11:龍騎士の家

「兄貴! めちゃくちゃでっかいドラゴンが森に落ちた! 親父の蛞鹿龍メルストロムよりももっと大きいやつ」


 真っ青な頭と胸を覆う羽毛とは正反対に地味な薄灰色の両翼を畳み、鮮やかな翡翠色の尾羽を引きずって歩く孔雀龍フウァールに乗って、庭を散策している兄貴を見つけて、僕は駆け寄った。


「そんな巨大なドラゴンが近くにいれば、うちのドラゴンたちが騒ぐに決まってるだろ? 弱ったおいぼれドラゴンなら話はちがうだろうが」


 朝起きて、水を汲みに井戸まで行ったときに、空から聞いたことのない音がするな……と目線を上げてみたら、それはもうとても大きなドラゴンが、村の向こうにある森へ下りたんだと伝える。


「本当なんだって! 空の龍かもしれないよ」


 遠くからだったから、正確にはわからないけれど、あのドラゴンは親父の従えているドラゴンの三倍はあったように見える。

 大きな地響きも、獣の逃げる声も聞こえてこないのは確かにちょっと妙だと僕も思うけど。でも、少しだけ森が騒がしいのは本当だ。兄貴と親父には家からじゃ森の音は聞こえないらしいけど。

 手負いのドラゴンは暴れると危険だし、早く討伐した方がいいって思ってせっかく教えてやったのに。

 どんなに訴えても兄貴は僕の言うことを、信じた様子はない。


「まあ、親父ももうすぐ戻ってくるからさ。飯にしようぜ」


 孔雀龍フウァールは、兄貴が自分から下りると、鮮やかな芥子色の冠羽をふわっと膨らませ、緑色の尾羽をさわさわと音を立てるように左右に揺する。

 それから、長い睫毛に縁取られた灰色の瞳でこちらをじぃっと見つめると、鋭く尖った黒い嘴を開き、不服そうに「ガァ!」と短く鳴いた。中型のドラゴンとはいってもこいつは兄貴より少し背丈が高いくらいでかなり小さい部類だし、見慣れているとは言え間近で鋭い嘴を向けられるのは怖い。


「拗ねるなって孔雀龍フィー帰って良いぞホーム


 兄貴の指示で、孔雀龍フウァールは鱗に覆われた猛禽類のような脚で地面を蹴り、大きく羽ばたく。長い尾羽を風に靡かせながら、屋根の上に陣取ると、足を折り曲げ、翼の下に生えている短い手足で棟を掴んだ。もう一度「ガァ」と短い声を上げると、鳥に似たドラゴンは大きな欠伸をして、細長い首を曲げ、羽の中に嘴を埋めて目を閉じる。


「お前も龍騎士ドラグライダーになりたいなら、そろそろ自分が乗るドラゴンを見つけないといけないんだけどな」


 母さんが死んでから十年。僕はもう十五歳成人間近だ。それにもかかわらず、自分が乗るドラゴンを持てずにいた。

 見つけられないんじゃ無くて、僕がいいと思うドラゴンを見つけてないだけだって言っても兄貴はまともにとりあってくれない。

 頬を膨らませながら、僕は湿った羽音がする方向を見た。親父がちょうどドラゴンの背に乗って帰ってくるのが見える。


「親父! セレストが森に大きなドラゴンが落ちたって言ってるぜ」


「がっはっは! じゃあその森に落ちたドラゴンをセレストの龍にするか」


 戻って来るなり親父はそう言って豪快に笑った。

 そして、蛞鹿龍メルストロムを着地させると、頭の上から滑り降りてくる。

 家の屋根よりも遥かに背の高い親父のドラゴンを見て、やっぱり森に落ちたドラゴンはもっと大きかったよな……と思い起こす。この蛞鹿龍メルストロムも、大きなドラゴンの部類だ。兄貴の孔雀龍フウァールよりも何倍も大きい。

 コバルトブルーのヘラジカみたいな角が、太陽を浴びてわずかに光を反射している。ぼうっとしているのか、蛞鹿龍メルストロムは口元から伸びている髭をうねうねと伸縮させながら、丸いアメシストのような瞳で僕と親父をじっと見ている。


帰れホーム


 親父の指示を聞いた蛞鹿龍メルストロムは、広げていた半透明の翼を折りたたんで「ぎゅるる……」と低く喉を鳴らした。そのまま薄いひだになっている足を器用に動かして、方向転換をする。

 乾燥を嫌う蛞鹿龍メルストロムは、水場を好む。親父はこいつのためにわざわざ庭に大きな池を作ってやったらしい。

 ぬらぬらとてかる足跡を残しながら、淡い桃色の体を引きずる蛞鹿龍メルストロムは庭の奥にある池へと向かった。

 僕の方へ大股で近付いてくる親父の、よく磨かれた革鎧が擦れ合ってきゅ、きゅと音を立てる。この鎧は、蛞鹿龍メルストロムの前に親父が乗っていたドラゴンの革で仕立てられている。僕が生まれる前のことだから、この立派な皮の持ち主のことはわからないんだけど。


「さあ、森に落ちたドラゴンを探すにしてもまずは飯だ」


 親父の日に焼けて赤銅色に染まっている肌とたくましい筋肉は、まさに「戦士」という言葉が似合う。

 それに、栗色の波打つような癖っ毛は襟足が短く刈り上げられている。髪色も縮れた毛も兄貴にそっくりだ。

 でも、親父と違って兄貴は髪を肩まで伸ばして、低い位置で一つに括っている。それと、格好も親父とは正反対だ。どうやら兄貴は、空を飛びながら布をひらひらとたなびかせるのが好きらしい。

 余裕のあるゆったりとしたサイズの白い上着と、芝色の脚衣は、いかにも優男というような風貌だ。防具も皮の胸当てと肘当てくらいしか着けていない。まあ、兄貴の乗っている孔雀龍フウァールは力がある方ではない。素早さを活かすためには多少危険でも軽装の方がいいというのは正しい判断だと思う。


「親父はまーたセレストを甘やかす。いい加減こいつもドラゴンを見つけないとやっていけないぜ?」


「セレストは優しい子だ。ドラゴンを道具として扱えないのなら、いっそのこと龍騎士ドラグライダーにならない方がいいとは思うが」


 兄貴にそう言われた親父は、たっぷりと蓄えたごわごわの顎髭をさすりながら僕へ視線を向ける。

 僕たちの一族は、王都から認められた龍騎士ドラグライダ-だ。曾々じいちゃんの代からカエルム家この家に生まれた子供のほとんどは、成人すると自分の乗る龍を従えて、龍騎士ドラグライダーとしての訓練をはじめる。

 そして、一人前の龍騎士ドラグライダーになると、村や近辺の都市にやってきた野良のドラゴンや危険な獣を駆除し、時には王都まで向かう商船の護衛などにも赴く。

 それこそ昔は、他の国との戦争にかり出されたらしいけど、ここ数十年は平和だから、父さんも兄貴もそういうことはしてないらしいけど。

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