幕間 夫人たちの会食
目に見えて反抗した者は全て斬り捨てたが、その牙を隠している者とて多いに違いない。冀城包囲の際に彼を罵って斬られた先の上邽県令・
そこで馬超は、帰順した役人の中でも特に優秀と目される者たちを試す事とした。
参軍・
また参軍・
しかしそのいずれもが素直に従い、まるで反抗する素振りは見せなかった。
それでもなお信用しきれず、政庁に用意させた自室に籠って独り難しい顔で思い悩む馬超に対し、妻の
浥雉は
もともと漢語が不得手で、日常会話では
それ故に夫婦仲は非常に良く子供にも恵まれ、縁戚関係となった武都氐の長である千萬とも良好な関係を築いていた。
先の冀城包囲戦にて、
余談であるが、この武都氐は後の五胡十六国時代に
その事から、この馬超の妻・浥雉もまた、史書では楊氏と記述されている。
さてその浥雉であるが、参軍である趙昂の妻・
女同士で話してみれば、夫の心情も推し量れるという自信があったからである。
馬超はその策を浥雉に託して実行に移す事になるのだが、当の王異は素直にその誘いを受けた。
流暢な漢語で挨拶をする浥雉を、王異は大いに褒め、和気藹々とした雰囲気の中で会食が進んだ。
子育ての苦労話などといった母親同士の共通の話題から、次第に
夫である馬超が冀城を得た事で、王異の家族に悔しい思いをさせているのではないかと、悲し気な素振りを見せて訊いた浥雉。
それを受けた王異は静かに微笑みながら、春秋時代の名宰相である、
暴君であった襄公は、従弟の
そこで襄公の弟である二人の公子が後継ぎの座を争う事になる。
管仲は始め姜糾に仕え、年長である姜糾を次の君主とすべく多くの策を用いて姜小白の命を狙った。しかしその争いは最終的に姜小白が勝利し、斉の
敗れた姜糾は処刑され、管仲もまたそれに殉じるつもりであった。しかし桓公に仕えていた管仲の友人・
後世に伝わる管仲の言葉に「
これを主君の立場として考えるならば、政治も戦争も、まず民の暮らしが安定していなければ出来ないという教えである。管仲はその言葉通り民生に力を注ぎ、斉国を大いに発展させた。そして斉の桓公は、衰退した周王室に代わって天下を取りまとめ、春秋時代最初の覇者となったのである。
王異はこの例えを挙げ、もしも管仲を信用せずに用いていなければ、果たして桓公は覇者となれたでしょうかと説いた。かつて互いに命を狙い合った者同士が手を取り合って協力し、初めて覇業を成し遂げる事が出来たのだと。
まるで果てない夢を追う少女のように目を輝かせた王異のこの言葉に感銘を受け、浥雉は確信を持つに至った。
王異に対して今後とも良き友人でいましょうと挨拶をした浥雉は会食を切り上げ、王異の方もまた浥雉に対し満面の笑顔で友情を約束した。
そんな王異の帰りを自宅で待っていた夫の趙昂は、いかがであったかと帰宅した妻に問う。会食の時とは別人のように冷徹な瞳を見せている王異は、わずかに笑みを零すと言い放った。
「あのような場を向こうから用意してくれて本当に感謝ですね。あの様子では馬超も警戒の手を緩めるでしょう。何とも容易な物です」
事実、浥雉が政庁で待っていた馬超へ報告すると、馬超もまたその言葉に大いに感銘を受け、趙昂への疑惑を解いたという。
二人の夫人の間で交わされたという、この会食の逸話は史書にも記されている。それが正に、王異の一世一代の芝居であったと馬超が知る事になるのは、もう少し後の話である。
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