第9話 操られた暗殺者

「⋯⋯それで?これは一体どういう状況ですか」


「「すみません」」


 普段優しい人が起こると、とても怖いというのを今初めて経験した。


「ってなんで私まで謝って⋯⋯」


「エストさん、あなたも同罪ですよね?」


 怒ったユナの一言は、『白の魔女』を黙らせるほどに威圧感があるようだ。


「全く⋯⋯私達が帰ってきてみたらなんで部屋がこんなにも汚くなっているのですか?」


 マサカズの元の世界での自室はとても汚い。片付けが苦手なのだ。

 一方、エストの家の部屋は綺麗である。しかし、それは彼女が召喚した使い魔の力である。

 見るのも耐え難いほどに散らかり尽くした部屋を見たユナは、最初、白紙のような表情をし、そして次の瞬間怒りの表情をあらわにした。

 当たり前だ。ユナがここを空けていたのはたった一日。だというのに片付けに半日かかるくらいにまで汚したのは、むしろ逆に素晴らしいくらいである。


「ユナ⋯⋯そろそろ許してやったらどうだ?」


「ナオトさん、それは優しすぎです。⋯⋯マサカズさん、エストさん」


「「はい!」」


「片付けは終わりました。しかし、〝あなたたちのせいで〟私達は朝食も、昼食も食べられなくてお腹が空きました⋯⋯あとは言わなくてもわかりますよね?」


「「了解しましたイエス・マム!」」




 街灯に照らされた道を、2人の男女は歩く。このあたりでは──いや、この世界では全く見ない、白シャツとジーパンをはいた男は、真っ白なゴシックドレスを着た女に話しかける。


「何作るか決まったか?」


「ええ。そのためにさっき能力使ってユナの好みを調べたんだから」


 魔女の能力をこんな下らない理由で使うのは、これが最初かもしれない。もっとも、彼らからしてみれば〝下らない理由〟ではないのだが。


「好みはシチュー。それもクリームシチューね」


「クリームシチューか。なら主食はパン⋯⋯高級パンでも買っていかなくちゃな」


「でもお金はどうするのさ?私達あんましお金ないけど」


「前、俺は魔法で増やすなと言っただろう?⋯⋯あーちょっと目が痒いなー目をかいている間はエストが何してもそれを注意できないなー」


「あら大丈夫?──〈複製コピー〉ッ!」


 エストの手にあった4枚の銀貨は、30枚に増える。


「あれー?銀貨こんなにあったっけ?」


「あらあらーいつのまにか誰かさんがくれたみたいねー」


 この世界の貨幣には製造番号だとかはない。というのも、店の殆どにはそれが本物であるかどうかを判別する魔具があるからだ。

 勿論、エストが増やした銀貨は、本物の銀で出来た貨幣だ。コピー先と全く同じであることを除けば、それに異常はない。成分だって、銀なのだからそれに価値はある。まさに、魔法は奇跡である。


 買い物を終える。なんとか前を見つつ、俺は歩いていた。


「⋯⋯荷物持ってくれないか?」


「やだよ。私、か弱い乙女だよ?」


「どの口が言う。筋力はそっちの方が上だろ」


「いや?普段は君より弱いよ。力は普通の人間の女の子くらいだね」


「⋯⋯マジ?」


「もっとも、魔力を流せば岩石くらいなら簡単に砕けるけど」


 魔力は生命エネルギーであるから、理論上は可能である。魔力を流せばとエストは言っているが、意識してそうするのは至難の技だし、人間程度の魔力であれば大して意味はない。膨大な魔力を持っている彼女だからこそできる、真の意味での力業だ。

 ちなみにエストは「普段の力は普通の女の子くらい」と言っているが実際はムキムキの成人男性並みである。しかし、彼女はそれに気づいていないし、気づくのはかなり後だろう。


「それなら魔力流して荷物持てばよくね?」


「⋯⋯正直面倒」


「⋯⋯俺は『異世界人』だ」


「うん。そうだね」


「そしてお前はどうやら知識欲求が強いみたいだな?」


「⋯⋯」


「『異世界』のこと⋯⋯知りたくないか?」


 彼女が最後に視た『異世界』の記憶は、およそ15年前。彼女からしてみれば15年などつい最近のことだが、人間という種族からしてみればかなりの時間だ。最新の『異世界』の知識。それは彼女の興味を惹くには十分なものだ。


「⋯⋯〈重力操作コントロールグラビティ〉」


 荷物が薄く白く光る。すると、その荷物の重さが無くなり、羽毛のように──もしかしたらそれ以下の軽さとなる。


「帰ったら教えてよ?」


「いやお前が能力で視ればいいじゃないか」


「私は結構キャパシティはいいんだけど、流石に君の全てを視るのは少し疲れるし⋯⋯私だって女の子なんだよ?そして君は男の子だ。私の能力は君が見た⋯⋯すこし恥ずかしいじゃないか?」


「⋯⋯ああ。そうだな。無茶苦茶恥ずかしい⋯⋯」


 エストの能力なら当然、マサカズの私生活も知れる。そこには夜の1人遊び⋯⋯包み隠さずに言うと自慰行為があるわけだ。


「ね?私は生憎そっち系の知識はある。あんなのはもう二度とゴメンだ。私は痴女でもなんでもない、ただの純白の魔法少女なのさ」


「⋯⋯なんかあったのか?」


 マサカズはあえて後半の部分には触れず、前半の部分に触れる。


「ほら、私って可愛いじゃん?」


 たしかに、エストは可愛い見た目をしている。それこそ、絵に出てくる人間並みに。つまり、あまりにも生物感がない。作りものを思わせる、完璧すぎる可愛らしさだ。むしろ気持ち悪さが生まれる。


「⋯⋯何その顔。まあいいや。それで完結に話すなら⋯⋯オカズにされた。見逃して、しばらくしてからあって、記憶を覗いてみたら⋯⋯ね。あれは最悪な気分だったよ」


「うわぁ⋯⋯で?そいつはどうしたの?」


「死んだほうがマシだと思えるくらいの拷問をしたんだけど⋯⋯喜んでた。それで本当に気持ち悪くなったから殺したよ」


『魔女』をオカズにし、さらには拷問さえもご褒美にする。尊敬⋯⋯は流石にしないが、とてもすごい人である。居たら絶対に離れるが。


「同情するぜ」


「ありがと」


 気まずい感じとなるも、また別の話題を出し、話しながら宿屋に向かう。

 そんなときだった。路地裏に続く道に、黒いレザーコートを着た成人男性くらいの身長の者が、壁に背をつけ立っていた。二人はそのフードに隠れた顔を見た。


「⋯⋯スケルトン⋯⋯まさか」


「アンデッドの魔力⋯⋯」


 手がかりの1つすら掴めなかった目的の存在。殺人事件を起こしたアンデッド。


「エスト、追いかけるぞ!──って速!」


 マサカズが横を見ると既にそこにエストは居ない。






「〈聖なる衝撃ホーリースマイト〉!」


 アンデッドに有効的な神聖属性の魔法を放つ。しかし、神々しい光を発する衝撃を、スケルトンはその赤いナイフで受け流す。

 圧倒的な技術である。しかし、彼本来の技術と力では、『魔女』の魔法は受け流せない。


「チっ⋯⋯嫌な匂い⋯⋯本当にアイツ嫌い⋯⋯」


 黒の匂い。ケテルと似たような──ほんの少しだけ違うが──匂いだ。この匂いがするときは、大抵『黒の魔女』が関係している。つまり、このスケルトンにも関係しているというわけだ。


「〈重力操作コントロールグラビティ〉!」


 スケルトンの周りの重力ではなく、スケルトンにかかっている重力を対象にする。エストは左手を上に上げる。その手の動きと同様に、スケルトンの体も空中に上がる。そして彼女は手を横に、勢いよく振る。スケルトンの体は壁に叩きつけられ、ゴキッというような音が響く。

 魔法の効果を解除すると、スケルトンはそのまま地に落ちる。


「⋯⋯流石、『魔女』だ」


「⋯⋯しぶといね」


 ゆっくりと、スケルトンは起き上がり、


「強い。だが──」


 スケルトンの姿が消える。それに反応したエストは後ろを振り返る。


「油断したな」


 数日前よりも格段にスピード、パワーが高くなったスケルトンは、すでに魔女に匹敵するほどの能力を手にしていた。

 スケルトンはエストの首に赤いナイフを振る。しかし、それは空中で停止する。


「⋯⋯油断?私が油断するのは雑魚だけにだよ。君は雑魚じゃない。力がもっと低ければ、私の首を落とせたかもなのにね?」


 で、エストは一人つぶやく。


「ふふふ⋯⋯私に〈時間停止タイムストップ〉を使わせるなんて、強いねぇ⋯⋯」


「──ッ!」


 ようやく動けるようになったスケルトンは、一瞬で後ろに跳ぶ。


「やっぱり動けるのね。⋯⋯解除」


 動けなさそうならそのまま殺してやるつもりだったが、そこまで弱いわけでもないようだ。

 再び世界が動き出す。


「⋯⋯」


 スケルトンの暗い眼窩の奥で、その闇より暗い光が灯った気がした。


「〈瞬歩〉」


 転移魔法にも及ぶスピードで、スケルトンはエストとの距離を詰める。そしてナイフを横に振る。彼女の動体視力はそれを見切ることが可能であったが、


「痛っ!」


 たしかに、ナイフの刃は避けられた。しかし、その刃から赤い斬撃が繰り出されたのだ。

 白い服が赤く染まる。


「⋯⋯やってくれたねぇ」


 先程と同じく、スケルトンの体は宙に浮く。エストは左手を思いっきり上に振り、それに連動してスケルトンも空中に飛ぶ。


「空中で避けることはできるかな?〈光矢ライトアロー〉」


 矢の形をした光が、スケルトンを囲むように20本現れる。


「君ようなアンデッドでも、これを全て受ければ立っていられないだろう?」


 スケルトンは答えない。


「⋯⋯そう。なら、さっさとこの世から消滅しろ。〈時間停止タイムストップ〉」


 スケルトンにはまだ、〈時間停止タイムストップ〉に対する完全耐性は持ち合わせていない。一瞬だけとはいえ、確実に動きは止まる。

 停止した世界で、光の矢は動き出す。それと一瞬の差で、時間も動き出す。

 スケルトンはその光の矢を防ぐべく、ナイフを振り回す。


「私がただ見てるだけとでも?〈浄化プリフィケーション〉」


 青白い光がスケルトンを包む。本来は痛みなどなく、体中の汚れを落とす魔法なのだが、アンデッドや悪魔などの魔の存在には痛みを与える魔法だ。


「うっ⋯⋯これ私にも効果あるからあんまり使いたくないんだけどね」


 魔族である『魔女』にも、当然効果はあるのだが、使用者であるからそのダメージは少ない。


「〈影縫い〉!」


 路地裏ということもあり、影しかないここは、この戦技を使うにはうってつけだ。

 スケルトンは影に入り込み、その場から逃げようとする。


「〈小太陽ザ・スモール・サン〉」


 しかし、小さな太陽はその影を照らし、影ではなくする。

 影の中に居たスケルトンは、無理矢理外に出される。


「〈炎舞フレイムダンス〉」


 炎がスケルトンを包み込む。その形は常に変わり続け、まるで踊っているかのようだ。

 しかし、その踊りは対象を楽しませるものではない。体を拘束し、視界をなくし、スケルトンには意味はないが呼吸器系を塞ぐ火の魔法である。

 スケルトンはナイフを振るい、その炎をかき消す。

 ──そして、目の前に迫る剣を見る。


「〈一閃〉ッ!」


 神聖之加護がようやくマトモに使われた瞬間であった。


「⋯⋯『異世界人』か」


「クソ!」


 首に剣は当たった。しかし、刃は表面で止まる。


「〈硬化〉⋯⋯お前程度の力では、オレの首は斬れない」


「〈位置交換ポジションスワップ〉!」


 マサカズの見ていた景色が一瞬で変わる。当然だ。位置が変わったのだから。

 そこに居た者は、今、マサカズがいた位置に居る。


「──久しぶりだよ。本気で、これは⋯⋯ヤバイ」


 エストの腹にナイフが刺さっている。


「⋯⋯化物め」


 しかし、死なない。

 エストはスケルトンを殴り、スケルトンは後方に飛ばされる。


「本当に痛い⋯⋯〈治癒ヒール〉」


 そもそも、『魔女』は不老不死に近い。600年を生きたエストですら、外見年齢は殆ど変わらない。

 たしかに、そこらにあるナイフでも刺されれば死ぬ。しかし、死ぬまでの時間がおよそ生き物のレベルではないし、魔法を使えば死なずにすむ。

 マサカズが死んでしまえば時間が逆行する。エスト自身、それを直接見たことはないがマサカズの態度を見ればそれは真だと判断できる。

 無駄な死はさせたくない。もし、その加護に発動可能回数があったら?つまり、そういうことだ。


「マサカズ、そこに居てて」


「⋯⋯わ、わかった」


 足手まといなのだから。


「〈重力操作コントロールグラビティ〉」


 ゴミ袋に埋もれていたスケルトンはエストの近くに引き寄せられる。


「君は強い。私が本気で殺らないといけないくらいに⋯⋯マサカズ、1時間後には戻るよ」


 エストとスケルトンの足元には白く光る魔法陣があった。


「お前⋯⋯まさか。クソっ!〈瞬──」


「遅いよ」


 次の瞬間、二人は消えた。





「ようこそ。私の家へ」


 とある森の中。近くには小さな家があり、また小川が流れている。必要はないが、畑もあり、それはきちんと整備されているようだ。


「おっと、私の家を壊そうなんて思わないでよ?まあ、魔法で守られているから傷の一つ付きやしないんだけどね」


 〈時間停止タイムストップ〉でその家は600年前のまま。また、〈防壁プロテクション〉によって完全防御が成されている。


「⋯⋯なんでここに来たかって?⋯⋯ここは森の奥。誰もここを知らないし、知れない。そして⋯⋯ここは魔力に満ちている」


 スケルトンは気づく、すこし、体の表面がピリピリすることに。ピリピリする魔力は『魔女』特有のものであることに。


「この魔力は私の魔力。私は長い間ここに居たからね⋯⋯」


 魔力は、微量ではあるが生物の体から空気中に散布する。普通の人間程度の魔力であれば空気中に散布したところで殆どが消滅するが、『魔女』の魔力は違う。それでもここまで濃密になるまでには数百年はかかるだろうが。

 ともかく、それが意味するのはここは魔力貯蔵であるということだ。魔法が使えない彼にとって、これは完全な不利ディスアドバンテージである。


「逃げようとするなら、それはオススメしない。まあ、君の体が弾け飛んでいいなら、やってみたら?」


 エストは既に、半径100mに渡る半円型の大結界を展開している。


「空気中の魔力と私が持つ魔力があれば、一週間は全力で戦えるよ?」


 その上、エストは疲労しない。魔力を常に循環させている体に疲労などない。

 逃亡はできない。結界を壊せないからだ。つまり、スケルトンが生き残る唯一の手段は、油断のひとかけらもなく、全力で戦える『魔女』を殺すしかないという絶望的なものだ。


「⋯⋯チっ。あそこで殺せなかった時点で逃げるべきだったか」


「そう。逃げるべきだった。私が全力を出せない状況のときにね。⋯⋯勉強できたでしょ?お代は君がこの世から居なくなることだよ」


 やるしかない。やるしかないのだ。殺るか、殺られるか。

 もう、暗殺者としてではなく、モンスターとして戦うしかない。

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