8:擬態と期待
「……ン、……ロン」
張り詰めた弦が弾かれて楽器のような音を立てる。音が小さい。
何度も、何度も弦を弾く。
動きを止めた
空を割くような大きな音が鳴り響き、ヴォルトが少し不満げに「グァ」と鳴いた。
ヴォルトの機嫌を取るために首をさすってやりながら足元を見ると、さっきまで猛り狂って家の壁に体当たりをしていた巨大な岩みたいな獣は、後ろを見もせずに一目散に森の中へと戻っていく。
「追いかけるぞ」
「ガァ」
木々をなぎ倒しながら走って行く
「ここで回ろう」
「ガ!」
腕で空気をかき混ぜるような仕草をしてみせる様子を、視界の隅で見ていたヴォルトは短く鳴いた。
右翼を下にして体を斜めに傾けたヴォルトの首に、俺はしっかりと腕を回してつかまった。
ぐるぐると空中を旋回しながら、水辺の周りを飛んでいるヴォルトの背に乗りながら、俺はどこかに隠れている
体についた泥とゴツゴツとした肌は保護色になって見つけにくいが、よく注意をすれば雄牛ほどもある巨体は見つかるはずだ。
弓の弦ではなく、もう一度角笛を鳴らす。じいちゃんと一緒に
指で示しながら、ヴォルトに高度を下げさせると、ばしゃりと派手な音が聞こえた。音の方へ目を向けると
「ヴォルト、ここだ!」
「ガ!」
「上へもう一度いこう!」
俺の指示に従ったヴォルトが、再び舞い上がり上空を飛ぶ。
あいつの天敵である
もう少しで崖だだ。ここまで追い回せば、
追い込みすぎると、命の危機を感じた
「ヴォルト、もう」
戻ろうと伝えようとした瞬間、空から降り注いでいた太陽の光が遮られた。湿った雨の匂い一緒に、微かに
声を出す間もなく、水桶をひっくり返したような雨が降りはじめてくる。
「しまった」
雨で水を吸った棒がいっきに重くなる。濡れた手から滑り落ちた棒が、
逃げていたはずの巨大な獣は、立ち止まってこちらへ視線を向ける。
バレた。
めいいっぱい口を開いた
大きく身をそらしたヴォルトを諫めようと、身を乗り出した俺は、足を滑らせた。そのままの勢いで、身体が空中に投げ出される。
頬と背中を叩く雨粒が痛い。怒り狂った
空が光る。ゴロゴロと獣の唸り声を大きくしたような音が響く。
「ヴォルト、逃げろ!」
俺を助けようと追いかけてくるヴォルトが見えた。ダメだ。
喉が張り裂けるんじゃないかってくらい大きな声を出した。その直後にガチンっと嫌な音がして、肘が燃えるように熱くなる。
身体を振り回されて、身体が放り投げられた。
たぶん、俺はこのまま水面に叩き付けられても、もう一度噛まれてもどちらにしても死ぬ。ぼんやりとかすむ視界と意識の中、死を覚悟していると目の前が真っ白に光る。
太陽が落ちたみたいな強烈な光に包まれて、俺はそのまま意識を手放した。
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