第3話 時の神

「ハッハッハ。どうしたのかな、みんな?」


 俺も含めて、この会議室に来ている若者達は皆、このクロノスという男が言った内容を、何一つ理解できずにいた。そんな俺達とは対照的に、このクロノスという男は、呑気な表情で軽く笑っていた。


「すいません。」


 俺達が、頭が混乱しかかっている中、道木がクロノスという男に質問するために、右手を上げた。


「ん?質問かな?」


「はい。」


「何を聞きたいのかな?」


 クロノスというという男は、『呑気に何を聞きたいのか?』と言っているが、あんなことを言われたのでは、何一つ分かることなんてあるはずがない。それなのに、クロノスという男の反応は何なんだ?まるで、あれだけの言葉で、俺達がある程度の理解をしていると思い込んでいるようにしか見えない。

 これは、俺達と、クロノスという男とでは、根本的な考え方が違うとしか考えられない。


「はい。私は、道木真也といいます。今程、あなたが仰ったことが、我々では全く理解できません。」


「そうか。道木君、と言ったかな。何が理解できないというのかな?」


「全てです。

だいたい、一万年、とは、何を意味するのでしょうか?」


 そう、道木の質問は、俺も一番疑問に思っていたところだ。


「一万年修行?ふざけているとしか思えない。一万年って、どういうことなんだ?人間は、百年生きるだけでも大変なんだ。それなのに、一万年って。百年の百倍だぞ。そんなに修行して、何になるんだ?第一、修行って何だよ。」


「ハッハッハ。隣の席にいる君も、元気がいいね。」


 クロノスという男の子に指摘されて気付いた。あまりにも意味が分からないものだから、俺は思わず声に出してしまっていたのだ。あまりの恥ずかしさと後悔に、俺は赤面した顔を下に向けてしまった。


「ハッハッハ。まあ、君達の言うことも分かるよ。確かに、いきなり一万年修行して、と言われても、訳が分からないよね。それでは、改めて、私の自己紹介から始めるよ。

 

 私の名前はクロノス。時を司る神だ。私は、時、まあ、時間という物をコントロールすることが出来る力を持っているんだ。まあ、コントロールできると言っても、私が管理している空間だけなんだどね。

 時間のコントロールというのは、時間の流れの速さを自在に自分の思い通りに変化できるということなんだ。まあ、思い通りにといっても、ある程度の制限はあるんだけどね。

 流石に、時間を止めることまでは、私には出来ない。せいぜい、時間を三千万倍に引き伸ばすことまでかな。

 ああ、時間を三千万倍に伸ばすということなんだけどね。どういう意味かというと、私の時間のコントロールする空間での一万年が、この地球での時間経過が、だいたい八時間くらい、といったところかな。

 つまりは、今から、君達に一万年修行してもらうのだけど、君達の身体の年齢は、八時間くらいしか経過しない、とともに、地球での時間も、八時間しか経過していない、ということなんだよね。」

 

 クロノスという男が、長々と自己紹介らしき説明をしたのだが、やっぱり俺には理解できずにいた。いや、正確に言うと少し違うな。クロノスという男が言っていること自体は分かる。だけど、この説明は、あまりにも現実離れしているのだ。だから、俺は、クロノスという男が言っていることを信じることが出来ないでいたのだ。

 周りの若者達も、俺と同じようだ。ここにいる若者達誰もが、クロノスという男を疑うような目で見ている。


「おやあ?どうしたのかな、皆?今の私の説明を聞いても、分からなかったのかな?

 結構、分かりやすく丁寧に教えたつもりなんだけどね。困ったね。今の説明でも分からないとなると、どうしたものか。」


 クロノスという男は、どうやって、俺達に理解してもらおうと説明をしようか、腕を組んで歩きながら考え出した。最初は、教壇の周りをウロウロとしていたのだが、次の瞬間、ここにいる若者達全て、クロノスという男の言っていることを信じざるを得ないことが、目の前で起こったのだ。


 なんと、クロノスという男は、壁を垂直に歩きながら登っているのだ。こんなこと、人間にできるはずがない。この光景は、完全に物理法則を無視している。普通の人間は、壁を登る時は、手足を使い、壁にしがみつきながらしか出来ない。しかも、相当な訓練をしていないと、壁を登ることなんで出来ない。なのに、このクロノスという男は、あまりにも簡単に、足だけで、しかも、壁にしがみつくことなく、垂直に登っているのだ。


 こんなあり得ない光景を目の辺りにした俺達は、このクロノスという男が、時を司る神であると、認めるしかなかった。


 しかし、まだ、分からないことがある。どうして俺達は、一万年も修行しなければならないのだろうか?


 このクロノスは、夢を応援する、といって、俺達を集めたのだ。そのことと、修行は、何の関係があるのだろうか?


 そもそも、修行って、何なんだ?

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