奇跡の水槽

バブル04 三枝三姉妹の嘘

 三枝三姉妹は、世界中に対して壮大な嘘をついている。人前では決して目を合わせたりしない。だから『仲悪し三姉妹』と揶揄されている。


 本当は違う。3人はとても仲がいい。


 3人は俺の家にいるときだけ仲良し。三枝邸や公の場では互いに口を聞かない。心は通じ合っていても、ある事情から仲悪い行動を取らざるを得ない。それこそが、三枝三姉妹が世間に対してついている、壮大な嘘。




 あれは8年前の3月3日のこと。

 俺の家に3つの荷物が送られてきた。差出人はそれぞれ麻衣・七瀬・飛鳥の3人。俺宛。誕生日でもないのに贈り物なんて、お嬢様の気紛れだろうか。


「迷惑な! なんて迷惑な!」

 と、俺は文句を言いながらも軽い気持ちで開封した。入っていたのは組み立て式水槽セット、多彩なレイアウトが可能なユーティリティキッド付き。3つのセットの組み立て方次第では大きい水槽1つにも、小さい水槽3つにもなる。当時はまだまことを飼っていなかった。ゆうき・まりえ・しいかの3匹を別々の水槽で育てていた。


「よし。どうせだったら、大きい水槽を組み立てよう」

 俺は、後先考えず大きい水槽を組み立てた。そして完成したのが、今も俺の家の玄関に置かれる大きい水槽。ついさっきまで金魚達が混泳していた水槽。


 混泳というのは品種の違う金魚を1つの水槽で飼育すること。金魚同士の相性や飼い主の技量など、様々な要素が噛み合わなければ成功しない。だから俺は、直ぐに混泳させられた訳じゃない。はじめは大きい水槽の中に小さい水槽を置いて別々に飼育していた。水槽イン水槽。シュールな絵面だ。


 大きい水槽そのものは、遊びに来た三枝三姉妹から大評判。

「マスター、すごいわ。すごく大きい!」

「まさか、3つの水槽を一緒にしちゃうなんて!」

「私達、三姉妹の気持ちのようね」

「うん。これは3人のために作ったと言っても間違いじゃないよ」

 実際、そんな気持ちがなかった訳じゃない。このころの俺にとっての三枝三姉妹は、同等に価値のある仲の良い友達だった。


 一方で、三姉妹は一様に不満も漏らした。水槽イン水槽のこと。

「でも、なんだか妙ね。水槽イン水槽だなんて」

「絵面がシュール過ぎるわ」

「これじゃ金魚達は一緒に泳げない」

「金魚の混泳は慎重に行わないと。付け焼き刃では金魚達を傷付けかねない」

 いつかは混泳させようとは思うけど、直ぐにとなると勇気がなかった。




 ところが、俺が混泳に挑まなくてはいけなくなる事態になった。発端は三枝三姉妹の合同誕生記念パーティー。俺はご近所枠でそのパーティーに招待された。度肝を抜かれたのは、プレゼント大会のとき。


「誰か1人に絞って豪華なものを贈ってほしい」

 と言い出したのはお梅さん、三姉妹のおばあちゃん。余興として誰に贈るものかを明言するように、という意図。お梅さんは跡取りを1人に決めかねて、このくだらない余興を思い付いたらしい。このときには既に3人それぞれに派閥があり、それを競わせようというのがお梅さんのやり方。汚い!


 参加したのは、大企業のお偉いさんばかり。威信にかけてと、気の遠くなるほど豪華な贈り物を用意していた。


「すっげー。麻衣、別荘もらったの?」

「何回行くかも分からないわ」

 もっとよろこべよ。


「クルーザーって、本当にあるんだ……」

「使いたかったら、マスターが使ってね」

 七瀬はお気に召さないようだ。


「飛鳥は牧場? そんなの、どうするの?」

「隣の神社にでも寄進しようかしら」

 うちはいただけません。たぶん、維持できない。


 余興は、豪華さにおいて甲乙付け難いと、痛み分けで幕を閉じた。

 3人の誰が跡取りになるかが、贈り物をした人の関心事。誰も、3人のことを見ていない。俺にはそう感じられた。




 その後、3人が一緒に行動することはなくなった。同じ家に住んでいるのに、3人はバラバラにされてしまったのだ。


 しばらくして、麻衣が金魚達を見に来たときのこと。

「七瀬は元気?」

「一昨日はまりえにすりすりさせてたよ、笑顔で」

「飛鳥は?」

「昨日。ゆうきにだきだきされてよろこんでた。っていうか、何で?」

「えっ?」

「七瀬も飛鳥も、麻衣と一緒に住んでんだろう。どうして俺に聞くの?」

「2人とは、もう随分顔を合わせていないから……」

 三枝家の敷地の大きさを考えれば、あり得ないことではない。このときの俺はまだ、漠然とそんなことを考えていた。


 同じようなことを飛鳥ともはなした。

「麻衣姉は来てるの?」

「一昨日、サッカーボールでしいかのころころを見て真似してたよ」

「私もやってみようかしら」

「昨日は七瀬もやってたよ」

「そう。七瀬姉も元気なんだ」

 そんなの、自分で確かめればいいじゃん。俺はそう言うのを、何故か躊躇っていた。飛鳥の横顔はとてもさみしそうだった。

「ころころ……どう?」

「うん。とっても似てるよ」

 少しものさみし気なところなんか、麻衣や七瀬にそっくりだった。


 またしばらくしてから。水槽イン水槽の前、思い切って七瀬に聞いた。

「どうして麻衣や飛鳥のこと、俺に聞くの?」

「家の中では顔を合わせられないんだ」

「学校では?」

「同じ」

「どうしてさ。三枝家ほど広くはないじゃん」

「そういう問題じゃないのよ……」


 俺には分からない。それが顔に出ていたみたい。七瀬が続けた。

「私達はこの子達と同じなの」

 まだ分からない。

「いつのまにか私達の周りには派閥という水槽ができていたってこと」

「水槽?」

「同じ家に住んでて顔も合わせないなんて、シュールな絵面でしょう」

 自虐に近い発言だった。


「ははは。小さい水槽の方かな」

「大きいわ。私のだけで世界中の176社、従業員数は1億人超えてる」

「そっ、そんなに。日本人全部と変わらないじゃん……」

「他の2人の派閥もそう。だから私には自由がなくなったの」

「まだよく分からないな。麻衣や飛鳥に会えばいいだけでしょう」

「そんな時間ないの。それに、派閥の人達の目があるし……」

 さみしそうな七瀬を、俺は黙って見送ることしか出来なかった。


____________

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 中編・後編へと続きます。お楽しみください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る