屍者は天使に希う

〈殺伐感情戦線 第15回【慈悲】〉


「われは此処に集いたる人々の前におごそかに神に誓わん。わが生涯を清く過ごし、わが任務つとめを忠実に尽くさんことを。われはすべて毒あるもの、害あるものを絶ち、悪しき薬を用いることなく又知りつつこれをすすめざるべし。われはわが力の限り我が任務つとめ標準しるしを高くせんことを努むべし。わが任務つとめにあたりて、取り扱えたる人々の私事のすべて、わが知り得たる一家の内事ないじのすべて、われは人に洩らさざるべし。われは心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧げん。」

 戴帽式の日、そこにいるすべての人の、声の隅々までが揃っていたのを思いだす。何度も何度もこの日のために唱えたから。これからのために唱えたから。

「この世界がどんなふうに変わってしまっても、あなたたち看護師は慈愛の心を忘れてはいけません」

 指導教官は、蝋燭の灯を掲げるナイチンゲール像の前でそう言った。暗闇の中、各々が手にした灯にほの明るく照らされる新たな看護師達を見渡しながら。期待と緊張に背筋を伸ばす彼ら、彼女らを見渡しながら。

「あなた方が今唱えた気高き心を、私たち看護師の生きる指針である『ナイチンゲール宣詞』を、忘れてはいけません」

 この世界がどんなふうに変わってしまっても。

 そう言った教官ですらこんな世界になるなんて思ってもみなかった筈だ。

 私たちだって、それは同じ。


                 ♰


「救急車、003赤に入ります! トリアージが緑の軽傷患者は後回しで手の空いている人は総員赤に回って!」

 私は人で溢れかえった廊下を途方に暮れて見つめていた。皮膚が黒ずみただれ落ちている人、片目がこぼれて眼球をつなぐ筋があらわになっている人、力なく壁に持たれてそのままずるずると皮膚がはがれていく人。戦争の時ってこんな感じだったのかな、なんてあまりにも不謹慎なことを考える。でもそれは間違ってはいないと思う。第二次世界大戦から100年近くがたって、みんな平和ボケして、大きな山も谷も無い毎日が続くと思っていた。でも私たちはまた悪夢を見る。

「前川さん!  何ぼーっとしてるの!」

 師長のよく通る、でも疲れていることが明らかに分かる声が響く。声がざらついてハリが無い。私は師長に勢いよく頭を下げてから、手に持っていた資料を戻しにナースステーションへと足早に向かう。その間にも、さっきの廊下と変わらない景色がずっと、ずっと、病院中全てに広がっている。


 2038年、ここは、東京。

 そして目の前のこれは、

 ゾンビ・パンデミック。

 サイエンス・フィクションの中だけだと、ゲームや映画や本の中だけの話だと思っていたそれが、目の前で起きているのだった。既に死んでいる人、死んでなお動き回る人、怪我を負っている人、ゾンビになろうとしている人。

 19世紀末、ヴィクター・フランケンシュタインによって屍者蘇生技術が完成された、。メアリー・シェリー『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』だ。誰もがそのゴシック小説に魅了され、数々の映像作品やパスティーシュ小説が生まれた。ハロウィーンの日にはヴィクター・フランケンシュタイン博士が生み出した人造人間に扮する若者も多くいた。頭にネジを挿して、縫い目を顔に表現して。誰もがそれをフィクションの中の物語だと思っていた。イングランドの地で「ヴィクターの手記」が入った石箱が発掘されてもなお、どうせ誰かの悪戯に違いない、とまともに取り合うものなど誰もいなかった。当たり前だ、ヴィクター・フランケンシュタインは確かにフィクションの中の男なのだから。では、「ヴィクターの手記」を記し、それを地にうずめたのは誰か?

 今日の研究からそれは〈クリミアの天使〉フローレンス・ナイチンゲールによるものだということが分かっている。箱に入っていた一本の髪の毛からDNAが検出され、フローレンス・ナイチンゲールのものと一致したのである。彼女はクリミア戦争中、慢性的な看護師不足に悩まされていた。看護師よりも死体のほうが多いことが当たり前だったから。そこで彼女は屍者を利用することを思い立った。屍者を看護師として利用することを。だが彼女の知識と当時の技術では「ヴィクターの手記」を完全に再現することは不可能だった。彼女の生み出した者はヴィクター・フランケンシュタインの作った人造人間とは異なり、人を噛むことでその症状を移していくことが出来るウイルスを所持していた。これでは屍者を安全に看護師として利用することは出来ないと判断した彼女は、第一号の屍者のなり損ね「ザ・ワン」を射殺して、「ヴィクターの手記」を石箱に入れて、すべてを闇に葬った。「プロジェクト」という名をその身に冠した男が死ぬ間際まで記した小説は、夢物語に終わった。屍者は、屍者でしかなかったから。おそらくは何者かが高値で売買したのであろう。フローレンス・ナイチンゲールが書いた「ヴィクターの手記」は発掘されたことも忘れられ、静かにどこかへ消えていった。はずだったのに。


 窓からそっと外を見下ろすと、都内とは思えないほどに静まり返った横断歩道と商業ビルディングの並びが目に入る。この病院の騒がしさを全て吸い込んでいくかのような静けさで、街はそこにある。

「静かよね、ほんと」

 いつの間にか横に立っていた同僚の女性看護師が私と同じ方向を見ていた。

「誰も私たちの叫びなんて聞いていないみたい」

 このパンデミックが起こる前、ずっと明るく微笑んでいた彼女は、ふ、と口角を片方だけ引き攣らせるようにあげて笑った。

 もう誰もが限界で、もう誰もがおかしくなりそうだった。

 もう誰もが何が起きているのか全てを知ることはできなかった。

 もう誰もが、元の生活に戻れるとは思っていなかった。

 それでも誰かが、この世界をほんの少しでもいい方向に動かしていかなければならなかった。たとえば、私たち医療従事者が。私が。

「中里さん、現場には私が戻るから、この資料お願いできる?」

 私は出来る限りの笑顔をつくってから彼女に手の中の資料を渡す。

「でも」「いいのよ、中里さんも疲れたでしょ。私は大丈夫だから、ちょっと休んだらまた交代して」

 ね、と半ば強引に彼女の胸に紙束を押し付けて、私はナースサンダルの踵でくるりと回る。リノリウムの廊下が、私の足を前へ前へと運んでいく。

「この世界がどんなふうに変わってしまっても、あなたたち看護師は慈愛の心を忘れてはいけません」

 この世界がたとえゾンビまみれになってしまったとしても、私たちは救える人を、救い続ける。子供のころに読んだ、フローレンス・ナイチンゲールの伝記漫画の表紙を思い出していた。統計学の母、クリミアの天使、灯りをかかげる貴婦人、フローレンス・ナイチンゲール。

 彼女は、私たち看護師の母であり。

 私たち人類の、敵だ。


                    ♰


「前川さん、救急救命隊と一緒に外回りに行ってくれない?」

 こんな日々が始まってから数カ月、病院の中は落ち着くどころか激しさを増していた。治療の優先順位を示すためにゾンビ化が終わっている患者、ゾンビ化が始まっている患者、ゾンビに攻撃を受けた重症患者、ゾンビに攻撃を受けた軽症患者に振り分けられ、トリアージを黒、赤、黄、緑としていたが、その判別すらも役に立たなくなりつつあった。黒トリアージの場合は射殺、赤トリアージの場合はゾンビ化抑制剤の付与、黄トリアージの場合は応急処置と経過観察、緑トリアージの場合は応急処置の後に在宅隔離という対策が取られていた。

 そして一般的には黒トリアージ、赤トリアージは救急車での外来、黄トリアージと緑トリアージはウォークイン外来で対応しているのだったが、一般的なウイルスと違って、ゾンビウイルスに感染した患者は自意識を喪失する。そのため感染拡大を防止するのが非常に難しい。だから近くに人がいないまま感染して、ゾンビ化してしまう事例が少なくない、そのための外回りだ。救急救命隊はゾンビ化の報告を受けた患者だけではなく、街にでてひとりでにゾンビ化を始めている人間がいないかを探し、回収する。そしてそれには看護師が一人、同行するのが通常の動きだ。

 私は初めての外回り。

「了解しました」

 ナース服に防護服を重ね、部厚いゾンビウイルス対応用ミトンを装着する。どんな世界でも、私は人間を救わなくてはならないから。


「前川さん、外回り初めてでしたっけ?」

 救急救命隊の小越おごし隊長が緊張にからだを強張らせる私をいたわるように優しく声をかけてくる。私も、そんな彼に救われたように、ほっと、少しだけ背をゆるめる。

「そうなんです、ずっと赤トリアージ患者の対応ばかりで」

「あっちの方が大変ですよ。外回りは患者さんを見つけるだけですから、本当に何もなく終わることだってあります。ただ見逃さないように注意を払っていれば大丈夫ですよ」

 ありがとうございます、と返答しようとしたその瞬間。

「隊長! 前方25m、女性1名。行動が無作為的で意思が見られません!」

 車内にいる全員の体が硬くなる。

「いくぞ、まだゾンビ化が終了しているかどうかは判断できない、丁重に扱え!」

 はい、という太い声の重なりとともに、いっせいに救急車の扉が開く。私もそれに続いて飛び降りた。ひびの入ったアスファルトが太陽の光を反射して、目を焼いていく。救命隊のメンバーが拳銃を手に持っているのを見て、ごくり、と唾をのむ。人を救いたくてこの職に就いたのに、この世界はそれすら許してくれない。大勢の人を救うために、一人のゾンビを殺していかなくてはならない。

 隊員は円になって女性を取り囲み、その円を徐々に小さくしていく。拳銃を構え、捕縛用の器具を構えて。ふらふらと歩いていた女性が振り向く。振り向いて、笑う。

「……たすけて」

 小さく、呟いて、顔を大きくあげる。

「え」

 私は思わず声をあげた。

 その女性を知っていたから。

 私はその女性を忘れるわけが無かったから。

「佐倉……?」

「……前川、じゃん」

 彼女はそういうと、ばたり、とその場に倒れた。


                     ♰


「で、回収した患者……佐倉さんと前川さんは旧知だったと」

 喫煙コーナーで師長は、驚いたこともあるもんだねえ、と笑った。初めての外回りで最初に回収した患者が旧知の人間だったなんて、きっとそうある話じゃない。

「赤トリアージだよ、貴女への配慮でもなんでもなく。ゾンビ化は終わってなかった。まだ体内に若干ウイルスが侵入した程度だった」

 ありがとうございます、と私は煙草の火を消してから頭を下げた。健康志向がすすんだこの国で煙草を吸う人なんてもうほとんどいないし、この院内で吸うのも私と師長くらいだ。だから二人で話すのにはここがもってこい。

「で、どういう関係だったのかは教えてくれないわけ?」

 私はもう一本を取り出した師長にそっとライターを差し出しながら笑う。

「彼女ですよ、元カノってやつ」

 佐倉玲は私の彼女だった、看護学校を卒業する直前までの6年強。高校の軽音楽部の新入生歓迎会で私たちはお互いを知って、流れるようにどちらかの部屋に入り込んだ。どちらの部屋だったかはもう覚えていないし、どちらの部屋でもきっといい。私たちはどちらもひとりぼっちだった。私には父親がいなくて、母親はずっと再婚する気もない恋人の家に入り浸っていた。佐倉には両親ともいたけれど、終わらない虐待を受けて育っていた。私たちはどちらも、悪夢を終わらせるために上京して、たった一人で生きていた。その傷を埋めるように私たちは互いの家に入り込んで、ひたすら抱き合った。人のぬくもりを初めて知った私たちは、その中毒になるかのようにずっとずっと、一緒にいた。

「でもまあ、どちらもレズビアンだった訳じゃなくて、ただ同じ境遇の同じ生き方の同じ苦しみの人間がそこにいたから、その傷を舐め合ってただけなんです。それで、多分私だけが彼女に感情を入れ込みすぎていたんです」

 佐倉は私が戴帽式に臨む日の少し前に、私を呼びだして言った。彼氏がいること、子供が出来たこと、21歳になるのだし降ろさずに育てることに決めたという事。私を置いて、世界は回っていた。別に契約をしていたわけではない。私たちはただ依存していただけだ。お互いに。だから私には怒る権利も、許す権利すらも無かった。私にはただ受け入れる義務しか存在していなかった。

 そうして、別れて。二度と会わないうちに、世界はこうなってしまっていた。

「なるほどね……前川さん、貴女も結構人生してるのね?」

 師長の呟きに、どういうことですか、と反論しようと思って横を向いたけれど、彼女が案外真剣な顔でこちらを見ていたから、その言葉をひっこめた。

「いえね、貴女って普段の感じとか全然見せないじゃない。余裕も隙もないっていうか。でも結構弱い部分あるんじゃない、可愛いなと思ったのよ」

 ふう、と師長は煙草と一緒に言葉を吐く。

「ま、誰だって生きなきゃいけないもんね。こんなクソみたいな、物理的に腐っちゃった世界でもね。はは」

 はは、と私も嗤う。乾いた声が喫煙コーナーのガラスに当たって、コンクリートの床に落ちる。師長は煙草の火をぐりぐりともみ消して、さあ、仕事だ仕事だ、と肘を伸ばしながら立ち去っていく。夢にまで見た看護師の服。戴帽式で心躍らせながら戴いたナース帽。その後姿が遠のいていく。

「ああそうそう」

 師長は院内に消えていく直前に振り向いて、言った。

「佐倉さんの担当看護師、前川さんだから」


                     ♰


「で、どうしてこうなってるわけ」

 病院の簡易ベッドに拘束された佐倉がただれた顔でにこにこと微笑んでいる。あの美しかった顔は半分、その面影をとどめていない。それでも私が彼女を彼女だと認識できたのは、残った片方の目の色だった。くすんだ灰色の目。日本人には珍しい、色素の薄い瞳。その片方の目で私を見ている。白くすべすべとしたその右腕にはゾンビ化抑制剤とブドウ糖の点滴の針が差し込まれている。本来は左腕のほうがいいのだが、恐らく皮膚と血管が大きく損傷しているのだろう。彼女を見つめるのが辛くて、私はそっと呟いた。

「佐倉は何をしてたの、8年間」

 私の質問に、佐倉は笑ったまま答える。

「ずっと旦那と子供と幸せにやってたよ、昨日までね」

 昨日。それは。

「旦那がね、帰ってきたらゾンビになってたの。私は息子を守るために頑張ったんだけどね、駄目だった」

 佐倉はこんなに笑う奴じゃなかったのに、ずっとずっと笑っていた。

「で、息子を取り返そうとしたら、噛まれちゃった……」

 佐倉は笑っていた。笑いながら、泣いていた。爛れた皮膚をに涙が流れてひりつくのだろう、うめき声を時々あげながら、佐倉は泣いていた。

「私だけ生き残っちゃった。みんなゾンビになって、みんな撃たれたのに、私だけ生き残っちゃった……」

「佐倉」

 私はゾンビ対策用ミトンで彼女の頬に触れる。私もここで生きているよ、ゾンビじゃないまま、生きているよ、と言おうとして、やめた。

「あんたは悪くないでしょ」

 佐倉は驚いた顔をして私の方を見上げる。看護師になった、あのころとはすっかり変わってしまったように見える、でも何も変わっていない、変われていない私を見上げる。

「前川は、何してた?」

 佐倉は私に涙を拭いてもらいながら、訊いた。私はこの8年間何をしていただろう。ずっと、佐倉のことを覚えて、佐倉のことを考えて、私は看護師をしていた。私の人生を私の人生たらしめているのはその二つだけだったから。そのようなことを応えると、彼女は目を瞑る。

「ごめんね」

 こんな世界にならなければ出会わなかった私たち。こんな世界にならなければ泣かなかった佐倉。私は佐倉と、どうしていけばいいんだろう。

「ごめんね、前川。我儘で、自分勝手な私で、ごめんね」

 佐倉は悪くないんだ、多分。誰も悪くなくて、こんな世界にならなくてもきっと、私たちは、私たちひとりぼっちの二人は、あんまり幸せになれなかったと思う。私には佐倉の幸せを受け入れる義務だけが存在していて、佐倉には家族を幸せにする義務だけが存在していた。こんな世界が始まる前まで。

「ねえ前川。私を撃ってよ」

 アルコール綿花を準備していると、後ろから佐倉がそう、声をかけた。

「はあ? 何言ってんの、あんたは赤トリアージで、回復の見込みがあって」

 それを遮るように佐倉は叫ぶ。口ももうロクに動かせはしないのに。

「だから戻りたくないの、この世界に、もう誰もいないこの世界に。だから、私を恨んでるあんたが撃ってよ。あんたが私を壊してよ」

 この世界に、私がいるよ、とはどうしても言えなかった。私のことなどもう見えてはいないのだろう。佐倉の目には、もう死んでしまった夫と、夫に殺された息子の影だけが映っているのだろう。私は、私は高校生の前川、のままなんだろう。

 私は何も言えなかった。

 佐倉は、壊れていた、とっくの昔に。

 ゾンビになる前に、私を忘れて。彼女の世界はもう、彼女の家族の世界だけになっていた。私の知っている佐倉はもうどこにもいない。

「ねえ、帰っても誰もいない家に行きたくないよ」

 私が傍にいてあげられるのに。

 私があんたを生かしてあげられるのに。

「……いいの、本当に」

 でも私の口から零れたのは、残酷な、残酷な一言。

 白衣の天使は、命を救うことも、命を奪うこともできる。

 この世界では、それは特に自由だ。

 他の命が危ない、と思ったら、すぐに殺すことが許される。

 そして死にたいと望む半屍者にも、それが許される。

「……いいよ」

 壊れてしまった佐倉を、私が壊す。

 もう私を見てくれない佐倉を。

「前川、ありがと」

 佐倉は微笑んで、目を閉じる。

 私は、ゾンビ用拳銃を手に取る。

「われは此処に集いたる人々の前におごそかに神に誓わん。わが生涯を清く過ごし、わが任務つとめを忠実に尽くさんことを。われはすべて毒あるもの、害あるものを絶ち、悪しき薬を用いることなく又知りつつこれをすすめざるべし。われはわが力の限り我が任務つとめ標準しるしを高くせんことを努むべし。わが任務つとめにあたりて、取り扱えたる人々の私事のすべて、わが知り得たる一家の内事ないじのすべて、われは人に洩らさざるべし。われは心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧げん。」

 ナイチンゲール宣詞を思い出す。

 私たち看護師は全ての人に、隔たりなく愛をもって奉仕する。

 それが、〈クリミアの天使〉フローレンス・ナイチンゲールの望みだから。

 それが、ゾンビの母、フローレンス・ナイチンゲールの望みだから。

 だから私は佐倉を撃つ。

 彼女の望むままに、慈悲をもって。

 

「さようなら、佐倉」


 窓の外には、しずかな東京が広がっていた。





〈屍者は天使に希う  了〉

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