聖母

〈殺伐感情戦線 第23回【信奉】〉

※家庭内暴力、ネグレクトの描写があります


 お母さんには信じることが出来る神様がいたかもしれないけど私にはお母さんだけだったということを、お母さんの信じている神様はお母さんに教えてくれなかった。食費も何もかも全部神様にあげてしまった後のお母さんの顔はびっくりするくらい清々しくて、神様におささげしたから今日はご飯を我慢してね、そうしたら綺麗なままで天国に行けるよってお母さんは笑った。本当は天国とかどうでもいいし天国とか無いって知ってるけど、ご飯をお腹いっぱい食べたかったけど、お母さんが笑っているから私はお母さんの神様が嫌いじゃなかった。お母さんはずっとにこにこして同じ神様を信じている他の女の人にも優しくしてあげていた。聖母だ、と思った。どこかで聞いた言葉だ、聖母。純潔で、優しくて、強くて、清らかな女の人。聖母、それは笑っているお母さんだった。私のお母さんで、神様のお母さんだった。だからお母さんが笑わなくなってひたすら神様にお祈りするようになってから私は神様が嫌いになった。神様は私が神様のところに行かないからお母さんが天国に行けなくなるって言ったらしい。まるごと全部信じてお母さんは馬鹿だねって笑ったら、悪魔ってお母さんは言った。悪魔、悪魔って言いながら毎日私を神様の言うとおりの順番で痛めつけた。神様は悪魔が嫌いだから、悪魔の子供がいる女は天国に行けないんだってお母さんはずっと焦っていた。お母さんは急に汚くなってしまった。お母さんは今までよりたくさんのお金を神様にあげて、今までよりたくさんお祈りして、今までよりたくさん私を殴って、私はいつの日か学校にも行けなくなってしまったけれど、お母さんが聖母に戻ってもらうために我慢しなくちゃって思って、私も信じたことのないお母さんの神様にはじめてお祈りした。お母さんを返してください。私のお母さんを返してください。お金も何も要らないから私のお母さんを返してください。お母さんは悪魔が神様に祈るなんて汚らわしいって言って、私を包丁で刺した。お母さんは久しぶりに笑っていた。娘の形をした悪魔を倒したから今度こそ神様に許されるって笑っていた。娘のふりをした悪魔に騙され続けていたんだと、情が入って生かしてしまっていた私を許してくださいって言いながらお母さんは私を刺し続けていた。お母さんは笑っていた。とても、とても綺麗だった。お母さんはやっぱり聖母で、お母さんはやっぱり私の神様だったな、って思った。最後に見えたのがお母さんの笑顔で私は幸せでした。神様ってやっぱりいるのかもしれなかった。




〈聖母 了〉

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