第12話 アルバイトの魔女さん

 テルムが去ってから一週間後のことだ。


「⋯⋯みんな、聞いてくれ」


 マサカズの声に、3人は振り向く。


「⋯⋯金がない」


 沈黙が、訪れる。

 ──マサカズらは、あれから冒険者活動をせずに、ずっと『黒の教団』について調べていた。しかし、その手がかりは一切掴めなかったのだ。


「⋯⋯どうするんですか?この時期はクエストなんて殆どないですよ」


 今の時期は冬。多くのモンスターは冬眠済みであり、薬草採取なんかもない。極稀に、なんらかの原因で冬眠から目覚めたモンスターの討伐依頼があるが、そんなのは本当に珍しいのだ。


「このままじゃ餓死する。⋯⋯お前だけ違うがな!」


「ふふふ⋯⋯これが『魔女』の力!」


 殆ど不老不死で、飲食不要なエストだけは余裕そうだが、不老不死でもなければ、飲食必要なマサカズたちは全く余裕でない。死活問題だ。


「エスト、なんか食料作れる魔法とかない?」


「あるにはあるよ。〈食料創造クリエイトフード〉ってのが。でも不味い。2度と食べたくないよ、あんなの」


 この前「虫の味ってどんなのだろ」と言って、そこらの虫を食べて、「結構いける」という感想を述べたエストですら2度と食べたくなくなる程に不味いもの。ちなみにナオトはその虫を吐き出しました。


「あ、そういえばこの前、王立魔法学院の短期教師アルバイトの募集がありましたよ」


 教師ってアルバイトでもいいのか。というか短期ってなんでだよ。というツッコミを抑えつつ、マサカズはそれについて聞く。


「たしか、1月のバイトで、給料は50金貨の破格の報酬で、条件は上級魔法が使えることでした」


「よし、エスト⋯⋯いや、エルトア、やってきて」


「⋯⋯キミ、『魔女』遣いが荒いね」


 しかし、金がないのは事実。いくら飲食不要でも、エストは金を一切使わないわけではない。夜に紅茶を飲むのが至福の一時である彼女にとって、それができなくなるのは悲しいことだ。


「全く。じゃ、行ってくるよ。⋯⋯キミたちも稼いどいてよ?」


「わかってるさ。適当なバイト見つけておく」


 エストは魔法を唱え、2階の窓から空に飛び出る。



 ◆◆◆



 王立魔法学院が、魔法科の教師の短期アルバイトを募集する理由は、魔法科の中でもトップの実力を持つ生徒の教師が怪我をし、その間に代わりに生徒たちに魔法を教える教師が居ないからであった。

 というのも、トップの生徒たちに魔法を教えられるのは、魔法学院長のゼルべくらいであったからだ。彼女以外の教師では実力不足なのである。


「失礼します。アルバイト募集に来たエルトアと申します」


 学院の職員室の扉を開け、10代後半の白髪の非常に綺麗な女性が入ってくる。


「えっと⋯⋯バイトの条件はご覧になりましたか?」


 この世界においては、16歳で成人扱いされる。つまり、今のエルトアの外見年齢では十分成人なのだが、それでも若い。若すぎる。


「はい。私は上級魔法が使えますよ」


「⋯⋯わかりました。ではこちらに」


 エルトアが、学院の教師に案内されたのは、学院の中庭であった。

 手入れされた草木を、冬の肌寒い風が揺らす。端の方には学院の生徒が何人か居り、昼食を食べていたが、エルトアの姿を見るとその手を止めて、興味津々に見る。


「疑うわけではありませんが、本当に上級魔法が使えるかどうか、確かめさせてください」


 無理もない。50金貨という破格の報酬で募集したとはいえ、一週間経過してもひとりも来なかった。それは、上級魔法が使える人物が非常に少なく、居たとしても、それほどまでに実力があるなら、金なんかには困らないため、こんなバイトをする意味がないからである。


「お聞きしたいのですが、何の上級魔法が使えますか?」


 全部、というのが本当のところである。しかし、真実を言ってしまえば、どうなるか。


「⋯⋯白魔法と赤魔法です。当然、他の上級魔法も知識にはあります」


「⋯⋯ふむ。それが真実であるなら、採用に至ります。では、証明してください」


 エストは少し悩む、何を使えばいいか。


(〈重力操作コントロールグラビティ〉⋯⋯は駄目だ。あんなの、使える人間はいない。まあ私は使えたけど⋯⋯あ、これなら!)


「〈転移テレポート〉」


 エストの姿がその場から消え、少し離れた位置に出現する。続いて、赤魔法を唱える。


「〈竜炎ドラゴンフレイム〉」


 竜の形の炎が、エストの手のひらの魔法陣から放たれる。それは空中で消滅した。


「⋯⋯どうですか?」


「⋯⋯採用です」





 エストは学院の、広い廊下を歩く。不思議なほどに静かである。


「たしか遮音の魔法が込められた素材で作られているのよね」


 白く美しい壁を、エストは見ながら教室に向かっていた。


 教室の扉につくと、エストは久しぶりの緊張を覚える。


(⋯⋯私、人に魔法教えれるかな)


 エストは、人間時代から、魔法は名前さえ知れば大抵使えた。しかし、普通の人間はそう簡単には行かないのだ。


(って、私は『魔女』よ。生物界の頂点に立つもの、完璧な存在⋯⋯)


 そう自分に言い聞かせ、エストは扉を開ける──!


 落ちてきた本を、目にも止まらぬ速さで掴む。


「⋯⋯ほう。良い度胸だね」


 先程の緊張はどこへやら。エストは不愉快な気持ちとなる。


「で、誰がやったの?」


 5人の子供の誰もが、反応しない。


「全く。⋯⋯まあいいよ」


 呆れたが、たかが子供。見るに10代前半だ。そんな相手に怒るほど、エストは短気ではない。


「自己紹介をしようか。私はエス⋯⋯エルトア。キミたちの臨時教師を担当させてもらう。じゃあ、出席を確認しよう。⋯⋯まあ、5人だからわざわざする必要もないんだけど、そういうルールだからね」


 エストは生徒名簿を確認し、出席を確認する。

 金髪で、赤色の瞳の少女、アリス・ロイド。

 同じく金髪で、赤色の瞳の、アリスの兄、ケニー・ロイド。

 珍しい黒髪で、青色の瞳の少女、リーメル・エクレア厶。

 緑髪で、碧色へきしょくの瞳の少年、マーカス・シーアル。

 紫髪で、黒色の瞳の少年、ゼリム・クライア。


「さて、授業をしよう。⋯⋯したいんだけど、こういうの初めてでね。キミたちの先生はどんな風に教えていたの?私流でいくなら、名前だけ教えてやってみなさいって言うけど」


「⋯⋯ゼルべ先生もそんな感じだった」


 ゼリムはそう答える。


「えっ。⋯⋯わかった。⋯⋯いや、やっぱりこうしよう」


 エストは、彼らの力を知らない。そのため、まずはその力を確認するところから始めなくてはならないのだ。


「外に出て。私と戦いましょう?」





 少し肌寒い外。中庭に、彼らは居た。


「さっきも言ったけど、手っ取り早くキミたちの実力を図りたいから、一人ずつ全力で来なさい。⋯⋯そうね、もし私に一撃でも当てたら、授業中に寝てもいいよ」


「「「「「!」」」」」


 やる気を出させ、本当に全力を尽くさせる。エストは攻撃に当たる気はないが。


「さあ、最初は誰かな?」


「私がやる!」


 最初はアリス・ロイド。彼女は赤魔法が得意である⋯⋯と、生徒名簿兼プロフィールに記載されている。


「お先にど──」


 アリスは杖を構える。


「〈雷撃ライトニング〉!」


 発生も、それ自体のスピードも速い、雷系魔法だ。少々フライングをしたが、特に問題ではない。

 エストはその雷撃を完全に見切り、少し体を捻り、避ける。

 後ろの木に焼跡ができた。


(そういや戦闘の終了条件を言うの忘れてた⋯⋯諦めてもらうまででいいか)


 アリスはもう一度同じ魔法を行使するが、エストには当たらない。


「なんで見切れるの!?」


「私が強いからよ」


 何度も何度も魔法を行使するが、やはり当たらない。はあはあと息遣いが荒くなり、汗もダラダラと流れている。


「そろそろ止めにしたら?」


 人間にしたら、なんなら子供としては魔力は非常に多い。流石は魔法学院トップクラスの生徒だ。


(人間が使える程度の魔法なら、簡単に習得できる才能があるね〜。これは成長しがいがありそうだ)


「まだ、まだできる!〈雷砲サンダーキャノン〉!」


 巨大な雷の弾丸が、空を飛ぶ。

 これは身体能力だけでは避けられないとエストは判断する。


「〈転移テレポート〉」


 エストの姿がその場から消え、空中に現れる。それを見たアリスは驚愕きょうがくする。


「白魔法⋯⋯しかも高位の!」


 銀髪の少年、マーカスが、年齢相応に、目を輝かせてそう言う。


「流石だ。私に魔法を使わせた(現地の)人は少ないよ。⋯⋯でも、もう魔力切れでしょ?」


 アリスの息遣いは先程よりも更に荒くなっていた。


「⋯⋯っ」


 遂に体を支えることができなくなり、アリスは倒れかける。しかし、それをエストは抱き抱え、木下に寝かす。


「⋯⋯先生、どうして杖なしで魔法が使えるんだ?」


 アリスの兄、ケニーがそうエストに聞く。


「──あっ」


 杖は魔法の行使の補助をするもの。これがなければ、高位の魔法を行使するのはかなり難しい。これが必要ない存在は、『転生者』か『魔女』か。


「⋯⋯えー⋯⋯私が⋯⋯天才だから⋯⋯?」


 苦し紛れの言い訳だ。


「⋯⋯なんで疑問形なんですか。⋯⋯まあ、わかりました」


「でっ、でも!杖はあったほうが楽だよ?今回はたまたま忘れただけで⋯⋯」


 忘れたのは本当だが、楽なのは嘘である。むしろ邪魔でしかない。


「⋯⋯えっと、次は俺の番だ」


 2番目はケニー・ロイドだ。


「キミは青魔法が得意だったよね」


「ああ」


「じゃあ、キミは私の魔法を防げたら、勝ちとしよう。それとも、魔法戦をするかい?」


「⋯⋯俺は攻撃系魔法がそんなに得意じゃない」


「そう。わかったよ。じゃあ、やろうか。〈火球ファイアーボール〉」


 赤魔法、火属性の中でも最も弱い魔法だ。


「〈防壁バリア〉!」


 しかし、エストのような『魔女』であれば、十分脅威となる火力である。

 防壁は一撃にも耐えきれず、粉々に砕け散る。

 その火球は、エストが何も操作せずとも、ケニーに当たる前に消滅する。防壁によって完全に威力が削がれたのである。


「なっ⋯⋯?」


「何やってんだ、ケニー。エルトア先生、次はオレの番だぜ」


「キミは⋯⋯黄魔法だったね。魔法戦はできる?」


「もちろんだぜ。⋯⋯〈能力強化アビリティブースト〉」


 ゼリムの体が黄色く光る。


「〈魔法強化マジックブースト風斬ウィンドスラッシュ〉!」


 透明であるが、くっきりとシルエットがわかる斬撃が飛ぶ。

 エストは手を前に出し、その斬撃を受け止めるようにする。

 ゼリムはエストが異常なまでに強いと理解していた。だから、己の全ての力で魔法を放った。

 この魔法は岩をも斬る。エストの、その細い体を真っ二つにするのは容易だろう。


「先生!?」


 魔法を使って何とかするだろう。そう思っていた。⋯⋯だが、ゼリムのその考えは、また違う意味で裏切られたのだ。


「〈消滅ディサピアー〉」


 白く、なんの力もなさそうなその腕に当たった魔法は、突如として、文字通り消滅する。


「⋯⋯え?」


独自魔法オリジナルマジック。私が作った魔法だよ」


 ──嘘である。独自魔法オリジナルマジックというのはあるが、〈消滅ディサピアー〉というような、都合が良すぎる魔法は存在しない。

 今のはただ単に、魔力を手に集中させることで、魔法を打ち消したに過ぎない。


(なんか避けたり、〈転移テレポート〉ばっかりだと退屈だろうしね)


 しかし、エストの力が、それに信憑性を持たせているのだ。


「⋯⋯私は赤と白の上級魔法しか使えないと言ったよね?でも、この独自魔法オリジナルマジックを上級魔法だとは、誰も決めていない⋯⋯つまり、そういうこと」


 上級魔法に限りなく近い──なんなら、下手な上級魔法よりも更に上位の魔法であるのだが、独自魔法オリジナルマジックはその性質上、下級とか、中級とか、上級だとかは決められない。

 独自魔法オリジナルマジックの使い手は殆ど存在しない。なぜなら魔法を創ることが至難の業であるからだ。


「ふふふ⋯⋯さあ、あと2人だ」


 4人目はリーメル・エクレア厶。緑魔法を得意とする。


「緑魔法⋯⋯なら。〈痛覚無効〉、〈武器創造クリエイト・ウェポン〉」


「戦技も使えるの⋯⋯?」


 目を覚したアリスがまた驚く。


「⋯⋯先生、何を──」


 リーメルの問に答えるより早く、エストは魔法により、普通のナイフを創り出す。そして、そのナイフで自分の腕を⋯⋯斬り落とす。


「──ッ!」


 エストは別に痛みなども、嫌気などもない。腕が無くなったところで、自分で元に戻せるし、死になんてしない。

 しかし、それを見ている周りは、そうとは限らない。

 血が絶え間なく吹き出し、直視するにはあまりにもグロテスクだ。

 アリスはその光景を見ることができず、兄のケニーの胸に飛び込む。


「ほら、早く回復魔法しないと。私が自分で治しちゃうよ?私だってこのまま放置したら死ぬんだから」


「わ、わかりました!〈上位治癒グレーター・ヒール〉!」


 緑魔法の中級。しかし、その使い勝手故に上位の冒険者でもよく使われる魔法だ。


「⋯⋯流石に腕くらいなら治るか。じゃあ次は──」


「まだやるんですか!?」


「⋯⋯?そりゃキミの限界を知りたいからさ」


「先生⋯⋯おかしいですよ。なんで私達のためにそんな⋯⋯」


 強さは異常。そして、力を確かめたいからという理由だけで自分の腕をも斬り落とす。どう考えても、狂ってる。


「⋯⋯私は⋯⋯未知を知りたい」


「え?」


「知らないことを知りたい。特に魔法に関するものならね。⋯⋯キミたちは、そう⋯⋯素晴らしい。正直、ここ魔法学院なんかに置いておくにはあまりにも勿体無いくらいね」


「どういう⋯⋯?」


「でも、私の思うがままにするなら、私は拉致犯になるだろう。〝エルトアとしては〟、それは成ってはならない」


「⋯⋯」


「だから、私はキミたちの才能を、この1ヶ月で極限まで高めよう」


「⋯⋯わかりました。次は何を?」


「⋯⋯キミは──」


 エストは、〝欲望〟に従い、魔法の準備をする。


「──蘇生魔法は使える?」


 〈デス〉は、黒魔法の上級に分類される即死魔法だ。

 エストのような『魔女』には通常、即死魔法は効かない。しかし、自ら魔法抵抗力を弱めることで、それが効くようにしたのだ。


「そんな⋯⋯まさか⋯⋯」


 美しい女性が、事切れ、地に倒れる。


「⋯⋯嘘だろ?」


 使えるかなんて、言っていないのに。


「⋯⋯やるしかない」


 リーメルは、蘇生魔法は使えない。⋯⋯いや、使えたことがないだけで、知っている。


「〈死者蘇生レイズデッド〉!」


 しかし、何も起きなかった。


「──まだ!〈死者蘇生レイズデッド〉っ!」


 魔力は無くならない。


「そんな⋯⋯。先生!私達を1ヶ月で成長させるんじゃないの!」


 屍は答えない。


「ねぇ!⋯⋯なにかの間違いでしょ!?」


「⋯⋯おい。先生を神殿に連れて行くぞ。あそこなら⋯⋯」


 ゼリムがエストを抱えようとする──直前。ぴくっと、エストの体が動く。


「──ケホッ⋯⋯やっぱり、〝死〟は⋯⋯最悪だね」


「!?」


「ん?ああ、単純さ。時間魔法で私にかかる蘇生魔法の発動タイミングをずらしただけだよ。⋯⋯言ってなかったっけ?」


「⋯⋯先生⋯⋯嫌い」


「なっ!?」





 リーメルの機嫌をなんとか直し、最後の一人と相対する。


「⋯⋯キミは⋯⋯白魔法か」


 銀髪の少年、マーカス・シーアル。


「先生、僕は皆よりも、単純な戦闘であれば強いですよ?」


「そうなの?」


 エストがそう聞くと、他の生徒は全員頷く。


「じゃあ、僕から行きますね。⋯⋯〈衝撃波ショックウェーブ〉!」


 不可視の攻撃が飛んでくる。しかし、エストも同じ魔法を行使し、相殺する。


(ほう。貫通しないとは)


 手加減はしたが、貫通しないのは予想外だった。


「〈炎の矢フレイムアロー〉」


 炎で出来た矢が5本空中に創られ、それらはマーカスを射抜くべく発射される。

 マーカスはそれを〈衝撃波ショックウェーブ〉で消し、


「〈空間切断スペースカット〉!」


 空間が、それごと斜めに切られる。

 エストは〈転移テレポート〉で避け、攻撃魔法を唱えようとするが、


「〈黒霧ブラックミスト〉!」


 エストの周りに黒い霧が発生し、視界を奪う。しかし、聴力までは奪われていない。


「〈魔法の矢マジックアロー〉!」


「そこね。〈石礫ストーングラベル〉」


 小さな石の塊は、人を殺すことはできないが大ダメージを負わせることができる。再起不能になってもらうために、エストはこの魔法を使ったのだ。

 しかし、石礫いしつぶては黒い霧を抜け、対象に命中せずに役目を終える。


「〈デコイ〉、偽物だよ、先生!」


 霧が晴れかけ、後ろのその隙間からマーカスが見える。


「⋯⋯素晴らしい」


 ──世界の時が止まった。


「無詠唱では、効果時間が短くなるし、魔力も余分に消費する⋯⋯久しぶりに使ったよ」


 エストは少しだけ、バレない程度に体をずらして、時を再始動させる。


「勝っ⋯⋯!?」


「危ない危ない。もう少しで当たるところだったよ」


 魔法陣がエストの手の先に浮かんでおり、その色は赤色。つまり、赤魔法であること。


「⋯⋯負けた⋯⋯」


「⋯⋯そう、私が勝った。けど、キミは強かったよ」


「僕が負けたのは、ゼルべ先生以外だとエルトア先生が初めてです」


 エストは魔法陣を消す。


「⋯⋯思ったよりも疲れているね」


 昼も既に終わっており、これからは午後の授業。しかし、生徒達の顔には疲労が浮かんでいる。


「じゃあ、今日はここまでにしよう。たしかキミたちは寮生活なんだよね?」


「はい、2年生なので、北の方にある寮です」


「まあだから今すぐに戻るわけにはいかないから、教室に戻る⋯⋯それとも」


 エストは魔法を唱える。すると、地面に巨大な白い魔法陣が現れる。〈転移陣テレポーティングサークル〉だ。


「バレないように、帰る?」



 ◆◆◆



 自宅⋯⋯ではなく、宿屋に戻ってきたエストは、マサカズらがぐったりしているのを見る。


「⋯⋯〈疲労回復ファティグリカバリー〉」


「⋯⋯助かった」


 魔法で疲労が殆ど無くなったマサカズらは、その身を起こす。


「何があったの?」


「⋯⋯バイト探してたんだがなくてな。仕方なくクエストボードを見に行ってみたら、巨大蟻ジャイアント・アントとかいう珍しい昆虫モンスターの討伐依頼があったから受けたんだ。そしたら⋯⋯無茶苦茶強かった」


「ボクの短剣は刃こぼれしたし⋯⋯」


「私の矢なんか弾かれましたよ。戦技を使ってやっとダメージが入るくらいでした」


 巨大蟻ジャイアント・アントは主に夏に発生するモンスターだ。本来、こんな冬なんかには現れないはずだし、なによりも、


「ジャイアント・アントは、キミたちなら簡単に殺せる程度のモンスターのはずだよ?」


「「「え?」」」


 昆虫系モンスターの中では強いが、『転移者』が苦戦するほどではないのだ。


「⋯⋯100年前の話だから、わからないけどね。もしかしたら進化しているのかもしれないし」


 エストはこれまでの殆どを実家で過ごしていた。そのため、最近の外界のことはあまり知らない。

 ──何か嫌な予感がするが、全く検討がつかない。


「まあ、何かあるかもしれないから、気をつけといてね」


「ああ、わかってる」

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