第16話 地の大精霊

 精霊とは、『世界の理』そのものである。精霊の死亡、それ即ち理の消滅であるのだが、その精霊の代わりが生まれるだけだ。そのため、精霊が1体、2体死んだところで理は消滅しない。

 しかしながら、例外というのは存在する。彼らには微精霊、精霊、大精霊、他にも邪精霊、人工精霊というのもある。微精霊と精霊の代わりは一瞬で生まれるのだが、大精霊はそうはいかない。大精霊が死亡すると、そのあたりで災害が発生するのだ。さらに大精霊の中でも特に強大な力を持ち、世界の基礎といっても過言ではない理の大精霊を『元素大精霊』と呼ぶ。


「⋯⋯教団か。ここに何の用だ?」


 空中に浮かぶ可愛らしい、少女と言うにはあまりにも小さな存在。木の葉のドレスを来ており、美しい緑色の長い髪を夜風になびかせている。その太陽の如き朱い目で、目の前の金髪の、『黒の教団』のローブを着た──中性的ではあるが──少女を睨む。


「⋯⋯わたし達は今、力が必要なの」


「協力なんてしない。去れ、教団員。今なら殺さないでやる」


 教団員の少女は笑みを浮かべる。そして、そのローブのフードをめくり、素顔を見せる。

 非常に美しく、可愛らしい。それは男も、女でさえも魅了する。性別がない小さな存在ですら、一瞬魅了されかけたほどだ。


「協力?違うね。⋯⋯大人しくわたしに支配されろ」


「そう。森にこんなことをしておいて、忠告を無視した。⋯⋯死ね」


 小さき存在──地の大精霊、シャンデリルは、魔法を使った様子もないというのに、まだ枯れていない木の枝を操り、少女を突き刺そうとする。しかし、少女は超人的な身のこなしでそれを避ける。


「流石は『元素大精霊』、わたしでも避けに集中しないといけないね」


 シャンデリルは2つの、土の巨大な人間の手のようなものを作る。土の手は少女を潰すために叩くが、やはり避けられる。


「さっきから避けてばかりじゃないか。反撃したらどうだ?」


「もしそうしたら、わたしはペチャンコになっちゃうね。でも⋯⋯それは、わたしが1人なら、の話だね」


 そこで、ようやくシャンデリルは気づく。


「──!?」



 ◆◆◆



 朝から森にピクニックに行こうと、私を誘ったのはクラスメイトのアリスだった。女子だけでたまには遊びたいということらしいのだが、その遊ぶ場所が森とは、やはりアリスは活発な娘だ。私と同年代なのだが、彼女はどうも妹のように思える。家族では妹側の私にとっては、その気持ちは新鮮なものだ。


「アリス、さっきからどこに向かってるんです?」


「アタシが前ここに来たとき、凄い広い湖を見つけたの。今はそこに行ってるんだ!」


 湖?私もたまに気分転換などで森内を歩くが、そんなものは見たことがない。それとも、私は普段そんなに森の奥まで行かないから、気づかなかったのだろうか?だとしたら、湖は森の奥にあることになる。まだまだ歩かなければならないようだ。

 しばらく歩き続けていると、先導していたアリスが急に止まる。目的地に着いたのかと一瞬思ったが、それにしてはあまりにも短い距離しか歩いていない。


「どうしました?」


「⋯⋯なにか、いる」


 アリスはある木の根本を指差す。私の視線もそこに移すと、そこには木の葉のドレスを着た、倒れている小人のような存在が居た。

 小人は然程珍しくない。仮に小人がいたところで、驚いたりはしない。たしかに、このあたりでは珍しい部類にあるのだが、普通はエルフのように人間社会に溶け込んでいたり、巨人のように集落、または村などを作って生活しているので、簡単に見られるのだから。しかし、ソイツはいくらなんでも小さすぎた。小人は小さい種族とはいえ、平均身長は30cmはある。だというのに、その小人──いや、小さな存在の身長は10cmほどなのだ。


「まさか、精霊?」


 聞いたことがある。精霊の多くが実体化するとき、猫や馬、鳥などの動物の姿を取るのだが、稀に人間の姿を取る精霊がいると。そして、彼らは自由に体の大きさを変えられるのだが、実体化には大きなエネルギーが必要であるために、少しでも負担を軽減するために小さな実体を持つと。


「⋯⋯リーメル、精霊に治癒魔法って使えるの?」


 怪我は見えないが、倒れているのだから治してやってはくれないか、ということだろう。しかし、


「精霊の実体は質量を持つけど、中身は生物のそれとは全く違うから、できません」


 治癒魔法はあくまでも自然治癒能力の促進であり、生物専用。他に効果のある非生物といえばアンデッドくらいだし、しかもそれは治癒ではなく腐敗効果だ。

 だが、何もしないで見捨てるわけには行かない。精霊を固い木から私の膝の上に寝かす。


 またしばらくして、ようやく精霊が目を覚ます。


「⋯⋯人間?」


「初めまして。私はリーメルです」


「アリスよ」


「⋯⋯シャンデリル。先にお礼を言いたいところだけど、あなた達に聞きたいことがあるの」


 シャンデリルは私達に、昨日の夜に何があったかを話し、それについて何か知らないかと聞いてきた。


「⋯⋯すみません。黒の教団が居るという事自体、今初めて知りましたから」


「⋯⋯そう。なら、さっさとここから立ち去るべきね。奴は恐らく教団幹部の1人。しかも──」


 大変深刻そうで、そして怒りの表情で、


「──大量の魔獣を付き従えている」


「魔獣⋯⋯」


「だから、早く逃げて」


 そう言いながらシャンデリルは空中に飛ぶ。とてもフラフラしており、今にも落ちそうだ。まさか、その状態で戦うつもりなのだろうか?


「待って!私達も一緒に」


「⋯⋯足手まといになるだけ」


「でも、あなただってそんな状態じゃ⋯⋯」


 シャンデリルはため息をつき、こちらに向く。


「⋯⋯なら、契約しましょう?」


 精霊との契約。それは、つまり精霊術士になるということ。


「契約をすれば、私はあなたに力を貸せる。でも今の私はその力の制御ができないから、あなたがしなくてはならない⋯⋯それでもいい?」


 今のシャンデリルでは十分な力が発揮できないのだ。だから、協力したいなら契約しろと言ってきた。


「⋯⋯わかりました。契約しましょう、シャンデリル」


「契約成立だ。期間は、あの黒の教団幹部を殺すまでだ」





 1時間後。

 次々と現れる魔獣を掃討しながら、私は精霊術を使い慣れていく。精霊術は魔法とは違う技術だが、根本的には同じである。そして、私とはどうも相性が良かったらしく、精霊術を使いこなすのは、それほど難しくなかった。


「わたしの魔獣ペットを簡単に殺せるとは。一体だあれ?」


 魔獣を2桁くらい始末したころ、森の奥から中性的な、金髪の人物が現れる。


「お出ましだ。リーメル、アリス、アイツが黒の教団幹部だ」


「おやおや〜生きて──」


「〈連鎖する雷撃爆チェイン・エクスプロードライトニング〉!」


 とんでもない雷が教団幹部を焼き尽くす。不意打ちとしては完璧なタイミングであり、あの魔獣を一撃で葬った火力だ。仕留めたはずである⋯⋯そう、思っていた。


「人の話は最後まで聞くべきだぁね。その魔法は流石に予想外だったけど、防ぐことは容易い」


 黒色の煙のようなものが奴の周りに浮かんでいた。まさか、それで今のを防いだのか?


「でも、わたしにこの、あの方より与えられし力を使わせるのは素晴らしい。礼として、名乗ろう。⋯⋯わたしは黒の教団、ティファレト」


 貴族が王族にするが如く、深い敬意が込められた礼を、ティファレトはする。


「⋯⋯あなた達の名前も聞きたかったのだけど、そうはいかないかぁ。全く、差別はよろしくないよぉ?」


 ティファレトはそう言いつつ、姿を消す。そして、次に現れたときには既に、


「アリス避けて!」


 アリスの真後ろにいた。


「アリス⋯⋯いい名前だぁ」


 そのままティファレトは手に持つむちでアリスの首を締め上げる。


「殺すのは惜しい。けど、仕方ないねぇ」


「させない!」


 高速で飛んできた木の葉が鞭を斬る。それによりアリスは開放され、すぐさま距離を取る。


「⋯⋯まだ力があったとは。⋯⋯いやまさか、契約したの?」


「ご名答。今のは私じゃなくて、リーメルがやった事だ」


 精霊術。理を捻じ曲げ、魔法によく似た現象を発生させる技術。それは魔法よりもできることや応用力は小さいが、その分力そのものは大きいし、魔力は消費しない。


「っ!」


 だが、大精霊の力はあまりにも強大過ぎる。今の私では、その力の一端を制御するのがやっとだ。


「でも、その娘にはまだ制御できないでしょ?」


 新たな鞭を取り出す。それは先程のとは異なり、刃がついたもの。しかも長い。2、3mはありそうだ。つまり、戦闘用である。


「くっ!」


 頭痛が激しく、意識が今にも飛びそうだ。もういっそ、飛ばしてしまった方が楽なのではないかと思ってしまうくらいには。だが、そんなことは許されない。黒の教団を放っておいてはどうなるか。あの黒の魔女を崇める教団が何をするか。『黒いローブと紋章を見つけたら、すぐさま殺せ。不可能なら逃げろ』という言葉があるのだから。


 地面の土を、発生させた風を操り巻き上げ、竜巻を作り上げる。土の粒は高速で飛び回り、触るものを傷つける。

 しかし、ティファレトが軽く手を振るうだけでその竜巻は消される。


「〈雷撃ライトニング〉!」


「無駄ねぇ」


 ティファレトの腕から出現した黒い煙のようなものは、アリスの雷撃と接触すると、雷撃は消失する。


「また黒い煙⋯⋯!」


「そうねぇ、殺す前に教えてあげよぉ〜。これはわたしの⋯⋯いや、わたしに授けられた加護なの。だから、無制限に使える」


「そんな⋯⋯」


「この力はわたし以上⋯⋯それこそ、魔女でもなければ破れないね」


 つまり、どうしようもない。黒以外の魔女で協力してくれそうなのは青の魔女、レネ様くらいだ。それ以外の赤、緑、黄はどこにいるか、また協力的かなんてわからないし、白に至ってはどんな人物なのか、どんな声なのか、どこにいるか、そもそも現存しているのかと、全てが謎であり、わかっているのはエストという名前くらいだ。


「⋯⋯どうすれば」


「⋯⋯仕方ない。リーメル、アリス、ありがとう、ここまで戦ってくれて」


「え?」


「少しは、傷が治った。⋯⋯森よ、2人を外に」


 森の木々が私とアリスを掴みあげて、外に運び出す。


「そんなことを許すわけないでしょ?さあ、わたしの可愛いペット達、生まれ出よ!」


 森のまだ枯れていなかった場所が一瞬にして枯れ果て、代わりに魔獣が現れる。3つの頭を持つ犬、地獄の番犬ケルベロスだ。


「人間の娘2人を食い殺──」


 地面から生え出た槍のように先が鋭い巨大な根が、ケルベロスの胴体を貫く。


「そんなことを許すわけないだろ?」


「くっ⋯⋯!この死にぞこないがァッ!」


 ティファレトは鞭を振る。それは正確にシャンデリルを狙って、外すことはない。


「昨日は魔獣がいたから、負けた。でも、リーメルとアリスのおかげである程度は力が戻った私に、あなたは勝てない」


 風により鞭は吹き飛ばされて、ティファレトの美しい顔を斬りつける。


「よくも⋯⋯よくもォ!!」


 ──その先からは、私には見れなかった。



 ◆◆◆



「許さない!わたしの顔を傷つけやがってェ!」


 ティファレトは自身が持つ全ての力で、鞭を振るう。しかし、シャンデリルは森を操り、その全てを防ぐ。


「死ね!死ね!死ねェェェ!」


 ますますティファレトの攻撃は激しくなる。


(まさか、ここまで強いとは⋯⋯ああは言ったけど、死ぬかも⋯⋯)


 シャンデリルは、もし自分が万全な状況でも勝てるか怪しいと思う。黒の教団のメンバーは全員が人外じみた能力を持つというが、幹部クラスがここまでとは予想すらしなかった。


(──不味い!)


 木の根の触手が、ティファレトの鞭によって弾かれ、隙ができる。その隙は一瞬であったが、ティファレト程の実力者からしてみれば、攻撃するには十分過ぎるほどの隙だ。


「消滅しろこのクソ精霊がァ!」


 シャンデリルは思わず目を閉じる。死を覚悟した。走馬灯のようなものが流れるが、打開策などは見当たらない。


(⋯⋯すまない、リーメル、アリス)


 まだ目を閉じている。


(⋯⋯あれ?)


 いくらなんでも死ぬまでが遅すぎる。恐る恐る、シャンデリルは閉じていた目を開けると──


「え?」


 ──鞭は、空中で白く輝きながら止まっていた。


「⋯⋯まさか転移阻害があるとはね。でも、死んでなくてよかったよ」


 雪のように白く美しい長い髪と肌、灰色の目、真っ白なゴシックドレスを身に纏った、作り物を思わせるほどの美貌を持つ少女。


「そんな⋯⋯嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!」


「なにが?」


「その力!その魔力!⋯⋯お前、まさか⋯⋯っ!」


 ティファレトの先程までの怒りはどこへやら。その顔は恐怖と絶望に支配されており、折角の可愛らしい顔が台無しだ。


「⋯⋯私は白の魔女、エスト。よくも、私の教え子を傷つけてくれたね?」


 魔法により生徒達の状況を知っていたエストは、アリスの異常事態を知るやいなやここに来たのだ。


「⋯⋯ふふふ、なんてな!殺れ!」


「しまっ──お前!魔獣が居るぞ!」


 周りにいた何体ものケルベロスが、エストに飛びかかる。


「油断したな!魔⋯⋯女⋯⋯!?」


 ケルベロスの体は白く輝き、地面に叩きつけられ、そのまま──潰れる。


「無詠唱化!?しかもあの魔法は!」


 〈重力操作コントロールグラビティ〉。魔女クラスの強者にしか使えない第10階級の白魔法。


「今度はキミがこうなる番だ。⋯⋯さあ、潰れて」


「っ!〈転移テレポート〉!」


 一瞬で、ティファレトの姿は消える。


「⋯⋯あっ、逃げられた。⋯⋯しまったね」


 エストは表面には出さなかったが、かなり不機嫌であり、ティファレトを殺すことしか考えなかった。だから、逃してしまった。


「っと、そこのキミは⋯⋯元素精霊か。キミが彼女らを守ってくれたの?」


「⋯⋯ああ。まあ、最初は逆だったが」


「なるほど。ありがと。⋯⋯でも、キミは私を知ってしまった。色々あってね、私の正体は彼らは知らないし、知らせたくない。⋯⋯だから、記憶を──」


「待て。魔女⋯⋯いや、エスト。お前のことは秘密にする。だから、記憶を消すのはやめてくれないか?」


「どうして?」


「⋯⋯リーメルと契約したからだ。期間は奴を殺すまで」


 精霊にとって、契約は絶対遵守しなくてはならないもの。それを破れば自我がなくなる──つまり、実質死亡状態となる。


「⋯⋯はいはい。彼女らの恩人のキミの言うことだ。わかったよ。⋯⋯でも、もし私のことを話したら──」


 エストは目を細め、威圧するように、


「──キミを殺すことになるね」



 ◆◆◆



「シャンデリル!」


 あれから1時間後。森の外でずっと私達はシャンデリルを待っていた。


「って、なんで先生が?」


「えっ⋯⋯あー、なんか、とんでもない魔力を感じてね。来てみたらそこの⋯⋯シャンデリル?とやらが教団員と戦っていたんだよ」


 エルトア先生は一体何者だろうか?あの⋯⋯たしかティファレトと戦って、無傷なんて⋯⋯


「先生!ティファレトは!?」


「ティファレト?⋯⋯ああ、ごめん、逃した」


 先生は残念そうな顔をして、そう言う。⋯⋯〝逃した〟?シャンデリルをあそこまで追い詰めた存在に対して、まるで殺せるような言い方⋯⋯?


「まあ、キミたちが無事でよかったよ。怪我はない?」


「ないわ。それより先生こそ大丈夫?」


「ありがとね、アリス。私は大丈夫よ」


「⋯⋯先生」


 嫌な予感がする。


「何?」


 有り得ないと思いたい。


「⋯⋯いえ。何もありません」


「⋯⋯?」


 ──怖い。その先を知るのが。だから、私は躊躇ってしまった。


 すると、シャンデリルが近寄ってくる。


「リーメル。あなたと私の契約は未だ継続中だ。⋯⋯だから、しばらく一緒に居る」


「⋯⋯わかりました。よろしくお願いします」


 シャンデリルとの挨拶をしているときも、私の頭からは、ある言葉が離れない。


『この力はわたし以上⋯⋯それこそ、魔女でもなければ破れないね』


(⋯⋯つまり、魔女でなければ、ティファレトは殺せないということ)


 思い当たる節はいくつもあった。私達を圧倒する力。超人であるレイの、先生への態度。魔法杖なしで、高度な魔法を使う。様々な魔法の知識を持つ⋯⋯。そして、なにより、


(エルトア、エスト⋯⋯似ている)


 名前が似ている。もし偽名がエルトアなのだとしたら、一瞬で考えたものだろう。


(⋯⋯信じたくない。疑いたくない。先生が⋯⋯)


 〝白の魔女、エスト〟であるなんて。

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