06-02




 同窓会には佐々木春香も来ていた。俺が彼女と最後に会ったのは五年ほど前だった。


「久しぶり」と俺は言った。


「久しぶり」と彼女も言った。


 俺たちはそれ以上言葉を交わせなかった。

 昼は振り袖姿だったけれど、同窓会に顔を出すときにはラフな格好に着替えていた。

 それでも髪はセットされたままだった。そのせいで、俺はなんとなく彼女を遠くに感じた。


 俺はろくに話もしなかった人たちと話をした。それは思ったほど不愉快なことではなかった。

 彼らはそれほど悪い人ではなかったのかもしれない、最初から。


 あるいは、クレハなら、「おまえが変わっただけだ」と、苦しそうに呟いたかもしれない。

 けれど彼は死んでしまっていて、俺は生きていた。生きている人間には、死んだ奴の気持ちなんて分からない。


「飛んでいる奴には、飛んでいない奴の気持ちなんて分からない」

 クレハはきっとそう言う。あるいは十五歳だった俺もそう言う。


 でも、今の俺はこう答えてしまう。

「飛んでいない奴にだって、飛んでいる奴の気持ちは分からない」と。

 そのことがすごく悲しい。俺はそんな言葉を言う奴をこそ憎んでいたのだ。





「手を繋いでいると」と佐々木春香は言った。


「手を繋いでいると?」と俺は訊ねた。


「どきどきする」と彼女は言った。


「なんとなく分かる」と俺は言った。


「少し安心する」


「それから?」


「ちょっと恥ずかしい」


「分かるような気がする」


「でも、いやじゃない」


「うん」


「それから……」


「それから?」


「少し怖い」

 




「ずっと手を繋いでいられたらいいのに」


「ずっとって?」


「いつも。どんなときも。授業中も休み時間も」


「そうすれば怖くない?」


「たぶん」と彼女は呟いてから、黙って考え込んでしまった。しばらくすると静かに首を横に振った。


「……たぶん、もっと怖くなる」


「むずかしいな」と俺は言った。


「むずかしい」と彼女は頷いた。


「でも、できるかぎり、手をつないでいたい」


「それはとてもよく分かる」


 彼女の手のひらに力がこもった。俺はわずかに力をこめて握り返した。


「すごく妙なことを訊くようだけど、俺の手は、変じゃない?」


 そう訊ねると彼女は笑って、「変じゃない」とだけ言った。


「ありがとう」と俺は頷いた。


「それだけがずっと気になってたんだ」


 本当は嘘だった。俺はすごくたくさんのことを気にしていた。

 手のひらだけじゃない。


 鏡にうつる自分の顔やクラスメイトの視線、佐々木春香の両親のこと、それから自分の母親のこと。

 クレハのこと、あるいは白崎のこと、彼女の行く高校のこと、それから金のことを考えていた。


 そんなことを考えていると知られれば、佐々木春香がどう思うのか分からなかった。

 だから俺は努めて何も考えていないような態度をとり、隣を歩く彼女の横顔をいつも盗み見ていた。





 俺が横顔を眺めていると、彼女はときどき「なに?」と言いたげな視線をこちらに向けた。

 俺はそのたびに視線を逸らして、何かべつのことを考えようとした。


 けれどやがては、彼女の方から、俺に話しかけてきた。


「どうして見るの?」と彼女は言った。


「気になるから」と俺は答えた。


「どうして?」


「どうしてって……」


「どうして?」と彼女は繰り返した。


「好きだからだよ」と俺は答えた。


「“いつから”?」


「ずっと前から」と俺は答えた。

 彼女は困ったように笑った。


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