第32話 スライムが入っていれば何でもいいんです

「ん、おかえりー」


 食べかけの焼菓子を一気に口に入れるハナ。サクサクと良い音が聞こえてきて、私も何かつまみたくなってくる。


「どうだった? いいスライムいた?」

「私はバッチリよ。これさえ使えば、ソラなんかに負けはしないわ」


 スイが先に答えた。食材の質が質だからか、結構自信があるみたいだ。私は──


「まぁね。すっごく嫌だったんだけどね。なんとかなったわ……」


 ある意味最大の難関とも言える、材料スライムの入手という過程が終わり、すっかり脱力していた。品質については、スイのものとどちらが上かはわからない。更なる調査・り好みはしなかった。したところで、結局は嫌なことを先延ばしするだけになるので、早く終わらせるため、今持っているこれにしたのだ。


「そりゃよかったね。そういやさ、さっきドカーンって凄い音したけど、どっちの仕業しわざかな?」


 それは……天井から1匹のスライムが私の上に落ちてきた時のことか。


「……はい」


 私はそっと手を挙げた。今になって、なんだか恥ずかしくなってきた。理由が理由だけに。

 私のことをよく知っているハナは、それ以上は何もかなかった。それどころか、スライムの袋を代わりに持つと言い出してきた。中のものはもう動かないので、自分で持っていてもまあまあ平気なのだが……なんとありがたいことか。スイも、それくらいは許してやると言った。私の周りは、優しさであふれていた。



 帰還した私たちは、宿に併設されているのとは別の料理屋に向かった。

 その料理屋の主人の好意で、厨房を借りることができた。暇だからとか、ここにある食材は好きに使っていいとか、太っ腹なことを言う。


「それじゃ、始めましょうか。ここからは1対1の勝負だからね。手伝っちゃ駄目よ。特にハナ」

「わかってる。私は手出しはしませんよ。ソラ、とにかくファイトだ!」


 私は無言で返事した。

 開始の合図は、ミラさんが出す。


「それでは、ソラさん対スイさんの、スライム料理対決を行います。双方とも、決してズルしてはいけませんよ。正々堂々と戦いましょう。……始め!」


 私は手袋を外し、ハーフパンツのポケットに突っ込んだ。

 厨房には、高さ150センチメートル程の箱のようなものがえ付けられている。扉を開けると、獣の肉と魚などが入っていた。『食料保管庫』で通じるこれは、中に設置された、冷気を放出する魔法石の働きで、食材の鮮度を一定期間保障してくれる、飲食店の必需品である。うちのギルドにもある。

 スイは、もう何を作るのか決めているらしく、テキパキと行動している。まず、スライムを適当な大きさにちぎり、目につきやすい所に置いた。

 ザルの中に小ぶりのタケノコがあった。皮はかれていて、1度火を通したようだった。これを薄く切り、更に小さくしていく。ニンジンも同程度に、アスパラガスは食べやすい長さにしていった。

 私は止まっていた。このプルプルしたものは、もはや無機物も同然。触れると言えば触れる。しかし、どうしても疑ってしまう。生き返ったりしないだろうかと。

 何度か、ハナをチラ見してみると……気づいてもらえた。彼女は心を鬼にして、首を左右に振った。

 ……ですよねー。

 もし手伝ってもらったら、私は気持ち的には楽になるが、失格となってしまうのだろう。それでも困るわけではないが、どうせなら、勝って近道したい。

 スライムを使った食べ物といえば……やはりスイーツ系だろうか。道を歩いている時もあれこれ考えてはいたのだが、なかなか決まらないまま現在に至ってしまった。

 スイが野菜などの下ごしらえを終える頃、ふと、トマトが目に入った。


「あら? まだ何もしてないじゃない。まさか、まだ何を作ろうか迷ってるの? 牛にも勝るのんびりっぷりね。それとも、私の不戦勝……になっちゃうのかしら?」


 スイがあおってくるが、これは無視。

 私は、真っ赤に熟したトマトを3つ、なんとなく持ってきてみた。例えはアレだが血のように赤く、道具を使わずとも強く握っただけでジュースができてしまうのではないかという程の柔らかさ。この野菜、種の周りのプルプルしたゼリーのような部分には、旨味うまみがギュッと詰まっていて、私はそこが大好きなのだ。どこまでもああいう味だったらいいのに、と思ったこともあった。

 1つを手に取り、考える。

 包丁で切ったら、形がグチャグチャに崩れそうだ。他の食材を使おうか? だが、スイの真似まねになりかねない。果物もあるが……何か、そうじゃない感が。だったら、もうこのトマトでいいのではないか。私も、これを使いたい気持ちでいっぱいになってきたし。綺麗なくし切りや輪切りにできそうにないのなら、いっそのこと盛大に崩してしまってはどうか。崩して、潰して、液状にして──

 ──これだ!

 良いアイデアが浮かんだ。これでまずはジュースを作ろう。そして、スライムを混ぜ合わせて固めれば……トマトゼリーができるはず!

 やっと、何を作るか決まった。出遅れた感はあるが、時間制限はないので、自分のペースであせらずやればいい。

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