第37話 「戻ったら○○するのいいね」って死亡フラグに当たるんですか?

 次の日。朝早くに起きた私たちは、身支度みじたくを整え、昨日準備した持ち物を今一度チェック。2人でOKを出したところで、ドアをノックする音が。開けると、ミラさんがいた。3人で朝食をとった。


「おはよう、君たち! 昨夜ゆうべはよく眠れたかい? ……おっ、しっかり食べて、今日も1日張り切っていこうじゃないか!」


 チャラがやって来た。驚くことではない。彼も同じ宿だったのだ。こんな時間から、元気な大人である。


「はーい」


 私たちは、間延びした返事をした。これから魔物の楽園と化した国へと乗り込むわけだが、今のところはリラックスしている。

 私は何気に、サラダに入っているイチゴを狙っていた。ゆっくり手を伸ばすと、カキン、と軽い金属音が。ハナだった。彼女は自分のフォークで、私の『犯行』を未然に防いだのだ。


「イチゴは1人1個って言ったよ。聞いてなかったってのはナシね」

「……はい」


 運ばれてきた時は、3個あった。そのうちの1個を、私は最初のうちに食べた。その行動をハナが見ていたのは知っていた。彼女の話はちゃんと聞いていた。しかし、なんとなくもう1個欲しくなってしまい、そっと接近。ハナはお喋りをしながらも、私の動きを見逃してはいなかったようで。

 こっそり頂戴して、何か言われたら、手癖の悪い魔物が来たことにしてそれのせいにでもしておけば、というのを思いついたわけなのだが……無理ありすぎか。


「最後に食べようと思ってたんだけど、気が変わったわ。今食べちゃおうっと」

「じゃあ私も」


 ミラさんも続いた。サラダの皿から果物が消えた。


「ハナって、楽しみは最後にってタイプだったっけ?」

「んー、どうだろ? ……あー、そうかもね。特に1人の時はね」


 単独だとその傾向にあるというハナ。逆に2人以上で食事をする際は、順番が違っても意外と気にならないらしい。

 彼女はこう言った。もし、今日自分が1人だったら、例えばこのサラダで言えば、イチゴは最後まで取っておいたかもしれない。それが『楽しみ』だから。1人の時は黙って食べるしかないが、複数人いれば、余程相手が無口でなければ会話が自然と生まれてくる。1番の『楽しみ』に該当する事柄が変わってくる。今現在の自分にとっては、友達と一緒に食べるという行為そのものが『楽しみ』。だから、何をどの順序で、なんて細かいことはわりとどうでもいいと。場合によっては、デザートを一番先にいただいてしまうこともあり得ると。

 ハナがそういう考えを持っていたとは。チャラ男はそんなハナの話に聞き耳を立てていたようで、うんうんと頷いていた。

 食事が終わる頃、宿屋の扉を勢いよく開けて、慌ただしく中に入る者の姿があった。誰かと思いきや、スイだった。彼女のエメラルドグリーンの瞳が、こちらをロックオンする。


「はぁ……よかった、まだいた」


 何かあったのかと、私がたずねてみた。


「な、何よ、まだいたの?」


 えーー!? 今、私たちがいることに安心していなかった!? なんという矛盾むじゅん


「……アンタたちが行った後に、たまにはこちらで、ゆっくり優雅にモーニングを、と思ってたんだけど」

「それなら、なにも走ってくるコトなんてなかったんじゃない?」


 私の発言が胸にグサリと刺さったのか、スイは顔を紅潮させる。


「うっ……うるさいわねっ。別に、アンタたちの見送りに間に合うように走ってきたんじゃないからね! 運動よ、朝の運動!」


 ……わかりやすいな。


「見送りに来たんだって。優しい~」

「ねー」

「だからっ……!」


 スイは否定するが、彼女の胸の内はとっくにお見通しなのである。


「わかったわかった。そーゆーコトにしておくから」


 そして、外に出る私たち。


「しておく、とかじゃなくて……。んもぅ、行くんならさっさと行っちゃいなさいよ、こんな所で油売ってないで。間違っても、尻尾を巻いて逃げ帰るなんてことのないようにね。ま、そんな情けないことになっても、恥ずかしい思いをするのはアンタたちだけであって、私は関係ないからね」


 私は逃げたりはしない。最後まで──と言おうとした時。

 ガンッ!


「あだッ!」


 宿屋の扉が開いて、ハナの後頭部にぶつかった。雰囲気ブチ壊し……。今、ちょっと真面目まじめなところだったんだけどなぁ。


「おおっと、君か。すまんすまん」


 チャラ男だった。もう食べ終わったのか。動作が早いな、この人は。


「いえ、私の方こそ注意不足で……」


 せめて、扉からもう少し離れていれば、この災難から逃れられたかもしれない。


「ソラちゃんたち、もう行くのかい? お兄さん、心配で心配でたまらなくなっちゃったよ。考え直す気は……うーむ、ないみたいだね。止めても無駄かねぇ。いいか? 見たことない魔物には、充分気をつけるんだ。目的を達成したら、すぐに戻ってくるんだぞ。もしまた会えたら、君たちが無事だったことを祝うパーティーでもしたいねぇ!」


 パーティーか。勇者が魔王を倒して、世界が脅威から救われた後であれば、考えてもいいかもしれない。


「いいですねー。メンバーは、私とソラとミラさんと……」

「あ、私は遠慮しておきます」

「えっ、なんで? 楽しいですよ」

「ですが……」


 ミラさんにも参加資格はあるのだが……。もしかしてだけど、やはり人間と必要以上に戯れたくはないということなのだろうか。人間とエルフの間にある見えない壁を取っ払うことは……こればかりは、どうにもならないのか。


「大丈夫。飲んじゃいけないもの飲んで乱痴気騒ぎとか、しないから。ねー、ソラ?」

「も、もちろんよ。その辺のルールは守りますよ」

「……なんか怪しくね?」

「気のせいです」

「本当に?」

「本当です」


 興味はあるのだが、私の場合はあと6年待たなければならないので…… 時が来るまでひたすら我慢だ。その類のものは1滴も飲まずに過ごしていこうではないか。うむ、誓ったぞ、今。


「あ、当たり前ですっ! 目の前でそんな、騒ぎなんて起こしたら、私……いえ、全てのエルフが、ますます人間のことを……」


 より厳しい目で見てしまうと思う。そうなったら、後々困る人が出てくること間違いなしだろう。


「難しい?」

「そうですね、例えソラさんの頼みでも。そういうことは、人間の方々のみでお願いしますとしか……」


 無理に誘うのも良くないし、何か催すのならば、人間オンリーでいくか。仕方ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る