第11話 選ばれた者たちは
素手を武器とするケテル。魔法を武器とするエスト。この密室の中ではどちらが有利か。
それを理解できていたケテルは笑みを浮かべ、エストは苦虫でも噛んだような顔を──
「ふふ⋯⋯魔女が魔法しか使わないとでも?」
「なに⋯⋯?」
エストの両腕の手のひらに、黄色い魔法陣が出現し、白銀の2つの短剣が現れる。
「私の〝欲望〟は知識の収集⋯⋯戦闘に関係するものも、例外じゃないのよ」
戦技は簡単に習得できた。唯一の難点は体力が少ないため、そんなに多く使えないことだが、いくら少ないと言っても生物界においては頂点に立つ『魔女』。『異世界人』と同等かそれ以上はある。
エストは片方の短剣で、ケテルの喉笛を狙う。しかし、『黒の魔女』から力をもらったケテルは、それを避ける。
「でも、魔法を使わないわけではないよ?〈
後ろにエストは転移し、今度は2つの短剣を力いっぱい振る。
「〈硬化〉!」
ケテルは自身の腕を硬化させ、白銀の短剣を防ぐ。カキーンという金属音が響き、火花が散る。
弾かれた短剣を持ったままだったエストの懐はガラ空きであり、それを逃すケテルではない。
一発、ケテルはエストを殴る。⋯⋯しかし、
「〈硬化〉⋯⋯へぇ、こんな感覚なんだ」
さっき見たばかりの戦技を、エストは一瞬にして使う。たしかにケテルのそれよりも柔らかいが、ダメージを大幅に軽減した。
「化物め!」
「褒め言葉として受け取るよ」
そのお返しとでも言うように短剣を振るう。それをギリギリのところで避けたケテルは、自身の切れた髪を見ながら続く攻撃へ対応する。
今度は首を後ろから締め付ける。どうやら筋力ではケテルのほうが高いようだ。
「レディにそんなことするなんてねぇ。男としてどうなの!?」
「お前みたいなレディが居てたまるか!それに私は無性だ!」
自身に傷を負わせることに一切
「ぐっ!」
痛みに耐えきれず、それでもせめてという気持ちでケテルはエストを投げ飛ばす。
エストは空中で一回転し、見事に着地すると自身に魔法を唱え、首の傷を治癒する。
自身の脚力のみで、〈
「〈影縫い〉⋯⋯〈
エストは影に入り込み、魔法の詠唱を終える。ケテルの体が白く輝くと、彼女は左手を横に振り、対象を壁に叩きつける。
ホコリが撒き散らされ、壁が砕ける。すぐさま追撃に入ろうとしたが、ケテルも突っ込んでくる。
「まだ魔法の効果は継続中だよ」
左手を下に振り、ケテルも同じく地面に叩きつけられる。
エストは短剣をケテルの首に振りかざす。首がコロコロと、血で床を濡らしながら転がる。
「その不死性は一体何かな?」
首がなくなったというのに体は動き、首を持ち上げようとする。しかし、そんなことをエストは許すはずはなく、短剣で力任せに、何度も何度も斬りつける。
「今回は焼却にしよう。〈
赤黒い炎が肉片を焼却する。
◆◆◆
「テルム!」
やはり反応はない。
「どうすれば⋯⋯」
──テルムを救える?
支配者は『黒の魔女』だ。彼女の支配は他の『魔女』ですら解除が厳しい。
⋯⋯さっき、一時的にとはいえ支配が解除されていた。だがそれは支配ができなかったからではない。ここに来て、今、支配したからだ。⋯⋯目的は何だ?なぜわざわざテルムを操る?⋯⋯エストを殺すつもりなら──まてよ。そうじゃないとしたら、殺すことが目的でないとしたら?
「⋯⋯『魔女』は狂った欲望を持つ、か。狂っていて、なのに純粋な欲望⋯⋯クソが」
もし、俺の予想があっているならば、テルムが負ければ良い。そうしたら、テルムの支配はもしかしたら解除されるかもしれない。
死ななくて良い。負ければ、負けさせればいいんだ。
「⋯⋯問題はエストでなくてもいいか、だな」
エストかテルム、どちらの方が強いかを確かめているなら不味い。いや、そうなのだろう。
今のテルムの強さは、おそらく潜在能力を強制的に開放した状態。つまり、フルパワーであること。
「⋯⋯レネさん、ナオト、ユナ、よく聞いてくれ」
テルムのナイフが俺達に飛んでくる。しかし、レネの防壁で被害を免れる。
「テルムを倒す。だが殺すな。勝つんだ!」
「⋯⋯手加減ができるなら、そうしたいですが」
3人は、素の実力では負けている。支援魔法があってようやく動きが見えるくらいなのだ。
そして、『青の魔女』であるレネだが、戦闘能力は高くない。現在のフルパワーテルムと殺り合っても、確実な勝利は得られない。
「⋯⋯さっき初めて会ったばかりだが、レネさん⋯⋯俺達に必要なのはチームワークです。『魔女』である貴女にこう言うのもあれですが、協力してください」
テルムの背後から、無数の黒いナイフが絶え間なく創造され、その全てが防壁に命中する。ガラスの割れる音が響く。
「⋯⋯
「──!」
防壁が砕け散り、それを見たテルムは黒いナイフを手に持ち、突っ込む。
金属音が響き、そのナイフは何かに止められる。
「⋯⋯腕がいてぇ、支援魔法ありでこれか」
「「ッ!」」
ユナとナオトが飛び出し、テルムを側面から攻撃する。しかし、ユナの矢は、空中に創造されたナイフによって、軌道をずらされ、ナオトの短剣は受け止められる。
するとテルムはナオトの首を狙い、ナイフを振るう。
「〈
テルムの体が横に吹き飛ぶ。が、その体制を空中で整える。両腕を大きく開く。
──テルムの、真っ暗な眼窩が、赤黒く、妖しく光る。
4人の周りに、
「〈
半透明の青色の壁によってそれは防がれる。しかし、ヒビが入り、割れる。
「さっきよりも威力が高い⋯⋯」
「⋯⋯〈影化〉」
テルムの体が黒い液体となり、地面に落ちる。インクが紙に落ちたように、床が黒く染まる。
「〈
レネを除いた広範囲が、白く、神秘的に光る。それは、生者には癒やしを与えるが、不死者には痛みを与える。
影になっていたテルムは空中に飛び出すと、その光は消える。
「あの人ほどに緑魔法は使えませんし、苦しめることも得意ではありませんが、アンデッドになら簡単にできますね」
「⋯⋯」
テルムは両手にナイフを持つ。左手のナイフは逆さまだ。
ユナが弓を射る。それはテルムの頭に飛んでいくが、姿勢を低くすることでそれを避けつつ、左手のナイフで突きを狙う体制になり、距離を詰める。
「〈一閃〉!」
テルムの右腕を切り飛ばす。が、それにまるで気にも止めずに、テルムは俺にナイフを突き刺す。
「──っ!〈一閃〉!」
ナイフを突き刺す体制に入ったテルムの右腕を切り飛ばす。知っているカウンターを弾き、
「ナオト!」
ナオトも同じくテルムに切りかかる。しかし、俺が声にしてしまったせいで、テルムはナオトの短剣を防ぐ。
「両腕を使ったな!」
だが、俺達は四人だ。
「〈火炎矢〉!」
「〈
テルムの体を神聖な炎が燃やす。それはアンデッドには激痛であり、更に、
「「連撃!」」
俺とナオトが斬撃を加える。
◆◆◆
真っ暗闇のある一室。時間が存在しない空間。そんな中で、唯一動く存在がいた。
「⋯⋯選ぼうとするのが悪かったのですかね」
彼女は勝敗が決したことを確認すると、その支配を解く。
自身の欲望を叶えるべく、強者を選ぶ。しかし、いつのまにか、彼女はその強者を1人限定にしていた。
「私が知る強者はいつも1人だった。だから、こう考えてしまっていたのですか」
いつも、彼女と戦えたのは、たった1人の存在だった。複数人で彼女に挑むのは、それを構成する個人が自身のことを弱いのだと、理解していたのだ。
雑魚がいくら集まろうが、彼女はそれを蹴散らしてきた。だから、彼女は無意識的に単体は複数より強いと認識していたのだ。
──だが、あの3人の
「数の力。⋯⋯最初からそうでした。別に単体の強者に拘る必要は無かったのですよ」
今までに彼女を楽しませた単体が、もしチームを組んだなら?
「私は、どうしてこれに気づかなかったのでしょうか」
強者を選ぶより、全員まとめたらいいのではないか。そちらのほうが、早いのではないか。そちらのほうが、楽しいのではないか。
「⋯⋯今は、待ちましょう。彼らに勝てないなら、私の欲望を満たすには不十分な存在なのですし」
彼女はある魔法を唱える。そして、彼らに命令を下す。
「⋯⋯ねぇ、エスト⋯⋯貴女は強いけれど──」
彼女は
「──もっと、強くなれますよ。それを受け入れられれば」
◆◆◆
片腕がなくなったスケルトンは、町を歩く。フードで顔を隠して、彼がアンデッドであるとは誰も知らない。
「⋯⋯さて、どうするかな」
彼にはもう、以前のような力はない。片腕がないのもあるが、それ以上に赤いナイフの創造ができないのだ。
いくら支配されており、力が増していたとはいえ、あれだけナイフを創り出せば体への負担は大きいものになる。
──スケルトンは手に持つナイフを見る。最後に創り出した赤黒いナイフだ。どういうわけか、いつまで経っても消えない。
「⋯⋯冒険者は⋯⋯まあ無理だよな」
幻術は使えない。鎧で隠したって、いつかはバレてしまうだろう。
彼が、暗殺者をやっていた理由は暇つぶしのためだ。
これが自我がない下級アンデッドならいさ知らず、テルムのように自我があるならば、苦しいものだ。
「⋯⋯アンデッドから生者になることは、できるのか?」
『白の魔女』がその場しのぎで言っていた事だ。
「目標はそれにしよう」
時間なら沢山──いや永久にある。なら、試してみようじゃないか、今までに聞いたことがないアンデッドの生者化を。
「⋯⋯また会うときは、生者になってからだろうな。多分、彼女ならすぐに来るだろう」
知識欲求の権化。それを欲望とする『魔女』。
「⋯⋯それか──」
──〝俺の力が必要になったとき〟だ。
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