第四十三集 枹罕包囲
先走った反乱兵たちの蜂起とは違い、
二年前に馬超が
だが実際に馬超が漢陽郡を支配してから二年、生活が改善されるどころかむしろ悪化し、支城の役人たちも雑務が増えていた。
そうした事情に加え、
いつの世も、民衆とは熱しやすく冷めやすい物である。
軍属ではない
覚悟はとっくに決まっており、もはや多くを語る事もない。ただ互いに顔を見合わせて頷きあうと、黒鹿毛と月毛、それぞれの愛馬に跨って枹罕へと駆け出した。
さて当の枹罕城にも、当然ながら報告は入っていた。馬超軍が大挙して隴西郡に入り、北上して金城へと向かうとばかり思っていた所、そのまま西進して枹罕に向かっているという。
単純な数で考えても、
老王・宋建の焦りは凄まじく、その年齢からすれば、いつ卒倒してもおかしくはない有様であった。
右往左往する百官を相手に喚き散らしている老王を尻目に、
「本当に
「確実だ。あんな貴様そっくりの奴、間違えるものか。心臓を貫き、脈が止まった事も確認した」
鍾離灼は考えを巡らせる。仕留める前に枹罕の情報が漏れていたか、或いは――。
「もしかしてだけどさ……、周りに
「夜の闇の中だ。知るか」
その答えで鍾離灼は、緑風子が生きている事を確信する。相手の得意としていた幻術「
いずれにしても事がここに至った以上、責任の押し付け合いをした所で詮無き事である。
「あぁあ……、居心地よかったんだけどな、この
思わずそう呟いた鍾離灼。その口ぶりからは宋建はもう終わりだと既に諦めているようであった。現状を鑑みて内心では同感であった何冲天もまた、その言葉が耳に入っても何も言わなかった。
そんな何冲天に、王太子・
「この兵力差だ。籠城に決まっていよう。幸い兵糧には事欠かぬしな。馬超の奴は気づいていないかもしれんが、その背後に後顧の憂いがある以上、それまで耐え抜けばよい」
勝機がある事に目を輝かせた宋延であったが、当の何冲天は心ここにあらずだ。兵糧に事欠かないというのは、この三十年の間、これといった戦をしていない以上は当然の事だ。だがそれはつまり枹罕の兵士には戦の経験が皆無といっていい。
曲がりなりにも多数の戦を潜り抜けてきた馬超軍とぶつかれば勝負にもならないであろう。それゆえに籠城するしか手はないのだが、それでも耐えきれるかどうかは未知数であった。
そのような戦の素人の上に立って大将軍などと呼ばれる事など、改めて滑稽以外の何物でもないと何冲天は苦笑する。
日を跨ぐ事もなく馬超軍が枹罕へと到着した頃、当然のように枹罕の城門は閉ざされ、城門の上には弓兵が並んでいた。馬超はそのまま強攻によって一気に城門を破る算段であり、兵数に任せて城の周囲に部隊を展開していった。
東側にある正門は馬超率いる主力軍が布陣し、龐徳が率いる別動隊が裏側に当たる西へと回り込んでいく。
戦慣れした馬超軍の統率された動きに対し、城壁にいる宋建軍の兵士たちはほぼ全員が初陣と言っていい有様だ。恐怖から震えている者もそこかしこに見受けられる。
城壁に登り、そうした兵士たちの様子を見た何冲天は、溜息を吐いて近くにいた兵士に声をかける。
「俺が出鼻をくじく。援護は必要ない。絶対に城門は開けさせるなよ」
それを聞いた兵士が問いを返す間もなく、黒衣の大将軍はその腰に
黒い
何冲天は心底から宋建に忠義立てするつもりはないが、取り立ててくれた義理は果たしてやろうという心持ちであった。そしてこの状況を招いたのは自身の失態という一面もある。
だが何よりも、この状況を楽しんでいる自身の心に嘘は付けなかった。
「西涼の錦……。どれほどの物か、見せてもらおう」
何冲天はその手に握られた赤き宝剣を構えると、不敵に微笑んで馬超軍の本隊に向け単身で斬り込んでいった。
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