第19話 魔法大会

 冬の頃、王立魔法学院ではある大会が行われる。それは魔法大会。簡単に内容を言えば戦いだ。ルールは単純。殺さないように相手にダメージを与えろ。

 また、魔法大会と銘打っているが、別に魔法のみしか使ってはならないわけではない。剣や弓などの武器も使って良いが、その場合殺傷不可の物となる。

 敗北条件はノックダウンすること、または場外に出ることである。

 この大会は実力の向上が期待されるのと同時に、大怪我のリスクが当然ながらある。そのため本来は10数人の治癒魔法使いが配置されるのだが、今年はどういうわけか5人しかいない。


「⋯⋯やっぱりあの人の魔力量おかしい」


 生徒──もとい出場者のテントから、彼らは医療テントにいる自分達の教師を見ながら、そういう。1人で10人ほどの代わりをしているも同然なのだから(尚、実際は1人でも余裕)。

 生徒達の目線に気づいた白髪の教師は微小を浮かべ、手を振る。それに生徒達も手を振り返す。


「⋯⋯最後に、先生に良い所見せようぜ、皆」


「そうだな」


 彼らの教師は来週で役目を終える。それで彼女との関係がなくなるわけではないが、やはり寂しいものがある。


「それで、ゼルべ先生に成長した俺達を見せるために!」


 2人の尊敬すべき教師。どちらも自分達に魔法とその使い方を教えてくれた。片方には思い出を。片方には驚きを。それらをするとアリス、ケニー、ゼリム、リーメル、マーカスは決意した。

 この大会はチーム戦だ。たしかに戦闘自体は一対一であるが、勝利するにはチーム全員の結束が必要である。誰か一人が強くても勝てない。全員が勝利を取らなければならない。勝利数が一番多い所が勝つのだから。


「午前9時より、第一回戦は魔法科2年Aクラスvs魔法科2年Bクラスです。出場者はAクラスよりゼリム・クライア君! Bクラスよりリスタ・ノリアスタさんです!」


 大会の司会がそう宣言し、30m×30m×1mほどの大理石のフィールドに2人が登る。


「ではここでもう一度、勝利条件を説明致します! 勝利条件の一つ目は相手をノックダウンさせること! 地面に倒れて5秒間立たなければ、その時点で負けとします! 2つ目は相手を場外に飛ばすこと! 尚、転移魔法による場外への転移は禁じます! 以上で、説明を終わります! では⋯⋯試合、開始!」


 ゼリムは目の前の少女を見る。そして、少女も彼を見る。


「⋯⋯見違えたな、リスタ」


「⋯⋯そういうゼリムこそ」


 ──2人は、幼馴染おさななじみだ。まだ寮に住む前は、近所に住んでいた。


「⋯⋯リスタ、今日ここで、俺はお前より強いと証明する。今度は何の不調もなく」


「⋯⋯ええ」


 ゼリムとリスタは、いつも競い合っていた。学院でテストが行われる度にその点数を必ず見せ合っていたほどだ。

 そんな彼らにとって、年末テストは最高の競い合いの場面でもあった。しかし、一年生のときの年末テストの結果は、ゼリムの圧勝。というのも、リスタはその時体調不良でテストが受けられなかったからだ。再テストがないので、リスタの点数は0点であった。

 短い会話も終わり、2人は魔法を唱える。


「〈筋力強化ブースト・ストレングス〉」


「〈風斬ウィンドスラッシュ〉!」


 リスタの魔法杖から風の斬撃が飛ぶ。しかし、


「⋯⋯魔法剣士。そう⋯⋯アンタにはぴったりね」


「お前がそう言ってくれて嬉しいぜ」


 魔法により鉄並みの強度を得た木刀で、その斬撃は弾かれる。


「おらッ!」


 ゼリムは全速力でリスタとの距離を詰める。それを彼女は魔法で迎撃するが、達人級の剣術で全て弾いたり、かわしたりする。


「アンタは魔法科だよね! 剣術科の奴より強いんだけど!?」


「ああ! だが臨時副担任は魔法も剣も完璧な人でな!」


 剣が届くところまで詰めきり、ゼリムは得物を振る。リスタは体を捻ることでそれを避ける。


(戦闘経験者には、一撃目は大抵避けられる──だから!)


 師匠レイの言葉を思い出し、ゼリムは追撃を行う。それを回避できないと判断したリスタは、魔法杖で剣撃をいなすと、


「〈飛行フライ〉!」


 彼女の体が宙に、1mほど浮く。上空に飛ばないのはゼリムと公平に戦いたいからではなく、むしろ逆。黄魔法である〈飛行フライ〉はゼリムの得意な魔法であり、空中戦ではリスタが不利になってしまうからである。

 彼女は飛行し、ゼリムとの距離を開く。走りと同じスピードで動き回りながら攻撃魔法を行使する。


「〈風弾ウィンドショット〉!」


 風の弾丸が放たれる。それを間一髪のところでゼリムは避けられたが、彼の肩が赤く染まり、痛みを覚える。命中すれば重症になるだろうと、彼は思う。


「〈炎風フレイムウィンド〉!」


 魔法杖無しでの魔法の行使。威力や精度は落ちるが、メインは剣なのだから問題無い。これは牽制けんせいである。


「〈風壁ウォール・オブ・ウィンド〉!」


 炎が舞う風を、リスタはそれより強力な風の壁で相殺する。


「〈風斬ウィンドスラッシュ〉!」


 先ほどと同じようにゼリムは風の斬撃を剣で弾こうとするが、剣はそれを捉えられなかった。普通の風を斬ったようだった。


「──なっ!?」


 次の瞬間にはゼリムの剣を持っていた右腕から右半身までには無数の切傷が出来上がる。


「風を柔らかくしたのよ!」


「器用だな!」


 しかし、それはゼリムをリタイアさせるにはあまりにも弱かった。


「だが!」


 だから、ゼリムはそのまま突っ込む。そしてリスタに剣を振るう。木刀であるが、そこらの木刀ではない。武器として十分に使えるものだ。


「これで終わりだ!」


「⋯⋯ふふ。そう来ると思った」


 ──次の瞬間、ゼリムの視界からリスタが消える。


「しまっ──!」


 転移魔法ではない。単純なことだ。


「魔法使いだからと言って、誰も体術をしないわけじゃないのよ!」


 リスタは姿勢を低くしていたのだ。彼女はゼリムの懐に入り、膝蹴りを繰り出す。


「がはッ!?」


 思わぬ攻撃にゼリムは怯む。その隙を逃さずに、リスタは更に彼の顔面に蹴りを入れる。体制を崩し、ゼリムは頭から地面に叩きつけられるが、トドメと言わんばかりのリスタの、彼の腹を狙う踵落としを、地面を転がることで避ける。地面に少しヒビが入る。


「殺す気か!?」


「この程度じゃ死なないよ」


 ゼリムは体制を立て直し、リスタと睨み合う。先程の攻防とは一転、静かな時が訪れる。緊張が高まり、歓声はなくなる。


「「⋯⋯」」


 緊張した時間は、果たしてどれくらい過ぎたか。1分だった気もするし、数十秒だった気もする。あるいは、数分か。

 ともかく、その緊張した──張り詰めた空気は、いつまでも継続されることはない。いつしか、それが変わる時が来る。


「⋯⋯〈ウィンド──」


 魔法の詠唱は、殆どが名前のみだ。1秒もあれば大抵詠唱は可能であるが、逆に言えば1秒も魔法の発動には時間がかかる。その1秒があれば、


「近距離なら、外さない」


 5mくらいならば、距離を詰められる。だが、剣は届かない。仮に届いたとしても剣先だけで、大したダメージは与えられない。リスタは詠唱途中だった魔法をそのまま発動する。


「──ショット〉!」


「〈反撃〉っ!」


 風の弾丸は、その木刀に命中すると、その役目を果たさずに消え失せる⋯⋯いや、消えてはいなかった。そのエネルギーは、木刀に吸収され、そして、


「今度こそ、これで終わりだ!」


 ゼリムの力とリスタの魔法の力が乗せられた威力の木刀が、リスタの体を斬る。木刀だというのに彼女の体には傷がつき、痛みでその場に立っていられなくなる。


「⋯⋯勝者、ゼリム・クライア君!」


 転移魔法により一瞬で現れたエストは、リスタに治癒魔法を行使し、その傷を癒すと、彼女の痛みは完全に治る。


「大丈夫? 痛みはない?」


「え、あ、はい。えっと⋯⋯」


「エルトア先生だぜ」


「あっ、エルトア先生、ありがとうございます。大丈夫です」


 さらっと転移魔法使うわ、治癒魔法も完璧だわで、この人は何者なんだと改めて疑問に思うゼリムであった。


 ◆◆◆


 第二回戦はアリス・ロイドvsノンデンス・アリビオル。


(⋯⋯あの魔法は使ったらだめだよね)


 あの魔法とは、〈連鎖する爆裂雷チェイン・エクスプロードライトニング〉のことだ。

 この魔法の威力は巨大な魔獣を一撃で葬るし、地面にクレーターを作り出す。まず、普通の人間なら消し炭になるだろうことは想像に容易い。


「ロイド⋯⋯いや、アリス。噂には聞いているぜ。とんでもない魔法の使い手だってな」


「⋯⋯それを使ったら、あなた、消し炭になるよ?」


 ルールには、殺害は駄目だとある。


「俺は本気の相手にしか本気を出さない主義なんだ」


「そうはいっても⋯⋯」


 さて、困ったものだ。と、アリスは思うが、ある一つの名案を思いつく。


「⋯⋯じゃあ、一度だけその魔法を行使する。それを見た上で使ってもいいか、見極めて頂戴」


 こういう相手には実力を見せつけることしか、対処法がない。


「ああ、わかった」


 ノンデンスがフィールドの端っこに避難したのを確認する。


「じゃあいくよ。⋯⋯〈連鎖する爆裂雷チェイン・エクスプロードライトニング〉!」


 雷玉がいくつか、空中に出現する。そして、それが破裂すると、とんでもないエネルギーが発生する。万雷が振ったかのような雷音と風圧がフィールドどころか選手待機所やその他施設まで届く。それを行使者以外ではもっとも近くで見ていたノンデンスは、目を見開き、腰を抜かす。


「今のは空中で爆裂させたから、こっちには被害がなかったの」


 フィールドは少しだけ表面が削れる程度で済んでいた。直撃なんてせず、爆裂の余波でこれなのだからいかに威力が大きいかがわかる。


「あ、ああ。そうだな⋯⋯これは即死クラスだ」


「でしょ? ⋯⋯さあ、始めるよ」


 また最初と同じ立ち位置に戻ると、2人は同時に魔法を行使する。


「〈雷撃ライトニング〉!」


「〈水刃ウォーターブレイド〉!」


 雷系魔法の特徴は、発生と命中までの時間が速いこと。アリスが雷系魔法に惹かれたのも、それが原因である。その代わり威力は同階級魔法と比べれば低いが、人に当たればどちらにせよ、大ダメージが期待できるのは変わらない。

 雷撃は水刃すいじんが彼女に命中するより速く、彼の肩に命中する。雷は彼の体に一瞬にして回り、体の表面を焼く。しかしながら、それは軽度である。

 水刃も、また同様であった。腕を切り落とす威力ではないものの、大きな裂傷を生み出した。


「〈大放電ラージディスチャージ〉!」


 超高圧電流が開放される。一瞬視界が白黒になり、風圧が発生する。先程より大きい電流が流れるが、ノンデンスは寸でのところで避ける。


「〈氷槍アイススピア〉!」


「〈落雷サンダー〉!」


 雷と氷がそれぞれを相殺し、爆発を引き起こす。


「⋯⋯これは⋯⋯まさか」


 エストは気づいた、2人の使用魔法の階級はどんどん上がっていることに。先程までは互いを殺さないように、制限し過ぎていたのだ。だが、戦いに夢中となった今、そんな制限をする余裕がなくなってきた。


「埒が明かないな! これで終わらせてやる!」


「いいね! 最高の魔法を!」


 魔法戦がヒートアップし、ついには決着がつかなくなってくる。


「⋯⋯おい待て、アイツら何する気だ?」


 ケニーは、早めにそれに気づいた。ノンデンス側の人も、現在の状況のおかしさに勘付き始める。


「不味い! アイツらを止めなくちゃ! どっちか、下手したらどっちも──」


 しかし、もう遅い。2人の詠唱は既に始まっている。この距離では走っても間に合わないし、転移魔法が使えるマーカスでも2人は止められない。

 アリスはフィールドの欠片を広い、それを空中に投げ、大理石の欠片が魔法杖の先に来るタイミングで魔法を詠唱する。


「〈超電磁砲レールガン〉ッ!」


 大理石は電流によって生じた磁界によって瞬時に加速する。


「〈氷塊散弾アイスブロック・ショットガン〉ッ!」


 拳くらいのサイズの氷塊が12個現れ、それらは標的の体をグチャグチャの肉塊にするために、発射される。

 大理石の欠片では12個の氷塊を全て破壊することはできない。氷塊では大理石の欠片1つ破壊することはできない。つまり、


「どちらも互いの攻撃に直撃して、死ぬ──」


 2人の間に、白髪の少女が現れ、そして


「──まあ、それは私がいなかったら起こること、なんだけどね。〈黒孔ブラックホール〉」


 すべてを飲み込む黒い孔が空中に出現し、2人の魔法を無力化する。


「「え?」」


「はい試合終了ー。それ以上はできないでしょ?」


 アリスとノンデンスの魔力はもうない。これ以上の継続は不可能であり、試合を決着させることはできない。


「全く、もうちょっとで2人とも死んでたよ?」


 白魔法〈未来視フューチャーヴィジョン〉で、エストは、特に何もしなかった場合は、2人が互いの魔法で死亡したのを視たのだ。


「結果は引き分け。それでいいよね?」


 エストは大会の運営者に目を向け、そう確認する。


「あ、ああ⋯⋯」


 第二回戦、アリス・ロイドvsノンデンス・アリビオルの結果はまさかの引き分けとなる。


 ◆◆◆


 第三回戦、ケニー・ロイドvsメイデン・ベルゼル。


「⋯⋯青魔法使い。青魔法ならば、この学園で右に出る者は居ない」


「⋯⋯」


「だが、タンクとしては優秀でも、戦闘能力は低い⋯⋯降参をオススメする」


 メイデンの顔は至って真剣だ。そして、彼の言っていることは合っている。第二階級までの、彼の攻撃手段である赤魔法など、簡単に相殺され、貫通するだろう。

 この降参願いは彼の余裕からくるものではなく、心配からくるものである。青魔法使いとしては優秀だと思っているからこそ、加減して攻撃することはできないからである。しかし、ケニーの答えは、


「降参はしない。だから、遠慮なんてするな」


「⋯⋯そうか。⋯⋯では、やらせてもらう。──覚悟はいあな? ケニー・ロイド」


「──ああ。メイデン・ベルゼル」


 先に仕掛けたのはやはりメイデンであった。彼の得意魔法は赤魔法の闇属性だ。


「〈闇矢ダークアロー〉」


 光とは真逆。真っ黒な矢が複数発現する。


「〈防壁バリア〉!」


 防壁は矢を弾くことはできなかった。幾本かは防壁を貫通したが、それらがケニーに命中することはなかった。

 更なる追撃のため、メイデンは己の残存魔力量を実感しながら魔法を行使する。


「〈闇球ダークボール〉」


 限りなく小さい。辛うじて目視できるくらいのそれが放たれる。


「まずっ!?」


 ケニーがとったのはだ。


「⋯⋯流石だ。この魔法の特性を知っていたとは」


「俺の天敵だからな」


 闇エネルギーを凝縮ぎょうしゅくさせた攻撃方法。貫通力に優れ、尚且なおかつ火力も大きい。防御系魔法を潰すために創られたといっても過言ではないものだ。


(⋯⋯あの魔法では⋯⋯)


 ケニーが望む種類ではない。彼が望むのは、火力は大きいが貫通力が小さいものだ。


「〈電流クレント〉!」


 〈雷撃ライトニング〉よりも遥かに弱い電気が発生する。


「〈闇触手ダークテンテカルス〉」


 しかし、闇がその電流を飲み込み、無力化する。闇は消えることなく、直径5cmほどの触手のようなものとなり、ケニーを襲う。⋯⋯が、予想できていたために防壁を展開する。


「まだだ」


 メイデンの背後にある暗い紫色の魔法陣から、12本もの闇の触手が、新たに現れる。それらはケニーの防壁を何度も何度も貫こうとする。

 パリンッと硝子ガラスが割れるような音と共に青い壁は破壊され、触手は壁をこじ開けるように動く。


「〈魔法マジック──」


「させるか」


 防御力アップの魔法が発動されるより早く、メイデンは魔法の詠唱を行う。


「あ、がぁっ!」


「〈闇破裂ダークバースト〉」


 爆裂系魔法よりも小威力であるが、それは比較的。通常の攻撃系魔法と比べれば文字通り破格の威力であるそれを、メイデンは超近距離でケニーに放った。


(──今だ!)


「〈反射リフレクション〉ッ!」


 しかし、その攻撃はケニーの狙ったものだ。回避が困難で、尚且つ火力が高く、一撃で相手を戦闘不能にできるもの。〈倍反射ダブル・リフレクション〉を使わないのはオーバーキルにならないためである。

 六角形が幾つも浮かび上がり、大きな、金属が擦れるような音が響き、闇の破裂が本来とは少し違う所で発生する。

 等倍の威力で返されたそれは、人を殺すことはできなかったが、重症を追わせることはできた。近距離であったからケニーも巻き添えを喰らったが、軽症だ。


「⋯⋯!」


 試合は終わったかのように思えた。だが、メイデンは、フラフラと立ち上がった。


「⋯⋯待て。立つことすらやっとのはずだ。もう勝負はついた。だから、やめろ」


「⋯⋯はは。魔力はまだ──あるんだよ! 俺の最後の攻撃っ! これを防げたら、お前の勝ちだ!」


 ケニーの広角が、楽しげに上がる。そして、


「〈千闇刃サウザンド・ダークブレイド〉ッ!」


「〈多重防壁マルチプル・バリア〉ッ!」


 大きな風圧が発生し、硝子を切り裂くような音が何回も響く。それらの正しい数が分かる者は居ない。だが、数秒後、その音は唐突に無くなる。代わりに静けさが場を支配する。

 そこだけ、薄暗かった。そこだけ、まるで別世界だった。

 観戦者は皆、固唾を飲み込んで、その闇が晴れるのを待った。やがて闇が晴れると、その結果が見えた。


「お兄ちゃん!」


 アリスは決着のついたフィールドに乗りあがり、なんとか立っていたケニーを支えようとする。


「大丈夫、だ⋯⋯。それより、メイデンを運んでやれ⋯⋯」


 アリスは兄の言葉通り、メイデンを運ぶ。エストに渡すと、すぐに兄を支えに行った。


 ◆◆◆


 第四回戦、リーメル・エクレアムvsアイジャス・アイクライアル。


(⋯⋯アイジャス・アイクライアル。⋯⋯あなたの本当の力を、私は知っている)


 単純な実力では、Aクラスの誰よりも強い。あらゆる魔法において、誰よりも能力が高い。⋯⋯ではなぜ、彼女はBクラス止まりなのか。

 先の三人は、能力がリーメル達より少し劣る程度だった。なぜ互角に渡りあっていたかというと、技術が優れていたためだ。だが、アイジャスは技術が大変劣っている。


(⋯⋯でも、それは1年前のこと)


 逆に言えば技術が劣っているというのに、学院2番目にあたるBクラスに登りあがってきた。上位3クラスには圧倒的な実力差があるとはいえないが、それでも確実な差がある。

 ──もし、技術を身に着けたなら?


(その時は、本気でやらないといけない)


 大会のルールブックには、どこにも『精霊術を使ってはならない』とは書いていない。唯一、『一対一の戦闘のみ許可する』とだけは書いている。

 精霊術と魔法は似て非なるもの。契約した精霊の能力によって、精霊術の効果は変化する。


(「リーメル、私の力は森の中でしか十分に発揮できない。でも、それでも──」)


 シャンデリルは現在、実体をとらずにリーメルの首にかけている緑色のクリスタル内におり、そこから彼女の脳内に直接語りかけている。


(「わかってます。⋯⋯大丈夫、能力の使い過ぎには注意するので」)


 精霊と契約者の力に差がありすぎると、契約者側の負担が大きくなる。能力が使えないわけではないが、すぐに使えなくなるだろう。

 リーメルとアイジャスが向かい合う。そして、片方のみ、詠唱を行った。だが、アイジャスの魔法はリーメルに命中することはなかった。上級の魔法にも匹敵するほどの風圧を発生させ、飛んできた炎の球をかき消したからだ。


「⋯⋯精霊術?」


「ご名答、です」


 精霊術のもう1つの特徴は、魔法と異なり詠唱が必要ないということだ。

 リーメルの周りにいくつかの光の玉が出現し、それらは空気中の光を吸収する。「何かまずい」と判断したアイジャスはそれを阻止すべく、火の弾丸を放つ。風の壁を貫通することを期待したそれだが、リーメルは風を操ることで自身を空中に飛ばすことでそれを避ける。勿論、光の玉も、彼女と同様に動き、


「なっ!?」


 光の玉からより強い光の線が発せられる。それはまさにレーザービームと言ったものだった。


「外した⋯⋯!」


 力を制御できず、狙ったところから少しだけ離れた位置に着弾する。アイジャスの足の側面の一部が焦げ、そこから痛みを感じる。血管すら瞬時に焼くほどの高熱だ。もし今日が晴天ならば、もっとチャージ時間は減り、尚且つ威力も上がっていただろう。

 まだ光の玉はある。あと何発か撃てる。


「〈火柱フレイムピラー〉!」


 空中にいるリーメルの真下に火の柱を立てるが、風はそれを薙ぎ払う。火の粉が彼女に当たるが、然程さほど問題はない。


「っ!」


 ビームを発射する。だが今度は大きく外す。


(ダメ⋯⋯離れていたら、今の私じゃ。⋯⋯なら)


 リーメルは地上に下りる。落下の衝撃を風で和らげ、更に追い風を吹かす。に気づいたアイジャスは彼女を遠ざけるために、


「〈火球ファイアボール〉!」


 魔法を放つ。離れていたらビームの命中率は低下する。だが、至近距離ならば意図的にでもなければ、外すほうが難しいというもの。

 風で火球をかき消そうとするが、走りながらでは完全には消せない。軽度の火傷を負うが、それでも走ることは辞めない。

 何度も、何度も、アイジャスは魔法を行使する。だがリーメルは止まらなかった。やがて距離を詰め終わると、最後の一発を放つ──


「あがっ!」


 ビームは肩に直径3cmほどの風穴を開ける。血管は焼き焦げたため出血はしなかったが、激痛が走る。


「⋯⋯!?」


 だが、アイジャスは気絶しかけた意識を無理矢理戻し、リーメルに蹴りを入れる。彼女は反応が遅れ、風で衝撃を和らげることができなかった。

 風を操り体制をすぐに立て直すと、追撃と言わんばかりの火球を風で──


「うっ!?」


 ──頭痛。精霊術を無理に行使し続けたことのツケが来た。咄嗟とっさに腕で防御し、ダメージを軽減する⋯⋯が、リーメルは重度の火傷を負う。

 勝負はついた。これ以上の戦闘の継続は、片方の死亡を意味するからだ。⋯⋯しかし、それは普通なら。重傷を負ったのがリーメルであるから、まだ戦闘は継続される。アイジャスはそれを予想しており、魔法を行使しようとするが、激痛で一瞬だけ詠唱が遅れる。そして、彼女が恐れていたことが起こる。


「〈治癒ヒール〉!」


 リーメルの火傷が一瞬で治る。頭痛も引くが、精霊術のこれ以上の行使は厳しい。つまり、


(近接戦闘でカタをつけるしかない!)


 魔法杖を強く握る。この杖はシャンデリルの特別製。生半可なまはんかな鉄よりも堅く、軽い特殊な木材でできている。棍棒としては十二分に合格点である。回復魔法しか使えないリーメルの、精霊術以外で唯一の攻撃手段だ。

 アイジャスの腹部を叩く。手の感触で、あばらの何本かは折ったとわかる。彼女は血を吐くが、反撃と仕掛ける。

 最早魔法使い同士の戦いではなく、ただの近接戦闘。だがそれでもいいのがこの大会だ。

 殴り合いがしばらく続く。だがどちらも近接戦闘は殆どしたことがないずぶのド素人で、片方は棍棒。結果は最初からわかっていた。

 アイジャスの意識が途切れ、その場に倒れる。リーメルもそれを追うように倒れかけるが、何とか意識を保つ。

 勝者は、最後にフィールドに立っていた者だ。


「はあ⋯⋯はあ⋯⋯〈治癒ヒール〉」


 彼女は自身の傷を治し、そして相手の傷も治す。意識を取り戻したアイジャスは、周りを伺い、己の敗北を察する。


「⋯⋯リーメル、まさかあなたが精霊術が使えるとは思わなかったわ」


「色々あってですね⋯⋯」


「⋯⋯ふふふ。勝てると思ったんだけどなー。でも⋯⋯あなたのおかげでまだ私には技術が足りないことがわかったわ。ありがとう」


「⋯⋯1年後に、同じクラスメイトになりましょう?」


「ええ」


 ◆◆◆


「⋯⋯さて、次で最後だったね。にしても、皆強くなってるなぁ〜。皆の頑張りもあるけど⋯⋯さっすが私だね」


 かなりの自画自賛をするエスト。自慢気にそう言う顔は笑顔だったが、次の瞬間には目を細め、警戒するような顔になる。


(今の、なに? ⋯⋯私に匹敵しうる魔力の反応が、一瞬だけした⋯⋯?)


 一瞬。たしかに、あった。


(⋯⋯気のせいなわけないし⋯⋯でも今はない?)


 同じ魔女なら、魔力の性質でわかる。黒ならば確実だ。しかし、エストはその魔力が誰のものか、わからなかった。つまり魔女ではない何者か。


(でも、なんだか⋯⋯初めて感じた魔力じゃないような。⋯⋯一応、警戒だけはしておこうか)


 ──エストが感じられる魔力は、あくまでも強者のものだけ。しかもそれは同格の魔女クラスのものだけだ。それ以下の魔力は一切感じられないし、特別彼女の魔力感知能力が高いわけでもないので大まかな位置しか割り出せない。正確な位置までは割り出せない。それこそ、魔法を使わなければ。

 だから、今の彼女には気づけなかったのだ。

 『ちりも積もれば山となる』ということわざがある。一つ一つは極わずかなものでも、積もり積もれば山のようになる、という意味だ。⋯⋯しかし、この世には例外がある。いくら弱者が集まろうが、真なる強者には勝てない。そこら辺の一般人が幾億人居ようが、空を飛び、一方的に攻撃できるドラゴンには勝てないのだ。

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