第二十六集 策謀の影
涼州はほんの数カ月の平穏すら保てず、再びの戦乱に巻き込まれる事となったのである。
父・趙昂が政庁で出兵の準備に追われている頃、趙家にて待機していた
「やぁ、お待たせ。寂しかったかな?」
第一声こそ相変わらずの癇に障る軽口であったのだが、趙英が応える前に表情を曇らせて続けた。
「話は聞いてるよ。大変な事になったね」
事態を
しかし、馬超と韓遂を争わせて得をする者が誰なのか、皆目見当がつかなかった。強いて言うなら容疑者が多すぎるとも言える。
涼州一帯は、
或いは
いずれにしても馬超と韓遂はどちらも何者かに踊らされていると見て間違いはないのだが、少なくとも頭に血が上っている馬超を止める事は無理と見てよかった。
「それともうひとつ……」
緑風子が呼狐澹に顔を向けて続けた。
「例の侠客……、
驚いた表情を見せる呼狐澹の横で、趙英は溜息を吐いて緑風子の言わんとする事を代弁する。
「そもそも襄武で最初に出会った時点で、こっちは既に踊らされていたって事か……」
何冲天が馬超軍の使いではないとするなら、襄武城を占拠した
「奴の背後に今度の黒幕がいると見て、恐らくは間違いはないだろうね」
そんな二人の会話を黙って聞いていた呼狐澹が真剣な表情で口を開く。
「要するに今度の騒動の黒幕を探っていけば、そのうち奴とぶつかるって事だよね」
その言葉に顔を見合わせる趙英と緑風子。
振り返れば利害の一致として行動を共にした趙英と呼狐澹であったが、どこまで行っても向かう方向は同じという不思議な縁である。
「とはいえ黒幕を追うにしても、今はまだ目星すら付いていない状況だ。となれば、まずは馬超と韓遂の勢いを少しでも削ぐ方向で動いていくしかないと思うんだけど、我々で出来る事となると限られてくるよね」
緑風子のその言葉に、背後から声をかける者がいた。一同が一斉に振り向くと、そこには家から出てきた
「少数で動くのならば、
王異の発案に合点が言ったとばかりに頷く緑風子。
「なるほど、
閻行は韓遂配下において最強と
そんな閻行は、老父が朝廷に出仕している事もあって、
また韓遂は、閻行が曹操軍に鞍替えする事を恐れて、自身の娘と強引に婚姻を結ばせている。
そんな韓遂の強引さに思う所があるだろうと誰の目にも明らかな閻行は、韓遂の本拠地である
閻行は都にいる老父の安否に関して曹操の動きが心配なはずであり、そこを夏侯淵を通じて口添えも出来ると提案が出来れば、心強い味方になってくれる可能性は大いにあった。
この盟が成れば、いずれ趙昂らが馬超に対して反旗を翻す時には、閻行もまた西平の軍勢を以って韓遂に反旗を翻し、馬超と韓遂を同時に涼州から放逐できるのである。
王異本人は「女は前に出ぬ方が良い」という儒教的価値観を主張していながらも、馬超夫人である
「
「此度は後者の方になると見ていますが、状況によってはどちらにも」
緑風子の解説に対し、余裕の表情で答えた王異。
ここでそれまで聞きに徹していた呼狐澹が口を開く。
「要するに、オレたちは西平に向かえばいいのかな?」
「そうだな。交渉はクソ道士に任せるさ」
趙英と呼狐澹の視線を同時に向けられた緑風子は、芝居がかった仕草で高笑いをしながら髪をかき上げる。
「そこまで言うなら任せてもらおうかな。護衛は頼むよ」
そんな緊張感のない三人のやり取りを眺めつつ、まるで表情を崩さない王異が咳払いをして念を押す。
「涼州の命運を左右する役目です。くれぐれも油断なきよう」
三人は王異に一礼すると、すぐさま旅支度に入る事にした。そんな趙家の外から民の歓声が聞こえる。「西涼の錦」と。
どうやら
しかしその民の歓声も、どこか白々しい。
そんな馬超を、まるで涼州の英雄かのように褒め称える通り名で呼ばされる事は、多くの涼州の民にとって複雑な心境なわけである。その呼び名を考案した楊阜の狙い通りの効果が着々と積み上げられていた。
民の歓声にわずかに宿る白々しさ、そしてその裏にある怨嗟の念。その事に気づく事なく上機嫌に応えている馬超の様子に、王異は不敵に口元を緩ませるのであった。
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