第四集 微笑みの道士
森で出会った優男によると、
「もうこんな所まで来てたのか……」
「それでアンタは何者なんだ?」
「ふっふっふ……、聞かれたからには答えねばなるまい! 風の向くまま気の向くまま、自由と風流を愛する旅の道士、人呼んで
本名ではなく道号か通名を、大仰な身振りまで付けて、芝居がかった名乗りで答えた。
緑風子と名乗った優男は反応を待つかのように黙っており、趙英もまた無言のまま訝しげな視線を送り、呼狐澹も反応に困って茫然と立ち尽くし、気まずい間が生まれた。
しかし緑風子は、間が空いたと見るや、そんなものは無かったかのように続ける。
「うん、気安く
趙英は変わらず黙ったままであったが、呼狐澹は笑みを零して自己紹介を始める。その流れで趙英も相変わらず不愛想に名乗った。
「しかし道士か……、ふん……、信用できるか」
吐き捨てるように言う趙英に、仰々しく残念がって見せる緑風子。
「あぁ! 今のご時世は道士というだけで迫害される……。道士と見れば
君らは若いから間違って聞いてるかもしれないけど、そもそも黄巾党は
「黄巾は関係ない。俺はお前が信用できないって言ってる」
「おやおや、嫌われてしまったかな?」
趙英が突き放した態度を取っても穏やかな笑みを崩さない緑風子が、ふと思い立ったように訊ねた。
「あー、
趙英は面倒くさそうに頷いた。緑風子は続ける。
「という事は、かの涼州の貞婦の娘さんでもあるか」
元より不機嫌そうに見える趙英が、露骨に不機嫌になる。今まで何度もそうやって母・
「その様子だと、母上とは上手くいってないのかな」
「お前には関係ない。余計なお世話だ」
趙英は緑風子の言葉を、珍しく冷静さを欠いた強い語気で遮る。意地悪そうに笑みを浮かべる緑風子。
二人の会話を黙って聞いていた呼狐澹が、会話が途切れる隙を見計らって話しかける。
「それより、街の方はどうなの? あの様子だと結構酷い事になってるんじゃない?」
緑風子は溜息をついて大きく頷く。
「あぁ、酷いね。民から食料や金品は奪う、徴兵だと言って周りの村から男衆は駆り出す、逆らえば寄ってたかって殴る蹴る……、あれでは暴動が起きて鎮圧という名目の虐殺が始まるのも時間の問題だよ」
少しの間があった後、趙英が口を開いた。
「放っておくわけにも、いかないな……」
無論の事、単純に襄武城の民を見過ごせないという義侠心もあった。
同時に、このまま残党を放置して襄武県で軍備を整えられたら、
後々の事を考えても、ここで襄武を解放しておく事は有効な一手であった。
気づけば森の木々から覗く頭上の空は、いつしか明るくなってきていた。呼狐澹は手首を振って、持っていた松明の火を消す。
趙英と呼狐澹が泉の畔で休ませていた馬を回収すると、緑風子もどこからともなく馬を連れてきていた。真っ白で綺麗な毛並みをした芦毛の馬である。
「馬までキザだな……」
趙英は誰に言うともなくポツリと呟いた。
三人はそのまま連れ立って、同じ方向へと馬を走らせた。向かう先は当然ながら襄武城である。
朝の空気は冷たかったが、風も穏やかで陽の光の暖かさを感じられる晴天と言えた。
森の木々の合間を馬で駆けると、すぐに森は終わり、泉から流れ出していた小川に沿って草が茂っている。昇ったばかりの朝日に照らされ、小川の流れがまるで宝石のように輝いていた。
「ところで敵の人数は?」
馬を駆りながら緑風子に訊ねる趙英。
「周辺の村から強引に徴兵した農兵も含めると……、まぁここらは人口も少ないから三千人ってところかな。最初に県城に殴りこんだ残党軍は五百人もいないはずだけど」
「ここはやはり頭狙いか……」
「そうだね、頭さえ潰せれば、農兵は勿論、残党兵も戦意を喪失して、そこで戦いは終わるはずさ。その後で県令を解放してやればいい」
少し考えた後、趙英はひとりで頷いて言う。
「うん、よし、作戦を考えたぞ。俺がひとりで県庁まで侵入するから、お前ら二人で陽動を頼んだ。兵士を県城の外に引き付けてくれ」
至って真面目に言い放った趙英に、呼狐澹と緑風子は顔を見合わせて溜息を吐く。
「何だお前ら、その顔」
「いやぁ……、
「これが作戦と言えるのかね……」
その後の話し合いにて、陽動作戦における細かい部分の修正は入ったものの、趙英の単独潜入という大筋は最後まで変わらなかった。
それは他の二人が、趙英の剣の腕に全幅の信頼を置いているとも言えた。
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