06-03
◇
冬休みになったら映画を観に行こう、と佐々木春香は言った。
悪くない発案だったし、それはちゃんと実行された。
映画ははっきり言ってつまらなかった。
それでも佐々木春香は楽しんでいるのかもしれない、と思ったけれど、彼女も退屈そうにしていた。
俺は真剣に、集中して映画を観た。けれどやっぱりつまらなかった。
シアターを出た後、佐々木春香は「つまらなかったね」と言った。俺も頷いた。
つまらないと感じたならつまらないと言うほかない。
途中で眠気に襲われたせいか、俺はそのときシアター内に鞄を忘れてしまった。
先に行ってて、と佐々木に言うと、彼女は頷いて振り向きもせずに進んでいった。
俺はひとりで薄暗いシアターの中に引き返した。
そこには既に誰もいなかった。何もなかった。物悲しい冷たい空気だけが置き去りにされていた。
俺は自分の席に置き忘れていた鞄を持って、シアターをもう一度後にした。
◆
佐々木春香は出口に立っていた。
「おそい」と彼女は言った。
「けっこう急いだんだけど」
俺の答えに、彼女は不満そうな顔をした。
「待つのは不安だよ。来ないのかもって、考えちゃうし」
「まあ、そこは、待たせる方も不安だから。もう待ってないかもって、考えるしね」
彼女はやっと笑った。
「何もかも上手くはいかないかもしれないね」
佐々木春香はそんなことを言った。俺は頷いた。
彼女は俺の顔をじっと見上げて、それから片手をこちらに差し出してきた。
俺はその手を取った。彼女は満足そうな、得意げな顔で笑った。
「何もかも上手くはいかないかもしれない」と俺は繰り返した。
外は雪が降っていた。
「でも、一緒にいたい」
彼女は照れくさそうに笑って、俺の手のひらを両方の手で包んだ。
マフラーで隠れた口元。白い息。
「今日みたいな日が来るのを、ずっと待ってた」
彼女は俺と目を合わせずに、そう言った。
「きみに会えるのを、ずっと待ってた」
俺は手のひらに力を入れて彼女の体を引き寄せた。
彼女は抗わなかった。
“彼女の手は暖かかった。”
季節のこども へーるしゃむ @195547sc
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