3:村と獣
いつでも森の獣に狙われて、食うか食われるかの日々を送っている。
油断をしてはいけない。勝利を簡単に確信してはいけない。
手負いの獣は一番恐ろしいのだから。
近くの河に
河に作ったいけすが壊されたのを見て、魚を捕りに行った大人たちが引き返してきたのだ。
村のみんなは、未だに死んだじいちゃんの言いつけを守っている。
異変があったら、村へ戻ってすぐ
「おそらくだが、いけすをあらしたのは
村に帰ってきた大人たちの話を聞いた村長が、絵巻を眺めて、唸りながらそう言った。
あの絵巻は、じいちゃんが村のために共用文字で描いた危険な生き物について記したものだ。
村のみんなはほとんど文字が読めないから、村長に預けたんだそうだ。俺はじいちゃんに共用文字と
「クソ……
「ダダンの旦那がまだ生きていてくれれば……」
思わず声を上げると、大人達の視線が一斉に俺に集まった。それから、母さんが怒ったように目をつり上げてこっちへ目を向ける。
「じいちゃんはもういないけど、俺がいるじゃねえかよ」
「こら! ニコ! 大人の話に首をつっこむんじゃないよ」
俺が見に行くって言おうとしたけど、母さんにどやされてそれどころじゃなかった。それでも、まあ、俺は隠れて森へ行くんだけどさ。
伸ばしてきた母さんの手をかいくぐって、俺は広場を飛び出した。それから、ヒトの匂いを消すために泥と草をすり潰した汁を塗りたくった毛皮をまとって木々の間に身を隠す。
木の上に登って、ところどころに切り傷を付けながら河へ向かった。
「……っ」
河には見慣れない大きな岩がある。背中に小さな鳥たちを乗せている大岩は何かに気が付いたようにゆっくりと体を揺する。
息を止めて、大岩を凝視する。徐々にこちらを向いた大岩に似たそれは、頭の上部についた左右の筒状の耳を動かしながら、側面についている小さくて鋭い二つの眼をぎょろぎょろさせている。
何本かはみ出している牙は、俺の胴体よりも太いんじゃないか? アレで噛まれたらただではすまなそうだ。
はじめて
冷静になれ。獣は恐ろしい。でも、恐ろしいだけじゃない。よく相手を視て、弱点を探るんだ。じいちゃんの言葉を思い出しながら、なるべく音を立てないようにその場から離れて、俺はすぐに村へ戻る。
それから、母さんたちの目を盗んで村の様子も窺うことにした。
隠れて聞いた話によると、村のみんなは、あまり多くない蓄えを共同で出し合って近くの都市に
数日も待てば、恐ろしい獣は退治されるだろうと、大人達が話し合っていた。
でも、俺は実際に来る
何故なら、じいちゃんが「
安心し始めた大人たちをよそに、俺は母さんたちの目を盗みながら、森へ通って
数日して小型の飛竜が牽く船できたのは、筋骨隆々のふてぶてしい態度の
「……小僧、なんだ?」
到着した
陽の光をびかびかと反射するよく磨かれた鉄の鎧、撥水性の低そうな腰布……武器は、腰にぶら下げた太刀が一本。
だから、装備だけを見て、判断するのはよくないんだけど。
「期待していろ。大型のドラゴンならともかく、うすのろの
村長の館から出てくるなり、胸を張って大きな声で村の大人たちに告げた狩人は、そのまま森へと向かって進んでいく。
この時点で俺は、こいつはダメだなって思った。それなりの金を出してるってのに、あんなやつが来るなんて……。
「
「こんな辺境の地にいつまでも銀勲章持ちの
ニヤリと口の端を持ち上げた
一応止めてやったのにな……と思いながら、俺は走ってじいちゃんの残した小屋へ向かう。
まったく、日暮れがせまってくる時間に
小屋にしまっておいた
木から木へ飛び移りながら進んでいくと、すぐに
それに、腰の太刀を抜いてバサバサと大きな音を出して小さな木々をなぎ倒しながら森を進んでいる。
こんなんじゃ、ここに獲物がいるぞって恐ろしい獣たちに居場所を知らせているようなものなのに。
助けてやろうにも、あいつは俺のことも、獣たちのことも侮っている。きっと俺の言葉に耳なんて貸さないだろう。それに、母さんにバレたらまためんどくさい。
いつもよりしっかりと獣除けの作業をして、村に戻っておこう。
溜息を吐きながら、俺はじいちゃんの残してくれた
それから、狼と六眼大山猫の糞を混ぜた特性の獣除けをばら撒いて村へ帰った。
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