った。俺の飼い主としての技量のなさ。恥ずかしい結果だ。
転機は突然やってきた。祭りでもないのに境内に出店が立った。金魚掬い。こんなときに、どうして? 混乱している俺に、店主が言った。
「ほら、かわいそうな金魚をすくってごらん」
俺が救いたいのは金魚じゃない。かわいそうなのは三枝三姉妹。だけど、店主の言葉に俺は素直になった。
「1回、500円だよ。10匹掬ったら、1匹持ち帰りね」
「えっ、お金取るの?」
「当たり前だよ。こっちは商売だから」
「ちぇっ」
腑に落ちないが、500円玉を店主に渡した。代わりにポイを受け取った。それからは兎に角掬った。金魚のことをよく知る俺にとって、金魚掬いは簡単。あっという間に、手元のボウルには金魚が8匹! ポイはまだまだ使える。
「あと1分!」
「えっ、時間制限あんの?」
「当たり前だよ。こっちは商売だから」
「ちぇっ」
腑に落ちないが、やるしかない。あと2匹掬えばお持ち帰りだ。俺は急いで9匹目を掬った。そのときにちょっと手許が狂ってしまい、ポイは大破してしまった。しっ、しまった……。
そっと店主を見る。時計を見ていてポイのことには気付いていない。ラッキー! だけどもう、俺にはどうすることもできない。店主が終了の合図をするのを黙って見ているしかない。悔しいけど、もうどうしようもない……。
「10・9・8……」
店主が秒読みを開始。1秒を身体に叩き込むことに成功したのか、時計から目を逸らし、数えながらこちらを見る。慌ててポイを隠す。
「……4・3・2・1……」
そのとき、奇跡が起こった。
水音がした。内側から空気中に発せられたような衝撃に波紋が拡がった。それが、それまでプールの深くに潜っていた出目金が大きくジャンプした結果だと分かった。空中に舞う黒出目金に、店主は唖然としている。俺も驚いた。
次の瞬間。チャポンという水音と同時に黒出目金は着水した。見事な水面ジャンプ、世にも珍しい金魚のブリーチングだ! そしてその結果、着水したのは、何と俺のボウルの中だった。
「……0……」
店主が力なくそう言ったときには、俺のボウルの中には10匹の金魚がいた。やったぜ! これで10匹。1匹お持ち帰りだぜ!
最初の奇跡に、俺は狂喜乱舞した。俺は、迷わず黒出目金をお持ち帰りすることにした。オスかメスかも分からないこの黒出目金に、俺はまことと命名した。
____________
ここまでお読みいただいて、ありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます