03-02



 十一月末の木曜、俺とクレハが話もせずに屋上でぼんやり時間を潰しているところに、白崎美雪が現れた。


「煙草吸ってる」


 と、彼女はクレハの口元を見てどうでもよさそうに言った。


「吸う?」


 クレハは怯みも笑いもせずに白崎に訊いた。白崎はぼんやりと首を横に振った。


「いらない。煙草吸うとか、ばかだよ」


「うん」


「それか死にたがり」


「俺もそう思うよ」


 白崎とクレハの会話の流れは意外なほどスムーズで、俺はちょっと戸惑った。

 彼らの会話のテンポというのはかなり独特でつかむのに苦労する。それなのに互いにすごく自然だった。


 ふたりが話をしているところを、俺は見たことがない。

 よくよく考えてみれば、佐々木も俺も白﨑もクレハも、全員が同じクラスに所属している。

 そう考えてみれば、話していたとしても、不自然ではないのだが。


「どうしたの?」


 俺は白崎にそう訊ねてみたけれど、返事はなかった。

 たぶん聞こえなかったんだろう。そう思っていた方が精神衛生上都合がいい。 


「ねえ萩原、あのさ」


 白崎は当然のようにクレハに話しかけた。この二人はひょとしたら、普段から話をすることがあったのかもしれない。

 そう考えたとき、俺は胸の内側でじくじくと嫌な気持ちが湧き出るのを感じた。疎外感。


「バスケ部の元キャプテンと仲よかったよね」


「名前で呼んでやれよ」


 クレハがどうでもよさそうに横槍を入れると、白崎も「覚えてない」とどうでもよさそうにまばたきをした。


「あいつ、彼女を妊娠させたってほんと?」


 クレハはその質問にすぐには答えなかった。俺はちょっと戸惑った。

 その話そのものにも驚いたし、そんな噂を白崎が気に掛けているということにも驚いた。

 それから彼女が、俺の居る前で平然とその噂を口にすることにも驚いた。


 そして更にはクレハまでもが、


「ホントだよ」


 と平然と答えたものだから、俺はすごく混乱した。

 二人は俺を置き去りにしたまま会話を続けた。


「後輩の子でしょ?」


「そう。二年の子。剣道部の」


「茶髪の子?」


「茶髪の子」


「どうするんだろう?」


「知らない。そもそも先月の話だけどな」


 ふたりはどうでもよさそうだった。


「萩原、キャプテンに相談されたんでしょ?」


「そうだけど、なんで知ってる?」


「木村さんが言ってた」


「木村はなんでも知ってるよな」


「彼女、情報通だから。さすがに広めてはいないみたいだけど」


「木村と仲よかったっけ?」


「話の流れで耳に入っただけ」


「迂闊だな」


「誰が?」


「みんなさ」





 屋上の風は冷たい。俺はふたりの会話をただ黙って訊いていた。

 その話を聞きながら俺はいくつかのことを考えた。


 自分のこと、母親のこと、佐々木のこと、バスケ部の元キャプテンのこと、白崎が読んでいた「愛のゆくえ」のこと。

 それから白崎の家族のこと。

  

 俺がぼんやりしているうちに、いつのまにか話題は変わっていた。

 白崎は煙草の煙に軽く咳き込みながら、カール・ブッセの詩についての話をした。

 彼女はその詩がすごく好きなのだと言う。


「暗誦だってできるよ」


「なら、してみせろよ」


 クレハはどうでもよさそうに煽った。白崎もどうでもよさそうに頷いてその詩を諳んじて見せた。


「やまのあなたのそらとおく

 さいわいすむとひとのいう

 ああ、われひとととめゆきて

 なみださしぐみ、かえりきぬ

 やまのあなたになおとおく

 さいわいすむとひとのいう」


「どういう意味?」とクレハは白崎に訊ねた。


 白崎は「本からの受け売りだけど」と前置きして、解説してくれた。


 白崎の解説を聞いて、クレハは笑った。


「バカげた話だ」


 そう一笑に付したクレハに対して憤るでもなく、白崎は平然と笑った。


「いじらしくない?」


 たしかにそれはいじらしい詩だった。

 俺はその話を聞きながら佐々木のことを考えていた。


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