第5話 クロノカゴ
時刻は、日が落ちたころであった。
村に被害がないといえば嘘になるが、特段生活が苦しくなるほどでもない。それどころか宴を開催できるくらいだ。
「酒、か」
当然だがマサカズらは未成年であるため、アルコール類は日本では飲んではならない。しかし、
「異世界だし、飲んでみるかな」
大人とみなされる年齢が16であるこの世界では、マサカズらは既に酒が飲める年齢なのだ。
「え?飲むのですか?」
「まぁ、折角出されたんだし、郷に入って郷に従えというだろ?」
「⋯⋯私は飲みませんよ?」
ユナの考えが悪いわけではない。むしろユナからしてみれば俺達の方がおかしいだろう。
⋯⋯そういや、エストは飲食不要らしいが、不要なだけで可能ではあるのだろうか?
「子供の頃はあんなに不味かったのに、ねぇ~」
可能だったようだ。というかアンタ子供の頃に飲んだのかよ。
それはそうとして、俺も一度飲んでみるとするか。
⋯⋯旨くはない。だが親がよく飲む理由はわかった。頭がふらふらし、気持ち良くなる。──ちょっと待て、これアルコール度数高くないか?いくらなんでもこんなにも早くアルコールが回るか?
「お兄さん、もしかして初めてかい、酒?」
「は、はい。これ、いったい何度です、か?」
「40度だ」
頭が白に侵され、吐く。それを見たナオトは口に運びかけていた酒をすぐさま地面に起く。
「大丈夫か?」
村のおっさんが水を出してきたので、俺はそれを飲む。多少はマシになった。
「⋯⋯エルトアさん?」
干し肉を食べていたユナは、エストに話かける。
エストの顔は真っ赤であり、動きもフラフラだ。明らかに、酔っている。
「らに~ユナちゃん~」
呂律がおかしいし、話し方もいつものエストではない。
「エルトアさん、もしかして下戸だったり⋯⋯ってそんなに飲むと!」
エストは手に持っていたアルコール度数40の500mlくらいの酒を一気に飲む。下戸である可能性が高い、というかほぼ確定な彼女が、後にどうなるかは想像に容易い。
よく今まで殺されなかったなと思う。
「叩いたら起きるか?」
未だ気分は悪いが、さっきよりかはマシになった俺は倒れたエストに近寄る。
叩いたら俺の加護が発動しそうだと考え、それは辞めて揺する。
こういうのも変態っぽいが、以外とエストの体は柔らかい。杖を振るだけで頭をかち割るような筋肉があるのかと思ったが、以外と華奢な体である。魔法によるものなのだろうか?
「お、起きない⋯⋯」
ぐっすり眠っている。⋯⋯まあ、いいか。
「エルトアさんを宿屋に寝かせてきます」
「⋯⋯ん?」
「ナオト?どうした?」
あの時のように、ナオトは何もない空間に向く。
あの時があの時だったために、俺は怖くてたまらない。
「なんか、いる気が──ユナ!避けろ!」
突然、ナオトは叫ぶ。次の瞬間、エストを抱えたユナは横に吹っ飛ぶ。
「なんだ、アレ⋯⋯?」
ユナとエストを吹っ飛ばした存在は、いうならば死体。なぜ動いているのかわからない体だ。頭は割れていて、体の各部分が抉れていて、ほぼ全身が焼け焦げており、さらに血を滴らせている。よく見るとその痛々しい無数の傷は少しづつ、少しづつではあるが治っていっている。
「ケテル、生きていたのか!?」
エストが殺したと言ったはず。エストが死んだと言ったはず。なのに、ケテルは生きている。死んでいるようなものだが、生きているのだ。
「ヴァァ⋯⋯」
「イテテテ⋯⋯エルトアさん、大丈夫ですか!?」
「スヤァ⋯⋯」
「ナオト!なんとかヤツを仕留めるぞ!」
「わかった!⋯⋯ユナ、エルトアをなんとしても起こして!」
ゾンビ状態のケテルであれば、俺達でもなんとかできるかもしれない。
剣を大きく振りかぶり、ケテルの首を落とす。しかし、ケテルは未だ動きつづける。
「は?」
死なない。まるで最初からなかったかのように動く。
反撃とでもいうように、遅く、弱いパンチをケテルはする。だがそれは比較的だ。俺からしてみればそれは十分速く、強い。
5m飛ばされ、さらに地面を転がる。
「〈
村長が魔法を唱える。直径30cmほどの火球はケテルに着弾するが、まるで効いている素振りはない。
「クソ、化物め!」
ダガーはケテルの胴体を切り裂く。血が飛び散るも、これもまるで効いていない。
そうこうしている間にケテルの傷は治っていく。古い傷から治っていくようで、先ほどつけた傷は治らない。
「〈一閃〉!」
光の如く剣を振り、ケテルの胴体を切り離す。しかし、それでもまだ動く。上半身は腕を動かし、下半身はヨロヨロと足で立ち、上半身に近づき、その傷口が
「まさか⋯⋯」
そして、くっついた、一瞬にして。ついでに首も。
「エルトアさん、起きてください!」
こんな状況でも気持ち良さそうに寝息をたてることができるのは呆れを通り越して尊敬さえ抱ける。
「クソ⋯⋯なら!〈火炎斬〉!」
剣に炎を
傷口は焼け焦げ、まず火傷から再生しなくてはならなくするのが狙いだ。
「よし、これなら!」
狙い通り、再生スピードが落ちた。再び戦技を使う。
「ヤッと、シャベれる」
「──!?」
寸でのところで俺は大きく後ろに飛ぶ。本能がそうしろと囁いたからだ。
「あ、あ、あ⋯⋯。流石に細々からの再生には時間がかかるな。今の状況は⋯⋯なるほどな」
エストが寝ているのがバレた。
「今がチャンスってわけだ」
さっきとは違う。威圧感が、動きが。
たしかに万全な状態ではない。俺が知るケテルのそれより、劣る。だが先ほどので手一杯だったのだ。
「うぐっ⋯⋯」
ケテルの蹴りにより、俺は大木に打ち付けられる。
「マサカズ!〈影縫い〉!」
ナオトは姿を消す。
「無駄だ。私とお前の実力差を考えろ。そんな小細工、通じると思うな」
後ろに回ったナオトのダガーを、ケテルは振り返らずに指先だけで止める。
「しまっ──」
ダガーから手を離すのが遅れ、そのまま地面に叩きつけられる。
「⋯⋯気絶、か。さすがは『異世界人』だな」
「ヒィッ⋯⋯」
あとは一人。それも遠距離武器しか持たない人間だ。
笑み。ドス黒い、勝利を確信した笑みをユナは見た。
「死ね」
ケテルはユナの首を斬るべく出した手刀──だったが、それはまた別の手によって止られる。無論、その手はユナのものではない。抱えられていた⋯⋯というより、恐怖により座り込んでいたユナの膝で寝ていた存在のものだ。
「ふぁー⋯⋯なんか気に入らない〝匂い〟が近くにあったから、起きちゃったよ」
「なっ⋯⋯」
「なんでだろね?キミ、さっきと匂いが違うんだよ。私が一番嫌いな匂いだ。〝黒〟の匂いだ」
吹き飛ばされた手が、地面に落ちる。
ケテルの右腕から血が流れるが、それはユナにかかる前に見えない何かによって弾かれる。
「血は落ちにくいからね~」
よそ見した隙を狙い、ケテルは攻撃を仕掛ける。
「遅い遅い。魔法使いよりも力が弱くて、スピードもないなんて、戦士としてどうなの?」
ケテルの拳を、エストは力を込めている素振りすらなく止める。エストは少し力を入れてケテルの拳を握る。血が吹き出る。
「あっ、服が」
返り血により白い服が赤に染まる。
「ったく、だから体術は嫌いなんだよね。〈
エストが触れている拳から、ケテルの体は崩壊し始める。崩壊した部分は完全に消滅し、この世から消え去っていく。
そこにはケテルの残骸などなく、あるのは虚無、ただそれだけだった。
◆◆◆
一週間後。
俺は弱い。
いつもエストに助けられている。なのに、俺が死ねば世界は逆行する。俺だけが記憶を保持して。
なぜ俺はこんな加護を授かった?世界はなぜ俺に選んだ?
宿屋の一室で答えなんてわかりもしないのに低徊する。
⋯⋯強くなるには、どうしたらいい?
中途半端な俺の力では、本気で殺し合える互角の実力者がいない。俺からしてみれば強い奴か、弱い奴かしかいないのだ。
「ゲームのように、弱者を殺してもレベルアップはしないもんだな⋯⋯」
ゴブリンをいくら殺したって成長している気がしないのだ。
強くならなければ。
「俺達以外の『異世界人』が、敵に居てくれればいいんだけど」
扉をノックする音がした。俺が「入ってくれ」と返事すると、冒険者組合関係者が入ってきた。
「失礼します。マサカズ・クロイ様でいらっしゃいますか?」
「はい」
「組合長がお呼びです」
「わかりました。今すぐに行きます」
部屋の中には少年が一人。黒い髪、黒い目と、このあたりでは見ない顔つきだ。
少年は少年と表すように、年齢は16。この世界では成人ではあるものの、彼を初めて見た人は驚くだろう。普通はこの年齢では冒険者組合長なんていうのは勤めないからだ。
「カブラギ様、ただいま、マサカズ・クロイ様、ナオト・イケザワ様、ユナ・カンザキ様、エスト様をお連れいたしました」
「ありがとう、入ってくれたまえ」
「⋯⋯え?」
「それでは失礼します」
部屋の扉が閉じられる。
「カブ⋯⋯ラギ⋯⋯?」
「やあ、皆さん。はじめまして。もう一度名乗らせていただこう。僕の名前はジュン・カブラギ⋯⋯君たちには鏑木隼といったほうがわかりやすいかな?」
日本語の名前。つまり日本人であり、『異世界人』だ。
「君たちを呼んだのは他でもない、僕と同じ境遇だと思ったからだ。表向きは例の教団幹部を殺したことについて、だけど⋯⋯でも、エストさんは違うみたいだね」
「私は現地人、とでもいえばいいのかしら?まあ事情はわかっているよ」
「⋯⋯正体を教えてくれるかい?」
「そっくりそのまま返すよ。キミは一体何者?」
カブラギとエストの表情は笑ってはいるが、敵意、もしくは殺意が込められている。一触即発の状態だ。
「私は今、能力でキミの記憶を見ようとした。でもできなかった。それはつまり私と同格以上であるということ」
「ほう。さっきの尋常じゃないほどの力はキミの能力だったのか。なら早く正体を吐け。お前は危険な存在だ」
「キミの想像通りだよ」
「⋯⋯そうか。なら僕の正体を明かすか」
緊張した空気がピークを迎え、今は少しずつではあるがもとに戻りつつある。
「知っての通り、僕は『異世界人』、転生者だ」
転生者。つまり一度死んで、この世界に来たということだ。
「⋯⋯俺達は転移者──いや、召喚者というべきか?」
「召喚者⋯⋯ふむ。だから『魔女』と一緒に⋯⋯まてよ?なんで君たちは生きているんだ?まさか『魔女』よりも強いはずはないだろ?」
「え?⋯⋯ああ、それは俺の加護が原因だ」
俺の加護と経緯をカブラギに説明する。どうやらそれでカブラギは納得したようだ。
「で、君たちの目的は『黒の教団』と『黒の魔女』を殺すこと、か。王様はバカなのか?」
「それはどういう──」
「簡単な話さ」
カブラギの説明はこうだ。
まず、この世界にいる『異世界人』には転移者と転生者の2種類がいる。転移者は誰かに召喚されることにより、現れるため召喚者とも呼ぶ。逆に転生者は死亡によって現れる。理屈はわからないが、なぜか転生者の方が身体スペックや授かる加護が多い。しかし、転生者は転移者よりも格段に少ない。
「僕はいままで僕以外の転生者とはあったことがないからね」
つまり、転移者と転生者の間には大きな力の差がある。たしかに一般レベルからしてみれば転移者は強いが、『黒の教団』の幹部どころか、下っ端よりも少し強い程度だ。
「転移者はどれだけ努力しても幹部1人とやっとやり合えるくらい。『黒の魔女』なんてのは夢のまた夢。現状、この世界で『黒の魔女』とやり合えると思うのは僕と僕以外にはいるかわからない転生者か、同格の『魔女』くらい。でも『魔女』の殆どは基本、他の『魔女』に興味はない。そうだよね?」
エストはそれに頷き、
「私くらいじゃないかな?あとは自分に火の粉が飛ばなきゃ動かないだろうし、動くときは既に人類は滅んでいるだろうね」
「⋯⋯なあ、前々から思ってたんだが、エスト、そんでカブラギ、お前らは『黒の魔女』と会ったことがあるのか?」
「「ある」」
「僕がアイツと会ったのは2年前。そのときはまだ力が弱くて、アイツの攻撃を避けるので精一杯だった。なんとか逃げ切れたけどね」
「私は600か550年くらい前だったかな? まだ『魔女』に成り立ての頃だったよ。戦ってはいないけど、直接見た。国を一つ軽々と滅ぼし、最強国家を単独で相手にし、圧倒したって聞いたよ」
「600年前!?そんな昔から⋯⋯」
かなりスケールがでかい話だ。⋯⋯それにしてもなぜ『黒の魔女』はカブラギを始末しなかったんだ?できなかったという線もあるが、いくら避けることしかできないといっても、『魔女』から逃げ延びれるくらいの実力者。成長する恐れがあるから、俺なら地の果てまで追いかけてでも殺すが⋯⋯わからん。『魔女』の考えは理解できないな。
「⋯⋯まあ、これで俺達の無力さは証明されたってわけだ」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃなくて⋯⋯」
「わかってるし、俺は諦めたわけじゃない。お前の話なら幹部ならやり合えるくらいには成長できるんだろ?俺達はできることはやる主義なんだ」
「戦闘のサポートなら、やれるぜ?」
「うん。私もできる限りはなんだってします!」
そして、俺達はこれからの予定を話し合った。
第一に俺達三人が強くなる。
第二に『黒の教団』の壊滅。
第三に『黒の魔女』を殺すこと。
失敗はしない。なんたって俺の加護があるから。でも、成功
させるまでに、俺はどれだけの死を繰り返すのか、どれだけの時間を過ごすのかはわからない。もしかしたら失敗はしないが、成功もしないかもしれない。
しかし、やる。やるしかない。そうしなければ、俺達に未来はないのだから。
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