第6話 哀れな魔人

 それは、ある朝のことだった。

 俺達が町中で買い出しをしていると、耳の長い男に会ったのだ。整った容姿から察するに、彼はエルフなのだろう。

 エルフがこちらに気づくとすぐさま寄ってきて、


「よ、久しぶり。エストちゃん。そちらの方々は初めてましてだよな?」


「死ね、クズ野郎。〈重力操コントロールグラ──って何するの!?」


 俺は全力でエストの頭を叩いたのだが、やはりコイツにはダメージすら通っていない。


こんな所町中で魔法を使うなってことだ。全く⋯⋯」


 本当に、エストの人物としての評価がどんどんと下がっていく。『魔女』って大体こうなのか?


「えっと⋯⋯あなたは?エス──エルトアさんとお知り合いのようですが⋯⋯」


「エルトア?⋯⋯なるほど。ああ、知り合い⋯⋯というより、義理の親子になりかけた関係、というべきか。っと、俺の名を言ってなかったな。俺はドメイ・シェルニフ・ヴェル・ローゼルクだ」


「え?親子?」


「──そう、コイツ、私の⋯⋯」


「待て待て、話はあっちでしないか?ここじゃ迷惑だろ?」


 ナオトがそういったので、周りを見ると、俺達はかなり騒いでいたようで、人々の見る目が冷たい。


「すみません⋯⋯」






 近くの飲食店に入り、適当なものを頼み、席につく。ここは個室であり、壁を壊さなければ音は漏れづらい。現代日本の防音加工を優に超えるそれは、やはり魔法という技術があるからだ。


「で?なんでお前がここに居るのよ」


「⋯⋯最近、王国周辺でゴブリンの変死体が発見された。普通の死体ならともかく、まるで何かに押しつぶされたような死体が大量に。調査のために俺達が魔法で調べたところ、魔法が使われた跡があった。ピリピリとする魔力が残っていたんだ。で、俺はその魔力を知っていた、『魔女』の魔力であると、な」


 エストの表情に焦りが見えてくる。


「押しつぶされた死体、それは白魔法の重力に関わる系統の魔法によるものだろう、そう思った。だから一番に思い浮かんだのが⋯⋯」


 ドメイは閉じていた目を開け、この中で唯一、白魔法が使える存在を見る。

 その存在は何かを決心したように立ち上がる。


「待て待て待て、他言はしていないぜ?俺はお前がどれだけ自身の情報が外に流れるのを嫌っているか、知っているからな。それに他のエルフは怪しいとは思っていても、『魔女』の仕業だとすら気づいていない」


「そう、ならよかった。私もあまり殺戮はしたくないし」


 どの口がいうのだろうか。少なくともそれが原因でこうなったのだが。


「で、私に会いに来たと」


「まあな。⋯⋯それで、だ。当然だが、王国はその犯人を見つけるべく動き出した。あとは⋯⋯わかるよな?」


 つまり、エストの身代わりを建てなくてはいけないということだ。


「どれくらいその情報が回ったの?」


「残念ながら、お前の能力では、殺戮以外では対処不可能なくらいだな。──ないとは思うが、王国を滅ぼすなよ?そうなれば俺はお前の知り合いとしてではなく、王国民として対応する」


「そうなったらエルフは完全に絶滅することになる、ね。まあ、しないから安心してよ」


「ああ、安心したぜ」



 ◆◆◆



 ゴブリンの変死体が大量にあった森にて。

 木々の間から漏れでる光は、2人のエルフを照らしていた。

 エルフの国の調査部隊員だ。彼らは現在、王都に行った部隊長を待っている。


「にしてもあの魔力、変だったよな」


「そうね。なんというか⋯⋯今までに感じたことはないけど、あの魔力の持ち主はきっと強いわ」


 エルフという種族は魔法技術が、他の種族よりも発達している。本能のみで動く魔獣などには劣るが。

 しかし、昔は魔法技術は人間から軽視されており、当時、強大な力を持っていた人間はそんな彼らを差別し、あまつさえ壊滅にまで追いやりかけた。王国はいち早く魔法技術に目をつけ、それを目当てにエルフを救った。

 そして、今の王国とエルフの国の関係ができたのだ。


「⋯⋯なんだか、嫌な予感がする。王国政府にも早めに報告しておいたほうがいいと思う」


「そうだな、隊長に──今の、感じたか?」


「ええ⋯⋯これは⋯⋯」


 エルフは空気中に漂う魔力を感じることができる。普通の場所であればこんな濃密で、異常な魔力など感じるはずがない。


「この魔力⋯⋯あの魔力と同じだ」


 あのピリピリとした魔力だ。


「こっちに近づいて──な、なによ、アレ⋯⋯」


 女エルフは思わず後ずさる。指をさした方向を、男エルフは向く。

 絶句する。そこに居たのは伝承でしか聞いたことのない存在であったからだ。

 500年前の魔王の誕生の際に、魔王が召喚したとされる7体の化け物。罪を司る存在。その名を魔人。そのうちのたった一体だけで、人間の大国1つを滅ぼすことができる。

 アレがなんなのか、誰かが召喚したのか、『魔の空間』から現れたのか、もしや魔王が召喚した、知られざる8体目なのか。それはわからない。しかし、確実に言えることはある。

 今、ここで2人のエルフは死ぬということだ。


「ひい!」


 姿は、人に近い。しかし、およそ正常な人のそれではない。

 痩せ細った全身、血が流れているとは思えなく、死体のような肌、光が一切差していない、白と黒が反転した眼球。

 黒いローブでそんな体を隠し、不健康そうな黒い、長い髪で顔も隠す。

 ボロボロで、汚い歯をむき出しにし、ニタニタと笑い、ゆっくりと近寄ってくる様はまさに恐怖だ。


「〈土人形クレードール〉!」


 土でできた人形が現れる。下手な冒険者より強く、たとえ相手が強者であろうと、その破壊されにくさのため足止めにはもってこいな召喚魔法だ。

 しかし、それはあまりにも弱すぎた。脆すぎた。


「〈重力増加インクリースグラビティ〉」


 その土人形は増加した重力に逆らえず、地面に這いつくばる。それでもなお、召喚された目的を達成すべく動く。だが⋯⋯


「フン、ソノ程度デ私ヲ止メラレルトデモ?」


 重力はさらに大きくなり、土人形は原型を完全に崩す。そして、ただの土になる。


「〈大地の拘束アースバインド〉!」


 地面の土が2つの触手のようなものになり、それは魔人の体に巻き付くべく動く。しかし、それらは魔人の体に当たる寸前で打ち砕けた。


「ムダダ。ソンナ低級ノ魔法ナド効カン」


「そん⋯⋯な⋯⋯」


 絶望し、エルフたちは膝を地につける。


「死ネ。〈骨槍ボーンスピア〉」


 空中にいくつかの、先の尖った骨が出現し、それらは2人のエルフに飛んでいく。


「〈氷壁ウォール・オブ・アイス〉」


 骨の槍は突如現れた氷の壁によって防がれる。凍りついた骨は地面に落ちる。


「早く逃げて、じゃないと次は守れないよ」


 白髪の魔法使いは、魔人と向き合いながらエルフたちにそううながす。

 それに困惑しつつも、魔法戦の音を聞きながらエルフたちは逃げる。


「⋯⋯」


 エルフたちが居なくなった瞬間、魔人は動きを止める。そして、目の前の〝主〟を見下している態度から一転、すぐさまひざまずく。


「先程ノ御無礼、オ許シクダサイ、エスト様」


「いいのいいの、私がそうしろって命令したんだから」


 その名もなき魔人はエストが召喚した存在である。


「いい?これから私達は王都で戦闘をする。でもできるだけ一般市民は殺さないこと。冒険者ならいいけどそれでも殺しすぎないでね?」


 召喚された存在は、この世に現れた瞬間、自らの存在理由を知る。彼であれば、主であるエストに殺されることであり、彼はそれを納得している。


「ハッ、ソレガ御身ノタメナラバ」


「じゃっ、すこし私に攻撃しなさい。私に傷がないってのにも、おかしな話じゃない?」


「ワカリマシタ」


 命令は絶対である。それが自分の命を奪うものでも、自らが仕える主に攻撃することであってもだ。


「⋯⋯痛みは久しぶりだね~」


「スミマセン!」


「いやいや、せめているわけじゃないよ」


 生物的強者の『魔女』であるエストが最後に傷を負ったのは果たしていつだろうか。彼女にナイフを振るえば、それが例え子供程度の力であろうとも傷はつく。しかし、魔法なり、ものによったらその身体能力で全て避けるため、大抵の攻撃は意味をなさない。

 そのため、別に彼女はMマゾヒズムでもなんでもないが、久しぶりの痛みに一種の懐かしさを覚えたのだ。


「⋯⋯魔人くん、私の命令の1つ、わかっているよね?」


「ハッ。貴女様ヨリ頂イタコノスクロールデ、私ガ貴女様ノ身代ワリトナリマス」


 魔法がこめられた紙⋯⋯スクロールを魔人は強く、しかし、破れないように握りしめる。


「制御できることを祈っているよ」


 軽く傷を負ったエストは〈転移テレポート〉で王都周辺に飛ぶ。



 ◆◆◆



「皆さん、早く避難してください!魔人が現れました」


 俺達はエストとドメイの考えた作戦、いわゆるマッチポンプを実行する。

 エストが魔人なるものを召喚し、そいつに白魔法を使わせ、罪をかぶせる。そしてエストと俺達が魔人を倒すことでついでに有名になる。既に『黒の教団』はこちらを認識しているようだし、コソコソ動く意味がなくなり、それなら、という魂胆だ。


「危ない!」


 ──白髪の魔法使いが空中から落ちてくる。頭からであったが、すんでのところで一回転し、足から着地する、

 ⋯⋯え?何あいつ、魔法使いらしさは?下手な戦士よりフィジカル強いってアピールしようとしてんの?


「エルトア!」


 名前を大きな声で呼ぶ。


「フフフ⋯⋯中々ヤルデハアリマセンカ」


「久しぶりよ、貴方みたいなのは。〈魔法武器作成クリエイト・マジックウェポン〉」


 エストの手に、細く、長い剣が現れる。美しさも持つそれは、伝説の魔剣だといわれても不自然のない神々しさを漂わせる。

 ──魔法戦士?


「はぁッ!」


「〈骨壁ウォール・オブ・ボーン〉!」


 魔法使いとは何だったのか。おそらく俺よりも身体能力が高いエストは10mの距離を一瞬で詰め、魔剣を振る。しかし、それは地面から突き上げてきた骨によって防がれる。


「へぇ、凄いね、私のこの剣を防ぐなんて」


「貴女コソ、私ガ防御シタノハ初メテデスヨ?」


 何か、楽しんでない?俺達のこと忘れてない?


「オヤ?アチラハ貴女ノ仲間デスカ?」


「そうよ、ようやく気づいたかしら?」


「アア、コレハ不味イ。⋯⋯〈不死者召喚サモン・アンデッド〉」


 スケルトンが一体現れる。しかし、ただのスケルトンではない。ボロボロのローブを纏うスケルトンだ。


「あれは⋯⋯リッチ!?」


 異常事態に気がつき、かけよった冒険者の誰かがそう言った。

 さらにアンデッドは召喚される。その数およそ50。しかもそのどれもが上位アンデッドだ。


「違う⋯⋯あれはリッチではない!死神グリムリーパーだ!」


 最強種リッチ、そしてそれらに次ぐ上位アンデッドの一体、死神グリムリーパー。その手に持つ死の鎌による傷は一生自然には治らず、出血し続ける。高位の神官クラスでなければ治癒は不可能だ。


「吸血鬼、デュラハン⋯⋯他にも最上位アンデッドが沢山いるぞ!」


 ⋯⋯いや、何してくれてんの。これヤバイでしょ。俺達3人でやっと最上位アンデッド1体殺れるくらいなのに。


「デキレバ使イタクナカッタ。貴女トノ戦イ二使エル魔力ガ少ナクナルカラ。デモ⋯⋯仕方アリマセン」


 なら10体くらいにしてくれよせめて!!なんだ?エストの仲間だからってすげぇ強いとでも思ってんの、あの魔人!?


『⋯⋯マサカズ様、貴方様達ヲ有名二サセルタメ二私ガシタ行為デス。オ気ヲ悪クサセタノナラバ謝リマスガ、アンデッド共ニハ貴方様達ヲ殺スナト命令シテオリマスノデドウカ御安心ヲ』


『あ、はい。わかりました』


 テレパシーにより俺達の命は保証してくれた。とはいっても何人かは死ぬだろう。⋯⋯仕方ない、か。誰も死なないというのはいくらなんだっておかしすぎる。


「デハ、行キマスヨ!〈闇氷柱ダークアイシクル〉!」


「〈獄炎ヘルフレイム〉!」


 僅かに紫色がかった氷柱つららは、灼熱の炎によってかき消される。水蒸気が発生し、辺り一帯を包み込む。

 当然、それだけでは決着はつかない。


「〈千骨槍サウザンド・ボーンスピア〉ッ!」


 千の骨の槍。〈骨槍ボーンスピア〉の完全上位互換の魔法であるそれは普通、対個人に使うには大きすぎる火力である。しかし、目の前にいるのは人智を超えた存在。個人と考えるにはあまりにも強大すぎる力を持っている。


「〈転移陣テレポーティングサークル〉!」


 エストの前に巨大な白い魔法陣が現れる。それに骨の槍が接触すると、次の瞬間、


「──流石デス」


 魔人の真上にも、同じような魔法陣があり、そこから魔人がはなった千の骨の骨が降り注ぐ。


「シカシ⋯⋯〈光壁ウォール・オブ・ライト〉!」


 光の壁がそれらを打ち砕く。


「それを予想しなかったとでも?」


 魔剣を持ったエストが、己の脚力のみで空中を飛び、魔人を斬りかかろうとする。


「マサカ」


 エストの魔剣は魔人の首元で、巨大な骨でできた鎌によって止められる。


「貴女ナラ、ソウスルト思イマシタヨ」


「あらら~」


 二人は互いを己の武器で、力づくで押し返す。


「なんだ、アレ⋯⋯あの化け物と、あの新米冒険者は魔法使いのハズだろ?」


 そこらの戦士よりも身体能力が高い。いや、人間という種族そのものの最高位をも超えている気がする。


「まさか、英雄クラス?」


 かつて魔王を倒した人間を超えた力を持つ人間。彼らを英雄と呼ぶ。


「久しぶり⋯⋯久しぶりだよ。戦っているってのは。流石だ。⋯⋯これからはもっと速く、強く行くよ?」


 まさに心の底から楽しんでいると言わんばかりの笑顔を、美しくもどこか狂気を感じさせる笑みを、エストは浮かべる。


「ソレハ非常ニ幸イデス!」


 ──エストは己に制限をかけている。もし彼女が全力で剣を振るえば一瞬にして魔人は消滅する。ただ力任せに振るうだけでも、そうなるのだ。そこに技などない。


(ふふふ⋯⋯いつもより力がでない。こういう使い方もあるのね⋯⋯)


 黒魔法、〈弱体化ウィーケンド〉。本来であれば能力的に負けている敵に対して使う魔法であり、決して自身に使うものではない。

 エストは黒魔法が得意ではないが、それでもその効果は絶大。彼女自身も、最初は動くことすら難しかった。

 今の彼女の全力は、本来の6割ほどだろう。


(体が思うように動かない。でも、私は全力で闘える!)


『魔女』であるエストにとって、全力の戦いはあまり経験がない。知識欲求が人一倍、いやそれ以上の彼女にとって、戦闘の知識というのは当然、収集すべき知識の範囲内だ。

 ⋯⋯もっとも、それは魔法ほどではないが。

 全力を出せる。それすなわち自身の今ある知識をすべて生かせる。そしてそこから新たな疑問が浮かぶ。どうしたらもっと上手く立ち回れるか。もっと武器の破壊力を上げられるか。自身にある知識の限界を突破する。疑問があるから、知識を得られる。知識があるから、疑問が生まれる。


「ははははは!」


 〝欲望〟──すべての『魔女』がもつ、狂気的なもの。それは彼女らの本性を表し、〝欲望〟がさらけ出されるときは、


「もっと、もっと、本気で戦いましょう?」


 理性はない。あるのは〝欲望〟を叶えるという考えだけだ。


 エストは魔人に命令する。──〝〟と。

 エストは自分に命令する。──〝〟と。


「〈黒炎ブラックフレイム〉」


 美しく、神々しかったその魔剣に、真っ黒い炎が纏わる。溶けはしない。なぜならばその魔剣は今、火属性へと変化したからだ。


「エスト様⋯⋯!?」


 主の様子が明らかにおかしい。先に与えられた命令とは全く違う命令が今、与えられた。

 主を殺す。それだけなら実行しただろう。できるかできないかは置いておいて、ともかく全力は尽くした。

 問題は〝どんなに周りに被害がでたっていい〟という命令も同時に来たということだ。最初の命令とは真逆である。

 召喚された存在は、最初の命令とは真逆の命令を出されると、主に仕えなくてよくなる。支配から開放され、そのまま元の世界に戻れる。しかし、彼は知っていた。主が自分よりも圧倒的に強く、帰れるとしたら土であることを。


「⋯⋯了解シマシタ」


 ──素人はそれを互角の勝負という。

 ──玄人はそれを僅かに冒険者が有利だという。

 ──ある者たちはそれを⋯⋯遊びだという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る