砂糖と水とナトリウム

「砂糖とナトリウムの真逆なところって、何だと思う?」

 佐藤は私の胸元を薄汚れた上履きで踏みながら嗤った。短いプリーツスカートがほんの少しだけ開けられた窓から入る風でめくれ上がりそうになっている。私は佐藤の足を除けようとその細い足首をつかむけれど、力が徐々に加わっているせいか、びくともしない。その代わり、私は出来る限りの憎悪を込めて佐藤をにらんだ。誰もいなくなった教室の床がひどく冷たい。

「分かんない? あのね、砂糖は水に溶けるけど、ナトリウムは水がついたら爆発するの。全然違うでしょ」

 んふ、と笑いながら佐藤は胸、左腕、右腕と順番に強く踏みつけていき、やがて胸に足を戻す。少しも上体は動かさずに、ただし手加減はなく。汚い、上履きが汚い、と思いながらも、それを顔に出したら負けだと思った。

「それと、これと、何の関係が、あるの……」

 佐藤の足のせいで肺が圧迫されて上手く話すことが出来ない。だが精一杯の息と力で対抗する。背丈と体躯だけで言えば私の方が上だ。佐藤は小柄だから、この体勢を変えればきっと。刹那、佐藤は笑う。

「この体勢を変えたら、なんて思ったんでしょ? でも残念。どうやったってあんたの負け。あんたにはもう百乃は迎えに来ないもの」

 水原百乃みずはらももの

 ずっと一人の私に、たった一人だけ仲良くしてくれたあの子。あの子も結局、あっち側だったんだ。佐藤の仲間。私を憐れんで私に施しを与えるだけの、高みの見物。

「私は砂糖。グラニュー糖みたいなザラザラの安物かもしれないけど砂糖は砂糖。名取、あんたはね、百乃に、綺麗な水にくっついちゃいけないの。ナトリウムはね、水に触れると危険だからたった一つ石油の中で保存するのよ。それがあんた、名取かずは。百乃は優しいからあんたみたいな子にも優しくするんだけど」

 百乃はあたしのもんだから。

 つま先を立ててぐりぐりぐりと全体重を私に乗せながら佐藤はまくしたてる。ぐ、あ、うぅ、と情けない声しか出せない私が嫌いだ。私はただ黙ってこの高校生という短い期間を波風立てず終えたいだけなのに邪魔をしてくる同級生こいつらが嫌いだ。

 ほんの少しだけでも期待させた水原百乃が、大嫌いだ。

 砂糖と水と、ナトリウム。ふたつは溶け合い、ひとつは独り。嫌だ、といえるような私であれば多分こんなことには最初からなっていなかった。

「そう」

 水原百乃はもう忘れよう。

 私はその決心の勢いと共に佐藤をおしのけ体を起こし、佐藤の前に立つ。

「そうね」

 私は、佐藤の頬めがけて。

 大きく腕を振りかぶる。



〈砂糖と水とナトリウム 了〉

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