第20話 魔王

「ボクでひとまずは最後⋯⋯」


「勝ってこいよ?」


「わかってる。⋯⋯さて、一瞬で──」


 マーカスがフィールドに向かおうと、選手待機テントから出ようとしたときだった。

 彼の目前で、血が飛び散る。獣人のものと思わしき腕が、空を舞ったのだ。それを行った執事服の男──彼らの臨時副担任は、獣人の首を斬る。


「⋯⋯え?」


「皆さん、早く逃げてください。⋯⋯獣人の群れが現れました」


 理解できない。獣人とはここから東の方に生息する種族のはずだ。会場は一瞬にしてパニック状態に陥る。


「で、でも、レイ師匠は?」


「エルトアさんをお守りしなくてはなりませんので、ここに残ります。⋯⋯早く」


 彼女であれば守る必要はないだろうが、必ずそうとは限らない。召喚された魔人としての役目は、主の命に従うことであり、次点で主の身を守ることだ。

 生徒達は学院の外門へと走り出す。突如襲撃してきた獣人の軍は当然、彼らを追うが、


「追いかけさせませんよ。それが命令なので」


 学院の教師もその場から逃げ出す。獣人と人間ではスペックが違う。一対一で戦えば負けることは火を見るより明らかだからだ。そんな中、レイは獣人をバタバタと薙ぎ倒していく。


「〈竜炎ドラゴンフレイム〉」


 竜の形をした炎が獣人達を焼き尽くす。どんどんと獣人が減っていく。


「レイ、あの子たちは?」


「先程逃がしました」


 レイの主、エストの表情が一瞬だけ安堵のものになる。


「それにしても、なんで、いきなり獣人が⋯⋯戦争でもするつもり?」


 そうだ。獣人と人間の生息地域は異なる。今までは互いに戦争をしたくないからという理由で争いはなかった。だが、もし戦争を仕掛けるならば、まずは開戦宣言をしなくてはならないし、何より大陸西部の中央あたりにあるこの王国を狙う理由がわからない。ここを占領したところで、周辺諸国から攻撃されるだけだ。


「⋯⋯とにかく、今は奴らを排除しましょう。エスト様、私はあちらの方向を──」


 そこまで言いかけたところで、レイは後ろを振り返る。エストも同様に、だ。その理由は簡単、


「──ッ!」


「⋯⋯流石だわ」


 レイの首目掛けて振りかざされた、夜の如き黒い刀身は、白く輝き、空中で固定される。


「キミは──」


 真っ黒なゴシックコートの背中の部分には大きな穴が開いており、そこからは1.2mほどの漆黒の両翼が生えている。黒いショートパンツは、白く、細い足を強調していた。彼女の両目はブラッドムーンのように真っ赤で、長い、サラサラな髪は黒い。その美しい容姿は10代前半ではあるが、実年齢はゆうに百を超えている。


「──娘、ね」


 エストは、彼女を知っていた。今から約500年前に見たことがあったからだ。


「エストっ! 今ここで貴様を殺してやるわ!」


「小娘が。私に勝てるとで──」


 余裕を見せているが、エストは内心では焦っていた。先程の攻撃で、彼女は自分と同等の力を持つと確信したからだ。


「エスト様!」


「来るな! 殺されるよ!」


 自分が助けに入ったところで、瞬殺されるのがオチ。その事を理解すると、レイは主を助けに入ることを諦め、獣人の相手を始める。


「あれ、従者を盾にしないのね?」


「盾にすらならないでしょ? ⋯⋯魔王の娘、セレディナ」


 彼女は、500年前、エストが殺した魔王の娘である。あの頃はまだ赤ん坊だったし、あの異世界人によって殺し損ねたツケが今になって来たというわけだ。


「両親の仇のつもり? なら辞めておいたほうがいいよ。それとも、キミも両親の後を追いたいの?」


「黙れ! この殺人鬼が!」


「鬼? 私は魔女だよ?」


 セレディナは黒刀こくとうを振るう。だが回避に専念しているエストには掠りはして、傷はつけれても、致命傷は与えられない。わざわざ煽っているのは感情的になることを誘っているためだったが、感情的になってこれなのだから意味はなさそうだとエストは判断する。

 無詠唱化した〈転移陣テレポーティングサークル〉を行使し、セレディナを空中に飛ばすことで詠唱時間を稼ぐ。


「〈重力操作コントロールグラビティ〉!」


 左手を思いっきり下に下ろす。その動作に連動し、セレディナの体が地面に叩きつけられる。


「残念だったね。ここにはもう私達しかいない。正体を隠す必要はないんだよ」


「ふん! だからなんだっての?」


 詠唱ありでも、セレディナはエストの魔法に抵抗レジストが出来て、魔法の効果を打ち消す。叩きつける直前に体制を立て直し、足から着地することで彼女は衝撃を和らげた。


「キミを殺すことができるってことだよ。ツケというのは払うためにある。そうでしょ?」


 自分の怠惰はいつか自分に帰ってくる。彼女の始末こそが、エストが払わなくてはならないツケだ。


「やれるものならやってみろ、魔女!」


 エストは左口角を引き上げ、嘲笑う。


「〈三重化魔法強化トリプレットブースト・マジック次元断ディメンショナルスラッシュ〉!」


 3つの斬撃が空を飛ぶ。その部分だけ空間が歪んでおり、目視は可能だ。しかし、そのスピードはとてつもなく速く、回避は困難であった。それらの斬撃の2つを、セレディナは刀で受け流す。だが、最後の斬撃は受け流せず、肩に命中する。

 派手に血しぶきを撒き散らし、左腕が吹き飛ぶ。


「〈上位魔法武器創造グレーター・クリエイト・マジックウェポン〉」


 神聖属性の短剣を創り出し、エストはセレディナの吹き飛ばした左肩を狙う。その意味を知っているセレディナは全力で避ける。魔法戦においては魔女であるエストが圧倒的だが、純粋な近接戦ではセレディナに分がある。そのため、それを許してしまった。

 セレディナの肩が文字通り生える。⋯⋯セレディナの種族は半吸血鬼ハーフヴァンパイア。魔王種の吸血鬼と、転生者の人間の、ハーフ。お互いの良いところだけを取り、短所を消し去った存在だ。


「チッ⋯⋯。なら⋯⋯〈複製コピー〉、〈重力操作コントロールグラビティ〉」


 エストは伝説級の神聖武器を大量に複製する。そして、それら全てを空中に固定すると、


「避けないでよ?」


 左拳を握ると同時に、空中に固定されていた無数の神聖武器がセレディナ目掛けて飛ぶ。彼女はそれを避けるわけでも、下がるわけでもなく、刀で弾き、無理矢理突破する。


「死ね!」


「狙いがバレバレなんだ──よっ!」


 エストは姿勢を低くすることで、首を狙った斬撃を躱す。そして膝蹴りをセレディナの腹に叩き込み、追撃の重力魔法で空に飛ばし、地面に叩きつけようとする。


「〈骨槍ボーンランス〉!」


 セレディナを叩きつける地面に骨の槍を生やす。だが寸での所で彼女は魔法に抵抗し、翼を使い、致命傷を回避する。


「──居ない!?」


 そこにいたハズのエストが居ないことに、セレディナは気づいた。周りを確認するが、見当たらない。


「上か──っ!?」


 創造した細長い、神々しい剣を、エストはセレディナの頭頂部を狙って突き刺す。だが、剣が突き刺したのは地面であった。

 剣撃は避けられた。しかもエストの剣は地面に突き刺さったままで、隙ができている。だというのに、セレディナは動けなかった。それどころか、彼女との距離を取る。

 狂気、を感じたからだ。とんでもない威圧感がしたからだ。

 ──地面が、紅く光る。次の瞬間、地面が、


「〈爆裂エクスプロージョン〉」


 砕け散る。

 爆炎が収まると、そこは荒れ果てた地面になっていた。土が溶け、ドロドロになり、クレーターが出来上がる。そんな地獄の中心に、一人の少女が立っていた。離れたはずの方の少女は、全身に軽度ではあるが火傷を負っていた。


「⋯⋯化物め」


 近接戦闘でも、魔法を合わせられればエストに分がある。

 魔法で負け、知識で負け、知能で負けている。近接戦闘だって魔法を組み込まれたら勝てない。


「⋯⋯キミはわかっていたはずだ、私には勝てないと。なら、どうしてここに来たか」


 エストはゆっくり、セレディナに近づく。その動きはあまりにも隙だらけで、容易に命を奪えるだろう。


「簡単だよね。私に勝つためだ。私を殺すためだ。⋯⋯でも、それはここで私を殺すということではない」


 だが、セレディナは動けなかった。ようやく、生命体としての本能が働き始めたからだ。しかし、彼女はその本能を感情──怒りで、押さえつけることで、最もしてはならない逃亡をしないようにする。


「⋯⋯狙いは、大罪の魔人の召喚方法が記された、魔導書でしょ?」


 エストは嘲笑う。


「⋯⋯ふふふ⋯⋯やっぱり、お前は勘が鋭い。その様子だと、あの従者にもう行かせているんだろう?」


 セレディナも、嘲笑う。


「⋯⋯何がおかしいの?」


 エストの顔から余裕が消えていく。セレディナがそう簡単に、負けを認める奴ではないからだ。

 何か、嫌な予感がする。


「⋯⋯従者思いなら、助けに行ったほうがいい。もう遅いかもしれないがな」


「──キミ⋯⋯なるほどね、そういうことか。⋯⋯性格の悪さ、勝ちへの強欲さは母親譲りというわけだ」


 この世界で、大罪の魔人並みのレイを殺せるような存在は、同じく大罪の魔人くらいだ。それ以外となると、敵は限られてくるし、エストの殺害に協力し、尚且つ魔王軍に肩入れするような輩ともなれば、殆ど確実になる。

 エストの姿がまたもや消える。


「⋯⋯私は、魔女が憎いんじゃない。エスト、貴様が憎いんだ」


 ◆◆◆


「⋯⋯コレですかね、エスト様が言っていた魔導書とやらは」


 レイは、学院内大図書館の指定魔導書保管庫に居た。目の前にある、周りのものと比べて明らかに禍々しさが違う魔導書はひと目で、それだとわかる。


「⋯⋯!?」


 焼却処分しようと、魔法を詠唱しようとした瞬間だった。無視できないほどの威圧を感じる。その方向を見ると、そこには、


「黒の教団⋯⋯幹部クラスですか」


 セミロングの金髪で、紫紺の瞳を持った、中性的ではあるが、10代前半の少女が居た。


「ご名答。付け加えるとしたら、わたしの名前がティファレトであるということだね」


「⋯⋯で、何の用ですか⋯⋯って、そんなの聞くまでもありませんね」


「なら話は早い。⋯⋯その本を渡して。ついでにその首もね。嫌なら、わたし達の配下になるという手もあるわよ?」


 レイの姿が人間から、痩せ細り、死体のような肌、白と黒が反転した瞳、不健康そうな黒い長い髪をもち、ボロボロで汚い歯を持つ異形なる者へと変化する。人化魔法の維持に回す魔力が惜しいからだ。


「⋯⋯生憎、私ニハ主トノ無期限契約ガアリマスノデアナタ方トハ契約ヲ結ブコトハ出来マセンシ、我ガ主ハ寛大ナ御方デハアリマスガ、敵ニ恐レテ命欲シサニ敵ニ従ウヨウデアレバ、私ハ殺サレテシマウデショウ」


「⋯⋯。惜しいね。お前は大罪に匹敵する魔人だというのに」


 ティファレトは戦闘用の鞭を取り出す。交渉は決裂した。

 レイは骨の鎌を創造する。死ぬ覚悟はできた。


「⋯⋯最期マデ、足掻イテ見セマショウ」


 契約により召喚された魔人は死亡すると、通常は『魔の空間』に戻される。だがそれは契約を達成した場合だ。契約が達成できない状態、あるいは契約が破棄された場合の死亡は、完全な死亡となる。

 エストとレイの間にある契約は、無期限の従属。普通なら魔人側が結ばない契約内容であるが、従わなければ殺し、召喚し、また殺しを繰り返ししそうな相手が契約者だ。選択の余地などなかった。『無期限の従属』というのは達成できない契約内容である。

 ティファレトは鞭を振るう。その軌道を読み、レイは回避する⋯⋯が、


「ッ!?」


 鞭は、不自然に曲がる。回避行動を取ったレイでは、それに気づくことはできても避けることはできない。鞭が命中し、レイの腹部にまるで斬られたような痛みが走り、血が飛び散る。


「⋯⋯ほう」


 だが、痛みに耐え、レイは鞭を掴む。ティファレトの鞭を無力化しようとしたのだ。


「たしかに、お前を吹き飛ばせるほどの筋力は、わたしにはない」


 レイの体重は40kg台であるが、ティファレトはそんな彼を振り回せるほど筋力はない。ましてや抵抗なんてすれば、むしろティファレトが振り回されるだろう。


「⋯⋯そう、わたしの力ならね」


「⋯⋯ナニ?」


 ティファレトは鞭を振る。すると、レイの体が宙に浮く。


「マサカ⋯⋯『生きている武器』、ソレモ『神器級』!?」


「そうよ。わたしに教祖様がくれたもの⋯⋯お前のその鎌では、その力では勝てないし、時間稼ぎにすらならない! ──死ね!」


 生き物であるため、不規則に鞭は動く。ティファレトはその鞭を完全に、鞭とのコンビネーションは完璧だ。

 レイの体が徐々に傷ついていく。意識を保つのがやっとになるまで、その間僅か2、3分。


「クッ⋯⋯」


「⋯⋯さあ、終わりだね。せめてもの情けだ。一撃で終わらせてあげる」


 ティファレトは大きく、鞭を振る。直撃すれば首が切断されるだろう。


(⋯⋯スミマセン、エスト様)


 ゆっくりと、鞭が迫ってきているのをレイは視た。死の直前、世界がゆっくりになるというのは、こういうことなんだろう。

 レイは避けられぬ死を待つ。


(⋯⋯アレ?)


 しかし、待てども待てども死は来ない。そこで、ようやく気づいた。


「──! ナゼココ二? ⋯⋯イヤ、ソレヨリモ⋯⋯!?」


 ゼリムとリーメルが、ティファレトの鞭を止めていた。異形化したレイを、守ったのだ。


「わからねぇ! アンタが師匠だと、そう感じたからだ!

 ⋯⋯でも、これで師匠が人外じみた強さを持つ理由がわかったぜ!」


「私はシャンデリルとの契約を果たすためです。⋯⋯まさか、あなたがレイ先生だとは思いもしませんでした」


「⋯⋯正体ヲ隠シテイタコトハ後デ誤リマス」


「そうだぜ、師匠?」


「⋯⋯エルトア先生──も、偽名なのですよね。そのあたりも、話してもらいますよ」


「──そうだね。謝ろう。⋯⋯ゼリム、リーメル」


「「先生!」」


 エストは三人の前に転移してくる。


「キミたちが居なければ、レイは死んでいたよ、ありがとう。⋯⋯それで、ティファレト⋯⋯まだ続ける?」


「⋯⋯続けるか、だって? そんなのお断りだね。お前には勝てないことくらい、知っている」


 ティファレトは両手を広げ、戦闘の意欲が無くなったことを示す。


「でも⋯⋯降参はしない。もう任務は達成しているからね」


 その広げた手には、魔導書が握られていた。そして──ティファレトの立っていた地面に白い魔法陣が出現し、彼女の姿が消え去る。


「⋯⋯同じ轍を踏むことはしないつもりだったんだけどね。⋯⋯ティファレトだけじゃなかった。しかも、私と同等の力を持っている相手がいるとは、思わなかったよ」


 エストは、転移妨害の魔法を使っていた。だが、ティファレトの転移を許してしまった。⋯⋯つまり、黒の教団にはエストに匹敵する魔法使いがいるという事である。


「さて、と。⋯⋯ゼリム、リーメル。先に聞きたいことがある」


「他の皆には言ってません」


「⋯⋯そう。⋯⋯それで、私達の正体だけど──」


 ゼリムとリーメルは緊張する。エストの答えはおよそ予想できるが、まだ何処かで否定したい気持ちがあったからだ。


「──私は白の魔女、エスト。そして、レイは冷笑の魔人だ」

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