第二十二集 いつか来る日の為に
「
それは
しかし現在の張魯は反
「断れないのか、それ」
怒りを滲ませた趙英の言葉に、
「ここで断っては馬超に本心を晒すも同じ。それでは
己の息子が人質に取られるというのに冷徹に言い放ち、更に余計な挑発まで交える母に反感を覚えつつも、その言わんとしている事は趙英とて理解できる。事は趙家だけの問題ではない。この冀城の、更に言えば涼州全体の今後を左右する局面である。
そんな趙英を見かね、当の本人である趙月が笑顔を見せた。
「大丈夫ですよ、姉上。殺されると決まったわけではありませんし、外で学ぶ事が出来るというのもまた事実です」
趙月本人の意思が示された時点で、それまで黙っていた趙昂が大きく頷いた。
「それでいい。だが遠くない内にその時が来る。それまでは可能な限り話を合わせ、必要とあらば馬超軍に降るのだ」
「はい!」
まだ十二歳とは思えぬ聡明さを見せる趙月は、父に
こうして趙昂の嫡子・趙月は、馬超の長子・馬秋と共に漢中へと向かう事となったのである。
趙英は胸に
趙英も他の手を考えなかったわけではない。例えば
だが馬超は梁興などとは別格の猛将だ。その武名は
もし失敗すれば、趙英自身が死ぬ事は勿論の事、それこそ
趙英と趙月が部屋から去った後、趙昂は横に佇む妻に訊ねる。
「しかし本当に良いのか? 或いは士朧は……」
夫の煮え切らない言葉に溜息を吐くと、王異は毅然とした口調で言い放った。
「あなたはそれでも忠孝を旨とする漢朝の臣ですか?
趙昂はその言葉に腹を決めた。
そして同時に、この場に趙英がいる時でなくてよかったと心底から思った。
儒教倫理の、特に命を軽々しく捨てる事を極端に嫌う趙英にとって、それは最も嫌悪する言葉であると趙昂はよく分かっていたからだ。
不機嫌なまま庭へと出た趙英は、笑顔で駆けよって来る
後ろで微笑んだまま目配せしてくる
正直な話、いつまでも腹を立てていても仕方がないと自分でも理解していた趙英は、努めて笑顔で呼狐澹を褒めてやった。そして呼狐澹に対して弟・趙月を無意識に重ねている自分を自覚し、これでは二人に失礼だなと自嘲もした。
「だがな
更に言うと、その呼法をもっと自分なりに効率化して、内力をより大きく生み出すという修練も続けなきゃならない。
この二つは俺だって勿論の事だが、到達点なんてない。内功を学ぶ者にとって生涯高め続ける物なんだよ。要するに、本当に大変なのはここからだ」
呼狐澹は同じ事を緑風子からも言われ、半ば覚悟は決まっていた事もあり、笑顔のまま大きく頷いた。
「でも集中させるって、具体的にどういう練習をしたらいいんだろ」
そう問いを投げてくる呼狐澹に、趙英はかつて自分が行った訓練に思いを馳せながら庭を見回すと、庭の隅に生えている低木が目に入った。
少し待っていろと言って家の中に入った趙英は、細い
「これを手刀で切れるか?」
呼狐澹は意気揚々と近づいて、
最初は誰でもこうなると分かっていた趙英は、微笑みながら呼狐澹を制止し、撚糸の揺れが収まるのを待って、自らが手本を見せた。
趙英は手刀ではなく、人差し指の一本だけ。それを音もなく払っただけに見えた。
しかしその指が通過した途端、撚糸は全く揺れる事も無く、垂れ下がった先端がポトリと落ちたのである。
動きそのものは、傍から見れば武術の修練と言われても納得できないほど地味である。ただ無作為にどこかを指差しただけのようにも見えた。しかしその指先には、極限の内力が込められているのである。
外功……つまり筋力や、勢いに頼っては、先ほど呼狐澹がやったように撚糸そのものが動いてしまうだけで全く切る事は出来ない。刃物ではなく素手であるから、切れ味という物も本来はない。
撚糸に当たる瞬間、その打点に、正確に内力を集中できた時のみ、撚糸を切る事が出来るという修練方法である。
趙英は短くなってしまった撚糸を撤去して新しい撚糸を結び付けると、呼狐澹に振り返って涼しい顔で言い放つ。
「次はこれを出来るようにするんだ」
非常に難しいという事を体感で理解している呼狐澹であったが、呼法の時も今回も、こうして明確に目標を与えてくれる師がいる事を本当に感謝した。独力では現在の場所まですら全く辿り着けなかったであろうと分かっていたからだ。
決意を新たに力強く頷いた呼狐澹は、いつか来る
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