第15話 最強の青魔法
午前の授業中。
今日も今日とて、先生に専門外のはずなのに妙に詳しい青魔法について、生徒達は教えられていた。
「青魔法というのは基本、防御関係の魔法だよ。ウォール系統は有名だね」
──基本。すなわち、例外が存在するということ。
「でも、だからといって戦闘能力がないわけではないんだよ。例えば、〈
受けたダメージをそのまま対象に跳ね返す魔法だ。
味方の攻撃を反射して、敵に一気に与えるなんて荒業もあるが、危険であるためにエストはこれは教えなかった。
その話に興味を示したのは、やはりケニーであった。彼は自身の攻撃能力が低いことをコンプレックスに思っていたのだ。
授業終了後、ケニーはエストにすぐさま〈
「とりあえず、唱えてみて」
「わかりました。〈
このクラスのメンバーは、王国魔法学院の中でも最も優秀な者達だ。それが彼らの苦手分野であるなら兎も角、得意とする分野であれば名前さえ聞けばあとは感覚でなんとかなる。現に、ケニーは一発で使えるようになった。
ケニーの姿には何の変化もない。一般人が彼を見たって、本当に魔法が発動したのかと疑うだろう。しかし、彼自身は当然、魔法に精通する者ならば、その変化を理解できる。
「⋯⋯どうやら発動したみたいだね」
〈
「よっ、と」
エストは軽くケニーを殴る。すると、その力と同等の力で、エストは拳を殴られたような痛みを覚える。もっとも、彼女にとってそれは、痒みにも満たないものであったが。
「効果はちゃんと発揮されているね」
「⋯⋯先生って怖いもの知らずなんですか?」
ケニーからしてみれば、その衝撃はかなりのものであった。反射しているとはいえ、その力を一瞬だけ感じられる。その殴りの威力は、エストの外見からは想像もできないほどに高いものだった。
「私は強いと自負しているからね。これは余裕からくるものだよ」
嘘偽りなどない。これが彼女の悪いところでもあるのだが、自身の強さを一番知っているのは自身であるために、彼女は常日ごろから余裕──油断をしている。彼女がそれを解くときがあるとするなら、明らかに強い者を目の前にしたときくらいである。よくもまあ今まで暗殺されなかったものだ。
「〈
〈
ケニーは「〈
「先生、〈
「たしか⋯⋯あれ?そういえば、何で私はそれを知っていたんだろう?私が魔法を覚えた過程を忘れるはずがないのに⋯⋯」
エストは彼女が見た、聞いた、つまり知った魔法の名前や効果は勿論、それをいつ、どこで、どのようにして知ったかまで記憶している。〝記憶操作〟を自分に使えるのだから、忘れるということは意図的にしなければできない。
「⋯⋯ごめんね。多分ない。少なくとも、私が知っている範囲だと」
「⋯⋯そうですか。わかりました」
ケニーが寮に戻ったあとも、エストは自身の忘れた──忘れようとしただろう記憶について、思案する。
(忘れようとした記憶⋯⋯私が?)
自分の欲望はよく知っている。忘れたい、知りたくないというようなものは、〝アイツ〟くらいだ。つまり、〈
(あの魔法は非常に優秀だ。欠点は消費魔力量くらいだけ⋯⋯。魔法そのものではなく、それに関係しているもの?)
無数にある記憶の引き出しを開く。しかし、それに関する記憶は探し出せない。
(⋯⋯わからない。でも、なんだか──)
──嫌な感じだ。思い出してはいけないような。私でも、どうにもならない気がする。
◆◆◆
魔具であるならば魔力を流し込めば何かしらが起こる。それを拒否するということは、それが魔具ではないと証明しているようなものだ。なにより、それを
だから、俺は自分の常識を疑った。目の前の骨董品から、言いようもない魔力を感じたからだ。しかし、その魔力は神聖なものではない。かといって悪なるものとも言い難い。表すならば、その丁度中間。それには神聖さもあるし、邪悪さもある。だが、一貫してあるのは奇妙さだ。人知を超えたような、知ってはならないような、人間が触れてはならないような──そんな感じだ。
「いらっしゃいませ」
俺は、気づけばその店に入っていた、その奇妙な魔力に惹かれて。そして、その魔力を放つ物を手に取る。
魔導書、だろうか。真っ黒な表紙に、汚れた金色の、読めないが何かしらの意味を持つだろう文字が描かれている。
「お兄さん、それが気になるかい?」
店主のオバサンは声をかけてくる。
「はい。⋯⋯俺は魔法使いなんですが、どうもこれからは奇妙な魔力を感じまして」
「⋯⋯そうかい。どうもそれは奇妙な本でな」
オバサンは、俺にその本を見つけた経緯を話し始める。
3年前の事だ。オバサンは、いつものように開店の準備をしている時だった。その時に、この本は最初からあったように、平然と棚にあったらしい。
奇妙に思ったオバサンはその本を捨てた。しかし、次の日にはその本は戻ってきていた。焼いても、破っても、水に浸しても、次の日には元通りだったのだ。
「⋯⋯今なら、タダで渡そう。どうじゃ?」
確かに、奇妙だ。いや、異常だ。しかし、
「⋯⋯譲ってください」
俺はそれに、おかしなほど惹かれたのだった。
表紙の未知の言葉の意味は、現代の魔法技術では解読不可能な言葉だったらしい。⋯⋯というのは、これを貰う気のない者に伝える話だ。実際は、たしかに意味は分からないが、それは解読者がこの魔導書を読んだ瞬間に発狂するからだった。
「見ただけで発狂するような言葉⋯⋯か」
俺は寮で、一人で魔導書を見ていた。アリスは今、リーメルと一緒に食べに行っているため、しばらくは戻らないだろう。
「⋯⋯」
恐る恐る、俺は魔導書を開く。
中身も、表紙と同じような言葉で書かれていた。その意味は分からないが、確実に言えるのは──
「──怖い⋯⋯?」
恐怖を覚える。それは人間が持つ、最も古く、最も強い未知への恐怖である。同時に、俺は触れてはならない禁忌に触れたような気がした。
本能が囁く。それ以上、魔導書を読むな、と。だが、俺はページをめくってしまった。
その瞬間だった。俺の頭の中に、ある魔法の
「なっ⋯⋯っ!?」
魔導書は、自分で読んで、理解しなくてはならない。しかし、これは理解ではなく、文字通り知識を押し込まれた感触だ。
「⋯⋯〈
すると、俺の体に変化が起きる。それは魔法が発動した証拠だ。
「⋯⋯これは一体⋯⋯」
未知の恐怖。人知を超えし者の魔力。それくらいしか分からない。
◆◆◆
「ケニー、最近、キミは多くの魔法を覚えているようだね」
「⋯⋯はい」
「にしては、顔色が悪い。まさか寝る暇も惜しんで覚えていないよね?睡眠は大事だ。人間にとって、睡眠しないということは自殺のようなものだよ?」
ここ最近のケニーの様子は非常におかしい。目に光はなく、クマもずっとある。ちゃんと授業を受けているかすら怪しく、クラスメイト⋯⋯特に妹のアリスからはとても心配されているのだ。
「⋯⋯実は、ある日から毎晩夢を見るようになったんです」
「夢?」
ケニーは、その夢の内容を事細かく覚えていたようで、はっきりと内容を語る。
その夢で見たモノは様々だった。
夜の、霧の濃い海の浅瀬に立つ、巨大な、およそ30mほどの人間のような体で、
真っ暗で顔が見えない、無数の触手が足のようにある、黄色く薄汚れたローブを着たナニカ。
全身が黒に近い灰色の人型で、様々な感情を持つ顔が体中に存在するというのに、本来顔があるべきはずの場所は底の見えない黒い孔の、無貌なる化物。
そして、
「⋯⋯先生、俺はおかしくなりました。あんな非現実的な生物が、まるで居るかのように思えてしまいました」
ケニーの精神が壊れかけていた理由はこれだ。⋯⋯信じがたい。そんな化け物なんて、魔獣でも有り得ない。表すとしたら、それは、まるで、
「ケニー、そうなった原因はわかる?」
「⋯⋯はい。これかと」
ケニーはある魔導書を差し出す。
⋯⋯これは、非常に、不味い。
「⋯⋯ははは。思い、出した」
「え?」
私が、なぜ、これを忘れていたかを思い出した。いや、思い出してしまった。
──クトゥルフ神話。こことはまた別の世界に存在する、人知を超えた化物たちのことだ。しかも、ケニーが見たという化物たちはその中でも上位の存在⋯⋯邪神だ。
この魔導書はいずれ彼らをこの世界に呼ぶものになる。あの世界とこの世界を繋ぐ〝道〟となるのだ。それを止める手段は1つ。
「⋯⋯全て、忘れるしかない」
魔導書の中身を知る者がいる限り、魔導書を
「⋯⋯まあ、だよね。少しくらいは
◆◆◆
(⋯⋯記憶が、ない)
気づいたら、俺は教室にいた。どうやら今は休憩時間中のようだ。
(たしか、俺は先生に〈
教室内のカレンダーを見ると、俺の知る日日からしばらく経っていた。その間の記憶は殆どなく、大まかに何をしたか程度しか覚えていなかった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
俺を心配して、アリスは声をかけてくる。
「⋯⋯何でもない。少し疲れていたらしい」
「大丈夫?保健室に行く?」
「大丈夫だ。それより、次の授業はなんだったっけ?」
アリスに心配をかけないように、話題を逸らす。だが、妹は俺のこの使い古したパターンにはもう気づいているだろうが、それ以上は聞いてこなかった。
(⋯⋯ん?)
海はこの辺りにはないはずだ。ではなぜ?
(⋯⋯本当に疲れているんだな、俺。明日は休もう⋯⋯)
突然、脳裏に言いようもない恐怖が訪れる。
「ッ!?」
それが何なのかは分からない。しかし、確実におかしいことはわかる。
(ああ、もう、うんざりだ)
明日だけ休もうとしていたが、これは異常だ。治るまで休むしかない。
◆◆◆
燃えている黒い本があった。当然、それは燃え尽き、その場から消失した。
しかし、次の瞬間、それはある場所に再出現した。そこは真っ暗闇で、わからない。だが、そこからは、子供たちの声が聞こえる。無邪気な、幼い子どもの声だ。
おそらく、このような真っ黒い本を見つけたならば、子供たちはその己の探究心によって開き、中身を
⋯⋯それは必ず見つかるわけではない所にある。しかし、必ず見つからないわけでもない所でもある。
黒い魔導書が開かれるのは何時になるか、それは誰にもわからない。だが、確実に言えるのは──〝それら〟が現れたとき、この世界は混沌と、恐怖と、絶望で満ちるということだ。
本来存在してはならない者達を、災害や厄災そのものを、恐怖の権化を、私達はこう呼ぶ⋯⋯『神話生物』、と。
──どこかに、無い顔に笑みを浮かべ、来るだろう戦いを楽しみに待つ神が居た。
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