01-02


 どうでもいい話だけれど俺たちは中三で、季節は秋で、だから正確に言えば彼らはバスケ部じゃなくて元バスケ部だった。

 キャプテンは元キャプテンだったし、七番は元七番だった。


 じゃあ俺はなんだったかというと、俺は元々帰宅部で、よって現役だ。

 元バスケ部の連中の間では、部活という青春は終わってしまったものだろう。


 でも俺は今も部活に情熱を燃やしている。

 そういう意味では俺の方が彼らよりよっぽど充実した青春を送っているのかもしれない。ひょっとしたら。


 帰宅部の人間は大雑把に言って二種類に分けられる。

 帰りにゲーセンやファーストフード店に寄る帰宅部と、寄らない帰宅部だ。


 これを専門用語で「寄り道」と「直帰」と呼ぶ。あるいは呼ばないかもしれないが、俺は個人的にそう呼んでいる。

 派生として「塾通い」「自主的居残り派」などもあるが、少なくとも「塾通い」は帰宅部に含まれないというのが俺の持論だ。


 俺は「直帰」ないし「自主的居残り派」だ。寄り道もするが、ゲーセンやファーストフード店で時間を潰すことはしない。

 だってゲーセンってうるさいしなんか怖くねえ? というのが俺の主張。


 ゲーセンで金を使うくらいならコンビニで同額分のスナック菓子を買い込んで家で食べる。

 幸か不幸か俺はどれだけ食べても太らない系男子だった。


 学校が終わったあとは一人で家路につく。

 ときどき途中でコンビニに寄ってジュースなりアイスなりスナック菓子なりを買って店を出る。

 家に帰ってからは適度に勉強でもして暇を潰す。


 これが俺の部活。


 これはこれで結構充実しているんじゃないかなあと自分では思っている。

 たぶん誰も同意してくれないと思うので口に出したことはないけど。


 そして佐々木と会うようになってから、俺は直帰型帰宅部ではなく、自主的居残り派として、頻繁に屋上に通うようになった。





 冗談みたいなナチュラルボーン・ボッチな生活において唯一と言ってもいい話相手が佐々木春香だった。


 彼女はいつも屋上のフェンスに背を向けて座り込み、イヤホンをつけて音楽を聴いている。

 レンタルショップで買ったらしい安物のMP3プレイヤーを、結構長い間使い古している。


「どんなのを聴いてるの?」とためしに訊いてみたりすると、彼女は片側のイヤホンを俺に貸してくれる。


 たぶん彼女は全部分かってるんだと思う。


 俺が彼女のことを好きだということも。そういうことを分かったうえで、俺をからかってるんだと思う。


 でもそれはそれで割と幸せなので、俺はちょっとした悔しさと気恥ずかしさを感じながらも、何も言えずにイヤホンを片耳に差し込む。


 流れてくるのはだいたい、どこかで聴いたことがあるような洋楽だった。


「コットン・フィールズ」とか「デイドリーム・ビリーバー」とか「トップ・オブ・ザ・ワールド」とか。

 おかげで俺は、彼女と一緒に音楽を聴いていると妙に寂しくて物悲しいような気持ちになった。


 彼女は俺のそんな反応すらも楽しんでいたのだと思う。


 俺と彼女は、フェンスを背に、並んで座り込みながらも、ほとんど言葉を交わさなかった。


 ときどきどうでもいいような質問をぶつけあったり、どうでもいいような話をしたり、本当にそれだけだ。


 それ以外の時間はだいたい音楽を聴いて、ぼんやりと空を眺めていた。隣り合って座りながら。


 それは少なくとも俺にとっては幸福な時間だった。

 ふわふわと浮ついて音楽に集中なんてできなかった。


 隣に座る佐々木が今どんなことを考えているのか、そんなことばかりが気になっていた。

 けれど俺はちゃんと知っていたのだ。最初から。佐々木が俺のことなんてなんとも思っていないということを。


 そうじゃなかったら、彼女がそんなふうに平然としていられるはずがないのだから。


 あるいは本当はそんなことはなくて、彼女も俺のことを憎からず思っているのかもしれない。

 でも、そう考えてしまった後には必ず首を横に振る。

 両方の頬をぱちぱちと叩く。目を思いきり瞑ってから、もう一度開き直す。

 

 そうでもしないと妙な勘違いをしたまま、佐々木のことをひどく傷つけてしまいそうな気がした。

 あるいはそれは単なる言い訳で――俺は期待と表裏一体の落胆が怖かっただけなのかもしれないけど。


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