第33話 それぞれの料理が完成したよ!

 お湯をかし、トマトの皮を湯きする。丁寧に剥いたら小さく切り、ひとかけらを口に放り込む。見ただけでは味はわからないので、実際に食べてみなくては。

 ……味が……こんなにも濃いとは。これまで食べてきたものは何だったのかという程だと言っても過言ではない。勝負に使うには申し分のない美味しさである。

 塩をかけると甘くなると聞いたことがあったのを思い出した。調味料を置くための棚には、いくつかの瓶が。その中から『塩』と書かれたものを取り、味見用のトマトにかける。食べてみると、先程のものよりも確かに甘いように感じた。

 必要な分のトマトを鍋に入れ、コトコト煮込む。塩の量には気をつけなければ。入れすぎてしょっぱくなってしまっては、本末転倒である。ごくわずかな量を、入れるたびに味見をし、調整していく。

 トマトジュースらしきものができた。スライムを使う時が来た。

 麻袋の中に入っているそれを、1度指でつついてみる。

 ……うむ、私が触らない限りは動かない。生き返ったりはしなさそうである。安心していいのだろう。なので、私の中で気持ち悪さは何割かカットされた。こちらも丸ごと入れるのではない。トマトの量に対してどれだけ必要か──昔見たレシピを思い出す。今回で言うならば……握り拳くらいの大きさか。

 これを使わなければ、この勝負、話にならない。時短でガイラルディアに行きたいので、負けたくはない。

 これから先、旅をしている間は料理をするかわからない。するとしても、私の傍にはハナがいる。彼女に任せてしまえばいい。家でする場合も、スライムを扱うところは親にやってもらえばいい。だから、今日だけ──今だけなのだ。スライムを素手で触る。これ、私にとっては、たった3秒でも長時間に当たる。けれど実際は、3秒では足りないのだろう。このような、ベストの分量からどれくらいの誤差なら許せるかわからないものに関しては。理想のトマトゼリーを作るためには。許容範囲の何倍もの時間、触っていなければならないのかと思うと、ブルーな気分になる。この工程……この工程さえクリアすれば、あとは怖いものなどないのだが……。

 ハナ、ミラさん、ほんの少しでいいから、私に勇気をください──!

 ゆっくり息を吸い込んで、1秒だけ止める。吐く時もまた、ゆっくりと。これを2回繰り返す。

 私は、意を決してスライムを掴んだ。

 むにゅ~っ。


「!?」


 それは餅のように伸びた。片手で簡単にプチッとちぎれるものかと思いきや、私のスライムはそうではなかった。


「おぉ、いい伸びっぷり!」


 ハナが言うと、


「何ですって!?」


 スイがこちらに振り向いた。

 ど……どうしよう?


「ね、ねぇ、コレって……」

「いいんだよ、早く入れちゃおう!」


 ハナがそう促すので、私は急いで必要な分を取る。両手に伝わるグニュッとした感触が……やはり良いものではない。

 身体からだはカチコチ、そして口を真一文字にむすんだ私は、スライム(一部)を鍋の中に放り込む。そっと入れなかったため、液がポチャッとはねた。


「はぁ~……」


 難所を乗り越えた私はのろりと動き、トマトジュースとスライムをかき混ぜる。この時、お玉を持っている手に力は入っていなかった。

 混ぜ終わったら冷やし固めるのだが、その前に粗熱あらねつを取る。一足先に座って休憩していたスイは……浮かない顔をしていた。隣にはハナがいた。


「ソラのスライムの方が、質がいいのよ。引っ張った時、あんまり伸びすぎてもいけないんだけど、あれはもし取引したら、私のより高くつくわね。それくらいなのよ。なんか悔しいわね……」

「じゃあ、この勝負はソラが──」

「いいえ。勝った気でいてもらっちゃ困るわね。肝心なのは、出来上がったものの固さや味でしょ? いくらいい材料を使ったって、そこらへんがちゃんとなってなきゃね。私に勝つには、ソラのスキルが私より上でないといけないんだけど……まぁ、それはありえないかしらね」

「んー、どうだろうね?」

「私の方に軍配が上がるにきまってるでしょ。年下なんかに負けるもんですか。さてと、そろそろ冷やすとしましょうか」


 スイが立ち上がる。鍋の中のものを四角い容器に移し替え、食料保管庫に入れる。彼女に続き、私も同じことをする。器は、ガラス製の丸いものを選んだ。

 保管庫の扉を閉め、ハナたちの所へ。そこで、今日何度目かの溜め息をつく。


「はい、お疲れさんでした」


 ぐったりしている私に、ハナがねぎらいの言葉をかけてくれた。


「あとは……固まれば完成……」

「スライム、克服できた?」

「全然」


 私は即答した。あんなに長時間触ったのは初めてだが、だからといって平気になったわけではない。できれば、今後は勘弁願いたいものだ。

 


 2時間以上が経った。スイが保管庫の扉を開け、自分の作ったものを取り出した。私とハナも見せてもらった。つい先程まで液体だったものは、すっかり固まっていた。野菜たちが、茶色だが透明感のあるゼリーの中に閉じ込められている。スイが作ったのは、おかず系だ。


「成功だわ。あとはこれを、適当な大きさに切ればいいのよね」


 確かに、今の状態で出されては、食べる側が困ってしまうだろう。

 スイは、包丁と皿を用意する。大きなそれを均等に切り分け、皿の上に綺麗に盛りつける。少し余った分を食べた。


美味おいしい~! これはもう、私の勝ちを決定づけさせる美味しさだわ! アンタたちも食べてみればわかるわよ」


 あのスライムから、これができるとは……。ちゃんとした料理として目の前に出されると、何であれ抵抗なく手が出てしまうから不思議だ。そんなわけで、私も少しいただいた。こ、これは……!

 ゼリーは気持ち少し固め。絶妙な塩加減で、他の調味料も喧嘩していない。タケノコの歯ごたえは、まさに私好みでシャッキリとしており、文句など思いつきもしなかった。


「うわ、これいいわ~。シイタケの風味が凄いね」


 ハナも迷いなく褒めている。


「フフン。どうよ、私の自信作。その名も『春野菜のスラ……じゃなかった、ゼリーよせ』。ソラ、ガイラルディアまで何日かかるかわからないけど、頑張ってね」

「私のを食べないで、それ言う?」

「もう結果は見えたようなものでしょ」

「そうかしらね?」


 2人の間で火花が飛び散る。

 そして、遅れること数十分後。私は複数ある器のうち、1つだけを取り出した。これが1人分である。こちらも、うまい具合にできているようである。

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