第17話 鬼才と奇才
白魔法第5階級、〈
「私が最初に覚えた魔法?」
「うん。魔法使いの間じゃ、この話は必ず出るんだ」
「えっとねぇ⋯⋯たしか」
エストは記憶の奥底にある、師匠であり義理の母を思い出す。唯一、能力を使わずにして覚えている、約600年前の記憶だ。
「⋯⋯〈
それを聞いたマーカスは、とてつもなく驚いた表情をする。当たり前だ。初めての魔法など、第1階級が当たり前。上位でも第3階級なのだから。
「えっ⋯⋯先生っていつから魔法を?」
「11歳だね。ちゃんとやり始めたのは」
エストの見た目はどう見ても10代後半。本人曰く18歳。
「は?え?たった7年で白と赤の魔法を?そのうえ他の魔法の知識も?」
エストは魔法を習い始めてから3ヶ月ほどで全種の殆どを使えるようになっていたため、7年というのはとんだ勘違いになるのだが、エストはそれを言わなかった。流石にそこまで馬鹿ではないからだ。
「あー、まあ、そうだね」
「もしかして加護持ち?でも、そうだとしてもボクより⋯⋯」
「いや?加護は最初からなかったけど」
マーカスは唖然とする。⋯⋯当たり前だ。加護なしで第5階級魔法を行使するなど、有り得ないからだ。
(⋯⋯もしかして、やらかした?)
エストの常識からしてみれば、第5階級など結構下。実用的で消費魔力控えめのお手軽魔法という位置づけなのだ。
マーカスの口が開閉を繰り返すのを見ながら、エストは苦笑いをする。
(さて、どう誤魔化そうか⋯⋯いっそ記憶消しちゃうか?⋯⋯でもなあ)
記憶を消した場合、当然ながらその空白を人間の脳は埋める。それがどうなるかがわからないエストは、無闇矢鱈に記憶の消去は実行できない。
(大体いつも全部消してきたし、一部だけ消したら大体のやつ発狂するし⋯⋯やりたくないなぁ)
記憶の混乱。チグハグな記憶、どう考えても異常な記憶を見た人間は、殆ど発狂した。脳のリカバリーが完璧でないからだ。
「先生⋯⋯」
「ん?何?」
そんなことを考えていると、ようやくマーカスは話せるようになった。
「⋯⋯ボク、実は加護持ちなんだ」
魔法之加護・白。この場合、白魔法の才能を全て引き出し、更にそれを上昇させる加護だ。
「つまり、戦闘中での〈
マーカスは自分以外に転移魔法が使える存在を知らなかった。だから、その使い方は自分で学ぶしかなかったのだが、
(強すぎるがゆえに、戦闘では一方的。または、使う暇もなく負ける、か⋯⋯。互角の実力者が居ないのは、仕方ないよね)
「先生はどういうふうに転移を使うんだ?」
エストは悩む。そんなことは考えたことなかったからだ。
(ただの移動手段、とりあえず使っとけ、としか言えないよ!?)
お手軽魔法だから、ここぞという時に使うような切り札ではない。あくまでも移動手段であり、当たり前のように使う魔法だ。だが、それが通じるのは魔女クラスや魔人クラス。人間からしてみれば〈
「えっとね〜。うん⋯⋯不意打ちとか?こう前から攻撃すると見せかけて、後ろに転移してザクっと⋯⋯?」
「⋯⋯」
「あは⋯⋯あはははは⋯⋯」
(母さん助けて!人に教えるの難しい!)
「──転移魔法は、逃げるために取っておきましょう。生きていれば勝ち。最後に立っていた者こそ勝者ですから」
後ろから、黒髪の若い執事が歩いてくる。その手には木刀が握られていた。
「あっ、レイ」
「エルトアさ──ん、この子にも魔法を教えてもよろしいですか?」
「いいけど、ゼリムは?」
「彼なら、あそこに」
レイが指差す方向には、肩で息をする、ボロボロになったゼリムが、芝生の上に寝転がっていた。
「最近力が強くなってましてね。少々キツめの稽古をつけたら⋯⋯」
ああなった、と。それを見たマーカスはレイを少しだけ怖がるも、エストの「じゃあ頼むよ」という言葉で諦めた。
「マーカス。あなたは魔法の才がある。折角です、魔力量を多くしましょう」
「あ、はい」
マーカスは腹を括った。やるしかないのだと。
◆◆◆
「あぁ⋯⋯教師って疲れる」
夜。転移魔法により部屋の中に突如現れるのは、もう何度目か。
「⋯⋯ユナ、あいつらは?」
「マサカズさんとナオトさんなら買い出しに行きましたよ。それより、そこどいてくれませんか?」
ユナは、部屋のソファにうつ伏せになっているエストを見下す。
転移してからまだ3ヶ月ほどしか経過していないというのに、元からある程度の家事ができたとはいえ、そろそろ一流のメイド並みの家事ができるようになったユナは、エストらのような家事力がほぼ無い存在にとって重要な人だ。
「はーい。〈
エストの体が宙に浮くと、ユナはソファカバーの破れた部分を一瞬で直す。
「⋯⋯あと一週間かぁ」
バイト期間は一ヶ月だった。これまで人間との関わりがあまりなかったエストにとって、この一ヶ月はとても有意義なものであった。
「お別れってわけでもありませんし、そんなに悲しむこともないのでは?」
「⋯⋯悲しむ?私が?」
「ええ。そんな顔してましたよ?」
エストは驚いたような顔をする。
「⋯⋯ああ。そうだったね。悲しみという感情は、久しぶりだったよ」
人間時代はいつも悲しんでいた。だが、魔女としては、本当に久しぶりの感情だ。
「⋯⋯久しぶり?」
「うん。それが?」
「⋯⋯いや、前は何があったんだろうなと。少し気になっただけです」
「⋯⋯私のお義母さんは、もうこの世には居ないってことは話したよね?」
エストはどこか寂しい表情で、話し出す。ユナはエストの過去を察する。
「⋯⋯はい。すみません」
「謝る必要はないよ。気になるのは仕方ないからね」
あの時の悲しみよりも、今の悲しみはずっと小さい。
もし、もう一度、あれ程の悲しみを思ったなら、
(⋯⋯今度は、耐えきれないかもしれないね)
大切な者を奪われる悲しさを、彼女はよく知っている。初めて、純粋に優しくしてくれた人が亡くなる瞬間は、もう二度と体験したくないと彼女は思う。
◆◆◆
翌日の早朝。
「〈
マーカスの姿が消え、はるか上空に現れる。またもう一度同じ魔法を連続で使い、彼は地上に戻ってくる。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
魔力は生命エネルギー。瞬時に大幅に消費してしまうと、体に大きな負担がかかる。
「マーカス、立って、私の手を握ってください」
「⋯⋯?わかった」
言われるがままに彼はレイの手を握る。すると、手が少しだけ暖かくなり、自分のものではないが、そこからエネルギーが流れてくる。
「⋯⋯魔力?」
「はい、私の魔力を少しだけ流しました」
魔力を流し込む。非生物、あるいは自身に流すならば容易にできるが、他の生物に流す場合はそうはいかない。生命体には魔力の許容量というのがあり、それを超えてしまうと体に多大な負荷がかかり、しばらくは激痛を絶え間なく味わうことになるからだ。
「少しだけ⋯⋯」
マーカスは自身の残存魔力量を、感覚的ではあるが理解できる。⋯⋯九分九厘だ。これは神の如き所業である。
「そういや、なんで今日は休日なのに補修を?」
先に倒れていたゼリムが起き上がり、レイにそう聞く。
「なんでって、今週末に腕試し大会があるって聞いたからですが」
王立魔法学院で年に一度行われる腕試し大会。トーナメント方式であり、基本殺さなければ何しても良いルールだ。
「「⋯⋯忘れてた」」
「⋯⋯あれ?それなら、他の皆は?」
「ああ、そろそろ──っと、来ましたね」
学院の校門から、見慣れた人達が入ってくるのが見える。
「おはよー。レイ、まだ満身創痍にはしてないよね?」
「勿論です。エルトアさん」
エスト、アリス、ケニー、リーメル⋯⋯と大精霊、シャンデリルだ。
それから2人の教師による一方的な──手は抜いていたが──戦いがしばらく繰り広げられ、気づけば2時間が経過していた。次で一巡目は最後。マーカスの番だ。
「頑張れー」
「一撃入れろー!」
「30分生存したら凄いぞー」
「あなたならできます!」
マーカスは先に散っていった仲間の応援を聞き、覚悟を決める。
「今日は魔法杖を持ってきた⋯⋯それの意味がわかるかな?」
「本気!?」
マーカスの覚悟は一瞬にして砕け散る。が──
「魔法のレパートリーを増やすだけだよ。だから安心してね」
「⋯⋯安心できない」
──砕けた覚悟は元に、不完全な状態ではあるが戻る。
「じゃあ、キミからどうぞ?」
杖をエストに向け、魔法の詠唱を始める。
「⋯⋯〈
以前よりも、それは格段に威力が増した。だが、エストはそれを魔力を流しただけの魔法杖で打ち消し、使うような素振りだけを見せて魔法を行使する。
「〈
「〈
エストの火球は、マーカスから少し離れた位置で消え去る。
「〈
空間に切れ目が生じるも、エストは身を捻るだけでそれを避ける。
「っ!〈
その好機を、マーカスは見逃さなかった。体をひねったエストのバランスは崩れている。足元に衝撃波を加えることで、転ばすことを狙ったのだ。
「おっと」
だが、エストは間一髪のところで転ばなかった。あの細い体のどこに、その強い体幹があるのか。しかし、今はそんなことはどうでもよい。バランスは完全に崩れた。隙はできたのだ。
「〈
首元に魔法杖を突きつけ、勝利宣言をする。それが、彼の目的だった。
「──戦闘は、戦う前からいかに相手の情報を知れているかで勝敗が決まると言っても、過言ではない。私の母さんがよく言ってた事だ」
マーカスは、その場から一歩も動いていない。
「〈
「〈
エストは転移魔法も使わずに、一瞬にしてマーカスに近寄り、魔法杖を彼の喉笛に突きつける。
「もし私が、キミがその魔法を使えると知らないなら⋯⋯少なくとも殺さない前提だったら負けていたよ」
すぐに魔法杖を下げると、マーカスは尻餅をつく。エストは彼に手を差し伸べ、およそ外見からは想像もできない力で彼を持ち上げる。
「さあ、少し休憩しようか」
◆◆◆
「〈
夕食時。マーカスは今日あったことを、彼の両親に話していた。
「それは本当か?」
マーカスの父は王国魔法部隊長で、王国最強の魔法使いと呼ばれている。
「うん。本当だ」
「あなた、どうしたの?」
マーカスの父は顎を触り、深く考えるようにして、
「⋯⋯その魔法は第6階級だ。加護持ちですら、容易には使えない」
「えっ?」
マーカスは知っていた。エストは加護持ちではないことに。
「なのに、その教師は加護持ちではないのだな?」
「う、うん⋯⋯」
父の顔は段々と険しくなっていく。エストが只者ではないと、人間ではないと考えているからだ。
「⋯⋯リッチや吸血鬼なら、見た目でわかるはずだが、エルトアとやらは人間の見た目。⋯⋯何者だ?」
「⋯⋯まさか」
聖騎士部隊長の母にはどうやら心当たりがあるようだ。
「魔女⋯⋯?」
6つの魔法を司る最強の存在。現在は黒の魔女と青の魔女しか表に現れていないが、白以外は確実に存在しているとなっているし、白も存在しないとは限らない。もしかしたら、隣にいるかもしれないのだ。
「マーカス、エルトアさんはどんな人だった?」
マーカスはエストの見た目を話す。すると、
「⋯⋯あなた、明日、エルトアさんに会いに行きましょう。見たら、わかるかもしれない」
母の表情に焦りが見える。いつも冷静な母が、だ。
「もしかして、先生を?」
「⋯⋯大丈夫。何もしないわ」
──魔女は、全員が人知を超えた美しさを持つ。魔女は、とんでもない力を持つ。
(⋯⋯白の魔女、エスト。名前だけしか知られていない、正体不明の魔女)
聖騎士である母は、魔族に分類される存在がそうであると、見ただけでわかる。実際に見るまでは確信できないが、マーカスの言葉で殆ど確信しているようなものだ。
(殺りあえば、死ぬ。それに、学院どころかここら一帯すら危うい。⋯⋯でも)
部屋に置かれている聖剣を見る。
(戦うか、戦わないかは、魔女の態度次第だわ)
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