06-03




 冬休みになったら映画を観に行こう、と佐々木春香は言った。

 悪くない発案だったし、それはちゃんと実行された。


 映画ははっきり言ってつまらなかった。 

 それでも佐々木春香は楽しんでいるのかもしれない、と思ったけれど、彼女も退屈そうにしていた。


 俺は真剣に、集中して映画を観た。けれどやっぱりつまらなかった。

 シアターを出た後、佐々木春香は「つまらなかったね」と言った。俺も頷いた。

 つまらないと感じたならつまらないと言うほかない。


 途中で眠気に襲われたせいか、俺はそのときシアター内に鞄を忘れてしまった。 

 先に行ってて、と佐々木に言うと、彼女は頷いて振り向きもせずに進んでいった。


 俺はひとりで薄暗いシアターの中に引き返した。

 そこには既に誰もいなかった。何もなかった。物悲しい冷たい空気だけが置き去りにされていた。


 俺は自分の席に置き忘れていた鞄を持って、シアターをもう一度後にした。





 佐々木春香は出口に立っていた。


「おそい」と彼女は言った。


「けっこう急いだんだけど」


 俺の答えに、彼女は不満そうな顔をした。


「待つのは不安だよ。来ないのかもって、考えちゃうし」


「まあ、そこは、待たせる方も不安だから。もう待ってないかもって、考えるしね」


 彼女はやっと笑った。


「何もかも上手くはいかないかもしれないね」


 佐々木春香はそんなことを言った。俺は頷いた。

 彼女は俺の顔をじっと見上げて、それから片手をこちらに差し出してきた。


 俺はその手を取った。彼女は満足そうな、得意げな顔で笑った。


「何もかも上手くはいかないかもしれない」と俺は繰り返した。


 外は雪が降っていた。


「でも、一緒にいたい」


 彼女は照れくさそうに笑って、俺の手のひらを両方の手で包んだ。

 マフラーで隠れた口元。白い息。


「今日みたいな日が来るのを、ずっと待ってた」


 彼女は俺と目を合わせずに、そう言った。


「きみに会えるのを、ずっと待ってた」


 俺は手のひらに力を入れて彼女の体を引き寄せた。

 彼女は抗わなかった。


“彼女の手は暖かかった。”


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季節のこども へーるしゃむ @195547sc

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