第7話 外面だけの英雄

「⋯⋯おい、エストの様子がおかしくないか?」


「⋯⋯不味い。ありゃ理性が吹っ飛んでる」


「ど、どうしますか?止めに行きますか?」


「それは⋯⋯やめといたほうがいいな。今アイツに近づいたら殺されるのがオチだ。いくら弱体化魔法をかけているとはいえ、俺達じゃ敵わないんだから」


 人外じみた動きをする二人を見守りながら、ダメージこそ与えてくるが確実に殺しには来ていないアンデッドを殺す。

 一応戦技は使って、他の冒険者に戦っていますよアピールをしつつも、不穏な気配に注意を向ける。

 エストは今の彼女がもてる全力で剣を振るう。凄まじい空を切る音がするが、それは骨の鎌によって止られる。しかし、その骨の鎌からはミシミシといったふうな音が聞こえるため、あと何度か攻撃されれば折れてしまうだろう。

 狂気的に、楽しそうに剣を振るうエストからはまるで理性を感じない。


「アハハハハハ!」


 〝欲望〟に身を任せ、理性ではなく本能で、しかしきちんと考えて攻撃する。戦えば戦うほど自分の欠点が見えてくる。それをなくすためにその人間離れした知能で考え、欠点を克服する。しかし、角を切ればまた角がでてくるように、欠点は現れる。着実にそれは技能的なものではなく、能力的なものへと変わっていくだろうが、そのレベルに達するにはあまりにもエストの剣術の腕は悪い。──例えエストがそのレベルに達しても、戦闘の知識を求めるのをやめることはないだろう。なぜならばそれは完全な球体を作るのと同義であるのだから。

 剣に纏う黒炎こくえんは未だ燃え続ける。エストがもつ魔力は、それを可能とする。


「戦技、そう。戦技だよ」


 エストは剣を構え、


「たしか、こうだったよね?〈飛斬〉」


 それを振る。

 マサカズのそれよりも速く、大きく、くっきりと形が見える斬撃が魔人に飛ぶ。それを魔人は鎌によって防ぐが、鎌は折れてしまった。


「シマッ──」


 〈転移テレポート〉にも等しいその速度で、エストは魔人との距離を詰める。剣を突き刺すと、魔人からは青色の液体が飛び散る。突き刺した剣をそのまま上に振り上げ、魔人を天高く飛ばす。


「〈一閃〉」


 さらに空中で魔人を一刀両断する。2つとなった魔人は、それでもなお生きているようだ。

 死にぞこないを焼却処分するべく、エストは魔法を唱えようとする。しかし、それは叶わなかった。


「〈重力操作コントロールグラビティ〉ッ!」


 魔人が手に持っていたスクロールが消え去る。しかし、それを見たものはいない。

 それはエストを地面に叩きつけるほどの力はなかった。だが、一瞬だけでも彼女の動きを止めることはできたのだ。

 およそ生物とは思えないほどの再生力を、魔人はエストに見せつけ、魔法を唱える。


「〈闇渦ダークエディ〉!」


 エストが立つ地面に、真っ黒の渦が出現する。それはエストを飲み込もうとする。


「〈飛行フライ〉」


 飛ぶことによってそれを回避する。そして空中で彼の弱点である火属性魔法を唱える。

 火柱が魔人を巻き込み、立つ。燃え盛る火の中で魔人は苦しくもだえる。

 追い打ちと言わんばかりに剣を振るい、再度魔人の体を真っ二つに斬る。今度は縦にだ。

 人間離れした筋力から繰り出される連続的斬撃は、人の動体視力では捉えることができない。すこしの風圧が発生する。空中にあった真っ二つの肉は細切れになる。

 ──エストの身体能力は徐々に元に戻ってきていた。

 魔人が逃げれるとするならば、先程までであっただろう。可能性を具体的に表すとするならば万分の一であるが、0%ではなかった。限りなくゼロに近くはあったが、絶対ではなかったのだ。しかし、弱体化魔法の効力が薄れている今、その〝極めて困難〟は〝絶対に不可能〟となった。

 彼にある選択肢は2つ。諦めて死ぬか、最後まで足掻いて死ぬか。どちらが楽かと言われれば前者だろうが、結局は死ぬことには変わらない。

 ⋯⋯命令を果たして死ぬ。そうしたら元の世界に戻れることには確信できる。しかし、その命令は今、どこの誰が決めたのかわからない強制的な自由化により、なくなった。つまるところこれから彼が死んだら、どうなるのかはわからない。

 彼も生物ではある。あくまでカテゴリー的にはであり、生物の能力以上の能力を持つが。

 ともかく命がある。自我がある、つまり感情がある。

 恐怖、怖気、鬼胎、不安、苦悶、畏怖、狼狽、恐慌──

 彼が抱いた、初めての負の感情は果たしてどれか。それとも全てか。いずれにせよ、彼の〝生への執着心〟を増幅させるには十分すぎる。

 先程のそれより速く再生するも、肩で呼吸をするほどに体力を消耗する。目の前がボヤけ、立っているのでさえやっとだ。


「〈テレ──」


 そんな隙を、今のエストが見逃すわけがない。

 腕を切り落とされ、初めてじっくりと痛みを味わう。そこからは本来、血が滴るはずであったが、実際はそんなことはなかった。なぜならば血管が焼ききれているからだ。


「〈獄炎ヘルフレイム〉⋯⋯さて、今のあなたに無くなった腕を生やす体力はあるかしら?」


 エストは切り落とした腕を完全に燃やす。

 傷を繋げるのと、生やすのでは体力の消耗の差が大きく違う。ただでさえ体力が殆どない今の魔人にとって、腕一本生やすなど不可能だ。


「⋯⋯終わりよ。ありがとう、そしてサヨウナラ」


 足掻けるものなら足掻いてみせろ。覚醒するなら覚醒してみろ。

 ──しかし、現実は非情である。創作物の主人公でもなければ、カリスマ性のある悪党でも、超ラッキーなキャラクターでもない。

 彼のこれからは誰もが容易に想像できるもので、そこに大どんでん返しなどない。


 魔人であった炭は、さらに燃やされ、再生不可能な状態になる。魔人にとっての唯一の慈悲といえば、腕を失う痛みを味わったが、それよりも恐ろしいことは、苦しみを感じる暇もないくらいに速く行われたことだろう。

 召喚主が消滅したことにより、多数の冒険者の命を奪っていたアンデッドも消滅した。


「⋯⋯えーっと、エルトア?」


「⋯⋯あっ。⋯⋯なんかやらかしてた?」


 ようやく理性を取り戻したエストは、いつもの彼女に変わる。


「やらかしていたといえばそうだが、まぁ、作戦は成功⋯⋯か?」


「おそらくな。少なくともエルトア=魔女とはならんだろう」


「でも⋯⋯エルトアさんの印象がどうなるかですよね?」


 明らかに異常者の振る舞い──それで合っているのだが──をしたエルトアを好意的に見る者がいるだろうか。

 そんなことを考えていると、一人の女冒険者が近づいてくる。


「⋯⋯ありがとうこざいます、エルトアさん!」


 あれ?


「エルトアさんのおかげで、私達はあの化け物に殺されずにすみました。本当になんと言ったらいいか⋯⋯」


 これはもしかして⋯⋯


「とにかく、ありがとうごさいました!」


 ──こんなこと、ある?



 ◆◆◆



 表向きは魔人討伐について、しかし実際はその真相についてが、この冒険者組合長による呼び出しの理由だ。


「──というわけだ」


 なぜ、こんなことになったのかを1から説明し終わると、カブラギの表情は怒りを越して呆れに変わっていた。


「⋯⋯はぁ。まぁ、とにかく、事情はわかった。だが君たちへの報酬は王都に寄付してくれよ?」


「えー、や「ああ、そうするつもりだ」


 エストが俺に何か言いたげな様子で睨むが、俺はそれをあえてスルーした──スルーするにはあまりにも強大すぎる殺意さえ感じたが、生憎、俺は死んでも死ねない。


「⋯⋯なにも全く報酬がないわけじゃないさ。僕がもし、ゴブリンを変死体にした奴に心当たりがあるかを聞かれたら、その魔人であると答えるからさ」


 俺はカブラギに感謝し、組合長室から出ていく。





 3人の『異世界人』と、1人の『魔女』が立ち去り、部屋には1人の少年だけが居た。


「ったく⋯⋯これだから『魔女』は⋯⋯」


 面倒事ばかり持ってきて、いつも彼を困らせる存在だ。

『魔女』は計6人いる。全員があんなのだと、彼の胃袋には無数の穴があくだろう。──下手をすれば、物理的にも。


「そうですよね。でも、面白いですよ」


「全く面白くもないと思うが。──は?」


 突然、隣には黒髪の美女が居た。

 カブラギはすぐさまその〝正体〟に気が付き、拳を振るう。しかし、それは彼女に当たらず、すんでのところで止まる。もうすこし腕が長ければ、それは当たっていただろう。


「あらあら、折角来てあげたのに。⋯⋯それにしても、前より強くなってますね」


 ──否。〝腕がながければ当たっていた〟なんてことはない。自身のリーチを見誤る人間など、いない。正しくは拳が無くなったのだ。


「──ッ!」


「ごめんなさいね、ちょっと逸らそうとしたら、千切っちゃったわ」


 本当に申し訳ないと思わせるような声質と素振りだが、本性は全く違う。ほぼ確実に意図してやったことだ。


「〈上位回復グレーター・ヒール〉⋯⋯どう?」


 一瞬にして無くなった拳が生えてくる。その一連の行動の意味を理解できず、困惑したカブラギは固まる。


「なにも私はあなた〝たち〟を殺しに来たわけじゃないの。様子を見に来ただけなのよ?だから安心して。殺さないから」


 そして、彼女は消える。その間際に、彼女は魔法を唱えた。


「⋯⋯いま、何かあったような⋯⋯」


 なぜだが手首がヒリヒリする。最近の鍛錬の影響だろうか?


「⋯⋯1日くらい休むか」


 鍛錬に休養は必須なものだ。近頃は休みを全くとっていなかったことを思い出した。

 カブラギは近くにいた組合員に明日一日休むと伝え、自宅に戻った。





「なあ、そこの姉ちゃん~」


 王都で黒髪の美女が居たら、ナンパされてもおかしくない。だから、そういうときは注意したほうが良いだろう。

 ⋯⋯ナンパされるほうが、ではない。逆だ。ナンパするほうが、だ。


が。大して面白そうでもないのに私に話しかけないでくださる?」


「は?何言ってやがるこの女──」


 次の瞬間、男の首はなくなる。苦しみや痛みに悶える表情でなく、怒った表情のままのそれは、空中に血を撒き散らしながら地面に落ちる。

 彼女は魔法などを使ったわけではない。単純な身体能力で、成人男性の首を素手で斬ったのだ。というよりも折ったといったほうが正しいか。どちらにせよ、それが人外じみた技であることには変わりない。なにせ、彼女は人ではないのだから。


「⋯⋯わお」


 また一人、女が現れた。もし、彼女が彼女でなければ、ここには2つの死骸ができたことだろう。


「あら、久しぶり。丁度探していたのよ」


「⋯⋯ここでは殺り合いたくないの」


「大丈夫、今回はまだ殺しに来たわけじゃないから」


 魔法をいつでも使えるようにしていた白髪の彼女は、それを止める。しかし、だからといって警戒を解いたわけではない。


「前はどうも、私の部下の一人を虐めてくれたみたいね」


「⋯⋯それだけ?」


「まさか。あの子から貴女の場所を知れた、だから会いに来たの。あの子の敵討ちだとかではないわ」


「そう、ならもういいでしょ?」


「⋯⋯ふふ、前よりも強くなってるわね」


「そういうお前は変わっていないようだけど?」


「変わっていない。それは合っている。私はこれ以上、能力的には変われないからね。⋯⋯では、また今度」


 黒髪の彼女は消え去る。


「⋯⋯何が目的だったの?」


 同じ存在でも、まるで理解できない。常に〝欲望〟に支配されているような、そんな感覚だ。


「──狂人め。今度会った際は殺してやる」


 いや、まさしくそうなのだろう。だからあんな風に常に理性を感じさせない。外面だけはまともな狂人でしかない。話こそ通じるが、それ以上はない。

 白髪の彼女は既に不可視の攻撃や即死魔法を何回も使っていた。しかし、全部が全部抵抗レジストされていたのだ。何らかのそういう魔法か、またはそれほどまでに力の差があるか。


「本当に戦う気はなかったのね⋯⋯全く理解できないし、と思ったのはアイツが初めてだよ」


「ん?おーい、エルトア。そんなとこで何してんだ?はやくクエスト行くぞ」


「わかってるよ。今行く」


 早めに『黒の教団』を潰して、邪魔者が居なくなった時点でアイツを殺す。


「⋯⋯はあ。面倒だなぁ。お義母さんが居てくれたら⋯⋯」


 自分が今までの人生で、唯一頼りにできた人物を思い出す。もし、彼女が助けを呼んだなら、その人物はすぐに来るだろう。──しかし、それは600年前までの話だ。

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