13:森と盗人竜《ラプサス》
「ドラゴンと心を通わせるなんて無理だって?」
イライラを地面にぶつけるようにして大股で歩きながら、独り言を漏らす。
何人かの村人ともすれ違ったけれど、みんな僕には話しかけてこない。あとで親父にでも「末っ子が森へ行っていたぞ。また親子喧嘩か?」なんていうんだろう。
そんな想像をしながら、僕は村へ続く小道を外れて森の中に向かった。村近くは人の出入りも多いからか、獣も小型のドラゴンも滅多に現れない。
それに、目に付くような場所に大きな生き物が落ちたなら、少なくとも騒ぎになって誰かが親父か兄貴に森を調べてくれって言いに来るはずだ。
でも、誰も家に来ないってことは……本当に僕の勘違いか、森の奥や、昔採石場に使われていた岸壁あたりが怪しい。
もしかしたら、僕が見たのは
「そんなのやってみないとわからないだろ」
兄貴も親父も認めてないだけだ。支配しているとか、ドラゴンは道具だとかいいながら、二人が
中型以上のドラゴンは、基本的に他の種族と積極的に群れることはないし、人間の指示がなければ協力なんてしないで、すぐに殺し合いをはじめると言われている。けれど、家にいる二頭は仲睦まじいわけではないにしても、なんだかお互いに認め合っている気がする。
ドラゴンが、
僕が森に落ちた大木庵ドラゴンを見つけたとしても、神話みたいにすんなりと出会った瞬間に心を通じ合わせることは出来ないだろう。でも、、母さんから教わった唄を使ったり、よく観察をして世話をしたりしていればきっとと心を通じ合わせられるはずなんだ。たぶん。
「……とにかく、落ちたドラゴンを見つけないとな。さっきから妙な音は聞こえてくるんだけど……」
だから……二人の言うことなんて信じない。僕は僕のやりたいようにやる。
そんなことを考えていると、
村からかなり離れているし、陽もすっかり暮れかけている。けれど、松明もあるし、少しくらい散策を続けても良いだろう。
僕はあたりに目を配り、森に入ったときから聞こえるゴロゴロという小さな小さな謎の低音を頼りに足を進める。石臼で麦を挽いている音をすごく遠くから聞いているみたいな気分だ。
ここら辺は小型のドラゴンのテリトリーでもある。普段からポケットに忍ばせている
「う……わぁ」
ずるりと滑った先に頭から突っ込む。足下を見ていなかったせいだ。
「こんな大きい糞があるなんて」
身体中がべたべたするし、臭い。
不運なことに、僕が突っ込んだのは、糞の山だった。鼻を刺すような強い臭い……きっと肉を喰う生き物だ。
もしかして……落ちてきたドラゴンがしたんじゃないか? と最悪な状況にも拘わらず鼻を摘まみながら糞を少し観察した。
藁のようなものに混じって、動物の毛、骨、それに岩、土……色々なものが混ざっている。雑食性なのかもしれない。
「まあ、でも、一度帰らないといけないかな」
これだけ臭いが強いものにまみれたら、ドラゴン避けの香草も役に立たないだろう。大きな糞があったと伝えれば、兄貴や親父だって流石に森まで様子を見に行くはずだ。
ひとまず家に帰ることに決めた僕は、懐に入れていたハンカチで顔だけ拭った。
「もう少しであの大きなドラゴンを見つけられたかもしれないのにな……」
ドラゴンや獣に襲われるのも嫌だけど、全身糞まみれってのはやっぱり最低だ。早く帰って着替えよう。出来るなら水浴びもしたいところだけど……。
早足で森を抜けようとしていたけれど、泣いた子を妖精が抓るという言葉がある通り、不運は続く物だ。
少し遠くの方から枝葉を踏む音が複数聞こえて、立ち止まる。
持っていた松明を付けようとするけれど、火種はさっき滑ったときに湿ってしまって使えない。
その場でゆっくりと来た方向を振り返ってみると、こちらの様子を窺うように背後から聞こえていた足音も止んだ。
ここら辺には、あの糞の持ち主以外には、狼か小型のドラゴンくらいしか人を襲うような生き物はいない。ドラゴン避けの香りも役に立たず、松明も使えない今の僕は肉を食べる獣に対して格好の獲物だ。
音のする方向から目を逸らさないまま、息を深く吸う。足を止めた瞬間に襲ってこないと言うことは、まだ僕を無力な獲物だと見なしていない可能性が高い。
武器も火も持っていないとバレる前に……。
「逃げるが勝ちだ」
見ていた方向とは真逆を向くと同時に、僕は全速力で駆け出した。
家鴨がわめき立てるような騒がしい音が背後から聞こえる。
「
キツい匂いが苦手な狼なら、まだ対処しようがある。嫌だけどあの糞を体中に付けて居場所をくらませば良い。でも、今日はとことん運がないらしい。
足音が僕を挟むような位置から聞こえてくる。このまま進行方向に回り込まれて挟み撃ちをされれば、僕はすぐにこいつらの餌になってしまう。
それになんでだろう……ゴロゴロという聞き慣れない音がどんどん近付いてくる気がする。ああ、でも今更走る方向をかえるわけにはいかない。クソ。
「こういうときに限って登れそうな木がない」
気が付けば、辺り一面は森の中なのに不自然なほど開けた場所にいた。この森に、こんな場所なかったはずだけど……でも、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
必死で周りを見回しながら走る。
木が無いのなら……と目の前に見える大きな岩へ向かった。あんな山の様な大岩に見覚えはないけれど、アレに少しでも登れれば
本当に今日はおかしなことばかり起こる。見覚えのない大きな糞、さっきよりも大きくなって地鳴りみたいに聞こえる低い音。それに、多分森の地形が変わっている。
「っ……あ」
考え事をしていたら足がもつれた。
顔面から地面に倒れ、草と土が口の中に入る。倒れている場合じゃない。
上半身だけ起こして、後ろを振り向いた。
二十歩ほどの距離はあったはずの三匹の
ダメだ。
無駄だと思いながら、僕はせめてもの抵抗に腕で顔と頭を庇うように丸くなった。
その時だ。
登ろうとしていた岩がぐらりと動いた。
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