9:大烏《獣》と俺《ヒト》

「ヴォルト」


「ガ!」


 三本脚の大烏ニフタが、短く鳴いてから俺へ駆け寄ってくる。

 久し振りに歩いたからか、足がもつれて転びそうになる。

 ヴォルトは、自分の体をよろけた俺の左側へ滑り込ませてうまく支え、ピョンッと小さく飛んでこちらを見上げてきた。


「ガ、ガァ」


「ありがとな」


 姿勢を立て直してから、右手でヴォルトの頭を撫でた。胸元の羽根はふわふわとしているが、頭の羽根は少し硬くて艶がある。


「あら、ニコ、起きてきたの。ヴォルトもありがとうね」


 俺が外にいることに気が付いた母さんは、こっちへ駆け寄ってくると、ヴォルトにも声をかけて微笑んだ。


「ちょうど呼びに行こうと思っていたのよ。ほら、頼んでいたものが届いたのよ」


 母さんが俺の頬を撫でて、それからヴォルトの嘴に魚をくわえさせてやる。


「ガァ! ガ!」


 ヴォルトは、母さんから貰った魚を飲み込んで満足そうに鳴き声を上げた。


「ヴォルトはちょっといい子にしててちょうだいね」


 そう言って、母さんは俺を近くの切り株に座らせる。


「これくらいしか、あたしたちには用意出来なかったけど」


 大きくて上等そうな布に包まれていたを取りだして、母さんは俺の左腕に当てる。それから、しっかりと二の腕の部分と肩から胸元にかけて二箇所にベルトを巻き付けていく。目を伏せてい

る母さんの顔は、少しだけ悲しそうに見えた。


「あたしたちの稼ぎじゃ、本物の腕みたいなもんは買えなくてなぁ」


 申し訳なさそうに眉尻を下げて笑う母さんの肩に、今付けたばかりの義腕で触れる。母さんの体温までは感じられないけれど、柔らかな感触が残されている肘を通してに伝わってくる。


「平気だよ母さん、一人前の狩人ハンターになったらもっとすごいものを自分で買うからさ」


 それから、義腕の先端に付いているフックを見ながら、わざと明るい声で応えた。

 頑丈さを重視した義腕は自分で取り外しが出来ないけれど、村では母さんが付け外しをしてくれるし、王都にいるじいちゃんの古い知り合いが壊れたら直してくれると約束をしてくれたらしい。

 おかげで、ちょっと到着までには時間が掛かったけど、どうせもう数年したら王都に行ってみるつもりだったから、ちょうどいい。


「ったく。懲りないのはおじいさん似だね」


 困ったように笑った母さんは、ヴォルトの頭を撫でた。


「まったく。この子がいなかったらどうなっていたことか」


「ガァグゥ……ルルル」


 心地よさそうに鳴きながら、ヴォルトは母さんに撫でられている。

 俺は泥岩河馬ベヘモトを追いかけて、ヴォルトの背中から落ちた後に、意識を失ったらしい。慌てて目を開いたら、そこは地獄でも天国でも、水の底でもなく、見慣れた家の中だった。

 もちろん、俺を囲んでいた父さんと母さん、それに村長と村のみんなは見たことも無いような真っ青な顔をしていたんだけど。

 

 母さんが言うには、ヴォルトが俺を村まで背負って飛んできたらしい。

 血まみれになって、脚を一本失っていたヴォルトを村の人達は倒してしまおうとしたらしいが、母さんが激怒をしてみんなを止めたらしいというのは、目覚めてからしばらくして、父さんが話してくれた。

 

 あの騒ぎがあった数日後、まるで雷を落とされたみたいに黒焦げになった泥岩河馬べへモトの死体を村の誰かが見つけたらしい。

 そのせいか、村人の少なくはない大人たちが大烏ニフタが神話にある通り、空の王から受け継いだ雷の力で、泥岩河馬ベヘモトを倒したんだって信じているみたいで、ヴォルトのことを神様の遣いだと言

っているのも耳にした。

 俺が意識を失ったあと、こいつがどうやって泥岩河馬ベヘモトを倒したのかはわからない。こいつは幼体だからうまく雷を操れないだけで、本当は伝説の通り雷を操ったりするんだろうか?

 まあ、そんなことは、一緒に過ごしていけばいつかわかることだろう。


「ヴォルト、行くぞ」


「ガ」


 俺の声を聞いて頭を持ち上げたヴォルトは、三本の脚で器用に駆けだした。


「お前の脚は俺が作ってやるからな。さ、材料探しと行こうか」


「ガ! ガ!」


 俺を背に乗せて、ヴォルトは空高く舞い上がった。


 俺は弱い。

 いつでも森の獣に狙われて、食うか食われるかの日々を送っている。

 もうやられてばっかりなのはごめんだ。でも、一人では獣に立ち向かっていけない。今回は、たまたま助かった。俺も、俺を助けてくれた親友ヴォルトも。

 だから、俺は決めたんだ。こいつがもう傷つかないように、もっと力を付けるって。

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