12:理屈と感情

「アスターが立派に跡を継いでくれる。お前は無理しないで好きなことをしていいんだぞ? ドラゴンは賢くて強い生き物だが、道具だと割り切れないのなら、戦えない」


 親父の分厚い手が肩に置かれる。

 またこの話だ。

 三つ年上の兄貴は、今の僕と同じくらいの年齢で村の近くに現れた孔雀龍フウァールと出会った。

 僕も、もうすぐ十六成人だ。龍騎士ドラグライダーになるためには、そろそろ自分のドラゴンを探さないといけない。ここ一年、兄貴と親父からも繰り返し、どうするつもりだと問われている。

 困ったような笑顔を浮かべた兄貴が、腰を折り曲げて僕と視線を合わせた。


「見た目だけじゃ無くて、考え方もお前は母さんに似ているからなぁ。優しいことは、獣やドラゴンと戦わないなら素晴らしいことなんだが」


 兄貴の言った通り、僕は……少なくとも見た目は兄貴と親父二人みたいな戦士というような風貌ではない。鍛えていても筋肉が付きにくくて体は華奢だし、耳の下あたりの長さに整えているブロンドの髪は、決して長いわけではないけれど、見知らぬ人は僕をよく女だと勘違いする。

 それに、末っ子なのもあるだろうけれど、病弱だった母さんに似ているからか、二人とも僕に対してはとても過保護だ。

 だけど、性格まで龍騎士ドラグライダーに向いてないって言われたら、それは思いっきり否定する。


「別にドラゴンたちを道具として見なくたって、悪いやつらはやっつけられるさ」


「でもなあ……セレストは、愛玩用の鶏龍ビートルイーターでも育てるのが合ってるんじゃねえか? 馬龍アストリチに乗って運搬をするでもいいし、ドラゴン用の薬を煎じる仕事でも良い」


「僕はドラゴンを捕まえるのが怖いわけじゃない! 心を通わせられる相棒を探してるんだ。簡単に使い捨てにしたり、いざというときに囮にしたりもしない」


 兄貴と親父は顔を見合わせて、同時に溜息を吐いた。僕の肩に置かれた親父の手に力が入る。


「セレスト、よく聞け。怪我をして働けないドラゴンを殺すのは仕方ないことなんだ。馬や牛と同じだろう。役目が終われば、肉を食ったり、革や骨を使って装備にして役立てる。そうすれば、命亡き後も俺たちと共に在る」


「死ぬような怪我を負ったなら仕方ないけど……それでも、怪我が治れば動けるようになるドラゴンだって殺すじゃないか」


「……それは、王都の連中はそうだろうが、うちみたいな田舎の龍騎士ドラグライダーはそんな無茶は出来ないってことはお前も知っているだろう?」


「兄貴も親父もドラゴンを大切にしてるってのは知ってるよ。道具ってのが二人にとっても言葉のあやってことも。だけど、だけどさ」


 真剣な表情を浮かべた兄貴が、親父が手を置いた反対側に骨張った細い手を載せる。

 もう何度も二人の話を聞いた。頭ではわかってるつもりなんだ。でも、どうしても二人のやり方でドラゴンを手に入れるのは母さんにウソを付くみたいで嫌だった。


「ドラゴンとの正しい関わり方は、主従関係を明確にすることなんだよ、セレスト。オレ達は力が弱いから、こいつらに人のルールを教えるためには少しくらい嫌がることで躾をしないといけないんだ」


 兄貴の言うとおり、ドラゴンの躾には苦い木の実の汁を使ったものや、痛みを伴う道具を使って躾をすることを推奨されていたし、ドラゴンに舐められないために王都にいる龍騎士ドラグライダーたちは使用人にドラゴンの世話を任せることが普通らしい。これは、大きな式典で一度王都へ行ったときに、そんなことを話している龍騎士ドラグライダーたちが話していた。幼かった僕は思わずそいつらに殴りかかりそうになったのを親父と兄貴に止められた。今思い出してもイライラしてくる。

 親父は優しい声で、僕に話を続けた。


「良くも悪くもこいつらは道具なんだ。そりゃ、小さな狗龍ライラプス獺龍アウィソウトルなら相棒にしてもいいかもしれん。だが、オレたち龍騎士ドラグライダーが乗るのは自分より遙かに大きくて強いドラゴンなんだ。支配をしてどっちが上かわからせないと、いざというときに人間も、ドラゴンもどちらも殺すことになる」


 親父と兄貴は、ドラゴンを大切にしてるし、世話だって自分でやっている。だから、王都にいるやつらとは違うってわかっているけれど……。


「僕は……ドラゴンを支配するやり方も、ドラゴンを道具と力で騙すやり方にも頼りたくないってだけだ」


 兄貴は、大黒土蜘蛛スキュラの糸で作った罠と、睡棗ロートスの赤い実を燻した煙を使って孔雀龍フウァールを支配した。

 睡棗ロートスの赤い実は、中型やそれよりも小さなドラゴンに強い眠気を与える。眠気でふらふらになったドラゴンの背に手早く鞍を乗せ、跨がり、正気に戻ったドラゴンが諦めるまで背中に乗り続ければいい。

 俺は、そんなドラゴンを騙すような真似は嫌だった。でも、親父や兄貴は「ドラゴンも人間が気に食わなければ振り落とすまで何日でも暴れ狂うもんだ」と言うのだ。

 ドラゴンは賢い生き物だ。いくら習性と言っても、誰にでも支配されるわけではない。それはわかっている。けれど、そんな方法でドラゴンに乗りたくない理由はもう一つあった。


「だって、そんなやり方じゃ自然の名を冠する龍グランドドラゴンに乗れないだろ?」


 これも何回も繰り返した話だった。

 僕が言うことも同じだけれど、親父と兄貴も毎回口から出す言葉は同じだ。


自然の名を冠する龍グランドドラゴンには誰も乗れん。人は自然に勝つことも、支配することも出来ないからな」


 毎回こうだ。

 大海嘯リヴィアタン大地震マフイエ雪崩アバランシェのように災害の名前で呼ばれている巨大なドラゴンは、ドラゴン除けの香草も効かないし、睡棗ロートスの赤い実の効果も薄い。

 そもそもドラゴン除けの香草は、大型のドラゴンの体臭に似ているから中型のドラゴンや獣が避けて行くのだという。だから、自分の体臭に似た匂いを嫌がらないのは当然だ。

 そういう桁外れに強い、人里近くに現われるだけでも危険なドラゴンは、人間なんかを敵と見なすことは少ないけど、決して人間なんかには従うこともないっていうのが定説だった。

 だから、親父と兄貴がいうことは本当ならもっともなことなんだと、ちゃんとわかってはいる。でも、わかりたくない。


「母さんのお伽噺を信じるのは、子供のうちだけにしておけよ。もうお前も十六歳大人になるんだろ?」


 兄貴は少しうんざりしたような口調でそう言った。

 ずっとずっと昔から、ドラゴンは長時間背に乗ったヒトを主人と認める習性があるらしい。それは神の時代に、ヒトとドラゴンが共に暮らしていた時の名残なんだって言われているけれど、実際はどうかわからない。

 すごく前に絶滅した大きな烏なんかは背中にヒトが乗っても絶対に懐かないからって、ドラゴンではないと分類されていた。でも、自然の名を冠する龍グランドドラゴンだってドラゴンって区分にされている。矛盾ってヤツだ。そう話すと「獣とドラゴンの区分なんて学者や王様たちくらいしか興味が無いから気にするな」って親父と兄貴が笑って答えてくれたっけ。それには同意できたんだけどな。

 自然の名を冠する龍グランドドラゴンには絶対に乗れないって、親父も兄貴も言っているけれど、僕は母さんを信じてるんだ。死ぬ前に母さんとした約束も、何も知らない子供がしたもので終わらせるつもりはない。


「嫌だ! 俺は、空の龍を見つけて、友達になるって母さんと約束したんだ」


 空色の鱗を持ち、燃えるような太陽みたいな両眼を備えたドラゴン。

 天を突くように聳える二本の虹色の角で天気を操り、人間を見守る空の王……神話でも語られているこの龍は、実在しないわけじゃない。

 実際に空の龍を祀る神殿があったし、何より母さんは空の龍を祀っていた神殿がある村出身だ。曾々々々おばあさんは太陽の巫女だったって話してくれた。


「空の龍と心を結びたいと願えば、龍は迎えに来てくれるってばあちゃんも言っていた! それに、母さんから教わった唄だってある」


「セレスト……自然の名を冠する龍グランドドラゴンならまだしも、空の龍なんてもう何百年も目にされてないんだぞ? それに、あいつらにその唄は通じなかったって言われてるだろ」


 兄貴は、僕の顔を見て呆れたように眉尻を下げる。龍呼びの唄を昔、自然の名を冠する龍グランドドラゴンに試したけど失敗したのは知ってる。でも、それは空の龍じゃなかったから通じなかっただけかもしれないじゃないか。

 僕は二人の手を振り払って森の方へ駆けだした。


「……もういいよ! 僕は森の様子を見に行くから」


「セレスト!」


「アスター、放っておけ。セレストもじきにわかる時が来るさ」


 なんでわかってくれないんだ! なんて思わない。親父も兄貴も真剣に龍騎士ドラグライダーの仕事をしていて、たくさんの獣やドラゴンに出会ったことは知っている。

 それでも、僕は諦めきれないんだ。母さんが「あなたは私譲りの太陽の髪色に、父さんに似た空色の瞳を持っているからね。空の王様と一緒にいる巫女様とお揃いなのよ」って言っていたから。

 死ぬ前に、特別な詩を僕にだけ教えてくれたんだ。空の龍と友達になるための巫女様のうたを。


「森へ行くなら暗くなる前に帰ってこいよ!」


 親父の声を背中で受け止めながら、僕は家と反対側に走り出した。

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