第2話 冒険者

「⋯⋯は?」


 見事に三人の言葉が綺麗に重なる。これはぞくに言う『ハモる』というものだろう。まるで打ち合わせでもしていたかのような完璧さだ。


「今、なんて?」


 エストはマサカズの言葉の意味は理解出来ている。聞き返したのは自身の耳を疑ったからだ。その言葉が聞き間違いではないかと思ったからだ。


「俺達を強くしてくれ」


 一言一句たがわずにマサカズは先程の発言をリピートする。聞き間違いでない事が証明され、エストははとが豆鉄砲でも食らったかのような顔をするも、彼女はすぐさま片方の唇の端だけを少し上げた笑顔を浮かべる。そして、その笑顔には──まるで何かを懐かしむかのような心情が垣間かいま見えた。


「逆にここまで来ると面白いものだね。⋯⋯いいだろう、私がキミたちの師匠となろうか。そこのお二人さんは?」


「えっ、あーうん⋯⋯」


「⋯⋯わかりました」


 少し乗り気ではない二人。それもそのはず、これから殺しに行こうとしている黒の魔女と同類の白の魔女の弟子になるというのだ。信用できないに決まっている。


「さて⋯⋯で? 流石に毎日ここに来いなんてのは面倒だから断らせてもらうけど、その辺りはどうするつもりなの?」


「勿論、考えてある。エスト、俺達のパーティーメンバーにならないか?」


 白の魔女、エストは──マサカズ以外のここに居る全員は絶句する。かつて魔女をパーティーメンバーに引き入れようとした人間が、彼に以外に居るだろうか。いや、いない。普通は遭遇した時点で死がほぼ確定するような相手なのだ。勧誘かんゆうなんてまず選択肢にない。


「⋯⋯はははは! キミほど面白い人間はあまりいないね。たしかに、それは名案だ。いいだろう、その提案に乗ってあげよう」


 あっさりと、勧誘は成功する。


「マサカズ。お前⋯⋯正気か?」


「魔女ですよ? ⋯⋯信用できません」


 もっともな意見をナオトとユナの二人から貰う。


「⋯⋯自分が正気かどうかは、俺が一番疑っているさ。でも、全員で生きるためには⋯⋯俺にはこれ以外の方法が思いつかなかった。すまない」


 マサカズだって、自分のした行いがあらゆる選択肢において最善の策だとは思っていない。だが現状、彼が行える、思いつける策ではこれが一番マシであったのだ。

 それから色々と話し合い、これから王の所へ向かうことになった。パーティーメンバーが一人増えて、それを隠していて、もしバレてしまった際には怪しまれる可能性があるからだ。


「それで、エスト⋯⋯さん、名前はどうするんですか?」


 『エスト』という名前では魔女だと一瞬でバレる。だから、彼女には偽名が必要であるのだ。


「名前⋯⋯そうか名前を変えなくてはならないね。私は──エルトア。そう名乗るとするよ」


 やけに考える時間が短い。何か元となるものがあったのか。


「あまり本名から離れてない気がするんだか」


「大丈夫でしょ。いざというときは消すから」


 消す。主語がないその単語がどんな意味を持つかは受け手によって変わる。この場合、マサカズは本人を消すという判断になった。


「⋯⋯ちゃんと消せよ? あと重要人物だったらどうするんだ?」


「⋯⋯え? あ、うん。その時はちゃんと不自然がないようにするよ。代わりを用意するから」


(人体錬成も出来るのか⋯⋯というかそれ錬金術の禁忌じゃないか? 心とか体の一部とかが罪として消失しないか?)


「早く行きますよマサカズさん」


「あ、ああ。今行く」


 ◆◆◆


 たまたまダンジョンで彷徨さまよっていたため助けて、そのお礼として仲間になってくれたソロパーティーの冒険者の魔法使いというカバーストーリーをマサカズは王に説明する。


「なるほど⋯⋯その様子だと既にこちらの事情は知っているようだな」


「はい。他の普通の冒険者と比べるとあまりにも高い能力、私は異世界人のことを以前より知っていたこともあり、そうだと確信できました。そして近頃の黒の魔女の復活──ここまでの情報がありながら、彼らが現れた理由を予想できない方がおかしいというものです」


 ただ単に「助けられたからお礼に仲間になりたい」では怪しく、何をされるか分かったものではない。だからこそこのように脅しにも似た説得を行ったのだ。記憶操作の魔法はあるにはあるが、おいそれと簡単に行使することは人間にはできない。そのため残される選択肢は彼女の殺害あるいは仲間として認めることで異世界人の情報を漏らさないようにすることの二つになる。人を平然と殺すほど、王は冷酷ではない。

 

「そうか。⋯⋯質問だ。どうして異世界人の情報を知っていた? それ関連の情報は検閲けんえつにより一般には流れないはずだが」


 異世界人とは強力だ。もし召喚の方法を知られれば、悪用される可能性だってありえる。だから異世界人を匂わせるあらゆる文書は一般には広まっていない。


「⋯⋯私は小さい頃、異世界人に出会ったことがありました」


「⋯⋯ほう。⋯⋯まあ良い。彼女のパーティーへの参加を認めよう」


 少々怪しいが、逆に言えば黒だと確信できる材料もない。『疑わしきは罰せず』──ではなく、『疑わしきは罰せよ』が王のモットーならば彼女はここで一度殺戮パーティーを開催する予定であったが、どうやらそんなことはしなくて良さそうだ。


「はっ。ありがとうございます」


 そう言って彼女は礼をする。そのたった一つの動作からも彼女の育ちは良かったのだということが分かるくらい、それには気品が満ち溢れていた──というのは、素人目から見れば、である。上流の貴族や王族であれば、どこかマネしているような、まるで見たままのそれを完璧に再現しているだけのように思える。そこにつちかった経験というものを感じられないのだ。


「⋯⋯ところで──」


「⋯⋯申し遅れました。エルトアという者です」


「──エルトア、私とどこかで会ったことがないか?」


 王はエルトアと名乗る彼女の姿に、どこか見覚えがあった。


「⋯⋯ありません。少なくとも、直接には」


「⋯⋯そうだったか。私の記憶違いのようだ。変なことを聞いてすまなかった」


「いえ」


 エルトア──もといエストは、一度見れば、忘れることができないくらいの美貌を持つ。そのためいくら気絶して記憶に混乱が生じても『見覚えがある』くらいには王の印象に残ったのだろう。


「では失礼します」


 四人は跪いていた体勢から立ち上がり、その場を立ち去る。


 ◆◆◆


 現在、彼らは王都でも名の知れた有名な武器屋に向かっていた。というのも、エストは魔法使いには必須とも言える魔法杖を持っていなかったからだ。


「あなたくらいになると、魔法杖も必要ないんですね」


「まあね。むしろ邪魔になるくらいだよ」


 魔法杖の役割は所持者の魔法の行使を手助けすること。オプションとして魔力を有する石、魔力石が付いているものもあり、エルトアとしての実力でも魔力石が付いている高価な杖を買わなければならない。なぜならば、通常、魔法とは杖があってようやく安定して行使できるものであり、杖なしで高位の魔法を行使しようものなら目立つどころか正体がバレる可能性だってあるからだ。仮にも優秀な魔法使いを演じるならば、装備も最高級品にしなければならない。

 しかし、こと魔女においては、そのアシスト機能はむしろ邪魔になる。これが彼女が魔法杖を持っていない理由だ。例えるならば杖は自転車で言う補助輪である。あったほうが確実に安定性は高まるが、その代わりに重量が大きくなる。そして魔法杖のそれは補助輪の誤差のようなそれよりも遥かに鬱陶うっとうしいのだ。


「私は人間時代でも杖は必要なかったしね」


 ちなみに彼らは知らないが、転移者でも魔法杖はあったほうが魔法の行使はやりやすくなる。


「⋯⋯思ったんだが、魔法杖っていくらするんだ?」


「分からない。でもボクたちの装備が金貨にして大体六枚の価値があるって言ってたから、そんなものじゃないか?」


 この王国、というか殆どの人間国における貨幣かへいは五種類あり、価値が低いものから、日本円では一円に相当する石貨、十円に相当するしゃく貨、百円に相当する銅貨、千円に相当する銀貨、一万に相当する金貨である。店売りとはいえ高級品でも十万はいかない程度には安い。これで実用できる程度の品質で良ければもっと安くなるのだから、いかに武具の需要が大きいかよく分かる。


「⋯⋯本当? 私、銀貨三枚しか手持ちにないんだけど」


「は?」


 エストら魔女は飲食不要だし、魔法を使えば生活費はゼロになる。そのため稼ぐ必要はなく、たまに山賊などに襲われたときに殺して奪ったお金しかない。そしてそれも嗜好品しこうひんに消えるので銀貨三枚という少ない手持ちとなるのだ。


「⋯⋯俺達もお金ないぞ」


 マサカズ達に与えられたお金は生活するにあって最低限必要な程度だ。そのためエストの魔法杖のために回せるお金はない。


「⋯⋯〈複製コピー〉っていう魔法があるんだけど」


 対象を消費魔力量に応じて多数複製する魔法。だが、


「それ違法だろ」


 王国の法律では複製魔法を使用して貨幣を増やすことは禁じられている。というかそもそも有名な魔法使いでもなければ〈複製コピー〉は使えないほどに高位である魔法だ。そのため禁止されているとは言ってもそれを行える人は殆どおらず、仮にできてもそれだけの高位の魔法が使えるならばわざわざ犯罪を犯す必要はないくらいには稼げるので、一般常識的にはあまり意味を成していない法律だ。ちなみに貨幣には製造ナンバーなどはない。つまり、ちょっとなら複製されていても気づかれにくいので、いよいよこの法律の存在意義が疑われる。


「じゃあどうするのさ?」


「⋯⋯稼ぐしかない、な」


 探せばアルバイトくらいならあるはずだ。どうして異世界転移して、勇者なんて称号を貰っているのにアルバイトをすることになるのか、少々に落ちないが、仕方のないことである。


「アルバイトよりも良いものがある」


「ん? 何かあったか?」


 何のアルバイトをしようか、そう考えていたマサカズにナオトはある提案をする。


「それは⋯⋯冒険者稼業だ」


「冒険者⋯⋯?」


 ナオトはどうやら、この世界に転移して来てからこの世界における一般常識を独学で学んでいたらしい。そこには『冒険者』という職業があった。

 冒険者は一言で言えば『対モンスター専門の兵士』である。冒険者という言葉の本来の意味とは違うが、それがこの世界での常識なのだから納得するしかない。


「アルバイトよりも冒険者稼業の方が危険だけど、その分見返りも大きい。そして、ボクたちは戦闘能力が高い。うってつけだと思うな」


「⋯⋯なるほど。たしかに良さそうだ。百聞は一見にしかず⋯⋯一度冒険者とやらをしてから判断するか。二人とも、それでいいか?」


「はい。そっちの方が楽しそうですし」


「無論、それで良いよ」


 全員ナオトの提案に賛同し、冒険者に仕事を斡旋あっせんする場所──冒険者組合に、四人は足を運んだ。冒険者登録はすぐに済んだ。名前、年齢、性別、チーム内での役職を書き込むだけだったからだ。登録料金も払わなくてはならなかったが、それには然程さほど、お金は必要ではなかった。


戸籍こせきの証明書とかいらないのか?」


「⋯⋯戸籍、ね。多分、この国には無戸籍者が多いからじゃないかな」


 ウェレール王国には一応、戸籍制度がある。しかしながらこの国には義務教育というものがなく、学校はあれど入学費は高い。そのためきちんとした教育が受けられず、そのような制度を知ることができないがために戸籍の申請が行えない。それが子に、子に、と繰り返していくので、いつまで経っても無戸籍者の割合は変わらない。


「王国はそれをなんとかしないのか?」


「少なくとも現国王はなんとかしようとしているけど、貴族共がそれを邪魔している。勿論全員が全員そうじゃないんだけど、大貴族であるほど義務教育制度には反対的なんだ」


 無学な者は法律を理解できない。民主主義ではなく資本主義であるこの国における資本家にはやはり貴族が多く、政治的力も持っているため、そのような制度改革に反対することは必然的とも言える。

 無知の民を無知のままにしておく事で、摂取せっしゅし続けることができるということだ。

 そして冒険者稼業はたしかに金は稼げるが、そのリターンとリスクはまるで合っていない。マサカズ達は強者であるからリスクがないだけで、一般人からしてみればこれほどまでに不釣り合いなことはないだろう。そしてその不釣り合いな事をするのが社会的弱者、無戸籍者である。


「⋯⋯そういうことか。そりゃ、戸籍要らずで登録できるわけだ」


 登録料が安いのもそれが原因なのだろう。


「まあ、かく言う私も無戸籍者なんだけどね」


「マジで?」


 というか、ここにいる四人全員無戸籍者である。


「だって私の両親は戸籍を提出しなかったし、何より私だいたい六百歳だからね。戸籍を出そうものなら人外って証明するようなものだし」


 エストのような魔女を除くと、寿命が六百歳以上でかつ人間種に友好的な種族はエルフくらいだ。そしてエルフの特徴である長い耳をエストは当然持っていない。


「失礼します」


 雑談をしていると、冒険者組合の受付嬢が四人の前に現れて、冒険者組合でのルールや仕事内容を説明する。その説明は大変分かりやすい──悪く言えば馬鹿でも分かるようにされていたため、一般教育というか、この国の基準だとかなりの高等教育を受けてきたマサカズ達は説明は退屈にも思えた。


「以上で説明を終えます。何か質問はありませんか?」


「いや、ないです」


 受付譲は四人の冒険者登録カードを確認する。


「わかりました。それではクロイ様をリーダーとし、メンバーはイケザワ様、カンザキ様⋯⋯エルトア様の冒険者パーティでよろしいでしょうか?」


「はい、問題ないです」


 剣士、盗賊、弓士、魔法使い⋯⋯ゲーム的に言うのであればとてもバランスが取れたパーティーだ。

 マサカズ達の年齢の冒険者は、組合内を見ると少ない。しかしまれではないようだ。四人に向けられる目線は哀れみの目。おそらく若いと死亡する可能性が高いのだろう。そしてその次に多いのが──主に男の冒険者からの、ユナ、エストに向けられている、なめ回すような目。体を吟味ぎんみするような目だ。


(⋯⋯まさか片方が魔女だとは思わないだろうな)


 このパーティーの女性陣は強い。そこらの屈強そうな男でさえ、ユナは片手で持ち上げ投げ飛ばすことができるだろう。

 

「そこのお嬢さん達、そんなヒョロガキよりも、オレたちとパーティー組まない?」


(うん、知ってた。俺、こういう展開になること予想してた)


「⋯⋯おっさん、悪いことは言わない。彼女らにそういうことを言わないほうがいいぜ」


「⋯⋯は?」


 マサカズはユナとエストより、ちょっかいをかけてきたおっさん冒険者の方を心配していた。


「⋯⋯キミ、私を、私達をどうするつもりだったのかな?」


「関わらないでください。それとも死にたいんですか?」


 マサカズは直感的にヤバイと思い、ナオトと一緒にその場から少し離れる。


「⋯⋯あーもう。ユナ、エルトア──殺すなよ?」


 念の為に抑えるように言っておくと、男性陣二人は周りの冒険者に先に謝罪を済ましておく。


「⋯⋯まあ、今回ばっかりはアイツが悪いから、謝らなくていい」


「は、はぁ⋯⋯」


 ちょっかいをかけたおっさんの知り合いなのか、頼りがいのありそうな女性冒険者はそう言った。


「でもまあ、あんなべっぴんさんを連れていたらそんな事もあるってのは覚えておくといい。ここ冒険者業界じゃ女は食われても文句は言えないから。組合長はこれをなんとかしようとしているんだけどねぇ⋯⋯焼け石に水だ」


 マサカズが予想した通りにユナはおっさん冒険者を片手で持ち上げ、誰もいない所へ投げ飛ばす。さらにエストは魔法で炎を発現させ、脅すように──というかおっさんを脅していた。


「⋯⋯嬢ちゃん達だと、関わられても大丈夫そうだがね」


 おっさんは気絶し、失禁していた。ここまで来るとたしかにおっさんに責任があったとはいえ、少々やり過ぎな気もする。

 二人も鬼ではない。そこでおっさん虐めを終わらせると、マサカズとナオトの元に帰ってくる。


「待たせたね。さあ、初仕事と行こうよ」


「これでもうあんな最悪な目線で見られることはなくなりましたね」


「あ、ああ」


「⋯⋯次からはちょっと怖がらせる程度に、な?」


 ナオトの忠告にユナとエストの二人は頷くも、この辺りではもう二度目はないだろう。

 四人は仕事──クエストの張り紙があるボードを見る。やはりというか、この世界で使われている文字は読めない。


「俺が中二病を発症していたときにつくった文字に似てるな。まあ全く読めないが」


「今結構な暴露したな、マサカズ。⋯⋯にしても、やっぱり自動翻訳されるのは声だけ、か」


 どういう原理かは分からないが異世界語は音声のみ自動翻訳され、文字は読めない。

 このパーティー唯一の現地人であるエストに読んでもらう。


「『子鬼ゴブリン討伐。一体につき一銀貨』って書いてるね」


 マサカズ達の武装と同等の魔法杖を用意しようとすると金貨にして六枚、少し多めに見積って十枚必要だとすると、ゴブリンは百体始末する必要がある。


「まあ⋯⋯百体くらい居るか」


 ゴブリンという種族は、マサカズが知るものと同じであるならば繁殖力に非常に優れたモンスターだ。


「そうだね。ゴブリンは一匹見つけたら百匹いると思え──って言うし」


「ゴキブリみたいだな」


 冒険者は六段階のランクによって分けられている。数字が大きいほど受けられるクエストの最大危険度は大きくなり、逆に数字が小さいと低難易度のクエストしか受けられない。そして先程登録したばかりの四人のランクは最底辺のランク1であるが、ゴブリン討伐のクエストの受注可能ランクは1以上であるため問題なく受けられる。


「先程説明を受けたと思いますが、念の為もう一度説明します。組合ではランク1冒険者のクエストにはランク3以上相当の実力を持つ教官、もしくは現役冒険者が必ず同行するという制度が設けられております。ですが戦闘試験に合格して頂けると強制同行は免除となりますが、どうされますか?」


 同行を選択した場合、報酬の一割が持って行かれる。普通はそれを考慮しても同行を選ぶのが正しいのだが、今はその一割すら惜しい。


「あ、はい。試験を受けます」


「分かりました。ではこちらに」


 受付嬢に案内された先は、組合施設の裏側。そこにはテニスコートほどの広さのスペースがあり、一対一ならば存分に戦える。

 試験内容は至ってシンプル。教官に己の力を示すだけだ。しかし、マサカズ達の力であれば教官に力を示すどころか瞬殺できる。手加減しなくてはならないだろう。

 珍しいのか、多くの冒険者が四人を見ていた。

 順番はマサカズ、ナオト、ユナ、エストだ。


「⋯⋯じゃあ、行きますよ?」


 教官の了承を見てから、マサカズは教官に瞬時にして近づき、剣を教官の首に当たる直前で止める。砂埃が立ち上がり、パワーとスピードが尋常でないことを示している。


「──っ!?」


「まだ全力ではありませんが、これ以上力を出したってあなたを殺してしまうだけですので、もういいですか?」


「あ、ああ。⋯⋯マサカズ・クロイ、合格」


 見ていた冒険者達がざわめく。それもそのはずだ。相手の教官はランクにして5相当であり、かなりの強者であるからだ。そんな教官ですら、彼の動きを見切ることはできなかった。

 ナオトとユナも、同じように終わった。始まった次の瞬間には教官の敗北が決定しており、誰もが試験をする必要はもうないと思っていた。だが試験は試験。しなくてはならないもので、それがおきてだ。

 最後はエストの番だ。


「⋯⋯くれぐれも、魔女だとバレないようにしろよ?」


「分かってるさ」


 エストの外見は正に箱入り娘。非常に整った容姿と綺麗な手からは、これまで労働というものをしたことがないのだと分かる。なぜそのような高貴な人が冒険者なんてするのかを疑問に思う人達も居た。


「キミから始めてもいいよ」


 突然、エストはそんなことを言った。思わず教官は彼女に何と言ったかを聞き直した。


「いい、のか?」


「ええ、勿論」


 どうせ化け物なんだろうな、とエストを評価していた教官はもう一度確認すると、容赦なく攻撃に移る。マサカズ達と比べるとあまりにも遅いが、現地人としてはとても速いスピードでエストに走り、向かい、剣を振る。しかし、教官の剣はそこに居たエストを捉えられず、空振る。


「転移魔法!?」


 エストは教官の剣を避けるために、転移魔法を行使したのだ。

 転移魔法は、他に類を見ないほどの天才でもなければ、どれだけ努力しても使えないほどの高位の魔法。全十階級ある魔法のうちの第五階級以上の白魔法だ。


「〈魔法矢マジックアロー〉」


 エストは第三階級赤魔法を行使する。普通の魔法使いであれば三本ほどしか発現できない魔力の塊である矢を、彼女は七本ほど発現していた。


「七本⋯⋯王国随一の魔法使いと同等だぞ!?」


 エストはこれでもかなり──それこそ、これ以下はできないほどに手加減していた。やろうとすればあと百本くらいまでは余裕で増やせる。


「もう実力の証明はできたでしょ?」


 教官は頷く。どうやら感覚が麻痺していたようで、既に驚きの表情はなくなっていた。

 試験の合格を言い渡されたので、強制同行は免除された。

 四人が去ったあと、その場はより騒然とした。

 

「あの四人──もしかしたら、ランク6になるかもしれない」


 ランク6。王国にもニパーティーしかいない伝説級の実力者だ。


「それにあの名前⋯⋯噂に聞く『神人』じゃないか?」


「ああ、ありえる。⋯⋯あのエルトアという女は違いそうだが⋯⋯」


 逸材中の逸材。冒険者達は伝説を目の当たりにしたように興奮していた。──否、まさに伝説を目の当たりにしたのだ。


 ◆◆◆


「〈爆裂エクスプロージョン〉」


 真っ昼間の平原のど真ん中。近くの森から現れたゴブリンの群れに向かってエストは魔法を叩き込む。轟音と一緒に、爆心地から100mは離れているというのに、耐えないと飛ばされてしまいそうなほどの風圧を三人は受けた。

 爆裂が終了すると直径30m、深さ5mほどのクレーターが平原に出来上がっていた。その魔法を受けたゴブリン達は全て、文字通り跡形もなく消し飛んでいるだろう。


「⋯⋯これ、ゴブリンの耳、取れなくね?」


「⋯⋯あっ」


 ゴブリンの討伐数に応じて、報酬は増減する。当然、虚偽報告ができないように殺したという証明が必要であり、多くのモンスターは右の耳を組合に提出しなくてはならない。

 しかし、今、エストはその提出しなくてはならない右耳ごと、全てを消した。これでは何もしていないのと同じである。


「第一階級魔法ならどうだろ⋯⋯〈点火イグニション〉」


 ゴブリンは一瞬だけあぶられ、黒焦げになる。原型はあるかないか判断が付きづらく、見る人によっては黒焦げの塊でしかない。勿論、これを組合に提出するなんてできるはずがない。


「⋯⋯エストって近接格闘できるのか?」


「⋯⋯キミたち全員を同時に相手にして瞬殺できる程度には」


 ゴブリンの群れを順調に壊滅させていく。低能で低俗な劣等種でも、同族が虐殺にえば彼我ひがの実力差なんて嫌でも分かる。ゴブリンは逃げようとするが、マサカズ達はそのようなゴブリンを優先して殺戮さつりくしていく。

 ゴブリンの群れ一つを全滅させるのには然程時間はかからなかった。それからも森に入っていくつかのゴブリンの群れを解体していく。

 ゴブリンの血を全身に被り、鼻もその鉄臭さに慣れていた。最初こそ生き物を殺すことに多少の罪悪感は覚えていたが、繰り返すごとにそれは無くなっていった。もっとも、エストは最初から殺すことに躊躇ちゅうちょはなかったのだが。


「えーっと⋯⋯39だ」


「44」


「27です」


「53だね」


 切り取った右耳の数を数えて、報告する。計163つある。目標数は優に超えていたため、引上げようとした時だった。


「──皆、こっちにゴブリンの群れが来てる」


 ナオトの索敵さくてき戦技は非常に便利である。このように事前に、視界が悪くなる夕方頃でも敵の接近に気づけるのだから。


「本当に多いな。ゴキブリより繁殖力強いんじゃないか?」


 百を狩っても尚、ゴブリンは湧いて出てくる。これだけ多くて、その上人間──主に女性への被害も大きいのだから、討伐依頼が出るのも当然だ。


「もう必要分は狩り終えましたし、エストさん、やっちゃってください」


「いいの? じゃ、遠慮なく。〈生命探知ライフディテクション〉」


 エストの視界に、赤いゴブリンのシルエットがいくつも現れる。彼女はそれらが散らばっている範囲を把握する。


「〈狙定ターゲティング重力操作コントロールグラビティ〉」


 グチャ、と、肉が潰されるような音がする。それは非常に大きい。おそらく何重にも重なった音だったからだろう。


「ボクが知覚できる範囲の敵全員が今の一瞬で消失した⋯⋯」


 あっさりと、ゴブリンの殲滅せんめつが終了する。対象に作用する重力のみを増加させたため、森には一切の被害がない。


「魔法はやっぱり楽しいね」


 白の魔女、エスト。単体で国を滅ぼすことなんて容易にできる化け物。世界中の国々が彼女を殺害しようとしても、それは失敗に終わるだろう。改めて、マサカズ、ナオト、ユナの三人は思い知ることとなった、その魔女最強の一角とされる彼女の圧倒的な力を。

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