第31話 洞窟の中で(3)

 ちょこちょこ動いているうちに、スイと背中合わせになる。


「アンタねぇ、いつまでもビクビクしてないで、さっさとやっちゃいなさいよ。でないと、私が先に自分の分を倒しちゃうわよ」

「別に……そこは競争してるワケじゃないから、お先にどーぞ。ついでに私の分も、なんてのは……」

「駄目に決まってるでしょ。1人必ず1匹倒すこと。わかったんなら、ほら!」

「……はーい」


 私も、攻撃態勢に入る。

 スライムBが壁を上る。おそらく、そこから跳びかかろうという魂胆なのだろう。ならば、空中にいる時──無防備な状態のところを狙っていけばいいだろう。

 スライムBは、私が思っていた通りの行動をとった。よし、今──

 サッ! と私は反射的に避けてしまった。ああぁ、何やってるんだ私! 弱点の場所も見えていたというのに。さっさと斬ってしまえば、終わっていたかもしれなかったのに。

 たった1匹、こいつだけでいいのだ。息の根を止めさえすれば、触れることに関しては試練という程ではなくなる。動いているからいけないのだ。そうでなければ、スライムなど玩具のように扱える……と思う。

 外にいるような、わざわざ手で触る必要などないスライムであれば、もっと気が楽になれるのだが。

 私は、この相手に対して剣を振るのはあと1回だけと決めた。今度こそ、きちんと攻撃する。確実に仕留める──

 再度、魔力を刃にまとわせる。対象をうっかり消滅させないよう、強さを調節する。

 スライムBが来た。やはり私は、1度は回避してしまう。だが、先程と異なるのは、極力無駄な動きをしなかったことと、相手から目を離さなかったこと。

 怖くない。くっついてさえこなければ。

 スライムBも私も、身体からだの向きを変える。何度目かの正面衝突!

 私は、絶対にこれで自分のノルマを達成させるのだと強く思いながら、斬りに出た。

 ザムッ!

 そして、そいつの弱点は、今の一撃で潰された。

 私の足元に、ボタリと落ちた軟体生物。数秒様子を見たが、ピクリとも動かない。生命活動は、既に停止していた。

 食用スライムは他の種とは違い、核をやられてもすぐに消えることはない(ある程度日にちが経てば別だが)。食材以外の使い道もあるので、料理をしない者にも一定の需要はあるのだ。

 2つに分かれた、核のないスライムを、元の形にしてみる。表面に手を置いてみると……不思議だ。動いていた頃はあんなに気味悪がっていたのに、今となっては平然としていられるなんて。


「はぁ~……」


 私は大きく溜め息を吐いた。普通ならこの程度の戦闘で疲れることはないのだが、相手が相手だけに、余計な疲労感を得てしまった。

 そんな私から遅れて1分程。スイが突き出した剣がスライムAに刺さった。これは……良い位置に来たか!? この段階では抜かない。逆に更に深く刃を入れる。

 確実に、核を貫いた。これを破壊するため、彼女は斜め上方向に斬り上げた。心臓部とも言える部分を失った敵は、悲鳴の1つもなく静かに地面に伏した。そして、もう二度と自ら動くことのない、ただの柔らかい物体へとなり果てた。


「やった……やっと倒したわ! 見た? ……って、アンタ、いつまでそうやって座ってんのよ。絶対見てなかったでしょ、私の決定的瞬間」

「え? あぁ、うん、見てなかった」

「ありゃ」


 スイは軽くズッコケた。


「正直者ね。いいわ。お互い、目的のものはやっつけたんだし」


 あとはスライムを持ち帰るだけなのだが、これは最終的には人の口に入るものなので、ぞんざいな扱いはできない。そのため、収納袋を用意してある。

 袋を地面に置き、口を広げて、スライムを入れるだけ──


「あら、なんだかんだ言って、触れるようになったんじゃない」

「まぁね」


 グニュッ。


「ひっ……!」


 私は、持ち上げたスライムを落としてしまった。

 い、今……いや、気のせいか? そうに決まっている。こいつが……今更動くはずはない。核はもうないのだから。

 正座したまま、じっとそれを見つめる。ペタペタ触ってもみる。反応はない。やはり、気のせいだったか。


「何? もしかして、また怖くなった? 情けないわね。こんなの、2秒もあれば……ほら」


 スイは、自分の袋にスライムAを入れ終えた。それに比べ、私はせっかくいい線まで行っていたのに、何を手間取っているのだろうか。スイはそこに、じれったさを感じていたのだ。


「いや……なんかね。結局は私の思い違いだったみたいなんだけど……やっぱり、私の分も入れてくれる? コレに」

「嫌に決まってるでしょ」


 うぅ……冷たいなぁ。

 最後まで自分でしなければいけないのなら、もう覚悟を決めるしかない。スイは2秒あれば、と言った。スライムを持ち上げるのに1秒、袋に入れるのに1秒といったところか。直接スライムに触れる時間がわずか1秒なら……私にだってできないことはないはず。現に、先程はあんなに触れたではないか。

 ……そうだ。最初は表面を触るだけだったのに、先程は指にしっかり食い込んでいた。その時感じた気持ち悪さが原因だ。触れる面積が小さければいいのだ。100歩譲って指の第1関節までなら良しとしよう。このスライム、身がしっかり詰まっているが、そんなに重くはなかったので、今思いついた持ち方でも問題ないだろう。

 頑張れる、それだけなら。更に成功率を上げるには……逆に視界を閉ざしてみてはどうか。

 私は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

 ……よし!

 目を閉じ、スライムを掴みにかかる。丁寧だったスイとは反対に、雑に鷲掴わしづかみして袋の中に押し込む。当初の予定とは違った入れ方になった。不快感の軽減よりもスピードを重視してしまった。この作業の間は、頭の中を空っぽにしていた。もはや、息をしていた記憶すら曖昧だった。

 こうして、私も無事に食用スライムを手に入れた。私たちは来た時と同様に、揃って帰り道を歩いた。


「アンタねぇ、これちゃんと触れるようにならないと、まともに勝負できないでしょ。勝てば、楽にガイラルディアまで行けるというのに。アンタたちの任務については、一応、応援するつもりではいるわよ。でも、もうやめられないこの勝負については、私は手を抜いたりはしないから。そこんところ、よろしくね」

「わかってる。けどね、いざとなると……」

「慣れると結構いいものよ。ちょっとひんやりしてるから、暑い時なんか、お肌に当てるのオススメかもね」

「……私は遠慮するわ」


 出口を抜けると、ハナとミラさんが、間食しながら雑談に興じていた。

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