第10話 青の魔女
「〈
緑色に不気味に燃える炎がスケルトンを燃やす。ナイフでかき消すことすら叶わず、その痛み、熱さに
「本来アンデッドは闇のエネルギーで回復する⋯⋯でもダメージを受ける⋯⋯どうしてだと思う?」
スケルトンは答えない。答えることができない。
「⋯⋯〈
闇属性魔法は消費魔力量が多い代わりにその効果も高いという特性をもつ。魔力量が他の『魔女』とですら一線を画すエストにとって、これほどまでに相性の良い魔法はない。
「クソがぁッ!」
赤いナイフは1本創るのがやっとだ。しかし、そんなことは今はどうでもいい。
スケルトンの背後に幾本ものナイフが創られる。それらは空中に、まるで1本の糸にでも括り付けられているように不安定に留まる。
スケルトンはあるはずのない心臓に痛みを覚えるも、そのナイフを消すことはしない。
激痛に顔を
「〈
「!?」
飛んでいた赤いナイフの時間は逆行し、ナイフは元いた地点に戻る。
「なっ⋯⋯時間系魔法が
「私は白を司る『魔女』。⋯⋯アイツの物とはいえ、所詮貰い物の力。本気の私の魔法に、
普段よりも多くの魔力を消費できるこの環境こそが、エストの本気だ。なんの制限もかけなくてよい。ここなら、すぐに魔力は回復する。
「さあ、止まった時間の中で動いてみてよ。〈
──1秒経過。
スケルトンの体は動かない。意識すらも停止している。
──2秒経過。
先程までなら意識は既に覚醒していた。しかし、
──3秒経過。
変わらない。
──4秒経過。
動かない。
──5秒経過。
まったく、
──6秒経過。
怖い。
──7秒経過。
「⋯⋯タイムオーバー。〈
赤いナイフは白く輝く。すなわち、それの支配者が変更されたということだ。
「〈
また、赤いナイフは数えるのも
「〈
停止した世界は動き始める。その時間に従い、白く輝く赤いナイフは目標目掛けて飛ぶ。
スケルトンの全身に赤いナイフが突き刺さる。血などは流れないがおそらく致命傷だ。
「⋯⋯わお。まだ生きてる」
アンデッドに〝生きてる〟という表現はすこし違うが、ともかくまだ動く。
「──待て!オレは正気に戻った!」
「⋯⋯は?」
突然、スケルトンはそう叫ぶ。
信用なんてできない。支配されているとはいえ、ある程度知恵は回るようだから。
「⋯⋯本当?」
とはいっても、本当に支配が解除された可能性もあるわけだ。だから、
「〈
今のスケルトンが敵対意識を持っているかを確かめる。その結果、スケルトンは本当に正気になったことがわかる。
「⋯⋯見られていた?」
「おそらく、な」
アイツはこの戦いを見ていた。勝利が決定したから、支配を解いたのだろう。
「⋯⋯ああね。本当に悪趣味なヤツだよ。全く⋯⋯。ねえ、スケルトン、君は強い。私の仲間にならない?」
「は?オレはアンデ──いや、わかった。アンタの言うとおりだな。力はあったほうがいい」
スケルトンはエストの
「頼むぜ?オレはアンデッドだ。だから自由に動けるようにしてくれ」
「勿論」
◆◆◆
「なんで私が怒っているか、わかりますか?」
辺りももう真っ暗な時間帯。『魔女』が怒られるという2度目の驚くべき光景が、その宿屋の一室で広がる。
「⋯⋯はい。1時間も遅れたからです」
「違います。⋯⋯いやそれもありますけど」
ユナはエストの横に同じく正座している、レザーコートを着た者を見る。
「⋯⋯なんでアンデッドを持ち帰ってくるんですか」
「ユナさん⋯⋯でしたっけ?これには深いわけが⋯⋯」
スケルトンはこうなった事情を事細かく説明する。勿論、本当の理由は話さないが。
「⋯⋯はぁ。わかりましたよ」
ユナはため息をつくも、その理由に納得する。
「⋯⋯そういやお前の名前はなんだ?俺はマサカズだ」
「テルムだ。よろしく、兄弟」
なぜだか親近感を覚えるマサカズを、スケルトン──テルムは兄弟呼びする。
その後、互いに自己紹介をし、一段落つくと、エストはあることを提案する。
「テルムはアンデッド。だから冒険者になるにはリスクが高すぎる⋯⋯ってわけで、私の知り合いに、そういうのに詳しそうなのが居てね。彼女に明日会いに行かない?」
要はテルムを人間にする術を見つけるというわけだ。
「人間になっても力は弱体化しないの?」
「ああ。大丈夫だ。えーっと⋯⋯」
「ナオト」
「⋯⋯ナオト。たしかにアンデッドだからこそ、攻撃に耐えられたことはあるが、力は変わらないさ」
人間になったところで致命的な弱点を抱えるわけではない。むしろ人間の方が楽なのかもしれない。
(⋯⋯ん?オレはどうして人間の方が楽だと知っているんだ?)
テルムの記憶の中で、何かが引っかかる。
(⋯⋯いや、これまでの仕事でそう思っただけか)
隣の芝生は青く見える。今までずっと仕事で殺してきたが、一番人間を見てきた人ならざる存在。アンデッドによくある生者への憎しみがない彼だからこそ、人間の良さをじっくりと観察できたのだろう。
「じゃ、その知り合いに連絡入れてくるから、先食べといて~」
「速く帰ってこないと全部食べるからな」
「そうだったら時間巻きもどしてやり直すから大丈夫」
◆◆◆
エストの、アンデッドに詳しそうな人物の名前はレネイというらしい。なんでもエストほどでないにせよ、魔法使いとしてはかなり優秀で、解呪の魔法なるものを使えるとのこと。
「レネ・・イと私は旧友でね。たまに私も世話になるんだよ」
旧友。エストら『魔女』は何百年も生きるのだが、そのレネイというのも、やはり薄々気づいていたが人ではないのだろうか。それとも、魔法は老化を止めたり、遅らせることができるのか。
まあなんにせよ、タダの人間ではないだろう。
「つか〈
俺達は今、馬車に乗っている。とはいってもタダの馬車ではない。揺れは一切なく、またその速度も通常の馬車とは比べ物にならない。時速にして約100km。元の世界の軽自動車の最高速度と同レベルの速さである。
それもそのはず。この馬車──正式名称は魔獣車は、足がとても速い
「彼女は用心深くてね。転移阻害の結界を辺り一帯に張り巡らせているんだよ。転移魔法を無理矢理使おうものなら多分、攻撃されるだろうね」
どんだけ用心深いんだ。過去に何かあったのか?
「⋯⋯そろそろ着くね」
出発してから2時間後。ようやくレネイとやらが居る場所にたどり着く。
「やあ、久しぶり。エストだよ。レネイは居るかな?」
かなり立派な屋敷の扉を、エストはノックもせずにそのまま入る。
すると何もいなかったはずの玄関に、メイド服を着た美しい、赤髪の女性が突然現れる。しかし、その目に光はなく、まるでロボットだとかの造られた物のようだ。
「⋯⋯エスト様。当家に〝レネイ〟という人物はおりません。〝レネ〟様ではありませんか?」
──は?
「⋯⋯ああ、そうだよ。レネだ」
「⋯⋯エスト、まさか本当に間違っていたわけではないよな?」
「それはあとで話そう。⋯⋯君、レネのところに案内してくれないかな?」
「かしこまりました、エスト様」
赤髪のメイドさんに俺達は案内され、ある部屋に通される。
その部屋には誰も居なく、俺達はレネなる人物が来るまで待つことと、
「⋯⋯誰だ?」
ナオトは、そんなことを突然言う。
「あら、さすがは『異世界人』ですね」
またもや何もなかった場所から、ある人物が現れる。
綺麗な海のような青髪。深海のような瞳。少しだけ焼けた、健康的な肌。青白いワンピースを着た少女とも大人の女性とも、またはその間ともいえる人。
彼女は強者である。感覚的に、そして経験から、そうだと言える。エストと初めて会ったときにも同じようなことを感じた、生物的な恐怖。
しかし、同時に、全く逆の〝安心〟も感じる。それは彼女を見れば見るほど強くなり、そして恐怖は完全になくなった。
その安心感はまるで母親のようで、少女とも思えた彼女は、今では既に大人の女性だと認識してしまう。
「初めてまして、
自己紹介を終え、赤髪のメイドさんより出された紅茶を飲みながら、まずはエストがなぜレネをレネイと呼んでいたかを聞く。
「今はもう見られていないだろうけど、『黒の魔女』に監視されていたかもしれないの。そしてスケルトン⋯⋯テルムの支配はまだ継続されている。今は理性があるけどね」
「⋯⋯本当ですか?」
「ああ。ちゃんと言い表せないが、オレの中で何かがこびりついているような感じがするんだ」
「なるほど。だから
青魔法は防御系の魔法を多く含む。対象を守るということにおいては、青魔法が一番だ。そしてそれは身体や精神を守るということだ。
つまり、『黒の魔女』の支配からテルムを守るのには、『青の魔女』であるレネが適しているというわけである。
「⋯⋯たしかに、
レネはその後に理由を述べる。
──まず、『魔女』にもそれぞれに能力差があるということ。例えばレネは魔法攻撃力では『魔女』の中では最弱だが、逆に魔法防御力では最上位である。しかし、『黒の魔女』はそんな中でも特に能力が高く、あらゆる点において彼女は他の魔女と互角、あるいは上回っているということ。
そして、彼女の黒魔法には誰も成すすべがなく、操られこそしないが、自分を守ることしかできず、他人の支配を解除するのは無理な話であるわけだ。
「私でもアイツに勝っているのは白魔法くらいだからね~」
エストもエストで『黒の魔女』を除く『魔女』の中では最強ではあるが、それでもやっと互角。持久戦に持ち込まれれば負ける可能性だって十分にあるらしい。
「じゃあどうするんだ?」
今は結界魔法で支配から逃れているが、ここから一歩でも外に出れば即
「⋯⋯なあ、どうでもいいことかもしれないが、なんで『黒の魔女』はテルムを操ったんだ?そんなに強いなら、さっさと本人が殺しに来ればいいじゃないか」
そうだ。テルムは強いが『魔女』には勝てない。自身の方が強いなら、なぜわざわざテルムを操ってまで殺させようとするかがわからない。
「さあね。アイツは狂人だ。私でも知りたくないよ、あんなヤツの思考回路なんて」
知ることさえ嫌な、真の狂人の思考回路。おそらく知っても理解できないだろう──理解できては、いけないのだろう。
何を考えているかを知ろうとすることを辞め、どうするかを考える。
⋯⋯『黒の魔女』を倒す。それしかないのではないか?もう一つあるとするならテルムを殺すしかないのだから。
「皆さん、考えているところ申し訳ありませんが、先程の発言には少し語弊がありました」
「⋯⋯何?」
「たしかに、
◆◆◆
出入り口付近の壁にある、永遠に燃える松明が部屋を照らしているが、それは部屋の隅までは照らしていない。
25m×25m×3mのかなり広い部屋の中央に、スケルトンは寝かされていた。
⋯⋯レネはその性格、その〝欲望〟の関係上、緑魔法ではあるが、それに分類される解呪魔法が得意である。
「〈
テルムの体が輝き、ピキッというような、ガラスが割れるような音がする。しかし、黒い煙のようなものがテルムを包み込む。
「⋯⋯試してはみたけど、やっぱり無理ですね」
どうやら失敗だったようだ。
「じゃ、次の方法に移りますか」
──『黒の魔女』の支配は強力であり、テルムはとても気に入られているようで、『魔女』の魔法にもある程度の耐性を持っている。だから、エストの時間系魔法にも、最終的に負けたとはいえある程度耐えられた。
⋯⋯では、『魔女』2人分の力に、テルムは耐えられるだろうか?
「エスト、頼みますよ」
「わかってるよ」
レネはエストに触れ、魔力と力を流し込む。
(⋯⋯昔にもこんなことあったっけ)
600年前の経験を生かし、自身のキャパシティを遥かに超えた魔力を、無理矢理に制御する。
魔法は消費する魔力が多ければ多いほど、その威力や効果は高まる。最低限の消費魔力量でも絶大な威力、効果を発揮させることが可能な『魔女』がそんなことをすれば、果たしてどうなるか。
「〈
エストと
白魔法の最高位、〈
だが、『青の魔女』の魔法能力を得たエストは、本来の実質2倍近い魔法能力となり、この魔法の発動条件を満たしたというわけだ。
「『テルムの支配を解け』」
エストは命令を行うと、
「グァァッ」
テルムは急に暴れだした。
「やっぱり⋯⋯」
ここまでは予想済みだ。あの『
「『テルムの無力化』」
とりあえず暴れられたら困るので、更なる命令を下す。
「──嘘でしょ?」
その瞬間、白色の球体は弾け飛ぶ⋯⋯!
「〈
時は静止する。一瞬だけ止まった、だがテルムの時は動いた。
何本もの
「ああクソっ!〈
見えない衝撃波が、その黒いナイフを吹き飛ばす。
そして時間が動き始め、ようやくマサカズらは現状を理解する。
「失敗した!?」
「今はとにかくテルムをなんとかしなくちゃいけないよ!!力は返したから、レネ!」
「〈
水色の結界がテルムを閉じ込める。しかし、テルムは内部からナイフを突き刺し、結界を無理矢理引き裂く。
今のテルムには自我などない。そしてナイフも赤色でなく黒色。つまりそれは、今のこのテルムこそが、ヤツが想定したフルパワーであること。
まさか、テルムを助けようとすることさえ予想したというのか。そのときに発動するようにしたのか。
──本当に悪趣味な奴だ。
「チッ、こいつ⋯⋯!」
『黒の魔女』の力を貰ったとはいえ、流石に全ての力を貰ったわけではないだろう。テルムが死ねば自動的に力は元の持ち主に還るが、それでもその間は力がなくなる。最低でも自衛の力は残しておくはずだ。
だというのに、今のテルムの力は『魔女』のそれ以上。レネとエストの2人だからこそやり合えているが、どちらか片方だけならば確実ではないにせよ負けても可笑しくない。
明らかに強すぎる。エストとヤツの力は互角であるから、そこに追加のテルムの元の力で、ここまでの差ができた。そうとしか考えられないのだ。
(ああもう、全ての力を与えるとか、信じられない!)
そのうえ、テルム本来の立ち回りの強さもある。単純な能力も高いのに、技術もある。とてつもなく厄介だ。
「レネ!助けれることは考えずに、まずはテルムを無力化するよ!」
「わかりました!」
「それと君たちも加勢して!〈
「〈
以前のエストが創った魔法武器よりも更に強力な魔法武器が3つ創造される。剣と短剣と弓だ。
そして、レネからの2重の支援魔法で身体能力が格段に上昇し、先程まで見えなかった彼らの動きを認識できるようになる。
「⋯⋯あらあら、5対1はちょっと見過ごせませんねぇ⋯⋯」
全く、本当に、コイツは、嫌いだ。
突如現れた黒髪の女性をエスト睨む。
「でも私がスケルトンに加勢するのも、少し違いますし⋯⋯そうですね⋯⋯彼にチャンスを与えましょうか。〈
『黒の魔女』が魔法を唱えると、地面に黒色の魔法陣が展開され、そこからある男が現れる。
黒色のスーツのようなものを着た、男。一度殺した、存在。『黒の教団』の幹部最強、〝ケテル〟だ。
「⋯⋯おお、『黒の魔女』様!私を一時的にとはいえ生き返らせて頂き、さらに力まで⋯⋯ありがとうございます!」
「そんな礼はいいです。もし貴方が彼女らを殺せたなら、その命を完全にしてあげましょう」
「はっ!奴らの首を、必ずや貴女様に献上致します!」
「⋯⋯今のケテルは以前よりも強くなっています、私が直接力を与えましたからね」
〝力を与えた〟?テルムには全ての力を与えていなかったのか?というかなぜアイツは今の状況を──いや、今はそんなことどうでもい。なんとしてでもコイツラを無力化しなくては。
『黒の魔女』はその場から消え去る。
「⋯⋯エスト、前の借り、返させてもらおう!」
「また殺してやるよ、雑魚が」
もうウンザリだ。もうあんまりだ。殺してやる。絶対にアイツは、黒は殺してやる。
⋯⋯テルム、君は気の毒だ。もし生きていれば幸運だけど、手加減はできないし、支配も解けるとは限らない。謝るよ、約束を守れなくて。
「さあ、始めようよ。⋯⋯『魔女』と『異世界人』との殺し合いをさ」
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