第8話 最強のスケルトン

 雨が降る町中。そこに一人の男が歩いていた。──いや、一人というには語弊がある。正確に言うならば、人間的観点からいえば〝一体〟と表現するべきか。

 性別はないがそいつは男の声をしているため、彼とよぶ。

 彼の顔はフードによって殆ど見えない。そのため、人間達は彼を恐れない。

 彼は⋯⋯スケルトンだ。しかし、知能もなく、ただ生者を殺すだけの、低位のスケルトンではない。

 それは、彼ができるだけ人目につかないようにと、路地裏に入ったときだった。


「⋯⋯全く、仕事以外でこんなのには会いたくないんだがな」


 彼の力はよく知られている。暗殺者として、彼の横に出るものはいない。


「⋯⋯珍しいですね、スケルトンがこんな所にいるなんて」


 黒髪の女から漂う異様なまでの威圧感。単純な実力では圧倒的に負けているということが瞬時に理解できる。


「やめにしてくれないか?オレは弱いんだ」


「ふふふ⋯⋯そう?あなたは十分に強いと思うけど」


 目に理性を感じさせない。そしてとても嫌な予感がする。そう、思った次の瞬間、黒髪の女は消える。それに反応したスケルトンは、すぐさま後ろを己の利き腕の右手にある得物で切り裂く。しかし、それが切ったのはくうであった。


「な?オレは弱い。だから──」


「今のに反応しといて?」


 彼の得物──ナイフは、赤く変色する。それが、彼の持つ固有能力だ。

 再び切りかかるも、赤いナイフを彼女は素手でつかみ、そのまま投げ飛ばそうとする。それをスケルトンは手放し、後方に跳ぶ。


「あらあら、武器がなくなったわよ?」


 彼女は赤いナイフを後ろに投げ捨て、スケルトンに憎たらしく微笑む。


「へへ、そうしないとオレは死んだだろ?」


「⋯⋯さあ?」


 ここで、初めてスケルトンは彼女の目に狂気以外の感情が浮かんだのを見た。それは本当にわからないといった感情だ。


(殺す気も、生かす気もなかった?⋯⋯何を考えてるんだコイツは)


 しかし、それがどうしたのか。どちらにせよ彼女は異常な存在だ。殺せるなら、殺さなくてはならない。依頼以外の殺害はしない彼は、そう判断する。


 黒髪の彼女は、初めて痛みを感じた。胸から大量の血が飛び散り、穴が開く。穴を開けた赤いナイフは持ち主のところへと戻っていった。


「残念だったな。オレは暗殺者だ。卑怯とは言わまいな?」


「⋯⋯あなた⋯⋯面白いですね、やっぱり」


「──は?」


 明らかに致命傷のハズだ。なのに、彼女は平然と立っている。


「化⋯⋯物⋯⋯」


「いえ、私は⋯⋯『魔女』ですよ?」


 その言葉を聞いてからか、それとも聞かずにか、スケルトンは暗殺者であることは忘れ、絶望に支配され、正しい判断ができずに正面からナイフを振るう。


「〈ヘイル〉」


 無数の、小さな氷の玉が彼女の真後ろに現れる。それらは彼女に当たらないように、そしてスケルトンにだけ全弾当たるように前に飛ぶ。

 スケルトンはナイフで氷の玉を受け流そうとする。最初の方こそ、上手く受け流せていた。しかし、無数に降りかかるそれを、いつまでも受け流すことはできなかった。

 何故あるのかはわからない痛覚、冷覚がそれに反応する。

 スケルトンは不利になるとわかりつつも後方に飛ぶ。


「あら、やっぱり生き残りましたか!じゃあ次はもっと強い魔法を使いましょう。〈氷柱アイシクル〉」


 成人男性の身長ほどの氷柱がスケルトンの足元から生えてくる。スケルトンはそれを間一髪のところで避ける。


「〈影縫い〉!」


 スケルトンの姿が消える。しかし、彼女は驚きもせず、ただわらうだけだ。

 背後に回ったスケルトンは、影から脱げ出す。それは殆ど無音で行われた行為である。だというのに、


「また穴を開けられるのは嫌なので、今度は離しませんよ?」


 目にも──スケルトンに眼球はないため、眼窩の奥にある白い光を発する物にも──止まらぬ速さで、ナイフは捕まれる。しかも、峰のほうに手をいれて、だ。そんなことをわざわざできるほどにスピードが違うということだ。

 赤いナイフを折るように、彼女は力を入れる。まるで爪楊枝つまようじのようにそれは折れる。


「〈転移陣テレポーティングサークル〉」


 スケルトンの足元に魔法陣が出現し、次の瞬間スケルトンは空中にいた。


「まさか──」


 彼女は、何かの魔法を唱えた。


スケルトンが、骨によって死ぬ。面白くないですか?」


 スケルトンを、無数の骨の槍が囲む。それらは対象に一直線に飛び、刺す。


「⋯⋯あら。⋯⋯流石ですわ。面白い、とても、面白い」


 しかし、スケルトンは死ななかった。いや、死に一番近い状況ではあるものの、彼は生きて、立っている。

 彼の左手には、先程折れたはずの赤いナイフが握られている。


「はぁッ!」


 スケルトンは彼女との距離を一飛びで詰め、そしてナイフを振るう。彼女はさっきと同じように、ナイフをつかむ。


「へっ、やってくれると思ってたぜ?」


「⋯⋯は?」


 ──掴んだ。掴んだ〝はず〟の赤いナイフは、なくなった。


(左手にナイフを持っていた⋯⋯まさか、最初からこれを?)


 予想外の行動であったそれに、ますます彼女の口角は不気味に上がる。

 生物の限界の反応速度を優に超えたスピードで、彼女はまたもやナイフを掴もうとする。今度はさっきとは違い、刃の方からだ。

 ⋯⋯彼女は、ナイフを掴めなかった。無論、ナイフのスピードを認識できなかったわけではない。ただ単純に、ナイフは彼女の首を切る軌道の途中で下に落ちたからである。

 落ちたナイフは、また消える。そして、またその所持者の〝左手〟に現れる。


「殺ったッ!!」


 彼女──『黒の魔女』の首が落ちる。その顔には驚愕の表情が浮かんだままだ。


「よし!よし!⋯⋯あー。オレ、生きてる。オレ、こいつに勝てたのか!!?」


 圧倒的実力差があった。だが、技術で勝った。油断していたから、隙をつけた。

 スケルトンは、『黒の魔女』を殺した名誉よりも、自分が生きていることへの喜びを感じていた。


 ──ピクッ。


「ああ、生きているのってこんなにも素晴らしいことだったのか!?」


 ──ザザッ。


「へへへ、油断するの⋯⋯が⋯⋯」


 スケルトンは、己が殺した存在を貶すべく、死体を見るために振り返った。


「──なっ⋯⋯そん⋯⋯な⋯⋯」


 そこには、死体などなかった。〝居た〟のは、彼女の血によって汚れた真っ黒なドレスを着た──『黒の魔女』であった。


「ふふふ⋯⋯ははは⋯⋯アハハハハハ!!!」


「なぜ⋯⋯たしかに手応えはあったはずだ!」


「面白い!実にオモシロイ!!!」


 狂気。先程までの彼女ですら、真の彼女ではなかった。

 ──化けの皮が剥がれた──仮面を外した──本性を表した──露わにした──〝欲望〟を全て開放した。


 黒の魔女狂気の権化は悪魔的な、狂気的な発想をする。

 だって、〝ワタシのタノシミは1つでいいのだから〟



 ◆◆◆



 昨日は雨であり、特にできることがなく、一日中宿屋に居た。


「はぁ⋯⋯全く手がかりがつかめない」


『黒の教団』の活動が突如として止まった。理由は不明だが、なにはともあれ碌でもない理由ではあるだろう。

 だからといって、こちらから行動を起こすことだって不可能だ。教団関係者がいるところを知らないから、探すとしたら当てずっぽうになる。もしかしたら一瞬で見つかるかもしれないが、教団は俺達が『異世界人』であると知っていた。そこまでの情報力を持っている相手に迂闊うかつには動けない。


「⋯⋯クエスト、やらなきゃな」


 ただ単に冒険するだけなら、十分な資金がある──いや、あった。

 俺達、『転移者』は弱い。王から与えられた武具は、たしかに王国内ではかなりの上品質なものではあるが、教団と戦うにはあまりにも弱すぎる。能力的には今は、もう教団員よりかは高いが、武具の性能で負けていた。周辺諸国で一番の武具作成の技術力をもつ帝国で最高級品の武具を購入したら、資金はなくなった。

 ちなみにエストの〈魔法武器創造クリエイト・マジックウェポン〉により創造した武器は、一日ほど経過したら自然に消えるらしいのでそれは却下になった。

 マサカズは冒険者組合のクエストボードに向かう。ソロでもできそうなクエストを探していると⋯⋯


「よお、マサカズ!」


「ん?ああ、ケルか」


 2文字の間に「テ」を入れたら悪夢が蘇る名前をした、筋肉質の男の冒険者が、俺に声をかけてきた。


「あれ?エルトアさんとユナさんとナオトはどこだ?」


「エルトアはどっか行った、ユナとナオトは魔法武器を取りに帝国まで行ったよ。俺は暇だし、金も欲しいからこれからクエストを受けるつもりだ」


 ユナとナオトのことは本当だが、エストのことは嘘だ。実際は現在、『黒の教団』の場所を魔法により探している。俺達全員では迂闊に動けない。しかし、エストだけなら、魔法でならば『黒の教団』には察知されないだろう。それで察知されるならこれまで以上に教団を警戒しなくてはならなくなる。


「何か用か?」


「ああ、なんでも最近殺人事件があってな。その調査を手伝ってほしい」


 冒険者の別名が対モンスター専門兵とあるように、冒険者組合にはモンスターを殺すクエストはあれど、人間を殺すクエストはない。というか、それは法律違反である。


「⋯⋯モンスターが街中にいるとはな。対人間専門兵様たちは何やってんだか。ちゃんと検問してるのか?」


 これは半分冗談で、半分本気で思っていることだ。

 モンスターが街中にいたら、依頼がでるまでもなく冒険者が始末しにいくだろうし、人々はパニックになっているはずだ。つまり、殺人事件を起こしたモンスターというのは人間社会の知識を持つモンスターであるということ。すくなくとも、本能に従うだけの、タダのモンスターではないのだ。


「で?種族はなんだ?」


「おそらくアンデッド。アンデッド特有の匂いと微量ながらの魔力があったそうだ」


 モンスターによって魔力の質がすこし異なるらしい。とはいっても、そもそも魔力を感じ取れる能力をもっていなくてはならないし、その上魔力の質を見分ける技術も必要なので、誰でも犯人を特定できるわけではない。


 知性のあるアンデッドは上位のアンデッドである。それこそ、吸血鬼ヴァンパイア不死者の王リッチ頭無しの騎士デュラハン死神グリムリーパーなどだ。

 俺は、俺達は強くなった。毎日エスト──かなり手加減されてるが──によって、消し炭に何度かなりかけることもしばしばあるものの、訓練を行っているのだ。強くならないほうがおかしい。

 今ならば上位アンデッドの一体であれば、五角以上に渡り合えると自負している。


「よしわかった。俺も引き受けよう」


「そうくると思ってたぜ。なにせ、金がほしそうだったもんな」


「んじゃ、俺は北側を見て回る」


「了解。っと、これもってけ」


 ケルは俺に丸まった羊皮紙を投げ渡す。


「これは⋯⋯魔法巻物スクロールか?」


「〈通話コール〉だ。いざというときはそれを使え」


「ありがとよ」



 ◆◆◆



「⋯⋯はっ!」


 いつのまにか寝ていたようだ。


「ふぁー⋯⋯まだ眠たい⋯⋯」


 外を見ると、真っ暗であった。街中にある街灯が、通行人を一切照らしていないことから現在は深夜であることが伺える。


「一日中休憩なしで、探索魔法を使うのは流石にシンドいなぁ⋯⋯」


 一日かけても王国どころか、王都ですら全域を調べ尽くせていない。とはいっても、その殆どの原因は彼女が探索魔法の使い方を忘れてしまっていたことだが。


「明日は北側調べないと⋯⋯ああ、そういやユナがいないから明日の朝食作るの私じゃん。明日の朝に材料買いに行かないと。マサカズは料理できないって言ってたし⋯⋯」


 エストは料理がとても上手い。無論、魔法による料理も可能ではあるものの、一定以上の出来にはならないのだ。時間があるなら、手料理のほうが味はいい。


「⋯⋯料理、か。誰かに作ってあげるのは久しぶりだなぁ」


 彼女自身は、別に何も食べなくたって生きていける。でも食べられないわけではないし、味も感じられる。彼女にとっての食事というのはエネルギーを摂取する、ではなく、味を楽しむということである。


「⋯⋯献立は──買い物のときに決めればいいか~。⋯⋯ん?」


 いまだ効果を発揮していた探索魔法、〈飛ぶ不可視の眼フライングインビジブルアイ〉と共有していた視界内に、不審な存在を確認する。黒い、革のコートを着た存在だ。顔は隠れており、視えない。


「うっ、頭が痛い⋯⋯魔力切れか⋯⋯」


 そこで、映像は切れる。


「久しぶりだよ、魔力がなくなるなんて⋯⋯やばい。さっきより眠たくなってきた⋯⋯」


 エストはそのまま、近くにあったベッドにその体を放り投げる。

 その後、例の殺人事件の犯人探しをしていたマサカズが帰ってきて、エストを起こそうとするが全く起きないので仕方なく床で寝るのはいうまでもない。

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