第13話 魔法使いも物理で殴りたい

 魔法使いは基本、筋力がない。それでも一般人よりかは十分あるし、支援魔法が使えるならそれを補うことだってできる。しかし、戦士職と比べるとやはり、劣っているのだ。


「──ということで、魔法職は後方より攻撃するのが最も効果的だよ」


 昼頃の授業。

 魔法学院の目的は優秀な魔法使いを創り、王国の軍の魔法使いや、武器や道具に魔法を掛ける魔法付与者エンチャンター、ポーションを作る薬師、己の技術を後世に伝える魔法科の教師、そして、モンスターを討伐する冒険者を排出することだ。

 また、魔法学院とは言っているが、何も魔法だけを教えているわけではない。その他の学問も教えているのだ。そのため、魔法が使えなくてはこの学院に入れないわけではない。現に、魔法が使えない生徒も少なからずいるし、誰も彼らを虐めたりはしない。

 王国では最も優秀な教育機関である。


「⋯⋯もう時間だね。では昼休憩だ」


「先生、緑魔法についてわからないことがあって⋯⋯今、大丈夫ですか?」


「(飲食不要だから)大丈夫だよ。どうしたの?」


「えっと、さっき言っていた〝可能であれば、治癒の際には、その傷に合わせた魔法を使う〟っていうことなんですけど⋯⋯」


「ああ、あれね。大きな傷なら〈上位治癒グレーター・ヒール〉でいいけど、小さな傷だと〈治癒ヒール〉のほうがいいって意味。治癒魔法は対象の自然治癒能力を高める魔法だからね、強い治癒魔法は、当然対象の負担も大きくなるんだよ」


 それを知ってか知らずか、緑魔法のとある治癒魔法は強すぎるがゆえに、対象を殺すことさえ可能なものもある。一応、それにはちゃんと治癒効果があるが。


「⋯⋯先生は、どうして緑魔法にも詳しいんだ?」


 エスト──いや、エルトアは、上級は赤魔法と白魔法しか使えないと話している。そのため、緑魔法は本来、専門外であるはずなのだ。専門外の魔法が使えるのですら少々怪しいのに、さらに魔法の知識があるなど⋯⋯ということだ。

 ゼリムの問に、エストは少しだけ戸惑う。


「えーっと⋯⋯ほら、知識は重要でしょ?もしかしたらある日突然、緑魔法の上級が使えるようになるかもしれないじゃん?ほら、キミたちだって、初めて魔法を使えるようになったときがそうだったように」


 魔法というのは本来、ある日突然、急に使えるようになったり、努力して使えるようになるかだ。

 後者の場合は成長が非常に遅いが、前者であれば成長は速い。ある日突然使えるということは、自身の才能を知り、コツを掴んだからだ。そして、彼らのように、まだまだ子供であるというのに中級魔法が使える存在は、いわゆる天才というものだ。

 決して、エストのように知れば最初から大抵の魔法が使えるレベルではないが。というか、エストは異常であるため、比べるところから間違っている。


「じ、じゃあ、私は家に帰って食べてくるから。私の知り合いの作るご飯は美味しくてね。〈転移テレポート〉!」


 エストの姿が消える。

 もし、他のクラスの生徒がこれを見たなら、大騒ぎになるだろう。しかし、このクラスの生徒は、


「先生って、彼氏いるのか?」


「いるんじゃない?あの人、とっても美人だし。にしても、料理ができる彼氏さんは羨ましいなぁ〜」


「そうだな。アリスと結婚するなら料理ができなくてはならない」


 そんなことより、エストに彼氏がいるのか、いないのかが気になるくらいには、見慣れた光景となっている。



 ◆◆◆



「⋯⋯なんか、今どこかで私がエストさんの彼氏扱いされた気がするんですけど」


「⋯⋯何言ってるの?というかキミ、女でしょ」


「つか誰が『魔女』の彼氏になりたいんだよ」


「ボクもそう思うな。いくら美人でも、本性を知れば⋯⋯」


 マサカズとナオトの容赦ないツッコミに、エストは驚いたような顔をする。


「えっ。そんなに私のこと嫌いだったの!?」


「「⋯⋯好きといえば嘘になるな」」


 エストは俯き、


「別に好かれたいわけではないけど、なんか癪に障るね⋯⋯」


 何かを唱えようとする。


「⋯⋯おい待て、何をする気だ?」


「支配の魔法。大丈夫だよ、真偽を確かめるためだから」


「それなら能力使えばいいじゃないか!──まて、早まるな!お前の魔法は抵抗レジストできねぇんだよ!死に戻りしてでも阻止してやるぞ!」


「どうしてそんなに嫌がるのかな〜?嫌いなら大丈夫でしょう〜?」


 そんな日常を見ながら、ユナは昼食を作る。


「⋯⋯ナオトさん、私にも被害くるんでここに隠れないでください」


「⋯⋯ユナのその加護、ボクの隠密見破れるのか」


「大人しくしろ!〈拘束バインド〉っ!」


「当たるかァ!〈瞬歩〉っ!」



 ◆◆◆



 三十分後。エストが戻ってくると、教室にはゼリムだけしか居なかった。

 彼はどうやら本を読んでいるようだ。


「ゼリム、昼食はとらないの?」 


「⋯⋯あっ、先生。どうしたんだ?」


「⋯⋯キミ、とっても集中してたみたいだね。一体何読んでるの?」


 ゼリムが読んでいるのは教科書ではなく、物語だ。エストも一度読んだことがあるのを思い出す。


「たしか、魔法戦士が魔人を殺す物語だったよね?」


 『大罪の魔人』や、それに匹敵する強い魔人ではないにせよ、ただの人間が魔人に勝つ。それはとても凄いことだ。

 エストはその物語が生まれた時代には既に『魔女』であったため、その魔法戦士のことは知っていた。接触してみたら、『魔女』だと知るやいなや襲われた。瞬殺できたはできたが、特に殺す理由もないので見逃したことを思い出す。


(襲われるのは当たり前だし、無意味な殺戮はしたくないしね)


「そうなんだ!オレもこの人みたいに魔法戦士になりたいんだ!」


「そうなの?」


 エストはゼリム達の先生だ。その願いを叶えるのが、先生なのではないか。


「⋯⋯ゼリム、私の知り合いに魔法戦士が居るんだ──」


「その人に会わせてください!」



 ◆◆◆



 エストの目の前に現れたのは、異形なる者である。

 常にニタニタと嗤っており、死人のように白い肌で、細い体だ。長い不健康そうな黒髪は、黒と白が反転している目を隠している。


「⋯⋯!?」


 その魔人⋯⋯〝冷笑〟は、今のこの状況を理解できていないようで、辺りを見渡していた。しかし、主人の存在を確認すると、冷笑は跪く。


「モシヤ、私ヲ⋯⋯」


「そう、キミが必要になったから⋯⋯あと、前のことが、ね」


 冷笑は目を見開き、嬉しそうに、


「アリガトウゴザイマス。⋯⋯今度ノ私ノ使命ハ何デショウカ?」


「その前に、キミは人間の姿になれる?」


「⋯⋯ハッ、魔法ヲ使エバ、可能デアリマス」


 冷笑は右腕を前に出し、魔法を唱える。魔法陣が冷笑を通過すると、冷笑の姿は、黒髪の、20代前半の男の姿になる。よく見ると目だけは、黒と白が反転したままであるが、特に問題はないだろう。


「⋯⋯服着てくれない?」


「⋯⋯すみません、ありません」


 聞き取り辛かった声は成人男性のものとなる。


「⋯⋯身長も高いし、マサカズとナオトの服は合わないだろうし⋯⋯」


 冷笑の身長は約1.95mだ。本来の姿よりも低いとはいえ、人間としてはかなりの高身長である。


「魔法で誤魔化すことはできるので、街に買いに行ってきます。⋯⋯図々しいのも承知ですが、お金が⋯⋯」


「あっ、⋯⋯相場ってどんくらいだっけ?まあいいや。はい」


 とりあえずエストは(内緒で複製した)金貨2枚を渡す。


「ありがとうございます、エスト様。では行ってきます」





「誰だ!?」


 帰ってきた冷笑を迎えたのはマサカズたちであった。

 冷笑は黒いスーツを買ってきており、その姿は正に若い執事である。


「これはマサカズ様、ナオト様、ユナ様。この姿では初対面でしたね。私は〝冷笑の魔人〟です」


「えっ、嘘。イケメン」


「あの魔人⋯⋯!?」


「そうね、キミたちへの説明もついでに、魔人くんへの命令内容も話そう」


 エストはなぜ魔人を蘇生したかを説明する。


「⋯⋯なるほどな。で、名前はどうするんだ?」


「名前⋯⋯ですか?」


 冷笑はそんなこと考えてもいなかったと言わんばかりに首を傾げる。


「〝冷笑〟で良いのでは?」


「いや駄目だろ」


 うーん、と悩むマサカズと冷笑。するとユナが口を開く。


「安直ですが、冷笑からとって、レイとかどうでしょうか?」


 おおっ、となる一同。ユナは冷笑にどうかと聞くと、


「ユナ様、ありがとうございます。⋯⋯では、私はレイと名乗ることにします」


 〝冷笑の魔人〟レイが生まれた瞬間である。



 ◆◆◆



 今日の授業が終了した放課後。エルトア先生は俺に残るように言った。そうして暫く経過すると、教室に入ってきたのはエルトア先生と、ある一人の男だ。黒髪で高身長のイケメンである。


「はじめまして⋯⋯ゼリムさんと言いましたか」


「あ、こんにちは」


「彼はレイっていうんだ。こう見えても魔法戦士だよ?」


 レイと呼ばれている男の体は、たしかに筋肉質ではあるが、細マッチョというもの。魔法使いとしては十分だが、戦士としては少し物足りない気がする。本当に大丈夫だろうか?


「じゃあ、あとは任せたよ、レイ」


「はい、エス──エルトアさ⋯⋯ん」


「⋯⋯?」


 エルトア先生はそこから消える。もう何度も見た光景で、驚きなどはない。


「レイ先生、よろしくだぜ」


「ええ、こちらこそ。では、始めましょうか」


 最初から剣を振るわけではなく、レイ先生は魔法戦士とは何か、から教えてくれた。

 魔法戦士はその名の通り、魔法と剣やその他近接武器を扱う職業だ。あらゆる状況に対応できるが、逆に言えば突出した部分がない、器用貧乏な職業ともいえる。

 つまるところ、頭の回転が必要な戦い方である。


「私はそこらの魔法使いや戦士なら、魔法だけ、または剣だけでも勝てるでしょう。ですが貴方は違う。貴方が最も得意とする魔法でさえ、冒険者の魔法使いにすら勝てないでしょう」


 レイ先生の言うことは合っている。実戦経験が浅いオレと、実戦経験豊富な冒険者。どちらが強いかなんて戦うまでもなく理解している。


「⋯⋯正直に言います。貴方は魔法使いとしては弱い。才能はありません。人間としては素晴らしくても、ドラゴンやヴァンパイアと比べればどうしても劣ってしまう。貴方のクラスメイトを先程見かけましたが、彼らには魔法使いとしての才能がありましたよ?」


「──っ!」


 わかっていた。わかっていたはずなんだ。オレには魔法の才能なんてないことぐらい。


「⋯⋯貴方に魔法の才能はない。ここに入学できたのも、貴方が周りより努力しただけ。しかし、ここにいる本当の才能を持つものは、貴方と同じだけ努力するでしょう」


 なのに、とても、悔しい。怒りが湧いてくる。レイ先生は正論を言っているだけなのに。間違っていないのに。


「⋯⋯聞きましょう。貴方は、皆より劣っているから、魔法戦士になるのですか?」


 違う。


「貴方は、これ以上努力、魔法戦士になるのですか?」


 違う。オレは──


「──皆より魔法も使えて、戦士としても強くなりたい!」


「ならば!貴方はどうするべきなのですか!?」


「オレはもっと努力する!才能でなんか覆せないぐらいに!」


「ふふふ、貴方は欲張りですね。〝強欲〟です。⋯⋯ですが⋯⋯貴方の師匠に、私はなりましょう。でも、魔法はエルトアさんから学んでください。あの人の方が魔法使いとしては優秀なので」


「わかりました、師匠!」


 それから、オレに、レイ先生は魔法戦士としての戦い方を教えてくれた。

 何度も怪我を負った。何度も気絶した。何度も、死にかけた。

 でも諦めなかった。「強くなりたい」という思いが、それだけがオレの体を動かした。


 ──白髪の女性が、そこで小さく笑った。






「⋯⋯アリス、帰ろう。⋯⋯って、何を見てるんだ?」


「あ、お兄ちゃん。⋯⋯ゼリム。この前先生が言ってたじゃない?レイという人が、ゼリムに魔法戦士になるための師匠になったって」


「そういやそうだったな。⋯⋯にしても、こんな雨の中でやるか?」


 レイとゼリムは、土砂降りの雨の中で模擬剣で訓練を行っていた。その剣さばきは、レイは化物じみているが、ゼリムも、下手な冒険者よりかは圧倒的だし、上位冒険者にも、もしかしたら匹敵するかもしれないくらいだ。


「でも、最近アイツ、魔法の能力も高くなってきたし、凄いよな」


「そうね。私達もゼリムに負けないくらいにならないと!」



 ◆◆◆



「⋯⋯只今帰りました、エスト様、マサカズ様、ナオト様、ユナ様」


 びしょ濡れになった服は魔法により乾かし、レイは部屋に帰ってきた。


「いいよ、俺達には〝様〟なんてつけなくて」


「⋯⋯そうですか。わかりましたマサカズさん」


「〝さん〟も別にいいんだがな⋯⋯。にしても⋯⋯」


 マサカズは宿屋の一室を見渡す。そしてこう思う。「狭い」と。


「⋯⋯でかい家がほしい」


「すみません、私がいるばかりに⋯⋯」


 レイはマサカズの言葉の意味を勘違いし、謝る。マサカズはそれに対して否定すると、いつものように、


「エスト、なんかいい魔法ない?」


「キミは私をなんだと思ってるの?私はキミのお母さんでも、従者でもないんだよ?」


 ため息をつきつつ、エストはそう答える。当然ながら家を作る魔法などないため、「できない」と答える。


「屋敷でも買うか?」


「マサカズ、そんな金がないことぐらい知ってるだろ?」


「そうだよなぁー」


「⋯⋯屋敷、ですか。私に良い考えがあります」


 原因は自分だと思っているレイは、なんとかしようと考えを巡らせていた。そして、今考えついた。


「空き屋敷があることはご存知ですか?」


「たしか立地が悪いってことで格安のあそこですよね?」


「はい、ユナさん、あれです」


 マサカズも、それは知っていた。しかし、


「でもあれ、いくら格安でも⋯⋯たしか2,000金貨くらいだったぞ?」


 このあたりの屋敷に分類される建物は、大体5,000金貨以上である。その中で2,000金貨とは割安には変わりないのだが、それでも、いくらなんでも高すぎる。


「たしかにエストの魔法でどこからでも帰れるから、一軒家を持つのは間違っていない。でも俺達には金がない」


 転移系魔法は知っているならばどこにでも転移できるのだ。逆にエストが居なければ帰れないことになるのだが、スクロールでも作れば問題ない。


「更に価値を下げるんですよ。黒魔法には〈幽霊召喚サモン・ゴースト〉というのがありまして⋯⋯」


「いや駄目だろ」


 カエルの子はカエル、という言葉がある。本来は親子の関係を表すものであり、召喚者と被召喚者の関係を表すものではない。しかし、マサカズはその言葉を思い出してしまう。


「⋯⋯そうですか、良い考えかと思ったんですが」


 レイは心から残念がる。


「まあ、今のままでも生活ができないわけではないからな。大丈夫だ」


(⋯⋯でも、考えとくべきだな。一軒家か⋯⋯)


「⋯⋯私、小さくなっとこうか?」


「「「「え?」」」」


 何を突然この『魔女』は言い出すのか。


「あれ、言ってなかったっけ?『魔女』はその身の年齢を変えられるんだよ?まあもっとも、死期が近づけば使えなくなるんだけど」


 エスト曰く、意識すれば、自身の年齢以下ならば自由に姿を変えられるらしい。彼女の今の、体の年齢は18歳であるため、18歳以下ならば変えられるというわけだ。しかし、19歳以上にはなれない。


「ほら」


 試しに変わってもらうと、エストの姿は10代前半の子供になる。服もそれに応じて小さくなる。ちなみに服は魔法がかかってるから大きさが変わるだけで、本来は変わらない。


「⋯⋯なんというか、『魔女』って⋯⋯」


 なんでこんなにも便利な体してるんだ、飲食不要だし、凄い生命力だし。と、マサカズは思う。


「つか小さくなる必要はなくね?たしかに広くなった気はするが⋯⋯・多分プラシーボ効果みたいなもんだし」


「そう?なら元に戻るよ」


 エストはいつもの彼女になる。


「⋯⋯さて、飯食うか」


 ちなみにエストとレイの飯はない。ただでさえ金がないのに、不必要なら食べさせるわけにはいかないのだ。


「⋯⋯バイト終わったら色々食べてやろう⋯⋯」

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