第18話 変貌

 彼女は焦っていた。どうすればよいか、わからなかったからだ。最終手段はあるが、その手段はできるならば使いたくないのだ。


(なんで、私の正体がバレてるの!?)


 放課後。マーカスの両親が彼女を訪ねてきて、こんなことを言い出したのだ。『貴女はなぜこのようなことを?』と。

 まさか、貴女ほどの魔法使いがなぜ、このようなバイトをするのか、という意味ではないだろう。そんな下らないことは、わざわざ訪ねてきて聞き出すようなことではない。何より、マーカスの両親の、彼女に対する態度はおよそ子供の教師へのものとはまるで異なり、それは一方的な敵意だ。つまり、彼女の正体を知っての質問なのだろう。


「⋯⋯いやぁ、お金がなくて」


「──は?」


 マーカスの両親は、見事にハモり、エストの言葉に困惑する。彼らは彼女の正体に勘付いているからこそ、例えば魔法学院を崩壊させ、戦力を削り王国を滅ぼすとか言ったような、相手が魔女だと知らなければ想像すらつかないような考えさえしていた。だから、エストのその言葉、理由が信じられなかった。


「隠すな! 真の目的はなんだ! 正体はわかっているんだぞ、魔女!」


 ついに耐えきれなくなったマーカス両親の父親の方は、声を荒げる。エストは周りにバレてはいけないと思い、無詠唱化した〈静寂サイレント〉を行使して、部屋外に音が漏れないようにする。しかし、マーカス父は優秀な魔法使い。特に感知妨害も何もかけていない魔法による部屋の変化に、気づかないわけがない。


「っ!何をした!?」


「静かにしてくださいよ、お父さん?」


 一応立場上は同等以下である。そのため、エストは敬語を使うが、それに込められるはずの敬意はない。表面上の敬語でしかない。


「おっと、剣は抜かないでくださいよ。私はあくまで平和的に話し合いたいので」


 マーカス母の、神速の居合の予備動作にさえ、これまでに気づいた存在はいなかった。改めて魔女の生物的な強さを知り、つかに触りかけていた手をもとに──強制的に、、戻した。


「支配の魔法⋯⋯まさか! お前は!」


 最近復活したばかりの魔女であると、勘違いをする。それを一瞬で否定し、エストは自己紹介を行う。


「⋯⋯私は白の魔女、エスト。ここではエルトアと名乗っています。まあ、今はどちらで読んでいただいても構いません」


(⋯⋯やっべやらかした。〈支配ドミネート〉なんて使ったら敵対行動と取られるじゃん。⋯⋯でも仕方ないよね? そうしなかったら、お母さんの腕を折るか、この部屋の一部が壊れることになったし⋯⋯)


 しなかったら、の前者は言語道断ごんごどうだん。後者も金がないのに弁償なんてしたくない。


「⋯⋯それで、要件は?」


「⋯⋯マーカス、そして他の生徒や教職員に手出しをしないか。それを聞きに来た」


 エストのその問いに対する答えは勿論YESだ。それに信憑性しんぴょうせいがあるかどうかは置いておくとして、特に嘘をつく必要もないエストは答える。


「ええ、手は出しません」


「⋯⋯」


 信用できないのは当たり前である。魔女が如何いかに恐れられているかは、本人がよく知っている。だからエストはマーカス父の態度に不快感を抱く事もなく、その美貌でただ微笑ほほえむだけだ。ここを絵にするならば、どれだけの価値があるか。

 だが愛妻家あいさいかであるマーカス父には、エストのその外見に惑わされることはない。もっとも、エストは最初からそれを狙っているわけではないのだが。


「⋯⋯あなた」


「母さん、魔女、エスト⋯⋯いや、エルトアさんを、今は信用しよう。だが──」


 マーカス父は杖をエストに向ける。それは相手が普通ならば、殺すという合図なのだが、こと相手が魔女ならば、威嚇いかくにしかならないし、それは負け犬の遠吠えに等しい。それくらい、意味がないことだ。


「⋯⋯もし、王国に手を出すなら、その首を取る。わかったな?」


「⋯⋯ええ」


 ──ないとは思いますが、そのときは全力でお相手しましょう。という台詞せりふが喉の奥まで出かかったが、エストはそれを寸でのところで飲みこむ。


 マーカス両親は放課後の教室から去り、ここにもうは居なくなった。

 そのタイミングで、エストの影がゆらゆらと揺らめき、黒い、2mほどの人型実態を創り出す。黒い人型実態に色がつくと、現れた者が誰であるかはすぐにわかる。


「イカガナサイマスカ?」


 主語のない言葉であったが、エストはレイが言いたいことはわかる。


「放っておく⋯⋯わけにはいかないね。監視でも付けようか。〈下位悪魔召喚サモン・レッサー・デーモン〉」


 召喚魔法の消費魔力とは別に、命令を効かせるための魔力も更に消費すると、地面に発現した魔法陣からはある悪魔が2体、出現する。全身が真っ黒で、スライムのようなそれは、れっきとした、低位ではあるが悪魔である。それらは人型となり、エストにひざまずき、命令を待つ。


影の悪魔シャドウ・デーモン、対象の影に潜み、私の情報を他者に知らせたり、私を殺そうと計画した場合、私にそれらを知らせろ。期間は⋯⋯私が良いと言うまでね」


 要は無期限だ。契約期間無期限なんて、大抵は悪魔側が受け入れない。だが、エストからは魔力を貰ったし、何より歯向かえばどうなるか分かったものではないので、悪魔は、微かな、ゴポゴポと言ったような、声かどうかすら怪しいかったが、了解の意を示す。

 影の悪魔シャドウ・デーモン達は建物内の影を渡りながら、対象──マーカス両親の影に潜む。


「⋯⋯よし、流石にバレないよね?」


「下級悪魔トイエド、人間二見ツカルトハ思エマセン」


「そうかな? 意外と人間って規格外の存在もいるもんだよ」


 かつて人間時代のエストがそうであったように、人間というのはそう見下してはならない生物だ。たしかに大多数は弱者であるが、一部が化物と遜色そんしょくないなんてのは十分にあり得る話である。エストも、マサカズら転移者以上──カブラギのような転生者クラスの現地人が居ることを知っている。


「たしか帝国の神父しんぷだっけ⋯⋯名前は忘れたけど、そいつが本当に人間とは思えない強さを誇るって、聞いたことがあるよ」


「神父⋯⋯デスカ」


 神に従い、弱者を救い、魔族を滅する神職者だ。エストやレイなどの魔族からしてみれば、まさに、文字通り天敵である。


「⋯⋯さて、と。帰るかな」


 転移の魔法を唱えた2人は、その場から姿を消す。



 ◆◆◆



「ただい───ま?」


「イマセンネ⋯⋯マダ帰ッテキテイナイノデショウカ?」


 宿についたエストとレイであったが、いつもの3人が居ない。時間的にはそろそろ日が落ちる頃だ。

 そこで、エストはマサカズらが言っていたことを思い出す。


「そういえば、最近魔獣が妙に増えたらしくて、その駆除依頼をこなしているのかな?」


「フム⋯⋯エスト様、マサカズ様達ノトコロニ行ッテモヨロシイデショウカ?」


 レイなりに彼らの助けになりたいと言う、自発的な行動心の現れた。召喚された存在が召喚主の命令以外の事を、ましてや召喚主ではない存在の助けをしたいと望むのは、エストにとってはとても面白いことである。新たな知識が得られたことで、彼女は機嫌がよくなった。


「いいよ。料理作って待ってるよ」


 いつもならユナに任せている仕事を、自ら進んでやるくらいには。


 レイは、隣に森がある草原で魔獣の掃討に励んでいるマサカズらの近くに転移した。勿論、姿は人間形態で、万が一近くに別の冒険者が居ても大丈夫なようにしていた。

 骨製──ではなく、妖赤色鋼スレチドという、濃い赤紫色の鉱石製の大鎌を右手に持つ。


「伏せてください」

 

 レイは、近くに居る冒険者全員に聞こえるように、そう言う。彼の持つ大鎌から漂う禍々しさを感じたのか、冒険者全員は彼が突然現れたことに対する驚きをすることもなく、指示通り伏せる。


「〈裂風〉」


 レイはその鎌を空振りする。それに一瞬だけ他の冒険者達は困惑するが、次の瞬間、とんでもない風圧が発生し、レイの空振った方向にある草の上の部分や、魔獣達の体がバラバラに引き裂かれる。


「レイ! まだまだ居るぞ!」


 ナオトがそう叫んだ瞬間、狼のような魔獣の群れが、森から出てくる。


「ありがとうございます、ナオトさん。〈水晶弾クリスタル・ショット〉」


 幾つもの水晶の塊が空中に現れ、それらは秒速1000m程のスピードで狼のような魔獣の群れを撃ち抜き、その命を奪っていく。魔獣は警戒して、レイとの距離を取るが、レイは超人並みの速さで魔獣達の首を、次々とその大鎌で刈り取る。


「っと、これで全部ですかね?」


 周りは魔獣の血によって赤く染まっているというのに、彼だけは返り血を一滴も浴びていない。


「あの数を⋯⋯す、すげぇ⋯⋯」


「マサカズさん達の知り合いか?」


「あの鎌の材料、もしかして超希少金属の妖赤色鋼スレチド!?」


 その圧倒的な力に、周りの冒険者はようやくリアクションを取る。

 マサカズらでもあの魔獣はほふれるが、レイほど速く殺すことはできなかった。


「レイ、どうかしたのか?」


 マサカズはレイに近寄り、なぜ助けたのかを聞く。レイは特に理由は無かったと答えると、


「そうか。ありがとな、助けてくれて」


 予定より早く、依頼が終わり、色々と事後処理を終えて、宿に戻る途中であった。


「そういえば、エルトアさんは?」


「エルトアさんなら、宿で食事を作って待っております」


 いつもならあり得ないことに、聞いたユナは驚くが、エストの手料理を一度食べたことがあるユナは、嬉しくなり、「早く帰りましょう」と走り出す。いつもの彼女からは想像できない行動であったが、その気持ちはよく理解できると、マサカズとナオト、レイは思うも、彼女は予想以上に足が早くて、一旦追いつくのに必死であった。⋯⋯だから、気づかなかった。


 路地裏に、大量の死体があった。全て、翌日には行方不明者として、都内の看板に捜索願いの人物として肖像画が張り出される者達だ。

 死体は死体だというのに、ましてやアンデッド化するわけでもないのに、完全に冷えたその体は、まるで苦しみに耐えるかのようにのたうち回る。グチャッと、肉が潰れるような、千切れるような音が小さくだが響く。


「ん?」


 ユナを追いかけていたナオトだけがそれらの音に気づき、通り過ぎた路地裏を、わざわざ戻って確認する。


「どうした、ナオト?」


「マサカズ、ちょっと来てくれ。なんか、音が──」


 そこには⋯⋯があった。1人分にしては、例え致死量だったとしても、あまりにも多すぎる血の量だ。おそらく、大人数の血である。服の布切れが少なからずあり、それがここで大量殺人が発生したことの証拠となる。死体を持ち帰った理由はわからない。証拠隠滅目的であるとは考えられないので、目的は死体の回収であったということだろう。なんにせよ、許されざる所業であることには変わりない。


「ユナ! 衛兵を呼んできてくれ、殺人事件だ!」


「殺人!? わかりました!」


 衛兵を呼び、大量の血溜まりの処理を始める。野次馬が次第に集まってくるが、一定の距離を開けて、その凄惨せいさんな光景を見ていた。人々は困惑し、恐怖する。だが、そんな中、1人の男性が呟く。


「⋯⋯なあ、こんだけ血があるんだ。被害者は2人や3人じゃないはずだろ? ⋯⋯そんな大量の死体、犯人はどうやって運んだんだ?」


 ただの転移魔法では、そんな大量の死体を転移させることはできない。或いは〈転移陣テレポーティングサークル〉なら可能だろう。しかし、この魔法は第六階級だ。普通の人間では使えない、高度な魔法である。

 ──その時だった。レイの頭部に、液体が落ちる。


「雨? ⋯⋯っ!」


 天気は雲こそあるが晴れだ。雨なんて、降るはずがないし、何よりその液体からは微かにだが獣臭さがある。

 レイは目線を上に向ける。すると、そこには、


「そんな、馬鹿な⋯⋯!」


 それの体は、赤かった。毛や皮膚が赤い種類だからではない。それの体は、僅かに皮はあったが、殆ど、筋肉が剥き出しであったからだ。血管が丸見えであり、所々には臓器さえ見える。四足歩行のそれは、狼や猫など魔獣であるかのように思えたが、それは半分あっていて、半分間違っていた。

 それの手、足、胴体、そして顔。そのどれもが、獣のものではなかった。一番、近いものを挙げるとするならば──人間のパーツである。骨格やそれらの組み合わせは、人間ではない。だが、たしかに、パーツ自体は、少しだけ異なる部分もあるが大半は人間のものそっくりなのだ。これでは、まるで、合成生物キメラである。

 それは、近くの建物の屋上に居た。そこから、下に居るニンゲンを、値踏みするように見ていた。すぐに襲わないのは、おそらく強者が誰であるかを確かめていたのだろう。まずは、そいつを不意打ちで殺すために。

 レイがその魔獣を睨んでいると、魔獣もそれに気づいたのか、一瞬だけ怯え、そのまま何処かへ跳び去る。



◆◆◆



 白いゴシックドレスの上にエプロンという奇っ怪な服装の美少女は、味を確かめるためにすくった金色の、温かい液体を飲む。様々な野菜とコンソメの味を、彼女の舌は感じ、その美味しさに彼女は満足気に頷く。


「よし、賞味期限切れだったけど、イケるね」


 消費期限1週間切れの食材が殆どを占めるその野菜のコンソメスープは、彼女が思うよりも味は良かった。


「⋯⋯誰もお腹壊さないでしょ。転移者と魔人だし」


 魔人は言わずもがな、転移者も召喚特典である程度の毒物耐性がある。流石に消費期限一年切れとかならば厳しいだろうが、1週間くらいならば耐えれるだろう。しかも、さらにエストは浄化の魔法を使ったのだ。おそらく、多分、きっと、大丈夫だろう。


「──ん?」


 その時、エストの視界には、遠くだったからわかりづらいが、魔獣らしき影が現れる。ソイツは家々の屋根を足場に跳んでおり、未だ誰も気づいていないようだった。


「⋯⋯魔獣が都内に? ⋯⋯全く、検問所は何やってるんだろ? 〈魔力感知センスマナ〉」


 エストは視界外に逃げてしまったその魔獣の詳しい座標を魔法で割り出し、


「〈デス〉」


 即死魔法を唱える。魔女の魔法だ。抵抗レジストはできずに、その命を終え、下の通道に落ちただろう。魔獣の魔力反応が消えたことを確認すると、エストは料理を再開する。


「⋯⋯あっ、胡椒こしょう入れすぎた」

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